スマイルをキメて無垢な美少女をアピール
「取り合えず金だな。報奨金という奴だ。エレムルス」
名を呼ばれた騎士が、袋を持ってこちらへと向かってくる。
……これまた可愛い姉ちゃんだな。ちょっと細目だけど。見た目お淑やかで大人しそうだが、彼女も騎士なんだよな。
細目……いや、糸目の姉ちゃんに袋を手渡される。
「ま、ほんの気持ちってとこだ。金貨30枚……くらいだっけか?」
「32枚です」
「ん、そうか。一人金貨32枚だ。流石に一袋に詰めるにゃ重すぎるから、一人ずつ渡すぞ」
ほお……中々……いや、手渡しでポンと渡されるにしてはかなりの額だ。
だがよくよく考えると金貨32枚。100万円ちょいってとこか。命張ったにしては少ない気もするが、果たして相場としてはどうなのだろうか。
「急ごしらえの額ですまんな。本来ならこれの2、3倍程渡さなきゃいかんのだろうが」
「いいえ、ギルドからも出ているので十分ですよ」
と、袋を渡されながらダイナは答えた。
まぁ、あんまりがめついと怪訝な目で見られるしな。俺もそれに倣って謙遜しておこう。
「はい、私も貰いすぎなくらいだと思います。ありがとうございます、ルビア様」
「気にするな。特にハナ、お前はアルラウネ撃退の功労者だ。他に何かあれば、融通するぞ? 何でも言ってみろ」
「え? いきなり言われても……」
突然のなんでもします発言に、少しばかり考える。
う~ん……欲しい物があるにはあるが、趣味の物だからこの場で言う事じゃないしな……お洋服とか装飾品は自分で買うから良いのだ。
何かないか何かないか……ああ、そうだ。
「ルビア様、ひとつお願いしたい事があるのですが」
「お、なんだ? くれぐれも無理ない範囲で頼むぞ?」
俺は手首を隠す様に巻いていた包帯を取る。美しい肌に刻まれた、蛇が絞め付いた様な火傷の痕が露わになった。
うーむ、見ないようにしていたが痛々しい火傷だなぁ。と、他人事の様に見ていると、ルビアの、いや、ここにいる人達の表情が変わったことに気づく。
「お前、その傷は」
「これ、呪いの入った傷らしいんですけど、治せる人知りません? 良ければ紹介して欲しいんですけど」
「ふむ……少し良いか?」
ルビアは俺の近くまで寄ると、手を取り傷を見る。
未だヒリヒリするんだよな。
「それ、幻獣が付けた傷だろ」
と、横から話しかけてきたのは黒龍のシーラだ。今まで大人しかったのに、急に話しかけられてびっくりしたぞ。
「その通りです。その人は――」
「名はアウレア。我の娘じゃな」
と、リコリスが俺に変わって答える。
「ほお、話には聞いていたが。お前は氷魔法なのに娘は火魔法なのか。遺伝はしなかった様だな」
「旦那の方が持ち合わせておったからの。まぁ、それは良い。して魔導元帥とやら、その傷はどうじゃ?」
俺よりも気にしている素振りを見せるリコリス。
責任でも感じてやがるのか? お前の所為じゃ無いってのにな。
「ふむ、確かに厄介な傷だが、問題無い。アイツなら十分治せるだろう」
「アイツ?」
「王都にいる回復術師だ。私が掛け合っておこう」
「彼に頼むんですか?」
最後にそう言ったのは、ダイナだ。
どうやら知り合いの様だが、どうも様子がおかしい。あの感じは……俺がスノーと話している時と一緒の感じだ。これだけで大体察せる。
「ああ、性格はアレだが腕は確かだろう? だが、ハナ。お前、王都まで来れるか?」
「ん? ああ。そうですね、元々その回復術師さんに治療してもらおうと思っていたので」
「成程な。金は出さんで良いぞ、私から言っておく」
おお、ラッキー! いくらかかるが知らんがこれは助かる。
急な話ではあるが、これは話に乗っかっておいた方が良いだろう。
「ここから王都までどれくらいかかるんですか?」
「そうだな、真っ当に馬車で向かうなら7日は掛かるか」
「ま、俺なら3日で着くがな」
「シーラ、ちょっと黙ってて」
「なんでだよ」
シーラの隙自語は置いといて、馬車だと大体一週間ってとこか。
ま、それくらいなら全然問題無いな。リコリスいればまず安全だろうし。
「待て待て、どんどん話が進んでるがハナ。お前さん、命を狙われてるんだぞ? 王都まで出向くのは危険じゃねえか?」
「でも、この腕をこのままにしておくわけにはいきませんし。王都へ向かう道中なら、お婆さまがなんとかしてくれますよ」
「む、まぁ、そうじゃな。ジナよ、我が責任を持つ故、心配はいらぬ」
「しかしなぁ」
以前の様に食い下がるジナ。心配してくれるのは嬉しいのだが、この傷は放置しておく訳にはいかんのだ。美少女的に。
訳アリの傷を持ってる美少女も悪くない訳では無いが、痛々しいのは良くないのだ。やっぱり健全な美少女を目指したいしな。
そこへ、ルビアが口を挟む。
「急な話だからな、直ぐに答えられる訳もないか。二日後、私は王都へ戻る。それまでに決めておいてくれ」
「わかりました」
「さて、ハナ。話は終わり――おっと、そうだ。忘れていた。ハナ、お前の連れているスライムと話をさせてくれないか?」
「ボタンと?」
そういや連れて来いって言ってたけど。あんまり気は進まないな。ポロっと変な事言いそうだし。大体、この間家に不法侵入した時、話せば良かったのに。
しかし、断るのも変なので俺はボタンを呼ぶ。
「おいで、ボタン」
「んー? なに?」
もぞもぞと服の中からボタンが出てくる。そのまま、俺の膝へと移動した。
周りの騎士が少し驚いている。やっぱ、スライムが喋るのは驚くべき事らしい。
「以前会ったから顔は知ってるかもしれないが改めて。私はルビアだ。よろしくな、ボタン」
「ん」
ボタンはもちもちと伸び縮みしている。
「うむ、これは……ヤバいな」
「何がです?」
「連れて帰りたい」
「やめろ……いや、駄目ですよ」
目をキラキラとさせてルビアが見ていた。普通のスライムより愛嬌があるのは分かるが、持っていかれると困る。
「ボタン、お前から見て黒い魔物はどうだった?」
「きゅう」
「ルビア様、話せるって言ってもそんな複雑な事、答えられませんよ」
「んー!!」
ボタンがぺしぺしと頭を叩いてくる。どうやらお気に召さない発言だったようだ。
「んー、でかい」
「おお、デカかったか。他には?」
「うまい」
「……食べたのか」
「うん、まるいの――」
と、言いかけた所でボタンを撫で回して阻止。
いかんいかん、魔核を食べたのがバレるとマズい。俺はボタンを撫でつつ、にこやかにルビアへとスマイルをキメて無垢な美少女をアピール。
「ボタン、あんまり難しい言葉使うと疲れちゃうんですよ。こうして撫でてあげると落ち着くんです」
「お、おお。そうか。すまんかったな」
すごい勢いでわしゃわしゃ撫でてやると、ボタンは気持ちよさそうにグニグニと動く。
「……ハナ、少し触ってみて良いか?」
「え? まぁ良いですけど」
「ルビア元帥」
「まーまー、別に変な事しようって訳じゃないんだ。良いだろエレムルス」
そう言うと、ルビアが立ち上がり近づいてくる。
「お、おお……普通のスライムよりもちもちしてる」
「んふ」
「……良いなぁ」
ボソッと心の声が漏れたのは『六曜』のオクナだ。中々のかわいこちゃんなので、機会があれば触らせてあげよう。
ルビアは、少し神妙な面持ちでボタンを触っている。
「あの、どうしました?」
「ん? いや、核も無いし、普通のスライムとは大分違うな。やっぱり持ち帰って調べたい」
「いや、駄目ですから」
ある程度触って満足したのか、ルビアは満面の笑みで席へと戻る。
「むふう……よし、満足……じゃなくて、納得した。まぁ、完全に喋れずとも人の言葉は理解できるんだな」
「そうですね。後、ある程度人の形を模す事も出来ます」
「ほう? やってみてくれ」
「分かりました。ボタン」
撫でまわすのを止めると、ボタンは腕の形に変化して、俺の頭を撫でてくる。うん、腕だけだと普通に不気味や。
「今はこんな感じで、手しか出来ないですけど」
「いや、十分凄いと思うぞ。成程、ある程度思考能力があるのは分かった。闇魔法も使えるみたいだしな」
「んふ」
ボタンは胸を張る様にぴーんと伸びている。なんかキモいな。
そんな気持ちが伝わったのか、べしべしと頭を叩かれる。リコリスと言い、俺の従魔は何故こんなに読心術に長けるのだ。
ルビアはそんな俺達を見て笑いつつ、話を続ける。
「時間を取ってすまなかったな。この後は、改めて六曜から話を詳しく聞こうと思ってたんだが、ハナはどうしたい? 面倒なら一足お先に帰って貰っても問題ないぞ?」
どうするっつったってな。俺に関係なけりゃ帰りたい所だが。
チラッとジナを見ると苦笑いで頷き、口を開く。
「さっきの話はまた夜だな。ハナ、帰っちまっていいぞ。疲れただろ?」
「そうですね。それじゃあお言葉に甘えて」
俺はすくっと立ち上がる。ぐふっ、今の立ち方かなり可愛い……おっと、最後まで気を抜かずに美少女しなければ。
「ハナさん、私はこの後巡回の依頼がありますので」
「ん、わかった。気を付けてね」
「ハイ、ハナさんもまっすぐ家に帰って下サイね」
ケイカはこのまま残り、六曜のメンツと一緒にこの村の巡回をするようだ。ひと月程、その依頼が回って来るらしい。
冒険者って大変なんだな。なんか話聞いてると冒険者というより力仕事多い派遣会社みたいだけど。
話を終え、俺とユーリ、リコリスは駐屯所を後にした。