「576」 BATTLE FOR L'ARC DE TRIOMPHE ⅩⅠ
優里と齏懿蕐が馬に化けたところで、再び競馬場へと戻る。
既にパドック周回への準備が始まっており、馬主としての立場のある私が厩務員も調教師が不在という理由で、優里の面倒を見ることになってしまった。
齏懿蕐の方は、誰もついて行く人が居ないということになり、運営側の人と一旦話し合い、特例として私が誘導している優里の後ろに齏懿蕐を付けるという形で周回することになった。
齏懿蕐の振る舞いなどを見て、手綱による誘導が必要が無いことをその場で審査されて何とか通った状況のせいで、それを頼み込んだ私が恥をかくことにも繋がった。
収入や資産状況的にも正式な馬主登録が出来ていたこともあり、私自身の実績や知名度があって、何とか許可が降りたようなもの。全くもって良い顔をされていないことが伝わる対応が何とも言えない気持ちに陥った。
ムカついたので、パドックに入る寸前の場所にて、たまたま横並びで歩いていた齏懿蕐の尻を強めに殴ってやった。
馬の姿のままで「痛っ!!」と叫んだため、殴られた本人よりも人と同じように言葉を交わせるサラブレッドが紛れ込んでいるという騒ぎが起こることを危惧した私の方がダメージが大きくなってしまったよ。
ちなみに、馬名は優里が「ホウジョウ」、齏懿蕐が「ナカムラフェスタ」という名前で出走登録を行っている。齏懿蕐は黒鹿毛として、優里は鹿毛としてのサラブレッドという扱いにされている。
ここの段取りも優里が全て組んでくれているので、私の手を何一つ煩わせることなく進めてくれたのは有難いが…………肝心なところが抜けていたのが少々私の中では引っ掛かる部分ではある。
名前の由来についてたが、私に関するものを由来として馬名を付けた。私が知った頃には正式に登録されていたため手遅れとなった。
新馬という扱いでもないため、いきなりサラブレッドの名前を変えるというのは異例なんてものではないということは理解していたので、その名前を受け入れるしか道が残されていなかった。
加えて、優里の名前はともかく……齏懿蕐の「ナカムラフェスタ」は、過去に日本から凱旋門賞に出走した「ナカヤマフェスタ」を彷彿とさせるような名前になっている。
本人も「ナカヤマフェスタ」と私の名前を足して「ナカムラフェスタ」の馬名で登録したと嬉々として話していた。
どうしようもないほど、下らない事をやってくれたと思ったよ。
そんな紆余曲折を経て、無事に時間通りにパドックへの入場を行い、規定のヘルメットを被って、他の厩務員さんと合わせてパドックの周回を行った。
齏懿蕐だけが誰も付いていない状態で私の後ろを付いていくように歩いている様子が観客からは当然異様に映り、フランス語と思われる言葉の数々が飛び交っている。
言葉の意味が何も分からないので、野次を飛ばされているのか何なのかすらも全く分からない。語気の強さで判断しようと試みたが、凱旋門賞という大きなレースで賭け事を行っているような人達が熱くならないわけもなく、普段なら些細な感情表現でも、この場では非日常ならではのオーバーリアクションになっている事が十二分に予想される。
どういう気持ちで居るのが正解なのか、私の中の喜怒哀楽が完全に迷子になっているな。




