自動防御(オ-トガ-ド)で快適生活(プレシャスライフ)を2
今回は恋愛要素少しあるはず
「永遠にさよなら。以前の飾らない、気取らない、自然体のままのあなたが好きだったわ」
「そんな!待ってくれミス。カルペット」
追いすがるイケメン、チャ-チル・シュ-ベルト伯爵令息...私の中での通称、チャ-シュ-くんを冷たく拒絶し、失意のままに朝日の差し込む学院の中庭を立ち去る私。
どうも、オスカ-レット・カルペット公爵令嬢です。
正直に言おう。乙女ゲ-ム補正というものを完全になめていた、と。
よもやぽっちゃり系のおデブ男子に、それとなく好意があることをほのめかした結果、人生初のモテ期を前に一念発起した彼が、学校を休んだ一週間で三十キロの減量に成功して、イケメンになって登校してくるとはさすがに予想できなかった。
確かに少女漫画やなろう小説ではよくありすぎる王道展開なだけに、事前に彼の暴走を予測できなかったのは私の落ち度だ。
「むなしいわ、とてもむなしい」
死神により与えられた自動防御(チ-ト)スキルによって、故郷の王国と乙女ゲ-ムの舞台となる学園を私自身は何もしないまま瓦解させた私は、同盟国たる帝国の伝統ある学院に留学してきた。
この学院、実は私が転生した乙女ゲ-ムの続編の舞台なのだが、続編のスト-リ-が"前作ヒロインの活躍によって平民の地位が見直され、帝国の学院にも平民向けの特待生制度が試験的に実装された結果、入試で満点を叩き出した庶民上がりのヒロインが貴族主義、選民主義に凝り固まった学院に殴り込みをかけて帝国屈指の名門貴族の跡取りたるイケメンたちと衝突しながら愛を育んでいく"といったコンセプトで製作されているため、落雷火災により前作ヒロインが入学する学園そのものが全焼して閉鎖されてしまった現状、今作のヒロインちゃんが学院に入学してこれるだけの舞台の骨組みがなくなったがために、私も安心して留学してこれたというわけなのだが。
「じいや、このむなしさを紛らわせてくれる、リラックス効果のあるお茶を淹れてちょうだい。それから、シュ-ベルト家から贈られてきた贈りものは今後全て私に断りなく処分してしまって構わなくてよ」
「かしこまりました、お嬢さま」
私の好みの男性は、年上のおじさん、もしくはこのじいやのような、知的なお爺さんである。
それも、お前そのわざとらしい髭剃ったらただのイケメンだろ、みたいな、ボ-イズラブ小説の表紙で息子と一緒に並んでいても、どっちが父親でどっちが息子なのかわからない美中年ではなく、乙女ゲ-ムの世界じゃ人権のなさそうな、恰幅のよいおじさんでなければならない。
そして、容姿だけが人生の全てを左右する乙女ゲ-ムの世界において、そんな私の願望がどれだけ無謀な望みであるかなど、考えるまでもないだろう。
(せめてオスカ-レットの末路に、無理やり不細工な好色オヤジの後家に、みたいなル-トがあればまだ話は違ったでしょうに)
作中でのオスカ-レットならばともかく、私ならば喜んで不細工中年の嫁にいったでしょうに、この世界に不細工は存在しない。
嘘だと思うなかれ、なんせ乙女ゲ-ムの世界なのだ。
男は全員グレ-プフル-ツの香りのする汗を流しそうなイケメンがデフォルト、女は少女漫画でいうところの平凡な容姿、つまり、美少女・美女揃いなわけで、わざとらしくやられ役としてデザインされたとんでもねえ不細工、みたいな絵柄の違う異物さえ、この世界に入り込む余地はなかったのである。
「はあ...」
紅茶を飲んでため息をひとつ。
結婚適齢期が現実世界よりはるかに低いこの世界では、私の身分につりあうだけの家柄を持つ貴族のおじさんとなると、大概が既婚者であり、私がなれそうなのはもっぱら妻ではなく愛人である。
私としてはどこかの金持ちおじさんの愛人になって、適当にイチャついたりセックスだけしながらだらだらと優雅に暮らすのもやぶさかではないのだが、さすがに王国そのものが落ち目とはいえ王国でも指折りの名門貴族の一人娘がどこぞの貴族の愛人というのは外聞が悪いらしく、私を政略結婚のための道具としか見ていない父などは、卒業と同時に結婚させてしまおうと現在公爵家の跡取りに据えるに相応しい花婿選びの真っ最中なのだが、ここで私のチ-ト能力たる自動防御(オ-トガ-ド)が働く。
私との婚約を打診された独身貴族が、次次と問題を起こしたり、トラブルに見舞われたりし始めたのだ。
ある者は突然真実の愛に目覚めたました!などと身分違いにもほどがある平民の娘を娶ったり、ある者は家より愛を取ります!と身分差のある男爵令嬢と駆け落ちしたり、ある者は遠乗りに出かけた際に落馬して下半身不随になり、手厚く看護してくれた村娘と恋に落ちてそのまま村に居ついたりと、とにかくオスカ-レット嬢と関わると当人たちはともかくお家が不幸になる!とか呪われる!みたいな噂がまことしやかに王国内で囁かれるようになり、私は父に人生を邪魔されることなく自分で恋を探せてハッピ-というわけなのだが、だからといって、相手が見つからなければいくら自由恋愛を楽しめる身とて幸せにはなれない。
「おいたわしゅうございます、お嬢さま」
「全くだわ。人生ってままならないものね」
おじさんがだめなら同年代で手を打とうとしても、乙女ゲ-ム感丸出しのなよなよした女顔のイケメンばかりじゃ恋をしようという気にもならない。
同年代に焦点を絞れば、私の好みはイケメンよりイモメンなのだ。
前世の彼氏は柔道部の副主将だったし、テレビでうっとりと見惚れてしまう相手はスポ-ツ選手やハリウッド俳優などが主だった。
人生細マッチョよりゴリマッチョ主義の私に、乙女ゲ-ムの世界はいささか厳しすぎると思う。
たま-にデブ男子がいたので将来いいメタボおじさんになりそうだ、と青田買いのつもりで声をかけたら、一週間で細身のイケメンに変身されてしまい、余計なことすんじゃねえよ元デブ!とあの場でキレてしまわなかった私の忍耐力を褒めていただきたいぐらいだ。
自動防御(オ-トガ-ド)で防げるのは私と私が大切だと思った相手に降りかかる不運不幸なトラブル、病気や怪我などの苦痛などの事前排除が主であり、彼が私への好意ゆえに痩せようとするのを止めることはできない。
「オスカ-レット!大変ですわよ!」
ドンドン!と部屋の扉がノックされ、私の目線を受けたじいやが、部屋の鍵を外し扉を開けると、キャラメル色のふんわりとしたロングヘアが優しく揺れる、なれど落ち着きのなさそうな顔立ちの女生徒が、室内に転がるように駆け込んできた。
学院でできた私の初めての友人、コロナ・ジュ-テイン公爵令嬢である。
「大変って、何が?」
「保健室が、保健室が大賑わいになってしまっているの!」
コロナの話を要約し、私なりの推論を加えると、こうだ。
一週間の休学を終えて投稿してきたチャ-シュ-、私が今朝振ったばかりの元デブ、現イケメン、に手のひらを返して接近し始めた帝国貴族の令嬢たちが、まあ当然のように彼に曖昧な態度で壁を作られ、その逆恨みの矛先を私に向けた。
あいつさえいなければ!とか、彼をあんなに悲しませるなんて許せない!みたいな悪意をぶつけてこようとしたのだろう。
結果、私に害をなそうとした彼女らは、オ-トガ-ド能力による制裁を受け、偶然階段から足を滑らせたり、たまたま老朽化していた棚が倒壊してきたり、不幸にも毒虫に刺されてしまったりして、全員が意識不明の重体となり、保健室に運び込まれたそうな。
可哀想に、私を逆恨みしたりなんかせず、おとなしく自分みがきに精を出して、正正堂堂チャ-シュ-にアタックしていけば、痛くて怖い思いをしなくて済んだでしょうに。
だが、元日本人らしからぬことに、ことイジメの加害者に関して私は一切の同情をしない。
たとえイジメ被害者を自殺にまで追い込んだとしても、いじめた側にも人権がある、たった一度の過ちでその後の人生を台無しにしてしまうのは間違っている、などととかく日本人はイジメの加害者を擁護するのが好きだが、他人の人権を侵害した人間は、己の人権を侵害し返されても文句は言えないのだ。
え?盛大なブ-メラン発言だろうって?
いいのよ、私のは相手が何もしてこなければ何も起こらない正当防衛(オ-トガ-ド)なんだから。
「先生方も、突然の不幸続きに何か作為的なものを感じたらしくて、明日は一日授業を休講して、学院内の調査に乗り出すらしいわよ!」
「なるほどね、それでそんなにも嬉しそうなのねコロナは」
「別に嬉しそうになんてしておりませんわ!でもそうですわね、退屈な授業を受けなくて済むならば、それに越したことはございませんわね!」
公爵令嬢、そして、カルペットに匹敵するジュ-テインというわざとらしい名前で勘のよい人間ならばお察しできるだろう。
コロナは続編たるこのゲ-ムの悪役令嬢。
純血と家柄を何よりも重んじ、最初は主人公に対し差別的な態度を取る攻略対象たちと結託してイヤがらせを行うも、次第にヒロインに啓発されて態度を軟化させてゆく彼らの心変わりに憤慨して孤立してゆき、最終的に攻略対象、即ち、皇帝の息子と宰相の息子と将軍の息子と学院の理事長の息子とetcが全員本当の愛と平等と実力主義とノブレスオブリ-ジュに目覚めたことで逆に卒業パ-ティ断罪されてしまい、これから生まれ変わる新しい帝国の負の象徴として、国外追放されてしまうやられ役なのだ。
「じいや、コロナにもお茶を用意してちょうだい」
「御意に」
コロナに着席を促し、これは何かの陰謀に違いありませんわ!とまくし立てる彼女の言葉に相槌を打つ。
王国と帝国という違いはあれど、同じ公爵令嬢として仲よくしましょう、と向こうから接触してきて以来、私とコロナは建設的な友人付き合いをさせてもらっている。
確かに彼女は根っからの差別主義者であり、庶民に対しては意地の悪い面を覗かせることもあるが、それを抜きにすればよくある貴族の令嬢でしかなく、また私に対する対抗意識などもそれほど燃やしている風ではないため、むしろ同じ公爵令嬢同士、外面をよくしたり猫をかぶったりしなきゃいけない分、いろいろ大変よねえ、と腹を割って話せるので、私としても助かっていた。
ちなみに彼女は私とは違い、転生令嬢ではないようだ。
普通に婚約者たる皇帝の息子の第一皇太子にもぞっこんのようであるし、のろけ話なども普通にしてくる。
出会いがしらに、何故あなたがココにいらっしゃるの!?とか絶叫された挙げ句に、実はワタクシにも前世の記憶が~などとカミングアウトされなくて実に何よりだ。
「ねえオスカ-レット、せっかくの休暇ですもの、明日はぜひワタクシの主催する午後のお茶会にいらっしゃらない?あなた、留学生なのに全然人付き合いをなさろうとしないのですもの!」
「だって興味がないんですもの。気を悪くしないでねコロナ、あなたのお茶会にではなく、お茶会そのものに興味がないの。帝国でも指折りの公爵家の令嬢たるあなたとこうしてお付き合いさせていただいている以上、公爵家未満の令嬢につなぎをつけておく必要はもうないでしょうし、何より香水と化粧品臭くてイヤだわ」
それに、明日が休みになるなら私は孤児院に行かなければならないし、と内心付け加える。
転生令嬢といえば孤児院、孤児院といえば転生令嬢ってぐらいに、悪役に転生してしまった主人公というのは大体、おバカのおひとつ覚えみたいに孤児院に顔を出して孤児と触れ合い、援助をする。
まあわかりやすい弱者救済の構図であろう、どれだけ顔が不細工でもお家の悪名が高くとも、本人がポケットマネ-で貧乏人に救いの手を差し伸べてやるというのは外聞がよく、なおかつ孤児院が教会などの宗教と結託している場合、それが国教であればあるほどより叩かれづらい。
同じことをヒロインちゃんがやろうとすると、国民の血税をなんだと思っているんだだの、国内に孤児院がいくつあると思っているんだだの、偽善だの、ボロクソ叩かれるが、そこは天下無敵の主人公補正、悪役令嬢がやる分には誰にも批判されない好感度アップのためのミラクルマジックというわけだ。
普段二十何時間テレビを感動ポルノだの障害者を玩具にしているだの叩くくせに、こんなところばかりきっちりその辺のいやらしい仕組みを活用して、たとえば貴族相手には見せない笑顔をカワイソ~なガキとたまたま偶然通りすがった王子だのなんだのに見せて驚かれたり、あなたこそ真の名君の素質ありと絶賛されたり、場合によってはガキどもが運んできたトラブルを作者贔屓のイケメンと一緒に解決したりして、ドッキドキのラブラブ大作戦大成功、みたいな流れになるのが必定であるため、孤児院というのは転生悪役令嬢に用意された便利なお助けスポット的存在であるといえる。
「もう、あなたってば本当に社交性に欠けますのね!そんなだから良縁にも恵まれませんのよ?」
「私が本気になれば、恵まれる必要なんてないもの。それよりあなたはどうなのよコロナ、愛しの殿下との仲は順調?」
恋バナを聴かせるのと聴かされるのでは、圧倒的に聴かせるほうが好きな女子が多いだろう、コロナもその限りだ。
案の定話題を振ってやれば、即座に頬を赤らめながら、殿下から何を贈られただの、殿下とどこそこのパ-ティに出席するだのと、洪水のごとく勝手に喋り続けてくれるため、それに相槌を打っているだけでいいというのは実に気楽でよい。
(そういえば、帝国側のヒロインちゃんが殿下と初めて衝突するのも孤児院だったわね)
話が逸れたが、私が明日、孤児院に向かおうとしている理由はまさしく、そのヒロインちゃん絡みの事情でだ。
庶民上がりで孤児院出身のヒロインちゃんはまあ、ゲ-ムを進めてゆくと学院内でイジメや差別にさらされ傷つきながらも、何くそ負けじと持ち前の根性と負けん気の強さを発揮してどんどん攻略対象たちとの仲を深めてゆく。
だがそんなヒロインちゃんとて、時には落ち込んだり悲しんだりすることもあり、そんな時、そっと彼女の心に寄り添ってくれるのが、これまた誰とも結ばれなかった時のための救済エンド用に用意されている幼馴染の少年と、そんな少年とヒロインちゃんを育ててくれた、孤児院の院長であって、その院長というのが、イケメンまみれの乙女ゲ-ムの世界ではものすごく貴重な、ハイジヒゲの素敵な優しいお爺さんなのだ。
断言しよう、私は彼(院長)が欲しい、凄-く欲しい。
世界観の問題で素敵な年上男性の恋人になれないならば、せめてじいやをはじめとする、素敵なおじさん、お爺さんを周囲に侍らせて、チヤホヤ可愛がられるぐらいの贅沢は楽しみたいのだ。
ゆえに、勧誘に行こうと前前から思っていたのである。
何せ貴族主義の軍国の孤児院、援助などろくにあるはずもなく、ヒロインちゃんは子供の頃から貧しさや飢えに苦しんでいたという回想シ-ンがある。
そこへ帝国関係ない、王国からの留学生たる私が援助をチラつかせて迫れば、金で人の魂は買えませんと優しく諭してくれそうな人格者のお爺さんとて、子供たちにひもじい思いをさせたくないでしょうという囁きに、心動かされないわけがない、という寸法よ。
(ごめんなさいコロナ、私、友情より男を取る女なの)
どうでもよい殿下との恋バナを延延喋り続ける友人に心の中で謝罪しながら、私は素晴らしきおっさん爺さんハ-レム構築に向けて着着と計画を練り続ける。
理想の愛は、座して待っていても与えられない、己の力で勝ち取るものなのだ。
おしまい