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小さな森の大きなユートピア〜或いはディストピアか?  作者: 清水 蒼
第1章 冒険の始まりは公園?
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反撃開始!

 わたるの隣に佇む、ゆうは今にも泣き出しそうな表情をしている。

 形のいい大きな瞳に、涙を溜めているのか、月明かりが反射している。

 

 亘は今日は取り敢えず眠ろう、と夕に言ったが、夕は両手に衣服らしいものを握りしめ、その場を動こうとしない。


「その手にあるのはなに?」

「……これ、多分おばあちゃんが、おじさんにって作っていたやつだと思う……。」


 亘は、ちょっと見せてと言いながら、夕の手ものにあるものを掴むと、夕は力を緩め亘の方へ弱々しく渡してきた。


「へー、これもおばあちゃんが作ったのか。すごいなあ。」

「いろいろあのおばあちゃんには教わったけど、私もっとおばあちゃんから教わりたかった。衣類の作り方だってまだ私下手だし。」


 そして夕が亘の顔を見つめる。とても強い瞳の色に亘はちょっとたじろいだ。


「お願い。おじさん、おばあちゃんたちを助けて。」

「わかってる。でも、今日は取り敢えず眠ろう。ゆっくり休んで力を養わないと。」


 夕はこくりと頷くと、中学生の女の子5人の方へ行って、なにやら話し込んでいる。

 事情を説明しているのだろうか。


「おじさーん、ご飯食べよ!」


 夕が先ほどとは、うって変わって元気な声で亘に向かって叫んだ。

 

 簡単な食事が用意されるのに、さほど時間はかからず、晩御飯を食べてない亘たちは、がっついてあっという間に平らげた。


 そして食べ終わると、夕が率先して女の子たちの先頭に立ち、後片付けを指示しながらお喋りに花を咲かせている。

 

 亘は夕が無理をしている、と感じた。だが、湿っぽい気持ちでいるよりも、手を動かしてお喋りしている方が、気も紛れるだろう。


 亘は捕らえた、残りの中学生男子の扱いについて、考えを巡らせる。食事はそれぞれに与えたものの、まだ後ろ手に縛ったままだ。


 亘にとって、子供達に酷なことをしている、という気持ちにさせる。今晩だけだ、と自分に言い聞かせた。


 片付けを終えた女の子たちは、夕の言葉に従って、各々穴--沢渡さんや吉田、それにおばあちゃんたちが使っていた穴、に入り眠りにつくようだ。


 夕が亘の方へ、走り寄ってきた。


「みんな眠ったの?」

「うん。まだまだ子供だからよく休ませないと。」

「三枝さんも、子供、じゃない?」


 亘の腰に、夕の軽い蹴りが入る。


「もう、いっつもおじさんは子供扱いする。私は立派な大人の女よ。」


 その割には随分と泣き虫だよな、と亘は思ったが口にはしなかった。感受性が鋭いのか、夕はよく泣くよな、と亘は今までのことを思い返していた。


「さあ、三枝さえぐささんも寝た寝た! 寝不足はお肌の大敵だよ。」

「おじさんもちゃんと寝てよね。」

「ああ、大丈夫。もう眠くってフラフラだから、座ったらすぐに寝ちゃいそうだよ。」


 夕は亘の言葉に大人しく従い、穴の方へ歩いていく。が、そこで止まると、その場で横になった。


「そんなところで寝ちゃ、夜露が毒だよ。空いてる穴で寝た方がいいよ。」

「おじさんもそこで寝るつもりでしょ?」


 観察眼も夕は鋭いのかもしれない。亘は、中学生たちが縛られたまま眠っている場所で座って眠るつもりだった。


「わかったよ。大人の三枝さんのお好きにどうぞ。」

 

 亘が言うと、夕の方から小石が飛んできた。

 亘は夕が横になったまま寝付くのを、その場で見届けた。つもりだったが、疲労からくる睡魔に勝てずに気がつくと眠ってしまっていた。


 朝日が亘の瞼を強くノックし、亘ははっと起き上がる。眠るつもりはなかったのに、寝てしまっていた。

 夕も今起きたところのようで、細い腕で伸びをしている。

 今日も暑くなるんだろうか、と亘が辺りを見回すと、すぐ異変に気付いた。

 後ろ手に縛り上げていた、男たち3人がいない。

 やられた、と亘は眠りこけていた自分を責めた。そして、男たちがいたところに、目が止まる。

 森の奥の方を指すような、大きな矢印が地面に記されていた。

 吉田の仕業だ、と亘は直感した。


「三枝さん、女の子たちを見てきて!」

 

 亘は、夕に向かって叫んだ。

 何かを悟ったかのように、夕が穴の方へ飛び出して行った。


「大丈夫! みんないるよ!」


 夕の言葉に安堵するとともに、亘はなぜ男たちだけを連れ去ったのか、疑念を感じた。

 そして、恐らく檻に縛り付けていた男2人も連れ去られただろう、と思い檻を見にいくのを辞めた。


 夕が女の子たちを起こして、食事の準備を手伝わせている。

 亘は抱いて眠っていた、刀のようなものが無事だったことに心強さを感じていた。


 食事を終え、状況を女の子たちに説明し、夕に向かって、亘は告げた。


「これからおばあちゃんたちを探しに行こう。」

「……うん。でも、どうやって……。それに相手は吉田さんだよ? それにそれに、多分男の子たちもまた言いなりになってるかも知れないし、勝てるかな……。」

「三枝さんらしくないなぁ。三枝パンチでどうにかなるって!」

「あ、私の空手、馬鹿にしてる!」

「馬鹿になんてしてないって、本当に頼りにしてるんだよ。」

 亘が神妙に言うと、夕もそれに応えるかのようにゆっくりと頷いた。



 矢印の指す方向に向けて、しばらく歩くと、また地面に矢印が大きく書かれている。

 おびき寄せる罠だな、吉田の事を甘く見ない方がいいな、と亘は拳を握った。

 

 矢印が出るたびに方向が変わる。地図のない亘にはどう歩かされているのか、解らなかった。

 すると、夕が亘に小声で囁く。


「さっきから同じところ歩かされてる。きっとどこかから見張って、その度に矢印を書き直してるよ。どうするおじさん?」


 そう言うことか。

 夕は、狩りや木の実の収穫をして回っていたから、この辺の地理に詳しいからわかったのだろう、と亘は思った。

 そして、その言葉に覚えた動揺を「見張り」に悟られないように、冷静に歩き続けた。


「見張りがいるの、見えた?」

「さっきから2人、木の上から見てるよ。」


 夕の観察眼は天性のものなのか、この森に来てから鍛えられたものか、訊いてみたかったが、そんな事をしている余裕はないな、と亘は関係ない話を始めた。


「森の中は、木陰で涼しいね。」


 夕は小声で叱りつけるように亘に言ってきた。


「そんな事言ってる場合?!」

「いやー、もうくたくただよ。歩き疲れたなー。」

「本当に疲れちゃったの?」


 亘は小声で夕に伝える。

「疲れさせるのが奴らの目的だよ。へたり込んだところを狙うつもりなんだろう。」


 夕は合点がいったようで頷き、弓を握り直したのが目に入った。


 それからしばらく亘は、矢印に従い、時に足が痛いような芝居をして見せた。


「そろそろかな? 三枝さん、準備いい?」

 

 亘の囁きに頷く夕。


 亘が、疲れたーと声をあげて、座り込もうと、膝立ちになった。そして刀状の得物の柄を握る。

 夕が矢尻に手を添える。


 咆哮とも似つかぬ、やや高めの声があたりに響き渡る。すると、木の上の男たちが矢を射ってきた。

 矢は亘たちを狙ったのだろうが、見当違いの場所を射抜く。

 すると、3人の男が亘たちの後方から走り寄ってきた。手には木の枝のようなものが握られている。

 亘はすぐに立ち上がり、3人組の向かってくる男たちに向けて剣先を向け、構えた。


「三枝さん、上の2人をお願い!」

 夕が頷き、亘は視線を3人の男たちに向け直した。


 亘の剣先と彼らの距離は歩幅でおおよそ10歩くらいのところまで来ていた。

 亘は気合を込めて、走りこんでくる男たちの1人に向き合い、鋭い突きを相手の胸元へ放った。

 振り回していた棒をすっ飛ばして、男は倒れこみ、呻く。

 素早く、亘はもう1人に向き直り、構える。

 男が棒を高々と振り上げ、亘に打ち込んでくる。亘は冷静に棒を弾き、相手の胴に打ち込んだ。

 すると、夕の方から矢を射る鋭い空気を切り裂く音が聞こえて来た。


 亘は安心してもう1人に構えた。相手は2人が倒れこみ、もがき苦しんでいる様子を見て、怯んだように、その場に立ち尽くしている。

 完全に戦意喪失しているな、と亘は残りの相手に、思いっきり間合いを詰めて、喉元に剣先を突き立てた。


「三枝さん、そっちはどう?」


 亘は剣先を外さずに夕に尋ねる。


「2人とも弓は素人だから、手加減するのも大変だよ。ちゃんと当てないようにするのが難しくって。」


 そして、もう木の上から矢が降ってくることはなかった。


「さて、詳しく聞かせてもらおうかな?」


 亘は剣先を向けたまま、無傷の男を尋問する。


「昨日は、どうやって逃げ出したんだい?」

 

 喉元に切っ先を突きつけられている男は怯えながらも首を横に振る。


「じゃあ、いいか。君もこの子たちみたいに痛い思いしちゃうよ?」


 亘は、心にもない事を言っている自分にちょっと嫌気が差した。だが、吉田の居場所を聞き出すためだ。

 脅してダメなら、と亘はある事を思いついた。


「そのままで、棒を手放して、バンザイしたら逃がしてあげるよ。」

「ほ、本当か?」


 亘の提案に食いついた男は棒を手放し、バンザイをした。


「何やってるのよ、緊張感のない……。」


 夕の非難を尻目に亘は、男の脇をくすぐった。

 男は緊張した状態から一気に笑わされた自分に戸惑っているかのような、救いを求める目を亘に向けている。

 

 この辺で、とこちょこちょくすぐるのを止めて、亘は改めて訊き直した。


「昨晩は誰に逃がしてもらったんだい? この罠? は誰の提案?」


 くすぐられていた男は、息をぜいぜい言いながら、よ、よしだ、だ、と呻くように発した。


「じゃ、吉田さんのいる場所へ案内してもらえる?」


 夕が傍から覗き込み、にっこり笑っている。


 亘にはその笑顔がちょっと怖かった……。

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