脱出・脱走、拉致?
亘が目を覚ますと、暗闇に包まれていた。
だが、半瞬して、何かで頭を覆い被せられているのがわかった。
息は苦しくない。覆いが被せられているだけのようだ。
体が横になっているのがわかったので、起き上がろうとすると、両手首に鈍い痛みが走った。どうやら手首を何かで締められているようだ。
「大丈夫? お腹痛くない?」
夕の声が聞こえた。
「大丈夫だ。この頭に被せられてるものを取ってくれないか。」
「私たちも手首を繋がれてるの。それに……。」
それに何だろう、と亘は思ったその時だった。
「おい、おしゃべりは止めろ。静かにしてろ!」
怒声が亘の前、それもだいぶ離れたところから聞こえた。
「どこに何人いるんだ?」
亘は小声で夕の声がした方に向かって、囁いた。
「見張りは2人。私たちは7人いるの。みんな後ろ手に縛られてるんだ。」
夕の頭には覆いは被せられていないようだ。
亘が気を失ってからのことを小声で尋ねた。
「あの刀みたいなの、刃があまり研がれてなかったみたい。おじさんのお腹に思いっきり当たっておじさん倒れちゃうから、死んじゃったかと思ったら……。」
夕と他の女の含み笑いが聞こえて亘はちょっとほっとした。
夕たちの心は死んでいないようだ。兎に角、この状況から逃げ出さないと、亘は他の村の人のことが気になった。
「沢渡さんとおばあちゃんはどうしたんだ?」
「彼らの食事の準備とかさせられてるみたい。さっきここにも夕飯持って、来させられてたから。それと……。」
夕が何かを言い淀んだ。すると他の女のささやき声が聞こえた。
「私たち、同じ中学の同級生なんです。」
「中学生!」
亘は大きな声を出しそうになるのを堪えた。
「中学生が何でこんなことを……。」
すると夕の声が不満そうに言った。
「高校生だっているんですけど。」
「高校生って三枝さん、高校生だったの?」
「だった、じゃなくて現役です。失礼しちゃうな。どうせ、また年上に見えたんだ。全く男ってやつは……。」
夕が高校生だってことに亘は驚いたが、あの男たちと、ここにいる女たちが中学の同級生だったことにさらに驚いた。
「ちょっと、三枝さんの件は後にして、君たち同級生、ってことは男たちの事も知ってるの?」
「はい、あの人たち元からやんちゃばかりしていて、先生たちも手を焼いていたんです。それから何でかわからないけど、小さくなっちゃって、それでご主……吉田さんにあの人たち騙されてついてきたら、ここで奴隷にされちゃって。」
吉田の名前を聞いて、亘はハッとなった。あの亘を殴った刃物を持った男、刃物をあるお人からもらったと言っていた。確証はないが吉田の事か、と思った。
まだ吉田が暗躍している。彼らを焚きつけたのも吉田かもしれない。
亘は刃物で思い出した。夕にもらったカミソリのような刃物が、腰巻き替わりにしている葉の後ろ側にあるはずだ。落ちていなければ使える、と亘は脱出の算段を始めた。
「今何時くらいだろう?」亘が夕に尋ねた。
「時計があるわけじゃないから、正確にはわからないじゃない。」
「だいたいでいいんだ。陽が落ちてどれくらい経つ?」
「このお腹の減り具合から考えて、いつもの夕飯の時間から4時間くらい、かな? 本当、もうお腹ペコペコ。」
「三枝さんの腹時計は信頼できそうだね。」
亘が言葉に笑いの成分を混ぜて小声で言うと、夕が憤慨して言った。
「ちょっとそれどう言う意味? 失礼よ」
「ごめんね」と笑いながら謝罪すると、「あと2時間ほど仮眠をとっておいて。」
「この状況で眠れって……。」
亘はいいから休んでおいて、とみんなに改めて小声で言い自分も目を閉じた。
「おじさん、そろそろ2時間経つんじゃない?」
夕の声で目を覚ました亘は、夕に尋ねた。
「見張りは? 誰かと交代した?」
「ううん。ずっと同じ人たち。あくびしてる。」
亘は計算通りだな、と後手に握っていた夕からもらったカミソリを、小刻みに動かし始めた。
「おじさん、何やってるの?」
「三枝さんは、彼らが俺の方を向いたらそっと知らせて。」
と、亘は告げるとカミソリで、手を縛っている紐状のものを切り続けた。
それから2時間ほど経っただろうか。亘の両手首は傷だらけになっていた。映画のように上手くはいかないものだな、と亘は痛む両手首の傷に耐えながら紐を切った。
「三枝さん、彼らは?」
「1人寝ちゃったみたい。やっぱり中学生だね。夜中は寝ちゃうんだ。もう1人もボーッとしてるから時間の問題だね。」
それを待ってたんだ、亘は自分の目論見が上手くいきそうな事に安堵した。
夕に亘はいつも以上に、慎重な小声で囁く。
「三枝さん、俺の方に後ろ手を向けて。」
亘を信頼した夕は言われるがまま、亘の方へ縛られている両手を差し出したようで、亘の膝に当たった。
亘は慎重に夕の手を傷つけないように、手探りで紐を確認してカミソリで切り出す。
「動かないで。」と夕が振り向こうとする気配を察して、亘は紐を切り続けた。
両手が自由になった亘が、夕を縛り付けている紐を切るのにさほど時間はかからなかった。
「もう1人も眠そう?」
亘は夕に聞くと、膝に当たっていた夕の手が離れた。腰を浮かせて、様子を伺っているのだろう。
「半分寝てるみたい。コクコクしてるよ。」
小声で話す夕の声を聞いて、亘は頭の覆いをそっと外し始め、目が見えるくらいまで押し上げて辺りを見回す。
彼らが奴隷扱いされ閉じ込めらていた、檻の中のようだ。亘のそばに夕がいたのは幸いだった。他の女の子たちも、さほど離れていないところにいたが、亘がカミソリで両手の枷を外せる場所にはいなかった。
そして、見張りの男たちを見ると、確かに1人は完全に横になって眠り込み、もう1人は座ったまま眠っているようだった。
「檻は何かで縛られている?」
「前と同じで何も鍵みたいなものはないみたいだよ。」
亘は夕に小声で「三枝さんは右、俺は左。檻を出たら、すぐに口を塞いでこの中へ。」
と告げると、夕は亘のやりたい事を承知した様子で頷く。
2人で忍び足で檻の扉へ近づく。亘は心臓の鼓動が高鳴る音が耳障りだ、と思いながらゆっくりと檻の扉を開けた。
そして、2人で見張りに飛びかかるようにして、口を塞いで開いてる檻の中へ引きずり込んだ。パニックになっている、2人の中学生を哀れだと思いながら、亘は後手に縛り付けた。
「やめろ、やめろよ。ふっざけんな! こんな事して許されると思ってんのかよ!」
威勢のいい言葉が2人の男から発せられたが、亘は無視して、他の縛られていた女の子たちの枷をカミソリで切っていく。
囚われていた全員が檻を出て、喚き散らす男2人は放置しておいた。檻の扉に紐状の蔦で亘は厳重に縛っておく。ここの声は村まで聞こえやしないのは確認済みだった。
「これからどうするの?おじさん……おばあちゃんたち……。」
「ああ、わかってるよ。あの刃物で脅されて言う事を聞かせれてるんだろうけど、こんな時間だ。みんな寝てるよ、安心してね。」
村に全員でたどり着くと、亘の読み通りテーブルの上には散らかした食べ物が、散乱したままの状態で、3人の男たちが眠りこけていた。その場におばあちゃんや沢渡さんはいなかった。
「穴で眠っているのかも。」
夕が忍び足で一緒に眠っていた、おばあちゃんの穴に入っていった。そして亘は無造作に落ちていた、昼間気絶させられたなまくら刀を手に取った。動揺していたとはいえ、こんなもので気絶させられるとは、と亘な情けない気持ちになった。
刀の傍で眠りこけていた男が、人の気配を察したのか目を覚ましたのに亘が気づいた。男は目を剥き、叫び声をあげそうだったので、亘は自分の腰くらいの男の口をそっと抑えて「しーっ」と反対の手に持っていた刀で殴る仕草をして見せた。
3人を見張りの2人と同じように、後手に縛り上げると、みんなシュンとした。そして口々に愚痴り始めた。
「だから、あいつの言う事なんて聞く必要なかったんだ。」
「だって、また脅されたら怖いじゃん。」
亘は口を挟んだ。
「あいつってのは吉田さんのこと?」
「そうだよ……あっ。」
「馬鹿、話すなって言われてただろう。」
どうやら口止めをされていたようだ。明日の朝にでも様子を見に来て、状況が吉田にとって芳しければ、この村に戻ってくるつもりだったんだろう。
「おじさん!」
背後で夕の叫び声が聞こえた。
「おばあちゃんが居ない! 沢渡さんも見当たらない……。」
読みが外れたと亘は唇を噛んだ。吉田におばあちゃんと沢渡さんが拉致されたかもしれない。