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小さな森の大きなユートピア〜或いはディストピアか?  作者: 清水 蒼
第1章 冒険の始まりは公園?
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生活の場〜そして……

「休ませてくれ。もう限界だ。」


 わたるゆうに告げると、その場にへたり込んだ。


「またー? もう何回休むのよ。これじゃ日が暮れちゃうよ。」

「君がスズメにちょっかいなんて出すから、あんなに走らなければもう着いてるんじゃないのか?」

「‥‥もうしょうがないなぁ。」


 多少は自責の念があるのか、夕もその場に座り込んだ。

 もう限界だ、亘にしては今日は過剰な運動だった。座り込んだ姿勢から、横になる。


「もう駄目です。ちょっと寝かせて。」


 亘は甘えるように言った。年上の自分がこんな女の子に体力で劣るなんて嘆かわしい、と思いながらも、そんな見得は張っていられないくらい疲れ果てていた。


「もう、おじさんだからしょうがないか。」

 そう言うと夕も背を地面につける。

「おじさん、ってやめて……。確かに君からみたらおじさんかもしれないけど、まだ30歳になったばかりなんだ。」

「30歳って立派なおじさんじゃないの?」

 亘は言い返す言葉が出なかった。

「なんだか、私も眠くなってきちゃった。」

 夕の言葉を聞いた亘は眠りに落ちた。


 聞き覚えのある歌が頭の中で流れている。いつ聞いた歌だっけ、歌、歌が聞こえる、そうだあの子と別れ話をした時の喫茶店でバックに流れていた曲、かな。あの子って誰だっけ……。そんな考えが頭の中でしっかりとした映像を描く。途端に歌が途絶え、亘は目を覚ました。


「起こしちゃった? でも、そろそろ出発しないと。」

「歌、歌ってた?」


 夕は頬を赤く染め、俯く。こんな表情もするのかこの子は、と亘は見つめた。


「ちょっと聞こえちゃったかな……。ってかあんまりじろじろ見んな!」

「ごめん、なんか懐かしい曲だったから、つい。」

「この歌、お父さんがよく聞いてた曲なんだ。なんて歌か忘れちゃったけど、メロディーだけは覚えてるの。」

「お父さんか……。心配してるだろうね。」

 夕は俯いたまま首を振った。

「お父さん、いなくなっちゃったの。」


 いなくなった、亡くなったじゃないのか。失踪とかかな、と亘はこれ以上聞いちゃいけないと思い話題を変えた。


「あとどれくらいで君の村に着くの?」

「君ってなんかやだな。名前で呼んでよ。」

三枝さえぐささん、じゃ俺のことも……。」

「おじさんでいいじゃん!」

 夕は破顔しつつ立ち上がった。

「あと、本当にもうちょい。だから、頑張って歩こうよ、おじさん!」

 

 陽が傾きかけてきた頃、あれから休憩なしで歩き続けたところで夕が突然走り出して、しばらくすると、腰からオカリナのような格好の物を口に当て強く吹いた。あたりに低音の笛の音が響いた。


「さぁ、着いたよ。」

「ここが村? 何にもないけれども……。それにその笛はなに?」

「これは仲間だよ、って合図。あ、ほら出てきた。」


 その言葉を合図にしたかのように、大きな木の根物のアリの巣よりやや大きめの穴から、亘の半分くらいの大きさの人が出てきた。

 

 夕と同じような服を着ている。顔立ちから年齢は60代後半だろうか。だが、小さくなった亘よりも小さいので、本当は幾つくらいだろうか、と不思議に思った。

 

 その人物は亘を見ても、驚きもせずに近づいてくる。


「俺たちより小さい……。」


 亘は口からつい出してしまった言葉に、失礼にあたるんじゃないか、と取り消したい気持ちになった。


「ハハハ、ようこそお客さん。ここでは君の方が大きすぎるんだよ。」


 日焼けした服から伸びている腕と足は筋肉がよく付いていて健康そうだ。顔立ちは優しげだが、その肉体からは威厳のようなものが漂っている。亘は自身の脆弱な肉体と比較して恥じ入った。


「吉田さん、こちらが昼間追いかけられていたって聞いた人。追いかけてる人っていうのは見つけられなかったよ。」

「夕ちゃん、ご苦労さん。やっぱり夕ちゃんを行かせて正解だったようだね。もう1人の方は残念だけど、諦めましょう。」


 吉田さんと呼ばれた、筋肉質の男性はそういうと、亘に近づいて来て訊いた。


「私は、この村、まぁ、村ってほどじゃないけど、みんなからはそう呼ばれている。村の村長みたいなもので、吉田と言います。君の名を訊いてもいいかな。」

「水谷亘です。気が付いたらこんな大きさになって。それで彼女にここまで連れて来てもらいました。どうして……。」

「ストップ。訊きたいことは沢山あるでしょう。でも、まずは夕食にしましょう。その時にでもじっくり話をしましょう。なに、ここは時間が穏やかに流れているんですよ。」


 そう吉田は言い、大きな声で大丈夫だ! と叫んだ。

 すると、先ほど吉田が出てきた穴のようなものが他にもあり、そこから吉田ほどの大きさの人が3人ほど出てきた。皆、亘を見ても驚きも不安そうな表情を浮かべることなく、やぁ、とか、ようこそ、などと声をかけて手に持っている道具や、食材と思われるものを並べ始めた。


 警戒されないことが、亘には不安だった。亘にはここにいる、小さな亘よりもさらに小さな人たちのことが不思議に思えたし、なぜ簡単に自分を受け入れようとするのか。


「私が連れてきた人だからだよ。私こう見えても人を見る目はあるってみんなから信頼されてるんだ。」

 夕が話し出したので、亘は顔に出ていたのかと、少し恥ずかしくなった。

「でも、悪い人だっているだろう? それに俺はこんな大きいし。いや小さいけど。」

「私、こう見えても結構強いんだよ? 試してみる?」


 夕は腕を振り、スポーツに縁遠い亘にはわからない構えをして見せた。


「へぇ、三枝さん信頼されてるんだね。それに強そうだ、よくわからないけど。」


 夕の細い腕と身体つきで強いと言われてもな、と亘が茶化すと夕の手刀が亘の眉間直前で止まり、空を切る音が後から聞こえてきた。亘は思わず、ひっと声を上げた。


「寸止めしなかったら、死んでるよ、おじさん。」


 夕が真顔のまま手を緩めて、礼をして顔を上げた時には笑っていた。


「おーい、じゃれてないで夕ちゃんは手伝っておくれよ。」


 年配の女性と思しき人から夕は声をかけられると亘に向かって「その辺で休んでて。今日はお客さんだからね。」と言いながら、走り去った。


「夕飯の用意ができたよ。起きなよ、おじさん。」


 夕の声が耳に入ると、眠っていたことに気がついて亘は上半身を起き上がらせた。周囲は夕闇に覆われ、遠くには暮れかかる夕日が半分だけ顔を出していた。


 夕に誘われて行くと、そこには木製のテーブルと椅子がセットされ、テーブルの上には器の中にスープのようなものや、木製の皿の上には木ノ実のようなものが並んでいた。ロウソクまであり、辺りを煌々と照らしている。


「これ、どうやって……。」


 亘が不思議そうに揃えられた晩餐を見て口にすると、吉田が応えた。


「さぁ、まずは食べながら話そう。」


 亘は勧められた椅子に座ると腹が鳴った。体調を崩してから全くなかったはずの食欲が湧いてるのを口の中に溢れるよだれで実感した。


 食事はどれも不思議な味がした。不味いわけではないがどこか青臭い感じがする。みんなが普通に食べているので悪いものではないだろう、と思い切って口にしてみたら止まらなくなった。


 思い返せば、今日は朝食にパンを3口くらい食べ、食欲がなくても栄養を少しでも摂ろうと、野菜ジュースを1杯飲んだっきりだ。それ以外にも暑いので水分はよく摂っていたが、こんなにも食べ物として存在感のあるものを口にするのは久しぶりだった。体が求めるまま、口に運んだ。


 一通り目の前のものを貪り終えて、周りを見渡すと皆驚いたような顔をしている。

 亘は食べ過ぎたのか? 何か失礼なことをしたのかと不安になった。


「いやー、お兄さんよく食べるねぇ。こっちのご飯は初めてでしょう? 私なんて初めてご馳走になった時は、おっかなびっくりでどんな味がしたか覚えてないわよー。」


 先ほど、夕に夕飯の手伝いを頼んだ年配の女性が言うと、吉田が顔をほころばせながら頷いて言う。


「若いってのはいいねぇ。環境順応力が高いんだろうね。おかわりは残念ながらないんだ。」


 おかわりはなし、と聞いてちょっと物足りなさを覚えた亘だったが、自分が何か間違えたことをしたわけじゃないのを知って安堵した。そして腹が満たされたからか、落ち着いた気分になり、亘は一緒にテーブルを囲んだ人々を眺めた。


 よくよく見ると、みんな結構な歳をとっているようだった。老年期に入っているここの人たちから、夕が可愛がられるのがわかる気がした。孫のように感じているのだろう。


 テーブルをよく見ると、天板が木の皮で出来ている。足は枝を組み合わせたもののようだ。釘は使われていないが紐のようなもので結ばれている。


 テーブルの上の食器は素焼きの状態で使われている。うわぐすりなんてないのだろう。ローソクがあるのが意外な気がしたが、考えて見れば植物油由来のローソクもあったような気がした。あとで作り方を訊いてみるかと亘は空になった素焼きの器を見つめて、こんなに食べたのは本当に久しぶりだと思った。

 

 みんなの食事が終わり、食器を片付け終わるとテーブルと椅子もしまわれ、1本のローソクを残してその周りにみんなが車座になった。


 亘が「ごちそうさまでした。」と口を開くと、夕以外の4人が頭を下げた。4人の頬には涙が伝っている。


 亘は何事か、と驚き夕を見たが、夕の顔には悲しげな笑みが浮かんでいた。


「こんなことになっちまって、さぞ驚いていることでしょう。なんと言っていいのか……。」


 吉田はそう言うと、涙を流し続けた。


 辺りには夏の虫の鳴き声が響き渡っている。夜風は昼の熱風からやや涼しげな風に変わっていた。

 沈黙を破ったのは夕だった。


「でも、こっちの大きな森も悪くないよ。それにいつかは元に戻れるって可能性もないわけじゃないし……。」


 その言葉が亘の胸には重く響いた。みんな楽しげだったか、心では戻りたい気持ちを持っているんだ、とわかると亘に同情心が湧いたが、人ごとじゃないんだと我に返った。


「それじゃ、元に戻る方法なんて誰も知らないんですか……。」


 ようやく亘は重い口を開いた。


「いや、そうじゃない。」

「えっ」


 吉田の言葉に亘は反射的に前のめりになった。だが、それじゃなぜみんな小さいままなのだろうか、それに大きさもみんな違うのは何故なのか、疑問が次々湧いてきて言葉に詰まった。


「遠くの村から伝わってきた話によると元の大きさに戻れた者もいる、と言う話だ。」

「遠くの村? ここ以外にもまだ村ってあるんですか?」

「実は村長などと呼ばれているが、私はここの事をよく知らない。この5人の中で一番歳が上だってだけでね。それにあまり興味がないんだ。元に戻ることにね」

「興味がないって、どうしてです? ご家族とか、待ってる人とかいるんじゃ……。」


 夕が険しい視線を寄越した。亘はその視線に驚いて、自分がやや興奮気味だったことに気づき声を落とした。


「さぁ、今日はこの辺にしましょう。明日また話そう。」


 そう吉田が笑顔で宣言すると、水谷さんはそっちの穴でお休みよ、と指差し、みんなはそれぞれの穴へ入って行った。夕が何故か寂しげな表情で亘を見て、年配の女性と同じ穴へ入って行った。


 亘は吉田に指定された穴へ入ると倒れ込むように眠りについた。久しぶりに寝入るのに時間がかからなかった。



「早く起きて。お願い起きて。」


 体を揺すられる感覚を夢だと思った亘は、夢の中で声が聞こえたように感じ、また眠ろうとしたが、頬に強い痛みを覚え慌てて起きた。


 目の前に夕がいる。


「早く起きて、急いで逃げて!」

 そう言う夕の目は真剣そのものだった。


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