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兄、勇者の苦悩

とっても短いので息抜きに読んでいただけたら幸いです。

「おはよう、兄さん」


 朝起きて階段から降りると満面の笑みで挨拶をして来たのは俺の最愛の妹、沙織だ。艶のある真っ直ぐな髪には天使の輪っかが浮かんでおり、その丸い瞳と小さな唇も合間って本物の天使のようだ。今朝もエプロンの姿がよく似合っている。


「ああ、おはよう」

「ご飯もう出来ているから食べてね」

「サンキュ」


 キッチンからは朝食の良い香りが立ち込めていて朝から幸せな気分になる。


 我が家の両親は共働きで、2人とも現在海外出張中のため現在俺は妹と2人暮らしをしている。そこで元々料理の得意だった妹は家の料理担当をしてくれている訳だ。


 今日も美味しいパンと目玉焼きを味わいながら頭を覚醒させて、学校へ向かう。そんなありきたりで幸せな日常。だがこれは俺という人物を説明する為の材料としてはまだ不充分なのである。


 未だ語られていない、残りの部分は学校から帰って来て夕食を食べ、皆が寝静まった夜間に起こる。


「よっし。気合い入れてっか!」


 俺はそう叫んでいつもの通り、自室の丁度中央辺りの空中で揺らめく穴に飛び込んだ。


 穴。

 そう、何の比喩もなくそのままの意味だ。

まるで立体感はないのに穴の先は見通せないほど暗く、何処に繋がっているかもわからない、辛うじて人1人が潜れるくらいの怪しげなこの穴は、約1年ほど前に突然俺の目の前に現れた。


 最初は本当にビビった。だって寝ようと部屋に入ったら急に空中に穴が開いたんだぜ?誰もが己の目を疑うだろう。

 初めは俺も幻覚の類だと思って無視していたが、毎晩毎晩現れるそれに、遂に不気味さよりも好奇心が勝ってしまい、思い切って飛び込んでみた。


 潜り抜けた先は見知らぬ城。見知らぬ人。見知らぬ世界。

そう。何を隠そう、そこは夢見る剣と魔法のファンタジー異世界だったのだ!俺は勇者として魔王を打倒すべく、天から降臨した。...ということになっているらしかった。よくある王道ロールプレイングゲームとおんなじだ。

 何もかもが驚きの連続で、何度も夢を見ているんじゃないかと疑ったが、どうやら現実らしかった。


 1年前のその出来事から俺は毎晩彼方に通っては魔王城への冒険を続けている。と言うのも、一度向こうへ行っても日本時間で朝になると気づかぬ内に俺は自室のベッドに寝ていて、元の世界に戻っているのだ。また夜になると現れる穴を潜ると前の晩で意識が途切れたところからスタートになる。そんな学生と勇者の両方の生活が俺のちょっと変わった日常の全貌だ。


 今日も例によって例のごとく穴に潜って異世界に行く。この1年で旅もかなり進み、昨日で丁度魔王城に入る直前までいった。だから恐らく今日、明日辺りには魔王のいるフロアまでいけるんじゃないだろうか。


 足が地面に着く。昨日意識が途切れた所、魔王城の壮大な門の前に俺は立っていた。

 この旅最後の難関に挑む為か、緊張と高揚感で剣を握る手が少し震える。


「待ってろよ。世界の平和まであと少しだ」


 そうして俺は足を踏み出した。



 伝令の者が慌てた様子で部屋に駆け込んでくる。


「魔王様!勇者が遂に城内へ侵入したようです!」


 高い台座の上に座る人影ーーー魔王はふっと嘆息を漏らした。


「了解した。各幹部には既に指示を飛ばしてある。下がって良い」

「ははっ」


 一人きりで静寂の中、魔王は遂にこの時が来たか、と腹をくくる。

 正直この魔王城にいる幹部が束になって掛かっても勇者には到底かなわないだろう。それぐらいアレは次元の違う存在だ。チート過ぎる。仲間も引き連れずにたった一人で敵陣に乗り込んでくる様からその化け物っぷりが伺えるだろう。


「出来る限りの事はするさ」


 誰に言うわけでもなく口に出す。


 (この日のためにこの世界へ呼び出されたらしいしね...)


 ドゥゥンーーー

 目の前の扉がゆっくりと内側に向かって開かれる。

 しばらく思考にふけっている内にもう勇者はこの魔王のいる最上階までたどり着いたようだった。

 勇者と対峙した幹部たちはそれなりに強者揃いだったはずなのだが、この様子だと少しの足止め程度にしかならなかったらしい。


「やはり最後は私が終わらせないといけないようだね」


 とんっと魔王が台座から降り立つと同時に扉が開けた。モヤの向こうから勇者と思われる人影が近づいて来る。

ゆっくりと深呼吸をして声を張り上げる。


「数多の敵を打ち倒しよくここまで来たな勇者よ! だが貴様らの夢と希望はこの私が捻り潰してくれよう!」


 魔王が宣言をする。勇者が近づいて来て顔の輪郭がはっきりとしてきた。


「......?...!?」


 両者がお互いの姿を確認した瞬間、かつてない動揺が走った。互いにまるで予想していなかったことが起きたのだ。

勇者が叫ぶ。


「さ、沙織!?」

「......兄さん?」


 ここに勇者と魔王、いや、兄と妹が会遇した。



 勇者こと俺の頭の中はパニックの嵐が吹き荒れていた。

 いや、いやいやいやおかしい。これはおかしいぞ。なぜ妹が真っ黒で邪悪そうな鎧を纏ってそこにいるんだ?

 落ち着けっ!冷静になるんだ俺!

 こういう時は素数を数えればいいんだっけ?

 1、2、3、ダァーーーー!!

 いや、そもそも1は素数じゃ無いんだっけ?どうでもいいわ。

 すぅっはぁーーーーー。

 よし、整理してみよう。

 俺→勇者

 妹→魔王

 ふむ。

 ということは、だ。

 恐らく俺がそうして来たのと同じように妹も毎晩異世界に通っていた、ということなのだろう。この場合は勇者ではなく魔王として。

 ...にしたってこんな馬鹿げた話があるだろうか。今まで倒そうと躍起になっていたその相手が自分の妹だったなんて...倒せるわけが無いだろっ!

だから俺は叫ぶ。


「何故こうなったあああああああ!?!?」



 目がさめる。朝だ。いつもと変わらない日常が始まる。

そういえば...なんだか酷く滑稽で不愉快な夢を見ていた気がするが、まぁいっか。


 階段を降りればいつも通り妹が笑顔で出迎えてくれるだろう。


「おはよう沙織...ってうおおおおい!?!?」


 シュダダダダッとナイフ、包丁諸々の刃物が俺のすぐ隣を通り抜けて後ろの壁に突き刺さった。はらりとひと束の髪の毛が床に落ちる。


「...あら?兄さんか。ごめんね、夢に出て来た宿敵とそっくりだったから間違っちゃった。ふふふ」


 いつも通りの眩しい笑顔で妹が語りかける。


「え、あ。うん。夢ね。夢。はははっ」


 俺も精一杯の笑顔で返す。


 違うっそれは夢じゃ無いんだ!違うんだぁーー!!


 しかしそんなことを叫んではこの化けも...ゲフンゲフン。妹に殺されかけない。


 うちの妹こっわぁい...。


 こうして俺と妹の奇妙な二重生活が始まったのだった。



 おわりっっ!

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