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+-∞  作者: チキンフライ
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【三五《楽しい文化祭》】:二

 暗幕で光を遮り、ステージ以外の照明が落とされた体育館の中で、俺はステージで今まさに行われている演劇を見ていた。

 上演されている演劇の登場人物は演じている本人達の実名だが、何故か舞台設定は中世ヨーロッパっぽい。


 栄次は、ヒロインであるお姫様として登場するブルドーザー女の近衛騎士役で、ブルドーザー女は実に楽しそうに嬉しそうに栄次を従えている。しかし、この演劇で栄次はそこまで重要な役ではない。


 この演劇はブルドーザー女が演じる姫と貧しい平民の男の恋愛。言葉だけ見ればロミオとジュリエットに似ているようにも見えるが、終始、姫様は美しく聡明で非の打ち所が無く、平民の男は強くて格好良くて、貧しくて平民であること以外は高スペックだった。


 愛する二人の仲を引き裂こうとする奴が出てきて、それでも二人の愛は誰にも引き裂けない。誰にも二人の間には入れない。そんな演劇を見ていて、そっと隣に座る凛恋を見た。


「「あっ……」」


 凛恋を見た瞬間、凛恋と目が合った。

 演劇を見ていると思っていた凛恋は俺の方を見ていて、俺と目が合うと恥ずかしそうにはにかんだ。


「凡人、ちゃんと栄次くんの演劇見なさいよ」

「凛恋だってちゃんと見てやれよ」

「だって、栄次くんの出番終わっちゃったし」


 凛恋は僅かに空いていた俺との間を詰めて、ピッタリと体を付ける。凛恋の体温が伝わって温かい。空気が籠もってむっとしている体育館の中でも、凛恋の温かさは変わらず心地よかった。



 演劇を見終わり、むっとしていた体育館から出ると外の空気は冷たく感じた。


 文化祭ももう終わりが近付いている。

 高校の文化祭は楽しかった。高校に上がって初めての文化祭だったからなのかもしれない。だけど、高校の文化祭には凛恋が居て、友達が二人居て、それに凛恋の妹である優愛ちゃんも居た。こんなに沢山の人が周りに居る文化祭を経験出来るなんて思ってもいなかった。


「凛恋、そろそろ私達は出ないと」


 希さんが俺の隣に並んだ凛恋へ声を掛ける。刻季高校の文化祭の閉場時間が迫っている。お客様である凛恋達はその時間までに学校の外へ出ないといけない。


「凡人、また後でね」

「ああ」

「凡人さん、また後で会いま――」

「優愛はさっさと帰るのよっ!」


 優愛ちゃんの頭をグリグリと拳で挟む凛恋が歩いて行く様子を見送っていると、俺の肩に後ろから手を置かれた。


「見せつけるなー」

「ただ話をしただけだろ」

「いいや、また一段と仲良くなったように見えたぞ」

「そうか?」


 遠くにある凛恋の後ろ姿を眺めながら、俺は興味なさげに栄次にそう返した。

 もし、俺と凛恋がもっと仲良くなったと思われているなら、嬉しい。俺と凛恋以外からも俺達を認めてもらえているのは、めちゃくちゃ嬉しい。


「さて、どうせ片付け押し付けられるだろうし、俺は早めに教室に行かないと」

「俺もクラスに戻る。じゃあ、また後で」


 栄次が手を振って校舎の方に歩いて行く。それを見送り、俺も校門に向かって歩く来場客の波に逆らって歩き出した。



 文化祭には打ち上げというものがあるらしい。そして、クラスの連中の大半はその打ち上げとやらに行った。俺はもちろん、呼ばれてないから行ってない。

 まあ、呼ばれたとしても凛恋との約束の方を優先するに決まっているが。


「多野くん、文化祭、本当にありがとう」

「いや、委員長の方が頑張ってただろう」

「そんなことはないわよ。映画はプロジェクターを操作するだけでよかったから」


 プロジェクターやらスクリーンやらを片付け、教室を元通りに戻し終わると、俺は自分の席にドサッと腰を落とした。

 打ち上げに行かなかったのは俺と委員長だけ、それで片付けをしたのも俺と委員長だけ。全く理不尽な話だ。


 委員長と女子グループのリーダーは文化祭終わりに揉めた。それは委員長が映画鑑賞に金を取らなかったからだ。

 どうやら、打ち上げをその売り上げで豪華にしようと目論んでいたらしく、それを潰されて腹を立てたようだった。しかし、高校生の遊びで撮ったような映画で金を取ろうということ自体が間違っている。


 その揉め事が原因でか、委員長も俺と後片付けをさせられる羽目になったのだ。


「実は、後半から多野くん達のお試し映画も流してたの」

「えっ!?」

「なかなか評判が良かったわ。出演している女の子が可愛いって」

「……まあ、当然だろうな」


 凛恋は当然可愛いが、希さんも可愛い。あのお試し映画自体、二人の可愛さがあってこその内容だったし、そんな感想でも納得出来る。


「多野くん」

「なんだ?」

「これからもよろしく」

「ああ、よろしく委員ちょ――」


 俺が差し出された委員長の手と握手しようとすると、委員長は差し出していた手をスッと引く。一体何がしたいのか分からない。


「その委員長というのは止めてくれない? クラスメイトなのだから鷹島でいいわ」

「そうか、じゃあ鷹島さんと呼ぶことにする」


 委員長改め鷹島さんにそう言うと、鷹島さんはまた手を差し出す。その手を取って握手をすると、鷹島さんはニッコリ笑った。


「また困ったことがあったらよろしくお願いするわ」


 そう言った鷹島さんに「面倒事は持ち込まないようにしてくれ」と言いたい気持ちがあったが、そんなことを言う勇気は出なかった。



 片付けで疲れた体を引き摺って校門を目指す。

 凛恋とは学校が終わったら会う約束をしている。多分、ファミレス辺りで時間を潰しているんだろう。

 文化祭を開催している時にはごちゃごちゃとしていた校庭も、いつも通りの風景に戻っている。


「お姉ちゃんって、本当に凡人さんのこと大好きだよね~」

「からかわないの」


 校門を出た瞬間、校門の脇からその声が聞こえる。俺がその声の方に視線を向けると、校門の脇に並んで立つ凛恋と優愛ちゃんが居た。

 凛恋は手に左手にコンビニの袋を持ち、隣の優愛ちゃんを軽く小突いていた。優愛ちゃんは凛恋に小突かれながら両手でココア缶を傾けて飲んでいた。


「二人共、何でここに?」

「あっ! 凡人さんお疲れ様です」


 優愛ちゃんが敬礼をしながらニコッと笑う。その後ろで、凛恋が俺に手を振っている。


「お姉ちゃんがどうしても凡人さんを待ちたいって」


 ニヤッと笑った優愛ちゃんがそう言いながら、凛恋に道を空けて横に逸れる。

 凛恋はゆっくりと前に踏み出して、手に持っていたコンビニの袋からコーヒーのカップを取り出した。


「凡人、お疲れ」

「ありがとう、凛恋」


 コンビニのロゴが書かれたカップを受け取ると、凛恋がニコッと明るく微笑んだ。


「凡人と文化祭を回れて楽しかった! 次はうちの文化祭で一緒に回ろ!」


 微笑む凛恋に俺は曖昧な笑みを返す。

 凛恋が誘ってくれたことは素直に嬉しい。でも、刻雨には行き辛い。


 俺は凛恋に呼ばれて文化祭の準備に協力した時、刻雨の男子と揉めた。揉めたと言っても、一方的にいちゃもんを付けられたのだが、それでクラスの雰囲気を悪くしてしまったし、何も非がない希さんを巻き込んで泣かせてしまった。

 そして何よりも、凛恋の学校生活を壊してしまった。


 凛恋は清々したと言っていたが、それでも凛恋の学校生活を悪い方向に変化させてしまったのは変わりない。

 俺と揉めた刻雨の男子は、当然文化祭に参加している。俺が刻雨の文化祭にのこのこ顔を出しに行けば、あの男子とまた顔を合わせることになる。


「凡人。私の友達はみんな凡人の味方だから」


 ニコッと笑う凛恋は俺の胸を右手の人差し指でツンと突く。


「そうか、ありがとう凛恋」

「お腹減っちゃった。お姉ちゃんも凡人さんも早く!」

「凡人、今日は夕飯、外でいい?」

「ああ。片付けして腹減った……」


 凛恋と並んで歩き出すと、少し前を歩いていた優愛ちゃんがニシシと笑って凛恋に視線を向ける。


「お姉ちゃん、私に遠慮なんてせずに凡人さんとイチャイチャしていいよ~」

「うるさいわね。優愛はちょっとは遠慮しなさいよ。何処の世界に彼氏とのご飯に付いてくる妹が居るのよ」

「堅いこと言わない言わない」


 先を歩く優愛ちゃんはニコニコと笑いながら背中を向ける。その優愛ちゃんに凛恋は大きなため息を吐き、俺はそんな凛恋を見て微笑んだ。

 やっぱりいいな。そんな感想が浮かぶ。凛恋と出会う前の俺だったら、クタクタになった後に更に外で飯を食べるなんて拷問でしかなかった。でも今は、こうやって凛恋達と過ごしていると癒やされる。後片付けの疲れなんて吹き飛ぶ。


「優愛ちゃんとも仲良くなれて良かった」

「かーずーとー? それ、どういう意味?」


 ふと呟いた俺の言葉を聞いて、隣の凛恋がジトっとした目を向ける。


「最初は散々な言われようだったからさ」

「最初って言っても、凡人がゲーム上手いって知ったら、すーぐ懐いちゃったし」

「俺は嬉しかったけどな」

「そうよねー。凡人は優愛のことを甘やかしてばっかりだしねー」


 またジトっとした目で見てくる凛恋だったが、すぐにその表情は優しく柔らかくなる。


「優愛、チョー可愛いでしょ?」

「ああ、可愛いし明るいし、凛恋に似て良い子だ」

「生意気なんだけど、お姉ちゃんお姉ちゃんって甘えて来てさ。優愛が中三になっても変わらず可愛くて。私もついつい甘やかしちゃうのよ」


 優愛ちゃんの背中を見詰める凛恋は顔をニヤけさせている。

 優愛ちゃんの前では煙たがっている素振りを見せても、心の中では可愛くて仕方ない。兄弟姉妹というのは、回りくどくて、そして凄く透明で綺麗な関係だ。


「優愛には内緒にしてよ」

「どうかなー」

「ちょっ! 絶対に言わないでよ!」

「分かった分かった」


 真っ赤な顔をして俺に頼み込む凛恋をからかって前を向くと、優愛ちゃんが歩道橋の階段を中程まで上った位置で仁王立ちしていた。


「お姉ちゃんも凡人さんも遅い!」


 優愛ちゃんに急かされ、俺と凛恋は小走りで優愛ちゃんの上っている歩道橋の階段を駆け上がる。


「優愛、せっかく凡人と楽しく話してたんだから邪魔しないでよ」

「私、お腹ペコペコなんだけどー」

「優愛が勝手に来たんでしょうが!」


 凛恋がそう言いながら、優愛ちゃんの頬を引っ張ってニコニコと笑う。やっぱり、二人は仲が良い。


「あ~、お腹減った~。今日は唐揚げの気分だから唐揚げに――」


 また階段を上り始めた優愛ちゃんのが、上から下りてきた背広の男性とぶつかる。そして、小柄な優愛ちゃんの体が後ろへ、階段の下へ傾いた。


「優愛ッ!」


 俺は横から凛恋の叫び声を聞きながら、すぐに優愛ちゃんの右手に手を伸ばす。素早く伸ばされた俺の右手は、優愛ちゃんの右手首を辛うじて掴んだ。


「凡人ッ!」


 いくら小柄でも、辛うじて手首を掴める距離まで離れた優愛ちゃんを支えることは出来なかった。でもその代わり、俺は優愛ちゃんの右手を思い切り引っ張った。

 後ろから凛恋の叫び声を聞きながら、俺の体は階段下へ前向きに傾いていく。そして、思いっ切り引っ張り上げた優愛ちゃんとすれ違った。


「凡人さんッ!」


 必死に空中で体を捻った俺は、階段の途中で俺に手を伸ばす優愛ちゃんと凛恋の姿を捉え――。

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