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+-∞  作者: チキンフライ
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【三一《権利》】:二

 田丸先輩との電話が終わってから、希さんが凛恋を挟んで向こう側に座り、ずっと凛恋の右手を握っている。

 向かい側に一人で座っている栄次は、コーラを飲みながら出入り口の方に視線を向けていた。


 自動ドアが開いてチャイムがなると、栄次が目で俺に田丸先輩が来たことを知らせる。俺は、席から立ち上がって振り返る。


「凡人くん、ごめんね」

「いえ、向かい側に座ってるのが同じ刻季の喜川栄次で、凛恋の隣に居るのが、赤城希さん。二人とも俺と凛恋の親友です」

「初めまして、田丸栞です。もう、大体の話は凡人くんから聞いてるのかな?」

「はい。まだ決まっていないと話しています。栄次の隣に座って下さい」

「ありがとう。失礼します」


 田丸先輩が穏やかな笑顔を浮かべて座ると、希さんがすぐに口を開いた。


「聞きました。田丸さんが凡人くんに告白したこと。そして凡人くんが断ったことも」

「そっか」

「凡人くんのことは諦めたんですよね?」

「ううん。諦めてないよ」


 穏やかな笑顔を崩さず答える田丸先輩に、希さんは身を乗り出して視線を返す。


「凡人くんは凛恋と付き合ってるんです」

「知ってるよ。でも、彼女が居るから好きな人を諦めなきゃいけないの?」

「だって、好きな人の幸せを考えたら――」

「私は凡人くんを不幸にする気なんて全くないよ」

「凡人くんは凛恋と付き合っている今が幸せなんです! 二人の幸せを壊そうとするなんて最低です!」

「……私、凡人くんと付き合ったら凡人くんのことを絶対に幸せにするよ。絶対に八戸さんには負けないくらい幸せにする。でも、凡人くんが付き合ってくれたらの話だよ。凡人くんが今好きな人は八戸さんだから、私のことは好きになってくれない。もちろん、私とは付き合ってくれない」


 それを聞いて希さんは乗り出した体を引いてまっすぐ鋭い視線を田丸先輩に返す。その視線を受けても、田丸先輩は表情を変えない。


「八戸さん。今回のこと、本当に反対した方が良いと思うよ。私は赤城さんみたいに良い子じゃないから、彼女が居る人に手を出さない、なんて約束出来ないから」


 凛恋は田丸先輩の言葉を受けて、視線を返しながらゆっくりと口を開く。


「凡人を私から奪い取るつもりで居るってことですね」

「そうだよ。私が告白した日、凡人くんはとても辛そうだった。私の好きな人にそんな顔をさせる人に任せておけないもの。私は凡人くんにあんな顔はさせない」

「それは凡人くんの勘違いで――」

「赤城さん。私は凡人くんに勘違いもさせない。勘違いさせちゃうようなことは絶対にやらない」

「そうだとしても、凡人くんは田丸さんのことは――」

「うん。さっきも言ったけど、今、凡人くんが好きなのは八戸さん。でも、ずっとそうとは限らないでしょう? これから先、私のことを好きになってくれるかもしれない」

「田丸さんはそんな最低なことをして――」

「誰かに最低だって言われてもいいよ。凡人くんだけ私を好きになってくれたら」


 穏やかな笑顔から真剣な表情に変わった田丸先輩の言葉に、希さんが押し黙る。それを見て、田丸先輩は視線を俺に向けた。


「さっき、凡人くんの家で会って話した時、私はすぐに断られると思ってた。告白されて断った人と一緒に住むなんて、私でも嫌だから。でも、凡人くんは考えさせてって言ってくれた。それは多分、凡人くんがとても優しい人だから。だから、すぐに断るっていう答えを出せなくて悩んでくれてる。ありがとう、凡人くん」


 田丸先輩は俺から視線を凛恋に向けた。


「八戸さん。私はもし、凡人くんが一緒に住むことを認めてくれたら、その状況を徹底的に利用するよ。凡人くんに相応しいのは八戸さんじゃなくて私だってアピールする。それが許せないんだったら、今すぐに凡人くんに言った方がいいよ。私と住むことに反対してって」

「田丸先輩、それズルいですね。そんな言い方されたら、凛恋さんは凡人の彼女として引き下がれない」

「喜川くん、さっきも言ったけど、私、良い子じゃないから」


 栄次の言っている言葉の意味は分かる。凛恋は負けず嫌いの節がある。そんな凛恋に宣戦布告のような言葉を投げたら、売り言葉に買い言葉で返答してしまう。でも、凛恋とあまり話したことのない田丸先輩がそんなことを考えて話しているとも思えない。


「……凡人。田丸さんって嫌な人だけど良い人だね」


 凛恋が俯いて言う。俺はその凛恋の手を握り返した。凛恋の言葉の意味は、ちゃんと理解出来ている。


「凡人のことを狙ってるっていうのは凄く嫌。でも、それを正直に私達の目の前で言った。しかも、そういう腹黒いところ、一番知られたくないはずの凡人の目の前で。…………凡人が断りやすいようにしてるんですよね。嫌な人だったら、普通の人なら一緒に住みたくないから。絶対に嫌だって断るから。でも……田丸さんは何も知らない。凡人は凄く優しくて格好良くて、そして人の気持ちを考えられる人なんです。私の彼氏に、そんな悪い人の振りなんて通用しません」

「…………凡人くん、断って。八戸さんのことを考えたら、私と一緒に住むのは良くない。それに私、凡人くんのこと、本気だから。だから、凡人くんのことを八戸さんから奪おうとするよ」

「……田丸先輩、俺のことを抜きに考えて下さい」

「えっ?」

「俺のこと以外のことを考えて話して下さい。刻季に残りたいか、別の何処かへ行きたいのか」


 俺は、田丸先輩に聞かなければいけないことを聞いた。個人的な意見、多野凡人として、凛恋の彼氏としては一緒に住むことは避けるべきだと思う。

 それは田丸さんが女子であって、俺が告白を断った相手だからだ。そして、田丸さんが来てからの話は、ずっと俺が断る理由に出来る話ばかりだった。でも、俺が断る理由に出来ない話は何一つ聞いてはいない。


「私は……仕方ないと思ってる。私は誰かに養ってもらってる立場だから、何処かに居たいとかそういうわがままは許されないと思ってる」


 田丸先輩は年上らしく、そう毅然と答える。素晴らしいくらいの模範解答。


「高校、変わってもいいんですか? 先輩は学校に友達が居るんじゃないですか?」

「高校が変わるのは嫌だよ? 友達と離れ離れになるのももちろん嫌。でも、そういう贅沢は私が言っちゃダメなの!」

「凛恋、栄次、希さん。俺、田丸先輩が家に住むこと、賛成しようと思う」


 田丸先輩の言葉を聞いて、俺は三人にそう言った。俺の言葉に栄次はフッと息を吐き、希さんは俯き、凛恋は俺の手を握り返した。


「凡人くん!」

「田丸さん、分かったでしょ? 凡人はこういう人なんです。こんな凄く優しい人なんです」


 声を荒げた田丸先輩に凛恋が落ち着いた声を掛ける。そして、凛恋は俺の方を見て涙を溜めた両目を向けた。


「凡人が田丸さんと一緒に住むと、やっぱり不安だよ。田丸さんは大人っぽくて綺麗な人だし。そんな人とずっと一緒に居たら、私より田丸さんの方を凡人が好きになっちゃうかもしれない。でも……私は凡人を取られないように頑張る。それに、私に一番に電話してくれた凡人のことを信じるから」

「ありがとう、凛恋。…………もし、俺が田丸先輩の立場だったらって考えたら、絶対に嫌だと思った。凛恋と栄次と希さんと離れ離れになって、何処か知らないところに行くなんて耐えられないと思った。もう、俺は中学の時みたいに一人じゃないから、みんなが居るから、俺はみんなと一緒に居れる方法をがむしゃらに模索したと思う。そう思う俺が、田丸先輩と田丸先輩の友達を引き離すなんて出来ない。もちろん、俺が好きなのは凛恋だ、それは変わらない」


 俺には田丸先輩の人生を左右する権利を与えられた。でも、俺には田丸先輩と田丸先輩の友達を引き離す権利はない。いや、この世の誰にも誰かと誰かを引き離す権利なんて持ってないのだ。だから、田丸先輩が友達と離れ離れになりたくないと言葉にした時点で、今回の問題は俺の手から離れた。


「……凡人くん、喜川くん、赤城さん、八戸さん、ごめんなさい」

「カズが決めたことですから」

「私も、凡人くんが決めたなら」

「私は今でも嫌な気持ちはあります。でも、絶対に凡人は田丸さんに渡さない」


 三人が田丸先輩に言い終えるのを聞いて俺は立ち上がった。


「みんな、付いて来てほしい。今から爺ちゃんと婆ちゃんに話に行く」


 三人は一緒に立ち上がってくれて、それぞれの笑顔を向けてくれた。その笑顔を見て、俺は心の揺れがピタリと収まった。



 正座して、真正面に座る爺ちゃんに視線を向ける。

 自分の考えを爺ちゃんに話した。凛恋が居るから反対する気持ちがあること。でもその気持ちで田丸先輩を友達から引き離すわけにはいかないこと。

 それを聞いた爺ちゃんは、両腕を組んで俺の後ろに座る凛恋、栄次、希さんに向けた。


「凛恋さん、栄次、赤城さん。三人のおかげで凡人は随分変わった。ありがとう。そしてこれからも凡人と仲良くしてやってくれ」

「カズの爺ちゃん、任せといてよ」

「はい。凡人くんはずっと友達です」

「お爺ちゃん、凡人のことは任せて」


 三人の言葉を聞いた爺ちゃんは立ち上がり、俺の横に立って俺の頭をガシガシと荒く撫でる。その爺ちゃんの顔は笑っていた。


「凡人。いつの間にそんなに大人になった」

「失礼だな。俺はもう高一だぞ」

「そうか。すまんな、俺と婆さんのわがままを聞いてもらって。田丸さんのことを聞いた時にな、俺も婆さんも凡人のことを思い出したんだ。そしたら、どうにかしてやりたくなった。だから――」


 唇を噛んで明らかに涙を堪える爺ちゃんに、俺はニッと笑って頭から爺ちゃんの手を払いのける。


「爺ちゃん泣くなよ。みんな見てるぞ」


 俺がからかうようにそう言うと、上から軽いゲンコツが落ちてきて、その後に不貞腐れた爺ちゃんのいつもの声が聞こえた。


「泣くかバカ野郎」

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