【三〇《繰り返し》】:一
【繰り返し】
委員長は大人だった。
四人で映画を撮った次の日の放課後、四人で撮った短い自主制作映画を見たクラスの連中は、話し合いを放り出して帰ったくせに、自主制作映画を撮ろうと楽しそうに話し合いをしている。
しかも、その中心に立っているのは、あの逃げ出したリア充女子だ。
俺は胸糞悪いと思っている。しかし、俺は当然話し合いの中に入る訳がないから、端で座っているだけだ。でも委員長は前に立って、話し合いの進行をフォローしている。
俺が委員長の立場だったら勝手にやれと突き放してしまいそうだ。
「あの試しの映画に出た女子二人って何処のクラスの女子だよ」
「いや、見たことないぞあんな可愛い女子」
前の方で男子の塊がガヤガヤ騒いでいる。見たことなくて当然だ。凛恋と希さんは刻季ではなく刻雨の生徒なのだから。
「あの女子にまた出てもらおうぜ!」
「いいねいいね」
男子の塊の中からの提案に、塊全体が盛り上がる。人の彼女と友達で色めき立ちやがって、この前は話し合いを放棄したくせに、本当に自分勝手な奴等だ。
「残念ながらそれは無理よ。二人は他校の生徒。今回は多野くんの伝手で協力してもらったの」
「「「多野ぉ!?」」」
委員長が余計な一言を言ったせいで男子が俺を見る。そこは他校の友達に協力してもらったとかなんとか言ってほしかった。
「あっ! あの二人、隣のクラスの喜川と一緒に居る子達じゃねーか」
「なんだ、喜川の友達か。多野にあんな知り合い居るわけないしな」
男子達がケラケラと笑いながら椅子に座る。まあ凛恋が俺の彼女で希さんが俺の友達だとは誰も思わないだろう。男子の言葉のように、二人が栄次の友達で、俺はその二人の知り合い程度だと思われて当然だ。
「何か勘違いしてるようだけど、八戸さんは多野くんとお付き合いしているそうよ。そして赤城さんは隣のクラスの喜川くんと」
「「「なっ、何ぃ!?」」」
男子の視線が俺から離れて安心していると、委員長が更に余計な一言を言う。そして、俺の方を見てニコッと笑った。
多分、逃げ出した奴等を悔しがらせたいのだろうが、これじゃ健気に残った俺もダメージを受けている。
「なんであんな奴にあんな可愛い彼女が出来るんだよ」
「どーせ、喜川にくっ付けてもらったんだろ?」
男子の塊から嫌な視線を受けながらブツブツと言われる。せめてこっちを見ずに言ってほしい。陰口や悪口は慣れるが、どうも人からの視線は慣れん。
「俺は何もしてないよ」
教室の廊下側にある窓から、栄次が爽やかな笑みを浮かべているのが見えた。今度は栄次が余計なことを言いそうな雰囲気だ。
「凛恋さんの方がカズを好きになって告白して二人は付き合ったんだ。まあ二人が仲良くなるために、俺が凛恋さんに協力はしたけど、俺は凛恋さんに何も言ってない」
相変わらず爽やかな顔で言った栄次に男子の塊は黙る。まさか栄次に聞かれているとは思わなかったようだ。俺も聞いてるとは思わなかったが。
「凛恋さんが、文化祭が終わるまで放課後はカズに会えなくなるって嘆いてたって希が言ってたぞ」
「分かった。終わったら電話しておく。話はそれだけか?」
「ああ、じゃあ」
「おう」
多分、教室の前を通り掛かった時に、丁度俺が男子の塊からブツブツ言われているのを聞いたのだろう。しかし、俺のことを庇ってくれるのは嬉しい。だが、最後の一言は余計だ。
視線をチラリと男子の塊に向けると、男子の舌打ちが聞こえた。まあ嫌われてるのは前々からだか
ら仕方ない。
正直、俺はここに居る意味があるのか分からない。話を進める連中は、仲の良い人間で周りを固めている。
だから俺に何か仕事が下りてくる気配もないし、居る意味はないと言っていいと思う。だったらさっさと帰してくれても良い気がする。
俺の知らないうちに役割分担が決まり、クラスの連中はワイワイガヤガヤと動き出す。もちろん、俺は何も役割を振り分けられてないから椅子に座ったままだ。
「多野くん、暇よね?」
「暇だな。帰ってもいいか?」
「ダメよ」
話し掛けてきた委員長に尋ねてみたが、返答は当然の内容だった。
「多野くんには映画を宣伝するためのビラ作りを手伝ってほしいの」
「ということは、ビラを作るのは委員長か」
「そう」
委員長は学校の備品であるノートパソコンを俺の隣の席に置いて、席に座りながらチラリと、動き回るクラスの連中を見ている。
「本当に自分勝手な人達ね」
「まあ、人間誰しも自分勝手なものだろ。俺だって今すぐ帰りたいと自分勝手に思ってるからな」
俺がそう言うと、委員長はクスッと笑って俺をチラリと見た。
「昨日、残ってくれてありがとう」
「俺は友達の信頼を裏切りたくなかっただけだから」
「それでも、みんなが帰って行った教室に多野くんが居てくれて嬉しかったわ。一人にされるよりずっと心強かった」
そう言った委員長は、パソコンに視線を向けてビラ作りを始めた。
委員長にビラ作りを手伝ったから帰ってもいいと言われ、俺は早めに帰ることが出来た。そして、帰りに凛恋へ電話したら、希さんと一緒に居るからファミレスに来てと言われ来たら、プリプリと怒っていた。
「凛恋はなんで怒って――」
「栄次くんに聞いた! なんで凡人が男子に文句を言われないといけないわけ!?」
「……あのアホ野郎」
視線を希さんに向けると、両手を合わせて頭を下げる希さんの姿が見えた。希さんに謝られても、悪いのはあのアホなんだから仕方がない。
ファミレスのソファーに座ると、隣に座る凛恋が腕を抱いて手をギュッと握る。
「何が栄次くんにくっ付けてもらったよ! 確かに、栄次くんに協力はしてもらったけど、凡人に会った瞬間からずっと凡人のこと好きだったし! モテない男のひがみよ、ひ! が! みっ!」
ソファーの背もたれに寄り掛かった凛恋は、不機嫌な顔でメロンソーダをストローで吸う。
俺は希さんに顔を近付けて手で口元を隠す。
「どうして栄次は凛恋に言ったんだ? 栄次らしくない」
「凡人くんが色々言われてるの我慢出来なかったみたい。それで私に電話してきたの。その時に私は凛恋と一緒に居て、凡人くんの名前が出たから、凛恋が栄次と代わっちゃって。ごめんね、私のせいで」
「いや、まあ凛恋が聞いちゃった件は、凛恋も希さんも、どっちも悪くはないからな」
凛恋が希さんと一緒に居るのは栄次も分かっていたはずだ。それなのに栄次が希さんに電話したのは不用心と言える。
しかし、それで栄次を責めるのもおかしな話だ。せいぜい、ちょっと何かでからかう程度で留めてやろう。
チラリと希さんから凛恋に視線を向ける。凛恋は手は繋いでいるが、未だに顔は不機嫌そうにテーブルを睨んでいる。その目は悲しそうだった。
凛恋は俺のことを思って悲しんでくれている。俺はそう思う。そして、それが俺の傲慢ではなければいい。
「凛恋、大丈夫だって」
「…………」
手を握ったまま凛恋は黙っている。
凛恋はずっとそうだ。俺が悲しまないことも悲しんでくれる。俺が慣れてしまったことを、凛恋はずっと変わらず悩んでくれる。それが申し訳なくて辛くて、嬉しい。
「さて! 私は家の用事があるから帰るね」
希さんがそう言いながら立ち上がる。そして俺にニコッと笑みを浮かべる。
「じゃあ、凛恋はまた明日。凡人くんはまたね」
「ありがとう希さん。また今度」
「希……ありがと」
凛恋が声を絞り出して希さんを見送る。
希さんがファミレスを出た後、凛恋も俺も言葉を発せず手を繋いだままソファーに座る。
店内に流れる音を聞きながら、右側に座る凛恋の手を握り、凛恋の左手の薬指にはまった指輪に触れる。
指輪は物でしかない。でも、この物でしかない指輪が凛恋を安心させられる。それが悔しくも思う。
「……指輪に頼らなきゃ、凛恋を安心させてあげられないなんて情けない」
「…………凡人は情けなくない。凡人は優しくて頼り甲斐があって、チョー恰好良いし」
指輪を触っていた俺の右手を振り払い、凛恋は俺の右手を強く握る。
「凡人、帰ろ」
凛恋が手を握ったままファミレスを出る。薄暗い空の下、ただ黙って歩く俺は隣に居る凛恋の手を横へ引く。凛恋はその拍子に腕を抱いて、そのまま歩き出す。
凛恋は俺にとって一番大切な人だ。凛恋が悲しむのは絶対に嫌だし、凛恋が危ない目に遭えば身代わりにだってなる。
凛恋の辛さも俺が全部引き受けたい。なのに、俺は凛恋を悲しませる、怒らせる、苦しませる原因になっている。
凛恋と居る時は幸せだ。でも凛恋と居ると不安になる。もう何度目かと思うくらい、何度も、何度も……。
凛恋は俺のために悲しんで、怒って、苦しんでくれる。だから、どうしても考えてしまう。
俺が居なかったら、凛恋は悲しんだり怒ったり、苦しんだりしないのかもしれない、と。
もちろん、凛恋の悩みの全てが俺なんて、そんな驕り高ぶったことを言うつもりはない。でも、俺が居なかったら、俺のせいで凛恋に与えていた悩みくらいは消せるのではないかと思ってしまう。
「凛恋、こっち凛恋の家の方向じゃない」
「凡人の家に寄りたい」
抱いた腕を引き寄せる。腕に強く押し付けられる凛恋の体は、小さく震えていた。
部屋に入ってドアを閉めると、凛恋がゆっくり俺の手を引いたまま座る。テレビも点いてない部屋の中は静かで、空気もなんとなく冷たく感じる。
「ハァー……またやっちゃったし……。ごめんね、凡人」
「えっ……?」
凛恋が手の甲で目を擦り、真っ赤に目を腫らして言う。
「何度も同じ失敗してるのにさ……また同じことやっちゃう。何も……何も悪くない凡人が……好き放題言われてるのが嫌で悔しくて悲しくて……。それでいつも我慢出来なくなっちゃうの」
凛恋の瞳から零れた雫が、手の甲に落ちる。その熱い雫が手の甲を濡らすたびに、胸の奥が締め付けられるように痛む。また……凛恋を泣かせてしまった。
「凡人は強いから、きっとどんなことを言われてもされても耐えちゃう。でも……私は弱いから、耐えられないの……それが悔しくて――」
凛恋に唇を重ね、凛恋の体を押し倒す。肩を手で撫でて華奢な体を確かめる。男と全く違う温かさと柔らかさのある凛恋。甘い凛恋の香りはいつ嗅いでも落ち着く。
細い腰に手を添えて凛恋の体を強引に引き寄せ、重ねた唇を押し付ける。
「んっ……」
柔らかく弾力のある凛恋の唇から小さく声が漏れる。可愛くて魅力的な凛恋の吐息に心が躍る。
「か、凡人……」
「凛恋……」
凛恋を抱き締めながら、罪悪感が心をむしばむ。
俺は、最低だ。俺は、自分勝手だ。
凛恋を悩ませていたのに、凛恋を泣かせていたのに、今の俺は凛恋を抱いて……俺は、自分のことしか考えてない。
「凛恋……ごめん。俺は、凛恋を泣かせて……なのに……」
「凡人……私だってごめん。私は泣いてばかり……」
「凛恋は悪くない」
「凡人だって悪――」
俺は、最低だ。俺は、自分勝手だ。
凛恋を前にしたら、凛恋を抱き締めたら、心が凛恋に埋め尽くされる。




