【三一四《急転直下》】:二
人でごった返す街を歩いて予約した店にたどり着くと、隣に立つ百合亞さんがニコニコ笑って店の外観を見る。
「お洒落なお店~」
「予約してあるから入ろうか」
「はい。お願いします」
店に入って店員さんに予約していた個室まで案内してもらう。
「百合亞さんは一番奥ね」
「凡人さん、隣に座って下さいよ~」
百合亞さんを上座に座らせて俺は下座に座ろうとすると、百合亞さんに腕を引っ張られて奥へ連れて行かれる。
「良いんじゃない? コースを予約してくれてるみたいだし、注文で特に動くこともないでしょ。私が一番手前座るから、木ノ実さんは巽さんの隣で。美優は残った凡人くんの隣ね」
いつの間にか絵里香さんが下座に座っていて、俺は絵里香さんに指示された席に座る。
料理が運ばれてくる前に、ドリンクメニューを百合亞さんに差し出す。
「好きなの頼んで」
「ありがとうございます。シャンパンとか飲んでみたいです」
「おすすめはこれかな。今まで飲んだ中で一番飲みやすいよ」
「じゃあそれにします!」
「木ノ実さん達も飲み物を」
木ノ実さん達にもドリンクメニューを渡すと、隣に座る百合亞さんが横から俺の顔を覗き込む。
「ずっと凡人さんと一緒にご飯行きたかったんで嬉しいです。やっぱり好きな人に連れて来てもらうとテンション上がりますね」
俺をからかうつもりなのか、百合亞さんが口を歪ませてクスッと笑う。
「凡人くん、私達も飲み物が決まったから絵里香が注文してくれたよ」
「絵里香さん、ありがとうございます」
美優さんに言われて絵里香さんにお礼を言うと、絵里香さんがニヤッと笑った。
「店の選び方が女性目線ね」
「そりゃあ女性を連れて来るんですから、女性が喜びそうな店にするでしょ」
「私、この店来たいなって思ってたのよ」
「そうなんですか?」
今日俺が選んだ店は穴場という訳ではないから、絵里香さんが知っていてもおかしくない。むしろ、流行りに敏感な絵里香さんが来ていないのがおかしいくらいだ。
「一人で来るのはハードル高いでしょ? こういう機会がないと入れないし」
「まあ、一人では入り辛いですね。個室も一人二人で使う広さじゃありませんし」
軽く話をしていると頼んだ飲み物と、誕生日ケーキが運ばれて来る。
「ケーキ!? 凡人さんが頼んでくれたんですか!?」
「誕生日祝いの飲み会なんだから当然だよ。二〇歳の誕生日おめでとう」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、ハッビーバースデーの歌を歌ってロウソクの火を消そうか!」
木ノ実さんの音頭で歌を口ずさみながら、テーブルに置かれたバースデーケーキを見る。
ふと、俺は今年ちゃんと凛恋の誕生日を祝えるのか、そんな不安が浮かんだ。
付き合ってからずっと一緒に過ごして祝ってきた凛恋の誕生日。それを今年は一緒に祝えるかどうかが分からなかった。
誕生日を一緒に祝えないだけで凛恋の気持ちが俺から離れるとは思わない。でも、きっと凛恋には寂しい思いや残念な思いをさせてしまう。
たとえ凛恋に直接会えなくても、電話でおめでとうの言葉は伝えるし、後になっても誕生日祝いのデートをして誕生日プレゼントも渡す。でもやっぱり、その日に誕生日を祝えない彼氏よりも、その日に誕生日を祝える彼氏の方が良い彼氏に決まってる。
凛恋の誕生日が何曜日かを確認するために、ひっそりとスマートフォンをテーブルの下に取り出す。
今まで凛恋の誕生日は何ヶ月も前から把握していて、誕生日に向けて計画を練っていた。それさえもしなくなった自分に落ち込む。
凛恋に対する気持ちが薄れた訳じゃない。社会人になって日々仕事に追われるようになって余裕がなくなってしまったんだ。そういう理由はある。でも、どんな理由があっても、今まで凛恋のために出来てたことが出来なくなったのは変わらない。
スマートフォンを持ったまま止まっていた指を動かしてカレンダーを確認しようとすると、横から白く細い手が伸びて来て俺のスマートフォンを奪い取る。
「スマホ見るなんて酷いですよ~」
俺のスマートフォンを奪い取った百合亞さんが、両頬を膨らませてそう言いながら俺のポケットへスマートフォンを仕舞う。
「ごめん」
「ちょっと傷付きました」
傷付きましたとは言うものの、百合亞さんは楽しそうにニコニコ笑っている。
「罰としてもう一杯飲んで下さい」
「いや、百合亞さんの誕生日会なんだから百合亞さんが――」
「私は凡人さんと一緒にご飯に行きたかったんです。でも……」
言葉を途切れさせた百合亞さんは、クスッと笑って顔を近付ける。
「本当は二人っきりが良かったな~」
「ごめん。俺には彼女が居るから」
「でも、帆仮さん達とはお昼一緒に食べたりするんですよね?」
「帆仮さんは会社の先輩だから」
「田畠さんとも行ったことあるんですよね?」
「美優さんも会社の先輩だよ」
気のせいか少しずつ距離か近くなっている百合亞さんから少し離れると、真横で百合亞さんが嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、私と二人っきりを断るってことは、凡人さんの中で私は"ただの"会社の後輩じゃないんですね。良かった」
そう言ってシャンパングラスに口を付けた百合亞さんから視線を外すと、視線の先に居た絵里香さんと目が合った。
「美優、凡人くんのグラス空いてるわよ」
「え?」
「注いであげたら?」
「いや、俺はビール頼むんで大丈夫ですよ」
美優さんが俺のグラスにシャンパンを注ごうとする前に、俺はドリンクメニューを手に取る。
先輩に注がせる訳にはいかないし、シャンパンは百合亞さんの飲みたい物だから俺がこれ以上飲む訳にはいかない。
ドリンクメニューを見ながら、それとなくみんなの様子を窺ってみる。
木ノ実さんは美味しそうに料理を食べていて、実にいつも通りの明るい木ノ実さんらしい木ノ実さんだ。
隣に座る百合亞さんは、飲み会の席で距離感が近い。でも、地震の時のような強引さはあまり感じなかった。ただ、絵里香さんはいつもと違う雰囲気を感じた。
会社で飲み会に参加しようと言ったところからまずおかしい。
絵里香さんと百合亞さんの仲は良くない。そんな百合亞さんの誕生日を祝おうという場に、絵里香さんが自ら参加してくるのは不自然だ。
ただ、絵里香さんが参加するのは不自然だけど、いくら仲が悪いとも言っても、絵里香さんは誕生日会を邪魔しようとするような人じゃない。精々、本人が居ないところで悪態を吐くくらいしかしないはずだ。
「凡人くん? ビール来たよ?」
「あっ、すみません。ありがとうございます」
隣から美優さんが小ジョッキを俺の前に置いてくれる。
「今日はあんまり飲まないの?」
「一応幹事ですからね」
「堅い飲み会じゃないから気にしなくてもいいんじゃない? 良かったら一緒に白ワイン飲まない? 料理が凄く美味しいからお酒が進んじゃって」
酔ってほんのり頬を赤くした美優さんが微笑みながら首を傾げる。その笑顔に、俺は必死に笑顔を返して頷く。
「じゃあ、お言葉に甘えていただきます」
頭を下げて、白ワインを飲むために来たばかりのビールをゴクリと飲む。
美優さんの笑顔をふいに見てしまうと、美優さんを好きだと思った感覚が蘇る。
ビールをまた一口飲みながら、今日来なければ良かったと思った。大人しく家に帰って寝てれば、美優さんの自然な笑顔を直視することはなかった。
そういえば、美優さんと隣に並んで座ってお酒を飲むのはいつ振りだろう。
美優さんのことを好きだと自覚して、それでも俺が一番大切なのは凛恋だと確信した。ただ、だからと言って俺は美優さんを意図的に避けたことはない。
ただ、今まで以上に俺の生活に占める凛恋の割合が増えたんだ。
今までは、家に帰れば凛恋に会えた。でも、今は地元に帰らなければ凛恋に会えない。
今週は凛恋に会えない。ただそれだけで辛くて寂しい。でも、俺にとって凛恋に会うことはただそれだけなんかじゃないんだ。
「凡人くん?」
「はい?」
「ぼーっとしてたけど大丈夫?」
「すみません。ちょっと考え事してて」
心配して声を掛けてくれた美優さんに謝って、笑顔を浮かべて取り繕いながらビールを飲む。
やっぱり今週凛恋に会えないダメージが大きい。
飲み会の席は絵里香さんと百合亞さんの仲が良くない割りには普通に明るい雰囲気になっている。それはそれで良かったと思った。だけど、今日のビールはいつもよりもほんの少し苦味を強く感じた。




