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+-∞  作者: チキンフライ
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【三一三《打ち付けに》】:二

「毎日大変?」

「ああ。連日泊まり込みでやらないと仕事が終わらないんだ。今日早く上がれたのが珍しいよ」

「ごめんね。そんな日に呼び出しちゃって」

「いや、かえって良かったよ。早く上がれたら上がれたで、適当に夕飯を済ませてたと思うし」


「いつも夕飯はどこかで買うの?」

「作り置きしたやつを分けて食べてるかな。冷凍保存してるやつがあるから」

「でも、毎日同じ物になっちゃわない?」

「ああ、この前は一週間カレー食べてたよ」


 笑いながら話すと、理緒さんは心配そうに俺の目を見て首を傾げる。


「私が作ろうか?」

「そんなこと理緒さんがする必要なんてないよ」

「私は、凡人くんのためなら――」

「心配しなくても、白ご飯にバターと醤油掛けて食べてた時代の俺じゃないから。下手でも何とか自炊は出来てるって」


 フォークで肉を刺しながら笑うと、理緒さんはまだ心配そうな顔をしていた。


「凡人くん、週末とか休みあるでしょ? その時に私が作るよ。私も一人でご飯は結構寂しいし」

「いや、週末は地元に帰ってるから」

「えっ!? もしかして毎週帰ってるの?」

「ああ。そうしないと凛恋に会えないし。まあ、今週はどうなるか分からないけど」


「毎日泊まり込みなのに、毎週末帰って大丈夫なの? 疲れとか溜まるんじゃない?」

「凛恋と会って話すと疲れが吹き飛ぶ。それで、また来週会うために一週間頑張ろうって思える」

「でも、毎週末地元に帰るのは流石にやり過ぎだよ。もう少し頻度を落とした方が良い。今は大丈夫でも、必ず疲れが溜まってくるよ。いっぱい食べて体力付けて」

「ふごっ!」


 理緒さんが俺の口に箸で料理を押し付ける。それを条件反射で口に入れて飲み込むと、理緒さんがクスクス笑った。


「口の端にソースが付いてるよ」

「理緒さんが押し付けるか――」


 サッと理緒さんの顔が近付いたと思ったら、口の端に付いたソースを紙ナプキンで拭われる。


「就職してから友達とご飯に行くことなかったから楽しい」

「そうなの?」

「忙しいのもあるけど、私、ノーブリリーでは人に好かれてなかったみたい。きっと、私が男の人に好かれるから、それで仲良い振りをされてただけなのかも。それに塔成でもロニー王子をビンタした後から大学内では微妙な立ち位置だったし」

「ロニーの件はごめん」


「謝らないで。あの時ロニー王子をビンタしたことには全く後悔してないから。凡人くんを傷付ける人が許せなかっただけ。私に友達が居ないのは私の性格のせい。どうしても、近付いて来る人に警戒しちゃうの。女の子なら何か裏があるんだろうなって思うし、男の人なら体目的だろうなって。凡人くん達と出会ってそういうのは抜けたと思ったんだけどな~」


「大丈夫。理緒さんの良さを分かってる人は居る」

「ありがとう。凡人くんは飾磨くんと会ってないの?」

「あいつとは全く連絡を取ってないな。今どうしてるかも分からない」

「私は連絡来たよ。ご飯に行こうって」


 明るい笑顔で言う理緒さんだが、確か飾磨は理緒さんに告白して断れたという話を大学時代に聞いた覚えがある。


「あいつは本当にブレないな。いや、ブレないって言うかめげないやつか」

「大学卒業した後に、知り合いのバーで働いてるんだって。そこで飲もうって言ったけど、そもそも予定も合わないし、それに一度告白も断ってる相手だから、誘いに乗って変に期待させるのも悪いかなって」

「卒業しても誘って来るってことは本気なんじゃないかな」

「どうかな~? でも、私は凡人くん以外の男の人と二人で食事には行きたくないし。番組の打ち入りとかの大勢で飲む時は仕事だって割り切ってるけど大変で」


 理緒さんは辟易とした表情で、その表情の元になった気持ちごと飲み込むかのように、グッとワインを飲み干した。


「やっぱ、理緒さんなら男に誘われるよな、そりゃ」

「断ってるんだけど、飾磨くんみたいにめげない人も居て……。上手く隠してるつもりなんだろうけど下心丸見えで嫌になる」

「でも、テレビ局も守ってくれるんじゃない?」

「自己防衛するしかないよ。断るのは得意だし、相手を傷付けるかもとかもあまり気にしないからきっぱり断ってる。でも、ここまで多いのは生まれて初めてかな」

「理緒さんは仕事って言うか、人付き合いで疲れてそうだな」

「そう。結構気を遣うことが多くて。特に、同期と先輩アナと無難に接するのが疲れるかな」

「嫉妬しても仕方ないことだって分からないんだろうな」


 今年入社した新人がいくつもの番組に出演し、メインとされている番組もある。そんな状況、同期はともかく先輩の中でも嫉妬をする人は居るだろう。でも、嫉妬をしたところで理緒さんになれる訳でもないし、嫉妬をすれば理緒さんと同じ人気が得られる訳じゃない。


 確かに理緒さんは見た目が抜群に可愛い。今の人気の一端も、その可愛さが影響しているのは間違いない。でも、ただ可愛いだけなら見飽きられればそれまでだ。だけど、理緒さんは頭が良くて機転が利くから上手い返しも出来るし、出演者に話を振るのも上手い。そういう番組MCのアシスタントとしての能力もあるから、作る側からの人気もあるんだと思う。


 世の中、プロと呼ばれる人は甘い考えで仕事をしていない。見掛けが可愛いだけで仕事を振ってもらえるほど、本当のプロの世界は甘くない。テレビ番組製作のプロにはプロにしか分からない技術があって、それを理緒さんが新人としては上手くこなせているんだろう。


「ちょっと気疲れしてたんだけど、凡人くんに話したらスッキリした。今まではこんなに気疲れすることはなかったんだけどね」

「多分、社会人になって環境が変わったからだと思う。初めてのことばかりだし、その上で人の好意とか嫉妬を躱すこともしてたら疲れて当然だ。女子アナウンサーの仕事は普通の仕事よりも人に見られて接する仕事だし」

「でも、私のは女子アナの仕事に関係ない人疲れな気がする。あまりにも諦めが悪いから、徹底的に拒絶しようかと思うけど、共演者の人だとそうもいかなくて」


 肩をすくめながら料理を口へ運んだ理緒さんは、ワイングラスに口を付けて縁に口を付けたまま笑った。


「やっぱり凡人くんと話してると落ち着くし楽しいな。凡人くんの前では全然無理しなくて良いし」

「親友の前くらいは楽にしてもらわないと。それに、気を遣われたら傷付く」

「私も凡人くんと同じ。私の前くらいでは楽にして。それに私も気を遣われたら傷付く。私の目から見て、凡人くんは凄く疲れてる。やっぱり、毎日泊まり込みなのは大変だよ」

「大変なのは他の人も同じだから、俺だけ大変なんて言えないよ」

「だったら、休みの日はちゃんと休んで」


 真剣な表情で俺を見ながら理緒さんはそう言う。

 食事が始まってすぐの時にも言われたが、毎週地元へ帰るのを止めろと言っているんだと思う。でも、俺は止めるつもりなんてない。

 離れて暮らしている凛恋と会えるのは週末くらいしかない。その貴重な時間を無駄にする訳にはいかない。


「凡人くん、ワインが減ってないよ。今日は付き合ってくれるよね?」

「分かった」


 理緒さんに勧められ、グラスに残ったワインを飲み干す。

 就職してから、一応新入社員歓迎会をしてもらってお酒は飲んだ。でも、今日みたいにゆっくりお酒を飲むのも久しぶりだった。




 理緒さんと飯を食べてから帰っても、日頃からは考えられないくらい早い時間に帰れた。そもそも、日付が変わる前に帰れるなんてことがほとんどない。

 ゆっくりと風呂に入ってから、ベッドの上に寝転び凛恋へ電話を掛ける。


『もしもし。筑摩さんとのご飯終わったの?』

「ああ。今風呂に入ったところ。メールはしたけど、やっぱり凛恋の声が聞きたくて」


 ベッドの上で寝返りをうちながら凛恋にそう言うと、電話の向こうから凛恋のクスッと笑う声が聞こえた。


『凡人くんの声、ちょっと寂しそう』

「寂しいに決まってるだろ。凛恋に会えないんだから。ちょっとどころかめちゃくちゃ寂しい。早く週末になってほしいよ」


 話をしながら頭の中で仕事の進捗を想像し、今週も何のトラブルもなければ、少し無理すれば終われそうだと思った。


『凡人くん、それなんだけど……』

「ん? どうかしたのか?」

『今週はちょっと家族の用事があって、週末は来ても会えそうにないの』

「えっ……」

『ごめんね』

「――ッ! い、いや! 気にするなよ。家族水入らずの時間も必要だって分かるから。俺の方は気にしないで楽しんで」


 多分、そんな取り繕いをしても無駄だと思う。俺は残念な思いを出してしまった。それに凛恋は罪悪感を抱いてしまったはずだ。でも、少しでも凛恋が抱いたはずの罪悪感を減らしたかった。

 一週間に一度の会える機会。その貴重な一回がなくなってしまった。それは、思いの外、心に対するダメージというか……ショックが大きかった。


「じゃあ、再来週の凛恋のスケジュールは空けておいてくれ。俺が予約する!」

『うん! 再来週は空けておくから。今週末は凡人くんもゆっくり休んで』

「ありがとう」


 俺はその後、凛恋といつも通り何気ない他愛のない話をした。その時間はやっぱり心地良く、凛恋と話しているだけで心が癒やされた。

 電話を終えてから、ベッドに仰向けに寝転ぶ。そして、しばらくじっと天井を見つめてから、ベッドの上で子供みたいに駄々をこねる。


「凛恋に会えないなんて最悪だぁ~っ! …………ホント、最悪だ」


 凛恋は悪くないし凛恋のお父さんお母さんも悪くない。悪いのは、凛恋に残念さを見せた俺だ。

 記憶を失った凛恋が家族と過ごそうとするのは良いことだ。それにそれは、凛恋達家族が上手く行っているという証拠でもある。だから、彼氏としてそれを応援するのは当たり前だし、応援しなきゃいけない。

 俺はちゃんと凛恋達家族に仲良くあってほしいと思っている。だけど、そういう気持ちが凛恋に会えないことへの失望に負けてしまった。


「凛恋の彼氏失格だ」


 仰向けからうつ伏せに体勢を変えて、枕に顎を載せてから壁を睨み付ける。


「じゃあ、今週はそんなに頑張らなくて良いか……はぁ~っ…………」


 週末に余裕を作らなくて良いと考えれば、毎日の仕事量を減らせる。凛恋に会えないなら、週末のために頑張る必要なんて全くない。


「一気にやる気なくなった……。俺は今週、何を目標に生きれば良いんだ……」


 天国から地獄へ一気に突き落とされた気分で、体が急にずっしりと重くなった。


「誰だよ……こんな時間に……」


 ベッドの脇に放り投げていたスマートフォンが震えて電話を知らせる。そのスマートフォンを手に取り、俺はろくに画面を見ずに電話を取った。


「はい……」


 大分やる気のない声で電話に出る。すると、電話の向こうから車の走行音が聞こえる。そして、その直後、萌夏さんの困った声が聞こえた。


『ごめん、凡人くん。迎えに来て……』

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