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+-∞  作者: チキンフライ
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【二二《同類と異類》】:二

 凛恋と一緒だった宿泊研修とキャンプを思い出す。

 楽しかったことが湧いて出て、それからあのキャンプ二日目の出来事を思い出す。楽しい思い出が、全部真っ黒に塗り替えられた。


「今年の文化祭、凡人くんの楽しい思い出になるように頑張るね!」

「どうも、ありがとうございます」


 学校行事のほとんどが、俺には楽しくない。学校行事のほとんどが、強制的に生徒間での協力を強いられるからだ。

 一人で黙々と出来る何かがあれば別だが。


 田丸先輩に連れられて、学校から街中へ入る。夏休み真っ只中ということもあって、俺達と同年代の人達の姿が多い。そして、男女二人組もちらほら見掛ける。


「そういえば、八戸さんは元気? 宿泊研修で会って以来だから」

「凛恋は……元気だと思います」


 不確定な答えしか出せない自分にモヤっとする。でも、それは自分が悪いからで他の誰のせいでもない。


「最近、会ってないの?」

「友達に頼まれて、友達の家がやってる喫茶店でバイトしてるんです。それが忙しいみたいで」

「そっか、それは寂しいね」


 寂しい。確かに寂しいかもしれない。でもやっぱり、それを招いたのは俺のせいだ。寂しいなんて思うのは、俺の身勝手だ。


 凛恋がアルバイトを増やしたのは何故だろう。……いや、考えなくても分かる。

 俺と一緒に居辛いから、俺と一緒に居ない理由を作ったんだ。

 ……ということは、凛恋は俺と一緒に居たくないのだ。


「凡人、くん? どう……したの?」

「えっ? 何がですか?」

「何がって、涙……出てる」

「えっ……?」


 思わず手の甲で自分の目を拭く。すると、手の甲がしっとり湿っていた。心に浮かんだ全てが心を押し上げ、我慢していたものが全て溢れ出たのだ。

 でも、それ以上のことは考えられなかった。それ以上考えたら、歩くどころかまともに立つことも出来なくなりそうだった。


「何か、あったんだね」

「いや、何も――」

「何も無かったら人は泣かない」


 田丸先輩は手を強く引いて振り向く。


「とりあえずご飯を食べよう。……その後に、付き合ってほしい場所があるの」



 田丸先輩の案内で入った店で親子丼を食べた後、俺はまた田丸先輩が手を引かれて歩いている。

 手に持った小銭を握り締めながら、俺は手を引かれるままに歩く。

 親子丼の代金は田丸先輩に払われてしまい、俺の分は受け取ってもらえなかった。払うと言っても「年下は年上に甘えていいの」と言われ、それっきり言葉を交わしていない。


 街中から外れて周りが静かになる。そして、ちらほらと畑が見える、のどかな風景の場所に来た時、田丸先輩が立ち止まった。


「ここが私の家」


 白塗りの塀に青銅の門が付き、その奥には塀と同じく白塗りの建物が建っている。そして、門の横には『児童養護施設 たちじゃこ荘』という看板があった。


「ビックリした?」

「いや、えっと……」

「私ね、両親に捨てられたの。母親が小学校一年生の頃に出て行っちゃって、それからしばらくしたら父親も居なくなってた。それで、周りの大人達の言う通りにして、気が付いたらこの施設に住むことになってた」


 ニコッと笑う田丸先輩は、施設の看板を指さして俺の方を向く。


「変な名前でしょ? たちじゃこ荘って」

「は、はあ」

「この名前ね、タイムって言うハーブがあるんだけど、それは日本ではタチジャコソウって言うらしいの」

「まさか……」

「そう、この施設を建てた人がタイムが好きで、それでこんな名前になったんだって」


 つまりはダジャレで施設の名前を付けたと言うことになる。いったいどんな人なのだろう。


「この施設を建てた人は、会社の社長さんで、その社長さんも小さい頃は施設で育ったらしくて。それで、自分と同じような子供のために何かしたいって思ったから、この施設を建てたんだって。忙しい人だから、年に一、二回しか会えないけどね。凄く優しいおじさんだよ」

「そうなんですか。世の中には、良い人も居るんですね」

「うん」


 田丸先輩が付き合ってほしい場所というのは、この施設のことだろうか? でもなんで俺を施設に連れて来たのだろう?

 田丸先輩は俺の手を引いて、門を開けて中へ入る。


「えっ?」

「入って入って」

「いや、中に入る許可とかは」

「友達を連れて来るのに許可なんていらないよ」


 俺に構わず手を引っ張って田丸先輩は建物の中に入っていく。

 中は木のぬくもりを感じる雰囲気で、宿泊研修で使った自然の家に似ている気がした。


「ただいま!」

「栞ちゃん、おか――」


 奥からジャージ姿で出て来た中学生くらいの男の子が、田丸先輩と俺を見て固まる。そして、俺の方に近付いてきて睨み付けた。


「おい、お前。栞ちゃんから手を放せ」


 何やら初対面でお前呼ばわりされた挙げ句、もの凄く怒っている様子だ。


「こら! 大事なお客さんに失礼なことしないの! みんなに私が出て来るまで部屋に近付かないように言っててね」

「栞ちゃん! そいつ――」

「言っててね?」

「…………りょ、了解しました」


 田丸先輩にそう言われた彼は、俺に睨みを利かせた後、渋々という様子で廊下の奥の部屋へ引っ込んで行く。

 奥からは子供達の明るい話し声が微かに聞こえてくる。


「あっちは食堂兼談話室があるの。それで私の部屋はこっち」


 建物の出入り口から入ってすぐの所にある階段を上り二階へ上がる。二階へ上がると、一階で聞こえていた話し声は聞こえず、シンとしていて静かだった。


 田丸先輩に手を引かれたままフローリングの廊下を歩き一番奥の右手にある木製のドアの前に立つ。

 ドアには『栞の部屋』というプレートが掛けられていて、田丸先輩はポケットから鍵を出して部屋の鍵を開く。


「さ、入って」

「お、お邪魔します」


 ドアを開けた田丸先輩に促され中へ入る。

 部屋の中はシンプルで、家具もベッドにカラーボックス、それから丸テーブルしかない。まさに必要最低限という感じだ。


「ごめんね、全然女の子らしくない部屋で」

「いえ、でも何で俺をここに」

「理由はね、私のことを知ってほしかったからかな。とりあえず座って」


 田丸先輩は鞄を置くと、テーブルを挟んだ反対側に座った。そして穏やかに微笑んだ後、ゆっくり口を開く。


「何か、辛いことがあったんだね」

「…………」


 涙を見せてしまった以上、何も無いという言葉は通じない。だから、何も言えなかった。


「俺は物心付く前に両親に捨てられて、母方の祖父母に育ててもらいました。それを凛恋も知っていて、凛恋に言ってしまったんです。家族が居る凛恋を羨ましいと思ったと」


 あの日、キャンプの二日目にあったことを、俺は田丸先輩に話した。迷子のミクちゃんや溝辺さんの両親、凛恋の妹である優愛ちゃんの存在。

 そのことを考えていた俺を凛恋が心配してくれたこと。

 でもお互いにお互いを気遣って、気持ちがズレてしまったことを。


「それで八戸さんは?」

「その時、俺は悲しい表情をしてたみたいで、そんなつもりじゃなかった、ごめんって謝られて、俺も凛恋に謝ったんですけど」

「それ、凡人くんは悪くないよ」


 田丸先輩の声が、スッと空気を冷たくした。


「いや、俺がもっと凛恋の気持ちを考えられていれば――」

「なんで凡人くんだけ八戸さんの気持ちを考えないといけないの? 八戸さんは凡人くんのことを考えてないよ」

「いや! 凛恋は俺のことを心配してくれて」

「本当に凡人くんのことを考えてたら、やっぱりお父さんとお母さんが一番なんて、無神経なこと言わないよ。八戸さんは凡人くんの家庭のことを知ってるんでしょ? それなのにそんなことを平気で言うなんて全然凡人くんのことを考えてない」


 その言葉に否定と肯定がぶつかる。

 凛恋は本当に俺のことを気遣ってくれたんだ、という否定。

 確かにそれを俺の真横で言うのは無神経かもしれない、という肯定。


「八戸さんは、お父さんお母さんが居る。そういう人に私達みたいな人のことは分からないよ。でもそれは八戸さんが悪いわけでも、凡人くんが悪いわけでもない。分かりようがないんだよ。でも分からないことは悪くないとは思うけど、凡人くんに対して無神経なのは悪いと思う」

「…………俺は」

「凡人くん。私もね、中学の時と去年、彼氏が居たの。でも、誰も分かってくれなかった。私に家族が居ないことをちゃんと気遣ってくれなかった。それで別れたの。…………家族が居る人達とはね、どうやっても分かり合えないの。私達が家族が居る人達の気持ちが分からないみたいに」


 田丸先輩は微笑む。そして、乾いた笑い声を上げた。


「あはは……施設育ちを両親に隠してって言われて別れたこともある。些細なことでした喧嘩で、親に捨てられたくせにって言われて別れたことだってある。家族連れの人を羨ましいなって見てただけで、暗い、重いって言われて別れたときは、流石に辛かったかな」


 田丸先輩は悲しそうに微笑んで首を振った。


「だからって、凡人くんと八戸さんが上手く行かないとは思わないよ。でも、私は全部ダメだった。だから、分かってもらうのは無理だと思う」


 田丸先輩の話は、重くて辛かった。

 田丸先輩は俺と同じ親の居ない人で、今の俺と同じように、親が居ないことで恋人とギクシャクした経験がある。そして、その全ては別れるという結果に終わっている。


 田丸先輩の言う通り、田丸先輩がダメだったからと言って、俺達がダメとは限らない。

 でも、それをダメにしない方法が分からない。どうすればダメにならないかも分からないし、どうすればダメになるかも分からない。

 つまり、結局どうすればいいのか分からない。


「周りの人達はね。どうしても私達を可哀想な人間って思うんだよ」

「可哀想な人間なんかじゃ――」

「そう。私達と同じ境遇の人は、ほとんどの人が思ってる。私達は可哀想な人間なんかじゃない。普通に暮らしてる人間だって。でも、世間は違うの。私達を可哀想な人間にしたがってる」


 そうだ、俺をいじめる人も居れば、俺を哀れむ人も沢山居たじゃないか。

 親が居なくて可哀想だって言われてたのも知っている。


「だから、私達は同じ境遇の人達同士でないと分かり合えないんだよ」


 田丸先輩のその言葉が、さっきよりも重く心にズシリとのしかかった。

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