【一九《伝える大切さ》】:一
【伝える大切さ】
優愛ちゃんを追い出した凛恋が、部屋の中でペタンと座り込む。その様子を見て、何かあったのだと察した。しかし、俺は言わなければいけない。
「凛恋、済まないが――」「凡人、ごめ――」
「凛恋から話してくれ」「凡人が先でいい」
同時に言い、俺は一拍置いて口を開いた。
「凛恋、済まないが今日はこれで帰る。ちょっと今から栄次に会わないといけない」
「えっ? 凡人も? 私も今から希に会うから今日はごめんって言おうと思ってたんだけど……」
「もしかして……」「ひょっとして……」
「赤城さんと栄次のことか?」「喜川くんと希のこと?」
「「やっぱり……」」
同時に声を発して、俺は凛恋の前に座り込む。
「とりあえず、お互いに相手から話を聞こう。その後は、とりあえず二人で情報交換だ」
「うん……希、泣いてて、凄く焦ってた……」
「大丈夫か?」
俺が凛恋の顔を覗くと、凛恋は両手で頬を叩いて力強く頷いた。
「大丈夫、希には凡人のことでいっぱい助けてもらったもん! 今度は私が希を助ける番!」
「ああ、俺も栄次から話を聞いてみる」
俺が立ち上がると、凛恋も立ち上がって付いて来る。部屋を出て玄関に行く間、凛恋が俺の手を取ってギュッと握る。
「ちょっとしたすれ違いだろう。大丈夫だ」
振り返って凛恋の頭を撫でると、凛恋がギュッと抱き締めてきて、ゆっくりと離れた。
「うん、そうだよね。きっと大丈夫だよね」
「ああ」
俺はそう言って外に出る。
来る時に降っていた雨はすっかり上がり、雲の隙間から青空と太陽が顔を出している。しかし、それを見ても、全く晴れやかな気持ちにはならなかった。
家に帰ってすぐ、栄次が訪ねてきた。そして、いつも通り部屋に通して冷茶を出すと、それに全く口を付ける様子も見せずうなだれる。こりゃあ、かなり凹んでいるようだ。
「で? 赤城さんに嫌われたってどういうことだよ」
「……カズは男だよな?」
「…………なんで俺の性別確認するんだよ。もし仮に俺が女に見えるとしたら、眼科に行け」
「重要なことなんだよ!」
「ハァ……男だよ。んで、どうしたんだ?」
俺が壁に背中を付けてもたれ掛かりながら尋ねると、栄次は口を重々しく動かした。
「エッチを、拒否された……」
「…………」
どうしよう、なんか食べ物の好みで意見が食い違ったとか、デートの行き先で揉めたとか、そんな話かと思っていたが、思ってた以上に重い話だった。
「それで?」
面食らって黙ってしまっていた俺は、やっとの思いで続きを促す言葉を発した。
正直、聞いても俺の経験値じゃどうこう出来る話では無い気がする。
「希は大人しい子だから、俺も慎重になってたんだ。でも夏休み前にキスまで行けて、それで今日その後に進もうとしたら……嫌って言われた」
キスの後というと体に触れるということだろうが、それが何処に触ろうとしたかにもよる。しかし、そんなことを詳しく聞けるわけもない。
「……希は、俺のことが嫌いなのかな」
「なんでそうなるんだ」
「だって、嫌だって……」
「さっきも栄次が自分で言ってただろう。赤城さんは大人しい人だって。だから、緊張してて心の準備が出来てなかったんじゃないか?」
栄次の気持ちも分からなくもない。
もし俺が栄次の立場で、凛恋に体に触れようとして拒否されたら、多少どころか相当傷付く。多分、人に相談する余裕さえ無いかもしれない。
俺の初めての時は凛恋から誘われたが、今でも俺から誘う時は結構勇気が必要だ。
勇気どころか心の準備も必要になる。だから、初めて誘った栄次はかなり慎重にしたはずだ。
それこそ、ちゃんと赤城さんが大人しくてそういうことに慎重なのだと分かっているようだから、雰囲気作りとか誘うタイミングなんかにも気を遣ったのだろう。
その結果に拒否されたなら、ショックは大きい。
でも、俺は一安心した。
栄次が『エッチさせてくれなかったこと』を落ち込んでいるわけではなく『誘った結果、赤城さんに嫌われたかもしれないこと』を落ち込んでいるからだ。
真面目な栄次らしく、自分の辛さよりも赤城さんのことを考えている。
「栄次は、赤城さんにどうしたいんだ?」
「……謝りたい。希の気持ちを考えずに先走ってごめんって」
「そうか、じゃあすぐに謝った方がいい。夏休みが長いと言っても、せっかくの夏休みに気不味い雰囲気を長引かせたく無いだろ」
「希、俺と会ってくれるかな……」
内心、そんなスーパーイケメンに会いたくない女子が居るわけないだろう。と思いはするが、完全に落ち込んでいる今の栄次には、どんなことを言っても同じだろう。
「お茶でも飲んでちょっと待ってろ」
一旦部屋を出て、凛恋へ電話を掛ける。向こうの様子がどうなってるか分からないが、今凛恋が赤城さんから話を聞いているのは明らかだ。
『もしもし凡人? そっち、どう?』
「栄次は、赤城さんに嫌われたって凹んでる。そっちは?」
『希も同じ。喜川くんに嫌われたどうしようって泣いちゃって、今やっと話が全部聞けたところ』
どうやら、赤城さんも栄次に嫌われたと思って凛恋にすがったらしい。全く、彼氏彼女揃って仲が良いものだ。
『喜川くんとチューして、その流れで胸触られた時にビックリして、つい嫌って言って避けちゃったんだって。そんで、真っ青な顔した喜川くんにごめんって謝られて、それでパニクったみたい』
「そうか。今からそっちに行っても大丈夫か?」
『えっ? そっちもう話し終わったの?』
「ああ、栄次は赤城さんと仲直りしたくてたまらないみたいだ。俺も早く仲直りさせてやりたい」
俺がそう言うと、凛恋のフッと笑う声が聞こえる。
『希に喜川くんが来るって言っとく! ありがと、凡人!』
「なんで俺がお礼を言われるんだよ」
『だって、私の親友のピンチを助けてくれたから!』
「いや、俺は何もしてないんだけど……。まあ、とにかく今から行く」
『分かった! 待ってるから!』
電話を切って部屋に戻ると、相変わらず口の付けられていない冷茶と、落ち込む栄次の姿が目に入る。
「栄次、行くぞ」
「行くって、何処に」
「凛恋の家」
「八戸さんの!? まさか、希は俺と別れたいって――」
とりあえず栄次の頭を叩いた。そして、思いっ切り栄次の両頬を摘んで左右に引っ張る。
「このムカつくくらいイケメン顔で、真面目で優しくて、赤城さん大好き人間を、清楚美少女で大人しくて優しい、栄次大好きな赤城さんが、別れるって言うわけ無いだろうが! 落ち込んでるのは分かるが、ネガティブなのは俺だけで十分だ面倒くさい!」
俺が栄次の頬から手を放すと、両頬を押さえた栄次が目を見開く。
「じゃ、じゃあ!」
「赤城さんも、栄次に嫌われたって落ち込んで泣いてるってさ。あんな良い人を泣かせたんだから誠心誠意謝れよ、この幸せ者が」
栄次の胸を拳で叩くと、栄次は俺の拳を両手で掴んだ。
「カズ……カズが俺の親友で本当に良かった!」
「だ、抱きつくな! 気持ち悪い!」
ヒシっと俺の体を抱き締める栄次に顔をしかめて、俺は思わず笑みを浮かべた。
栄次を連れて再び凛恋の家に戻りインターホンを押すと、玄関の扉を開けて……優愛ちゃんが出てきた。
「凡人さんおかえり! うわっ! 隣のイケメン誰!?」
「優愛ちゃん、さっき振り。こっちは喜川栄次。俺と凛恋の友達で赤城さんの彼氏」
「八戸さんの友達で、カズの親友の喜川栄次です」
親友と言い直した栄次に恥ずかしさを感じつつも、俺は優愛ちゃんを紹介する。
「この子は凛恋の妹で優愛ちゃん」
「八戸優愛です! てか、希ちゃんやるぅー、こんなイケメンの彼氏が居るなんて知らなかった!」
目をキラキラさせて栄次を眺めていた優愛ちゃんの体が、一瞬にして玄関の中に消えて扉が閉まり、扉の向こう側から凛恋の怒鳴り声が聞こえた。
「優愛! あんた何してんのよ! うちの親友の彼氏に失礼なことしないのッ!」
「わ、私はお客様をお出迎え――」
「だったらすぐに通すか私に引き継ぎなさいよ! 自分の部屋に行ってなさい!」
「はーい」
そんなやり取りが聞こえた後、再び玄関の扉が開く。扉が開いた先には、頭を押さえた凛恋が居た。
「いらっしゃい喜川くん。うちのバカ妹がごめん」
「いや、凄く素直で可愛い妹さんだね」
「ありがとう。じゃあ、上がって」
「お邪魔します」
「お邪魔します」
栄次と一緒に中に入り、凛恋の先導で凛恋の部屋まで行く。そして、部屋の前で栄次が立ち止まった。
「すぅーはぁー……よし」
深呼吸をした栄次を見て凛恋がクスッと笑い、部屋の扉を開けた。
「希、喜川くん来たわよ」
「希! ごめん!」「栄次! ごめん!」
扉が開いた瞬間、二人が同時に謝る。俺は廊下で立ち止まる栄次の背中を押して中へ押し入れた。
床に正座した栄次は床に手を突いて、赤城さんに向かって頭を下げる。
「希の気持ちも考えずにごめん!」
「ううん! 私こそ、栄次が頑張って勇気を出してくれたのにごめん!」
泣いて目を真っ赤にした赤城さんは、土下座する栄次の前にペタンと座り込み、栄次の肩を掴んで顔を上げさせる。俺はその様子を部屋の隅で眺める。
「希は、俺のことを嫌いになった?」
「そんなことない! 栄次のこと、嫌いになんてならないよ! 私はずっとずっと栄次が大好きだもん! ……栄次こそ、私のこと、嫌いになっちゃった?」
「そんなことない! 俺は初めて会った時から希のことが好きなんだ! 嫌いになんてなるもんか!」
……なんなんだ、この恥ずかしいやり取りは。二人は二人だけの世界に飛び込んでいるからいいが、客観的に見せられている俺は、どうしようもなく恥ずかしく気不味い。
「じゃあ、俺と別れたいなんて――」
「嫌! 絶対に栄次と別れたくない!」
「希……良かった」
遂には赤城さんが栄次に抱き付き、俺は天井を見上げる。これ以上は、見ちゃマズイだろう。
「……あのさ、仲直りしてくれたのはチョー嬉しいんだけど、その……チューは私達が居ない所でしてくれる? めちゃくちゃ気まずいんだけど……」
「「ご、ごめん!」」
見事にハモった二人の声を聞いて視線を下ろすと、真っ赤な顔した凛恋が居た。どうやら、バッチリ二人のキスシーンを目撃したらしい。
「ハァー……希から泣いて電話が来た時はマジで焦ったわよ。ずーっと、栄次に嫌われたどうしよう! しか言わないんだもん」




