【一七《一番弟子》】:一
【一番弟子】
俺は昔から人にこき下ろされて生きてきた。
ただ、だからと言って、出会う全ての人々にこき下ろされて来た訳じゃない。
俺をこき下ろす人間は、大抵同級生だ。
上級生も下級生も、普通は他の学年の生徒に興味は持たないからだ。
でも、その考えは間違っていたのかもしれない。
俺は今、見ず知らずの人にこき下ろされている。いや、正確には酷く嫌悪感をあらわにした表情で身元確認をされたのだ。
「あなた、誰ですかって聞いてるんですけど?」
俺がボケッとしていると、苛立ちを滲ませて靴の裏で床を叩く音を立てながら、目の前の……いや、ちょっと……大分視線を下げた先に居る少女にそう言われる。
俺は凛恋の「外に出て服を見に行こう!」という突然の思い付きで、容赦ない日が照り付ける真昼に外に出た。
そして、女物の服を扱う店に入り、凛恋が試着するというので、俺は試着室の前で一人ポツンと立っていた。
その俺の状況は端から見れば、女物の服屋の中で試着室の前に立ってる不審者。に見えなくもないかもしれない。
「えーっとね。今、一緒に来てる人が試着をしてるから、それを待ってるんだよ」
黒髪のセミロングのウェービーヘア。身長が低めだが、服装は今時の女子という感じ。黒のフレアミニスカートにキラキラしたTシャツ。若干凛恋の趣味と似た系統の服を着ている。
まあ、この店が、ギャルっぽいというかちょっと派手めの服の店だからかも知れないが。
「子供扱いすんな!」
見掛けが小学校高学年にしか見えない彼女は、唇を尖らして憤慨する。
年頃の女の子というのは、子供扱いされることが嫌なのかもしれない。
こんな時に凛恋が居てくれたら上手くやってくれるのだろうが、今は着替え中だ。
「君、何処から来たの? ご両親は居る?」
「迷子じゃないっての!」
「じゃあ、何か困ったことでもあったの?」
「彼氏が居る女の人にちょっかい出す変態を見付けて怒ってるの!」
俺は後ろを振り返るが、そこには華やかな服を着せられた数体のマネキンが立っているだけだった。
「何振り返ってんのよ! あなたのことよ!」
「えっ? 俺?」
彼女の言葉に驚き、思わず俺は自分を指さす。
「いーい? お姉ちゃんの彼氏はもの凄く優しくて気が遣えて、頭も良いし困った時にはすぐ駆け付けてくれるヒーローみたいな人なの。何よりチョー格好良い人なの! だからあなたみたいなボケッとボサっとした冴えない人はお呼びじゃないの!」
「お姉ちゃんって……まさか君は――」
俺が声を発しようとした時、試着室のカーテンがサッと軽い音を立てて開いた。
「凡人、このスカートどう? ちょっと丈長いか――……」
凛恋は俺と俺の正面に居る彼女を視界に入れて固まる。そして真っ赤な顔をして声を上げた。
「優愛!? なんでここに居るのよ!」
いつものファミレスのいつもの席に座り、俺は正面に居る二人を見た。
凛恋は不機嫌そうな顔で隣に居る彼女を見詰め、ハアッとの深いため息を吐く。
そして、凛恋の隣に居る彼女は、チョコレートパフェを美味しそうにパクパク食べていた。
「凡人ホントごめん!」
「いや、謝らなくていい。凛恋は何も悪いことはしてないだろう」
「うちのバカ妹が凡人に失礼なことしたじゃない」
「まあ、もの凄く優しくて気が遣えて、頭も良くて困った時にはすぐ駆け付けてくれる格好良い人、というイメージでは俺に結び付かないだろうしな。仕方ないだろ」
凛恋がどんな説明をしたのかは分からないが、俺でもその説明を聞いても俺とは結び付かない。
「ほら優愛。自己紹介して」
「八戸優愛よ。よろし――イダダダッ! お姉ちゃん痛いッ!」
「私の彼氏になんて口利いてんのよ! あんたはッ!」
凛恋が両手の拳で優愛ちゃんの頭を挟んでグリグリと捻る。
優愛ちゃんはスプーンを手にしたまま、その痛みに悶え苦しんでいた。
「イテテッ……刻雨中等部三年の八戸優愛です。よろしくお願いします」
「八戸凛恋さんとお付き合いさせて頂いてます。刻季高校一年の多野凡人です。よろしくお願いします。…………中三!?」
丁寧に挨拶をされ俺も背筋を伸ばして挨拶を返す。しかし、中三ということに思わず声を上げてしまった。
「ちょっ! 失礼ね!」
「ご、ごめん」
「いーのよ。どう見たって小六だし」
「お姉ちゃんまで酷い!」
中三ということは俺や凛恋と一つしか歳が違わないということになる。
しかし、体系的にもっと離れているのかと思った。
「それで? なんであの店に居たのよ」
「それは、街をブラブラしてたらお姉ちゃんがそこの人と歩いてて――」
「私の彼氏をそこの人呼ばわりする気?」
「その、多野さんとお姉ちゃんが歩いてて。せっかくお姉ちゃんに素敵な彼氏が出来たって聞いてたのに悪い虫が付いてると思って……」
「それで付けて来たわけね。つまり優愛は、私が彼氏が居るのに他の男と二人っきりでデートするような女だと思ったわけ」
「そ、そうじゃないって! お姉ちゃんって可愛いし、モテるだろうから一人で買い物してる時に無理矢理付き纏われてるのかと思って」
つまり俺は、彼氏の居る女子に無理矢理付き纏う男に見られたわけか。
「全く……ちゃんと凡人にお礼を言いなさいよ」
「なんで!」
「凡人がそのパフェを奢ってくれたのよ」
「も、物で釣られないし!」
「……口にクリーム付けながら言っても説得力無いわよ。もーほらちゃんと拭く」
紙ナプキンを優愛ちゃんに差し出して世話を焼く凛恋の姿は、まさにお姉ちゃんという感じだった。
そして、怒っていたはずなのに、いつの間にかニッコリ笑っているのも、お姉ちゃんだからだろう。
「優愛は今年受験でしょ? いいの? 遊んでて」
「ダイジョーブ、成績だけは良いから」
「まあ、そこは私に似なかったのよねー。悔しいけど」
凛恋が頬杖を突きながら穏やかな表情で話すのを見て、俺は凛恋にメニューを差し出す。
「何か食べよう」
「そーね。優愛に邪魔されたし、凡人の家ではお昼食べられそうに無いしね」
凛恋がメニューを広げて頼む物を選んでいる間、隣に居る優愛ちゃんに声を掛ける。
「デザートの後になるけど、優愛ちゃんもご飯が食べたかったら遠慮無く注文して良いからね」
「マジですか! じゃあ私はデザート食べたけど、マカロニ海老グラタンで!」
「凡人、甘やかしちゃダメだって」
メニューの奥から凛恋がジトっとした目を俺に向ける。しかし、軽くハアっと息を吐いて頭を下げた。
「ホントごめん。今度絶対に埋め合わせするから」
「良いって、俺も何か頼もう」
俺はメニューを手に取って眺める。
正面では、姉妹で仲良くメニューを見詰める二人が居て、なんとなく心がほっこりした。
ファミレスで食事を終えると、凛恋が優愛ちゃんを見下ろしてビシッと指さす。
「いい? ちゃんと遅くならないうちに帰るのよ」
お姉ちゃんらしく妹に注意する凛恋を、優愛ちゃんは頬を膨らませて見上げる。
ファミレスで食事をしている間も仲が良かったし、優愛ちゃんはお姉ちゃん子なのかもしれない。
「お姉ちゃんは今から何するの?」
「私? 私は凡人の家で遊ぶけど」
「何して遊ぶの?」
「しつこいわね。話したりゲームしたりよ」
「ゲーム!?」
何やら食い付いた様子で背伸びをする優愛ちゃんを見て、凛恋がしまったと頭を押さえる。
その様子を見て、俺は首を傾げた。
「多野さん! 私も行っていい?」
「バカ言わないの。そんなのダメに決――」
「いいよ、おいでおいで」
「かーずーとー」
「凛恋も優愛ちゃんを一人で放り出すのは心配だろ。だったら一緒に居た方が安心じゃないのか?」
「それはそうだけどさー」
ウルウルとした目で見上げる優愛ちゃんを見た凛恋は、深く大きなため息を吐いてうなだれた。
「優愛。付いて来るの許してもらえるのは、凡人がめちゃくちゃ優しいからだからね」
「やった! 多野さんって意外と優しいのね! アイタッ!」
凛恋の容赦ないゲンコツを脳天に食らい、優愛ちゃんは両手で頭のてっぺんを押さえてしゃがみ込む。
「凡人は意外とじゃなくて、ホントにマジでチョー優しいの!」
「ご、ごめんなさい」
凛恋を中央に三人で並んで歩き始める。
「ゲームって単語言った私がバカだったわ……」
「優愛ちゃん、ゲーム好きなのか?」
「私が凡人とやったゲームの話を家でしたら興味持っちゃって、パ――お父さんにおねだりして買ってもらったのよ。それですっかりハマっちゃって」
「お姉ちゃんは外ではお父さんって言うんだねー」
「優愛、お姉ちゃんをからかうな。置いて行くわよ」
「ごふぇんなふぁいっ!」
優愛ちゃんの頬を引っ張って言う凛恋に、優愛ちゃんは自分の頬を引っ張る凛恋の手を叩いて謝る。
「そうか。ちなみに、どんなゲームを」
「ファンフュー!」
「おお! ファンフューは俺もやってるやつだ」
ファンフューは、ファンタジーフューチャークエストというゲームの略称になる。
ファンフューは凛恋とよくやる据え置き型のゲーム機ではなく、携帯型のゲーム機で遊ぶゲームで、通信での協力プレイが人気のゲームだ。
まあ、俺は通信する人が居ないから一人でやってるが。
「なんか、優愛と凡人だけ知ってると、仲間外れの気分なんだけど」
「いや、別に仲間外れに――あっ……」
「何よいきなり、あっ……て」
俺に怪訝な目を向けてくる凛恋に、俺は手を振って答える。
「いや、悪いことじゃない。昨日、婆ちゃんが商店街の福引きでファンフューの同梱版当てて帰って来て、本体の色がピンクだったし、そもそも俺持ってるしって言ったら、凛恋にあげろって言われてたんだった」
「マジ!? お婆さんに会ったらお礼を言わないと! ……それで、同梱版って何?」
「あー、ゲームのソフトとゲーム機本体がセットになってるやつだ」
「えっ!? それってめっちゃ高いんじゃないの!?」
「うーん、本体によるけど、今回の場合だと本体が二五〇〇〇で、ソフトが五〇〇〇くらいだから、トータル三万くらいかな」
「三万円!? ちょっ、流石に三万の物はもらえないって!」
両手を振って焦ったように言う凛恋に、俺は苦笑いを浮かべる。
「いや、売っちゃうと半額くらいまで落ちちゃうしさ。それに当てた婆ちゃんが凛恋にあげろって言ってるし。まあ、いらないって言うなら無理にとは言わないけど」
「いや、すごく嬉しいんだけどさ」
「婆ちゃんも孫がもう一人出来たみたいだって喜んでるし、貰ってくれた方が喜ぶと思う」
俺がそう言うと、悩んでいた凛恋は小さく頷いた。
「じゃあ、ありがたく貰うわ。マジで今度お婆さんにお礼しないと」
「ところで、多野さんはどこまで進んでんの?」
「優愛! 言葉遣い!」
「と、ところで、多野さんはどの辺りまでお進みでしょうか?」




