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+-∞  作者: チキンフライ
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【一六《失うより》】:二

 宿泊する部屋に荷物を置いて談話室に集められた俺達は、学校毎に代表者が軽く挨拶をして、ただダラダラ話すだけの時間が始まった。


 光りが差し込み、床も天井も木目調で落ち着いた雰囲気の談話室には、明るい話し声が響く。

 それを聞きながら、俺は座っている椅子の上で、正面にある丸テーブルの上に頭を付けた。


「ああ……疲れた……」

「凡人、まだ始まったばかりなんだけど」


 隣に座る凛恋がクスクスと笑いながら俺の頬を人差し指で突く。


 ただダラダラ話すだけの時間、正式に決められた言葉を使えば自由交流の時間が始まって早々、凛恋はうな垂れる俺の隣に座って俺の側に居てくれる。

 それだけで心が安らいだ。


 田丸先輩に連れて行かれてから、刻季の面々に「なんでお前が参加しているのか」とでも言いたげな目で見られ「俺だって好きで来てるわけじゃない」という言葉を飲み込んで、俺は必死に空気に徹した。

 部屋のベッド決めでもちゃんと余り物の入り口に一番近いベッドに収まったし、とりあえず無難にやり過ごした。


「八戸さんは他の学校の人と話さないの?」


 その声が聞こえて俺が顔を上げると、さっきの爽やかな刻雨の生徒会長が凛恋の隣に腰を下ろすのが見えた。

 丸テーブルを囲うように椅子が置かれているから、まあ当然の選択だろう。


「はい、今回の研修に彼も参加するって聞いて、私はそれで参加したので」

「そうなんだ。失礼なことを聞いちゃうけど、八戸さんが彼とお付き合いしてるって話は本当?」

「はい」


 凛恋が頬を赤らめてはにかみながら答える。

 それを見てニッコリ笑った刻雨の生徒会長は俺に顔を向けた。


「朝も自己紹介したけど、私のことは――」

「逸島さんと呼ばせてもらいます。他校の人なので先輩というのもおかしいでしょうし」

「そうか、じゃあ私は多野くんと呼ばせてもらってもいいかな?」

「はい」


 この研修が他校との交流が主な目的なのは知っているが、俺はそんな突然集められた見ず知らずの人間達と、一日二日で友達になれるような素直な性格をしていない。

 だから今後も無難な対応で行かせてもらう。


「こんにちは」


 今度は後ろからそんな明るい声が聞こえて振り返ると、明るい笑顔を浮かべた田丸先輩が立っていた。


「こんにちは。刻雨高校生徒会長の逸島真吾です」

「こんにちは。刻季高校文化委員長の田丸栞です」


 田丸先輩と逸島さんが軽い挨拶をして、田丸先輩は俺の隣に座る。

 チラッと凛恋に視線を向けると、流石に凛恋はニコニコとしていた。


 凛恋は社交的な性格だ。

 俺や栄次、赤城さんと話している時はかなり正直に他人の評価を口にする。でも、それは俺達に対してそんな態度を見せても嫌われないという安心感があるからだろう。


 普段は社交的な人間らしく本音を押し隠している。それは世の中を上手く生きて行くには必要なことだし、誰でも本音と建て前はきっちり分けるものだ。

 だから、凛恋のそういう態度に嫌悪は微塵も感じない。


「田丸さん、知り合い?」


 人が増えてきて辟易していると、また別の声が聞こえてきた。今度は男の声だ。


「あ、俺は横谷弘康よこたにひろやす、よろしく」

「刻季高校の二年で厚生委員長だよ」


 田丸先輩が補足の説明をすると、凛恋と逸島さんがそれぞれ自己紹介をする。

 それを聞きながら、なんでよりにもよってこんな端っこに居る俺達に寄って来るのだと心の中で呟いた。


「ところで、どういう関係?」


 なんだか爽やかというより軽い感じのテンションで話す横谷先輩は俺達を見渡してから田丸先輩に尋ねる。


「八戸さんにはこの前会ったけど、逸島くんには今日初めて会ったかな」

「そうなんだ。いやー、うちの生徒会もめんどくさいことを考えて他校の人も巻き込んじゃって、ごめんねー。うちは各種委員長は強制参加で、それでも人が足りないから有志の生徒を集めたんだけど、意外と他校の生徒も暇な奴が多いんだなー」

「横谷くん、暇なんて言っちゃダメだよ。みんなうちの提案に協力してくれてるんだから」


 苦笑して田丸先輩が横谷先輩にそう言う。それを聞いていた凛恋はクスッと笑い、逸島さんは微笑んだ。


「うちもこんな機会を作ってもらってありがたいと思ってる。他校との交流もそうだけど、うちの生徒同士の交流も出来るしね」

「そう言ってもらえると、うちとしては助かるな」


 そう言うと、横谷先輩は凛恋に視線を向けて首を傾げた。


「それにしても、八戸さんってこういう行事には参加しそうな人には見えないけど」

「彼が参加するって言うので、一緒にと思って」


 凛恋が視線を向けた俺に横谷先輩が視線を向け俺を見る。その目はキョトンとした目をしていて、なんで俺はそんな目で見られているのか分からず、とりあえず視線を返して軽く頭を下げた。


「もしかして、八戸さんて多野の?」

「はい、私、凡人と付き合ってるんです」


 凛恋がはにかんで言った直後、横谷先輩は目を見開いた後、もの凄く嬉しそうに破顔した。


「そうかそうか! そうだったのか! いいなー彼氏と一緒に宿泊研修って! なんか青春って感じするわー!」


 年寄りっぽいことを言いながら、横谷先輩は何故か俺の背中をバシバシと叩く。痛いうざいめんどくさい。


 後輩というだけで、年上から無条件にぞんざいな扱いを受ける、上下関係というこの理不尽な社会システムに俺は声を大にして不満を言いたい。

 なんで俺は意味もなく背中を何度も叩かれなければいけないのだと。


「まあでも、生徒会の奴等もそれが狙いだろうな」

「それが狙いというと?」

「公式の合コンみたいなものだ。こういう行事に参加するってことは、それだけで真面目な性格の奴が多いだろうからなー。そんでその中から彼氏彼女を探すってわけだ」

「だから自由交流の時間が長いんですね」


 凛恋がにこやかな笑みを浮かべながら俺の方に視線を向ける。そして、俺の頬を突いて甘えたような声を出す。


「凡人、浮気したら許さないからねー」


 優しい笑顔で言われ冗談だと分かるが、その視線はすぐに俺を挟んだ反対側に向く。

 その視線を追うと、凛恋に視線を向けられた田丸先輩がニッコリ笑った。


「凡人くん、八戸さんと仲良いんだね」


 その言葉にどう返していいやら分からず、俺は「ありがとうございます」と返した。


 その後、横谷先輩を中心に互いの高校の話で場が盛り上がる。もちろん、俺は話を聞いているだけだ。

 でも、話を黙って聞いているだけの俺が、五人の中央に位置しているのがやり辛い。


「でも、見渡しても女子の比率結構低いな。こりゃあ、結構競争率が激しいかもしれないな」


 談話室を見渡した横谷先輩はテーブルに頬杖を突いてそう口にする。

 確かに俺がザッと見渡しても女子の参加者は男子より明らかに少ない。

 もし横谷先輩の言うとおりこれが男女の出会いの場として企画された裏があるのなら、その裏の目的を達成するのは男子側は至難の業だろう。


「男子部屋では揉めるぞー。あの子は俺が狙う、いや俺もあの子を狙ってるってな」

「でも、人を好きになることに先も後もないからね」


 田丸先輩の言葉に横谷先輩が笑顔を返していると、明るい凛恋の声が聞こえた。


「まあ、私と凡人には関係ない話ですから、気楽に研修を楽しみます」

「いや、分かんないぞ。八戸さんてこんな行事に参加するイメージないから、見た目に似合わない真面目さに惹かれる奴が現れるかもしれない」


 ニッと笑って言う横谷先輩の言葉に、凛恋は笑みを返して首を振る。


「そう思われても迷惑ですね。私は凡人以外と付き合うなんてあり得ないですから」


 その言葉に、横谷先輩がまた俺の背中をバンバンと叩いてくる。いや、だから痛いっての。


「おーおー、アツアツだなー。それにコメントすることは無いのかよ、彼氏の多野は」

「俺も凛恋以外と付き合う気ないですから」


 さりげなく俺の背中を叩く横谷先輩の手を避けながら体を起こすと、隣に座る田丸先輩が微笑んだ。


「でも、他の人に目を向けないっていうのはちょっと勿体ないと思うな。良い人って沢山居るし」

「そうだね。一人の誰かに縛られるより、視野を広く持って沢山の人と交流を持つのも大切だと思うよ。せっかく沢山の人が参加するこの催しに参加しているんだし」


 田丸先輩と逸島さんがそんな話をする。

 その話は友達を沢山作るのは良いことだ。という話に聞こえなくもない。でも、なんとなくスッキリとした気分では聞けなかった。

 まるで、俺達が互いしか付き合うべき相手が居ないと思っていることを、間違っていると言われているような、そんな気がした。


「友達になれる人は居るかもしれませんけど、彼氏は凡人以外あり得ないです。凡人は本当に凄く優しくて気が遣える、私の理想の人ですから」

「そうだね、凡人くんには私も助けられたし」

「助けられた?」


 逸島さんに聞き返された田丸先輩は、田丸先輩がアルバイトをしているコンビニでの出来事を説明した。

 それは事実だったが、大分俺の行動が格好良くスマートだったように変換されているように思えた。


「多野くんは大人しそうだけど、男らしい一面もあるんだね」


 田丸先輩の話を聞き終えた逸島さんは驚いた様子で俺を見る。それに俺は言葉を発せず軽く頭を下げた。


「そうですよ。凡人は大人しく見えますけど、その辺に居る男子とは比べられないくらい男らしくて格好いいんです」


 真横で、凛恋にそう褒められると居心地が悪い。

 正直、逸島さんには先にうちの高校の奴等に会ってから、俺に対する悪口を一通り聞いて来てほしかった。

 変に高評価を得ても俺にはあまりメリットはない。


「そうなんだ。人は見掛けによらないってことかな。……さて、そろそろ私は他の人とも話してくるよ」


 そう言って逸島さんが立ち上がる。立ち去っていく逸島さんの背中を見詰めていると、横谷先輩の明るくうるさい声が聞こえて、何か話し始めた横谷先輩へ視線を向けた。



 ハイキングを行うハイキングコースは高低差が少ないと聞いていたが、思っていた以上に上り下りのある道になっていた。

 地面は踏みならされた硬い土の地面で、森の中だからか若干湿っている。


「いやー結構キツかったなー」

「だね、日頃運動なんてあまりしないから明日筋肉痛が酷そう」


 前の方では和やかに話す五人が居て、俺はその五人から数歩離れた後ろを歩く。

 別に俺が疲れて五人から遅れているわけではない。わざと五人から離れて歩いているのだ。

 そして、俺の隣に凛恋は居ない。


 本当は凛恋と一緒に歩くつもりだった。しかし、ハイキングの班はくじ引きで決めるということになっていて、俺は見事に凛恋と同じ班を引けなかった。

 あまり運が良い人生を送っていないのだから、こんな時くらい運を良くしてくれても罰は当たらないとは思ったが、そう上手くはいかなかった。


 今頃、凛恋は何をしているのだろう。湿った土の地面を見詰めて歩きながらそんなことを考える。


 ハイキングは各班が時間をずらして出発している。

 俺の居る班は比較的早くスタートしたが、それでも時間は一七時になろうとしている。

 でも、遅くても一八時には全員が戻ってきて入浴を済ませ、野外炊飯に入る予定になっている。


 ハイキングコースは時間が掛かって五時間ほどの道程になる。ハイキングがどのくらい時間の掛かる運動なのか分からないが、五時間は長いと思う。

 しかし、思ったより疲労感はない。

 その理由が前の五人と距離を保って歩いているからなのは明らかだ。


 前の五人はダラダラと話ながら歩いている。

 俺はそれよりも遅いスピードで歩いているのだから、普通に歩くよりも疲労は溜まらない。

 それでも、思ったよりというだけであって、全く疲れてないわけではないが。


 森の中は木の陰になっているし、間を抜ける風もひんやりとしていて気持ちが良い。

 これが凛恋と一緒に話しながらだったらもっと短く、いや、あっという間の出来事だったに違いない。


「よっしゃ! やっと着いたぁー!」


 前で騒がしい男子がそんな叫び声を上げて走り出す。森の出口が見えたのだ。

 その声に合わせて、他の四人も一緒に走り出した。

 そして、そんな五人の離れていく背中を見詰めて俺は後ろを振り返った。

 後ろには誰も居るわけが無い。

 凛恋は遥か後ろでまだ森の中を通るハイキングコースを歩いているだろう。


『いや、分かんないぞ。八戸さんてこんな行事に参加するイメージないから、見た目に似合わない真面目さに惹かれる奴が現れるかもしれない』


 前を向いて歩き出そうとしたとき、その横谷先輩の言葉が急に頭の中を横切る。

 その言葉が、胸をグラグラと揺らしたせいで、俺は踏み出した足を止めた。


 社交的で見た目の派手さに似合わず性格のキツさもない。

 もちろん、ちょっと荒いところもあるが、それを今日会ったばかりの人間に見せるような性格じゃない。

 そんな凛恋と一緒にハイキングをする男子の中に、凛恋に対して好意を持つ人間が居ないなんて言い切れない。

 むしろあんなに魅力的な女子が居て男子が色めき立たないことの方があり得ない話だ。


「ダメだ。すぐに不安になるのは俺の悪い癖だ。そんな奴が居ても凛恋はそんな奴等になびかない。凛恋は俺を好きで居てくれる」


 凛恋の好意におごっているわけじゃない。凛恋の気持ちを信じているのだ。だから安心してこの足を進めても大丈夫だ。

 自分に纏わり付く不安を振り払うように自分に言葉の鞭を打つ。そして俺も森の出口まで足を進めた。


 森を出てしばらく歩くと、既に到着した人達がテラススペースで水分を採りながら楽しそうに会話をしている。俺も冷えたスポーツドリンクのペットボトルを受け取ろうと生徒会役員の居る場所に歩いて行く。


「凡人くんおかえり! はい、ドリンク」

「あ、ありがとうございます」


 取りに行く途中で、ニコニコ笑った田丸先輩が俺にスポーツドリンクのペットボトルを差し出す。

 そのボトルはキンキンに冷えていて、周りには結露が付いていた。

 俺がペットボトルを受け取って、人の塊から離れた場所に座ると、俺の隣に田丸先輩が腰を下ろした。


「あまり疲れてないね」

「いや、疲れてます」

「そうかな? みんなそんな涼しそうな顔はしてなかったけど」


 ペットボトルの蓋を開けて中身を一口飲むと、隣に座る田丸先輩が相変わらずニコニコとして俺を見ている。

 田丸先輩も五時間の道程を歩いたはずだが、俺より元気そうだ。


「やっと凡人くんとゆっくり話せて嬉しい」

「はあ……」

「学校でもあまり話す機会がないし、やっぱり二年と一年って会わないしね」

「そうですね。使ってる校舎の階も違いますし」


 チラッと森の出入り口に目を向けるが人が出てくる気配はない。


「八戸さんのことが気になる? 多分、八戸さんは一番後に出発する班だったから、到着は一八時くらいかな」


 田丸先輩の言ったことは知っている。

 凛恋と同じ班になりたかったのだ。凛恋がどの班になったのか知らないわけがない。


 俺は、凛恋が最後の班になったのが心配だった。夏の日没時間は一九時くらいと遅い。

 だが、それは日没時間というだけで、日没時間になった瞬間に周囲が真っ暗になるわけじゃない。


 太陽は徐々に沈んで一九時に完全に沈みきる。だから、一九時に至るまでに周囲は薄暗くなっていくのだ。

 そして、森の中は真昼でも場所によっては薄暗い、そんな場所に太陽が沈み始めている時間帯に居るのは心配だ。


 空を見上げると真昼には真上にあった太陽も今は傾いている。

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