【八《永やかな想い》】:二
学校からしばらく歩いた所にある少し広めの公園。
その公園は、一般的に連想される遊具のある遊び場としての公園ではない。樹木が多く植えられ噴水もあり、ちょっとした散歩コースにもなる公園。市民の憩いの場としての公園だ。
その公園のほぼ中央に位置する広場には噴水がある。その噴水の周りには、三人掛けくらいのベンチが設置されている。そのうちの一つに、赤城さんは腰を下ろした。
「やっぱり良い所だった」
「初めて来たのか?」
「うん、栄次と帰る時にいつも前を通ってて来たかったんだ」
「なんで俺なんかと」
「栄次と来る前の予行練習? かな」
はにかむ赤城さんから離れて自販機の方に歩いて行く。すると後ろから赤城さんが追い掛けてきた。
俺は五〇〇円硬貨を自販機に入れて赤城さんに自販機の前を開ける。
「どうぞ」
「気を遣わないで」
「気は遣ってない。……相談料だ」
俺がそう言うと赤城さんはクスリと笑う。
「そう言うことなら」
赤城さんがリンゴジュースのボタンを押すのを見届けて、俺は缶コーヒーを買ってさっきのベンチに戻る。
「多野くんってブラックコーヒーが飲めるんだ! なんか大人って感じだね」
「いつもは甘いやつの方が好きだよ。でも、今日はちょっと甘いの飲めなくて」
ドサッとベンチに腰を下ろすと、隣から缶を開ける軽い音が聞こえた。俺もその音を聞いた後に缶を開ける。そして一口コーヒーを飲む。
苦い、でもその苦味が今は丁度いい。胸にある辛さや苦しさが和らぐ気がした。
「どこまで聞いてるんだ?」
「…………多野くんが凛恋のことを好きになって、告白出来ないって悩んで、栄次が多野くんに酷いことをした所まで」
「つまり、全部ってことか」
俺は缶コーヒーをもう一度飲んだ。今度は、コーヒーの苦味が弱く感じた。
「栄次がね、多野くんのことをあんな情けない奴だとは思わなかったって言ってたの。だから、私ちゃんと怒っておいたから」
「怒、った?」
「だって、私には分かったから。友達関係が崩れちゃうかもしれないって怖くなったことも、もう二度と凛恋みたいな友達が出来ないかもしれないってことも」
びっくりした。赤城さんは的確な言葉で、俺の胸にあった苦しさや辛さの理由を言い当てた。他人のことなのに、何故か赤城さんには分かったのだ。
「私はね、臆病で恥ずかしがり屋だから、友達とかいっぱい居る方じゃないの。学校で話す友達も、あのカラオケに行ったグループの子達くらい。ううん、ほとんど凛恋としか話さないかな。グループで居る時は凛恋の隣でニコニコして相槌を打つくらい」
意外だったと思う反面、納得がいく部分もある。派手目な女子の中で一人だけ清楚な見た目。あの時抱いた違和感は、ある意味間違いではなかったのだ。
「凛恋が友達が多い子だから、凛恋と仲良くしてたら、自然とみんなと話すようになって。だから、今の私があるのは凛恋のお陰でなんだ。学校が楽しいのも、栄次の彼女になれたのも、多野くんと友達になれたのも」
リンゴジュースの缶を両手で握った赤城さんは、クシャッと笑う。とても嬉しそうに。
「だから、もし凛恋と友達じゃなくなったらって思うと、凄く怖い。凛恋ともう話が出来なくなるとか……。ううん、そんなの考えたくもない。凛恋が居ない日常なんてあり得ない。絶対にそんなことにしたくない」
赤城さんはさり気なく目を手の甲で拭う。拭った後の赤城さんの目は、少し赤くなっていた。
「栄次って凄く人気者だから、そういうの分からないんだよね。友達が居ない、独りぼっちの気持ちって」
「赤城さん……」
「私は分かるから、多野くんのことを情けないなんて言えない。それに、失うのが怖いくらい凛恋のことを大切にしてるってことだから、凛恋の親友としては凄く嬉しい。でも、好きな気持ちは伝えてほしい」
「…………でも、伝えたら友達で居られなくなる」
「大丈夫だよ!」
「何を根拠に。誰だって、友達だと思ってた奴に好きだって言われたら困るだろ。それに……八戸には好きな奴が居るんだ」
八戸に好きな奴が居る。そう言葉にした瞬間、頭を鈍器で殴られたような鈍い痛みが走り、頭が揺れるような錯覚を抱く。
実際には誰にも殴られていない。いや……俺が俺を言葉の鈍器で殴りはした。
栄次が言っていた。『もし八戸が俺以外の男と付き合ったらどうするのか』と。俺はすぐにその疑問へ「友達として応援する」という手札を出すが、すぐにその手札は切り捨てられる。
もう一人の、八戸のことを好きな自分に。
八戸が顔も知らない誰かと楽しそうに話をし、仲睦まじく手を繋いで歩く姿を想像する。しかし、その想像を拒否するように吐き気を催してすぐに想像するのを止める。
薄々分かっていた。もう既に、俺は八戸と普通の友達には戻れないのだ。
八戸のことを好きになった時点で。
恋とか愛とか、憧れはあった。ゲームや漫画みたいな創作物の恋愛は何時だってキラキラと輝いて透明に透き通っている。
でも実際に、初めて人を好きになった俺は、暗く淀んでいる。でも淀んでいるのは俺だけで、八戸はとても綺麗に澄んでいる。
言葉遣いは荒いし、態度もちょっと男友達に思える時もある。でも八戸は礼儀正しくて、優しくて、女の子らしく可愛い。
清廉な八戸と淀んだ俺。比べるまでもない。比べることもおこがましい。
「赤城さんは、八戸が好きな奴のこと、知ってるんだよな」
「えっ? うん」
「どんな奴なんだ?」
聞いたって仕方が無いのは分かっている。でも気が付いたらそう聞いていた。
八戸の好きな奴のことを知ったって何の意味もないのに、せめて八戸の好きな奴がどんな人間なのか知りたかった。
「凄く凄く優しくて、気が遣えて、とっても凛恋のことを大切にしてくれる」
「そっか……」
赤城さんがそこまで褒めるなら、そいつは相当良い奴なんだろう。
「せっかく出来た友達だったのにな……」
「多野くん……」
「ごめん。散々話してもらって聞いてもらったのに。結局、何も答えが出てない」
「ううん、多野くんは謝らないで。辛いよね、どうすれば良いかなんて簡単には分からないよ。多野くんが凛恋のこと、本当に大切にしてくれてるのが分かる。……今日凛恋には、多野くんの様子を私と栄次で見てくるって言ってあるから、じっくり考えてみて」
「ありがとう、赤城さん」
赤城さんはやっぱり良い人だ。こんな俺の話を真剣に聞いてくれて、優しく背中を押してくれる。でも、臆病な俺はそれでも踏み出す勇気は出ない。いや……もうほとんど決まっている。
八戸には告白しない。ぎこちなくても友達を続ける。
今もひび割れて壊れそうな関係だけど、必死に継ぎ接ぎをして続ける。
俺は臆病だから、何かを得るために何かを失う覚悟なんて出来ない。今ある大切なものを失うかもしれないなら、新しい何かなんていらない。
結局その程度の人間でしかなかったんだ。
八戸の一番大切な人は、そんな俺じゃ務まらない。だから、俺は八戸の大切な友達の一人でいる。
「赤城さん、栄次に会ってくれ。赤城さんに怒られたなら、栄次はきっと凹んでる」
「うん。ありがとう、私達のことにも気を遣ってくれて。栄次に会ったら、栄次の親友はやっぱり良い人だねって褒めるね」
「出来れば栄次本人を褒めてやってくれ。じゃあ、俺は帰るよ」
「多野くん」
ベンチから立ち上がった俺に、赤城さんは立ち上がって後ろから声を掛ける。
その赤城さんを振り向くと、赤城さんは恐る恐るといった不安そうな表情をしていた。俺はその不安そうな赤城さんを安心させるために、明るく声を作って言う。
「大丈夫。俺は栄次と赤城さんも、それに八戸とも友達だ」
「多野くん……。うん、私達はずっと友達! でも……私は、私は友達の恋を応援するから!」
「ごめん……ありがとう」
赤城さんに背を向けて歩き出す。赤城さんを辛い立場に立たせてしまった。本当に申し訳ない。
赤城さんは一番の親友として、八戸の恋を応援してきたはずだ。それなのに、俺が八戸を好きになってしまったから、微妙な立場に立たされてしまった。
でもこれで、俺が八戸を諦めたから赤城さんも心置きなく八戸の恋を応援出来る。
俺は八戸の恋を応援……出来ない、したくない。だから、見守ることにする。
諦めても、やっぱり八戸のことを好きな気持ちは簡単に消し去れるものじゃない。
ほんの少しだけ、歩道を歩く足が軽くなった気がする。きっと心がすっきりしたからだと自分に言い聞かせた。
心の中でチリチリと燻っている何かからは視線を逸らした。燃え上がる可能性はある。でも、そのまま放置すれば燃え尽きるだけだ。




