勇者悲哀譚 前編
―かつて世界を暗闇に染めた魔王がいた、しかしそれも永らくのちに現れた1人の勇者によってやぶられ世界は光を取り戻したのだ。
それから数十年、かつて魔王が築いた城も今やボロボロですぐにでも崩れそうな廃墟に成り果てていたがそこに1人の老人が訪れる。
その老人は年はとっていたものの、その体は逞しくその目は鋭く青く、ゆったりとたくわえた白い髪と髭を悠然とゆらし歩いていた。
そして、かつて激闘を繰り広げた魔王の玉座に辿り着く―。
―ほう? これは思わぬ来客だな?―
気配を感じとり、只の浮遊する意識体と成り果てた魔王がかつて自分を滅ぼした勇者に語りかける。
「生きていたのか?」
老人が問いかける。
―このような状況生きているとはいえぬ、幽体になってかろうじて存在しているだけよ、ここからでればたちまち霧散してしまうだろうなんならためしてみるかね?―
「いや、やめておこう」
老人が手を振る。
―それもよかろう、しかしかつての勇者がずいぶんとショボくれたものだな? 年のせいだけではないようだが?―
「あぁ、そうかもしれない、かつての魔王よ俺は人というものがわからなくなってきて疲れたのかもしれない」
老人がぼつりと呟くと魔王が高らかにわらいだす。
―フハハハ! これは傑作だなかつてあれほど人の力を信じて我に立ち向かってきた勇者が今度は逆に人を信じられなくなったとはな!―
「その通りだ傑作のなにものでもない」
そういうと老人はしゃがみこみ話だすのであった。
―それは魔王を倒し勇者として凱旋してしばらくの事であった、魔王が占拠していた土地をめぐって人同士で争いが起きたこと、最初は満足な兵力がなかったので机上の論争でカタがついていたのだが、兵力が整うようになって戦が行われるようになったこと、そして自分の正当性を強調するために、自分が利用されそうになった事等々である―
「その時は仲間に助けてもらって難を逃れたが、逆恨みで逆上された国王に追放されてね、今に至るというわけさ」
―ハハハ! それみた事か!! 人なんぞ家畜にもおとる畜生よ、すぐに恩を忘れ手のひらを何回でもかえす、それが自分にかえってくるのもわからずにな―
少し間をおいた後に魔王は更にしゃべりだす。
―だが、だがしかしお主はそれでも人という生き物を信じていたのではないか? だからみっともなく老いて今でも生きてきたのでないか?―
「そうだなそれでも信じていたよ、だからこそ子を成し明日にかけてみようとも思ったし、その子ども達もよくやってくれている」
―ほう? 子まで成し得たのかよいではないか? 後は何があったのかね?―
かつて魔王であった自分を倒した者が、ここまでうちひしがれる状況になるとはどんな出来事があったのか興味深かそうに聞き返すのであった。