8.突発イベント
「でも、挑戦ってどうやるんだ? ここ対戦フィールドじゃないだろ」
ここは初心者用フィールド。対戦希望者は転送されてしまう。
「欲しいアイテム拾えばいいのかな?」
「拾ってみる?」
他人のアイテムに手をつける事へ抵抗からか、戸惑い、牽制しあうプレイヤー達。
「みんなで一斉に拾うか?」
「あいつレベル4の商人だぞ! んな卑怯な真似、晒されちまう」
俺はレベル4らしい。
「とりあえず列つくろうか?」
「ああ、そうしよう」
アイテムを前に列が出来始める。一人ずつ掛かってくるという事に俺は少し好感を覚え、しばらくの間、彼らの相手をしようと思った。
並んだのは六人。トップバッターをジャブ三発で圧倒。次もジャブとサイドキックで片がついた。
先頭はズブの初心者だったのか? 先ほど「お願いします」と律儀に挨拶してきた彼等の亡骸を見て、初心者相手に商人の怒りのこもった打撃はやり過ぎたかなと思った。
次の挑戦者が、ヒューっと口笛を吹いた。中性的な獣人キャラだ。
「サドンデスでいくにゃん」
獣人が地面のアイテムを指差し、おどけながら頼んできた。サドンデス……一発勝負って奴だ。
「ああ、いいよ」
俺は先ほど感じた気まずさと、クリティカル残数縛りもあるので了承すると、いきなりのルール変更に周囲――特に最初の挑戦者――から不満の声が上がった。彼はいつの間にか生き返っていた。
獣人が「許してにゃん」と周囲に媚を売った。
獣人が短剣を拾いカウントが始まる。
カウントゼロの瞬間、前かがみの獣人がさらに前傾を強める。突き出された顔めがけて俺はジャブを放つ。直後俺はアゴを蹴り上げられ、顔は真上に向いていた。
サマーソルトキック。俺のジャブは獣人に仰け反る様にかわされた。
周囲を見回して状況を把握する、目線が低い。こちらを見下ろす獣人、俺はほぼ仰向けに倒れているらしい。HPが三割ほど減っていた。追い討ち無しで命拾いしたのは俺の方かもしれない。
歓声が上がる。獣人はその歓声に応えるように、金色の短剣を握る右手を振りながら去っていった。
大技を目の当たりにして興奮冷めやらぬギャラリー。大技を見せろと彼らに無責任にけしかけられ、尻込みする次の挑戦者。
いつの間にか蘇生を担当していた神官風のイケメンがこちらに駆け寄り、改めて対戦ルールを決めることとなった。
敵対状態になった数秒後、俺が不意にサイドキックを放つ。挑戦者はカウンターを狙って俺のキックを止めれば勝ち。
チャンスは一回。俺からの攻撃を待ちきれずに先走ったら失格。これなら初心者にも十分楽しめるだろう。
挑戦は、現時点で列に並んでいる20人まで。仕切り直しという事で、先ほど蘇生した二人も加わった。
皆が周りの目を気にしているのか、小細工無しに挑んできた。途中で俺のサイドキックがワンパターンだとバレたので、俺は微妙な移動などを交え、相手の動揺を誘う。
全員の相手を終えた結果、俺は二度負けて、残りのアイテムは二個。
対戦中俺は、プレイヤーもコボルトも吹っ飛ぶ時の挙動に大差は無いななどと考えていた。
全ての対戦が終了した。手に入れた武器を仲間に自慢する者、仲間同士でミドルキックの打ち合いに興じる者達、神官に再戦を願い出る者、この場を去ろうとする者、それぞれが思い思いの行動を取る中で、いかにも力士といった感じの皮鎧の男が金色の弓を地面から拾い上げた。
「わしは裸の大将をいただきたい」
裸?
「お、おれもおれも!」
ガンマン風の男も名乗りを上げた。
その弓の名前か? 裸の大将……人気だな。
二人とも先ほどの対戦では見かけなかった男達だ。初心者でも無さそうだ。
神官が力士を止めるべきかとこちらの様子を伺っている。俺は今日の締めとばかりに、力士に向けファイティングポーズを取った。
カウント中に力士が空いている方の手で、待ての合図を送ってきた。カウントゼロを過ぎてから弓をガンマンに渡した。力士の敵対状態は維持されたままだ。なるほど、空手に成りたかったらしい。
ギャラリーが俺たちを取り囲む。力士が相撲の仕切りの体勢をとる。俺は次に出す技のためにやや腰を落とす。
力士の突進にあわせて俺は飛び膝蹴りを放つ。顔の中央にカウンターで膝を喰らった力士が仰け反る。
鋭い突進だった。サイドキックでは迎撃に間に合ったかどうか怪しい。
もしかしてさっきのルールのままだったらまずいと思いつつ、着地と同時に後掃腿からの三連撃でたたみ掛ける。ボール相手に使った連携だ。さっそく今日の練習が役立った。
力士はギャラリーを巻き込んで5メートルほど吹っ飛んだ。
既に敵対状態のガンマンが静かにこちらの合図を待つ。早撃ち勝負は勘弁願いたい。
かかってこいと胸板を叩くなり挑発動作をしたいところだが、俺はかわりにジャブを一発見せる。
お互いノーガードのまま近寄り、俺が声をかけた。
「一発づつ殴り合おう」
まずはガンマンが俺の顔を殴る。
胸に来ると思ったが、いきなりの顔面だ。ジャブを見せたせいか? 当たる瞬間にこっそり歯を食いしばった。
俺も正拳突きを返す。ガンマンがギャラリーまで吹っ飛ぶ。
力士相手に薄々感じていたが、商人の怒りによる力の差が激しい。いま神官が弓を預っているせいで強化バフが三倍掛かっていた。システム上の敵対者の数だ。
ギャラリーに囲まれ浮かれていた俺は、一度、我慢比べのようなものをやってみたかったのだが、実際にはただのワンサイドゲームになってしまった。
ガンマンが立ち上がり俺の前まで戻る。
エキサイトする群集、彼らの作る人の輪がじりじりと狭まってきた。
俺は殴られ、また殴りかえす。今度は胸だった。
二度、三度と吹っ飛ばされる不屈のガンマン……狭まる人の輪。
HP残が二割を切ったガンマンが初心者からのささやかな回復魔法と声援を受け、無理やり立たされ中央に押し戻される。
これは俺が倒されるべき展開なのか?
奴の四度目のパンチ。俺はギリギリで避けつつ、新技、胴回し回転蹴りの右踵を奴の顔面にぶち当てた。縦回転だ。
俺はヒールに徹した。ガンマンはその場で崩れ落ちた。
胴回し回転蹴りは初めて出したが、相手が同じ技を出すように仕向けていたこともあり、うまく決めることができた。
群集からはブーイングを浴びるが、なんだか倒しても蘇生されそうで切りが無いし、応援されるガンマンへの嫉妬もあったかもしれない。
ブーイング自体、楽しげでもある。俺は彼らに欠伸で答えた。
さて、大技も出せた事だし、あとはイケメン神官に任せて気分良くログアウトしたい。挨拶しようと神官を探すと、ガンマンから離れた俺とは逆に、彼に近寄り蘇生を始めるところだった。
金色のアイテム二つを預かっている神官と俺とは、今現在システム上の敵対関係にあり不用意に近づかない方がいいだろう。
適当に技でも出しながら神官の手が空くのを待とう。演舞っぽくなるだろうか? 俺は今も数人からの注目を受け、少し浮かれていた。
今日の対戦を思い出す。あのサマーソルトには度肝抜かれた。前傾も奴の誘いだったのか、ピンポイントでアゴを打ち抜かれた。
あと、今日まだ出してない技は……これか。
「――ちょうだい!」
ボキッ! ……ドサッ。
技を出した瞬間、背後から誰かの声と嫌な音がした。
出した技は打開。前足を踏み出し体を半身にして腰を落とし、両の掌を前後に同時に突き出す。ニ方向への攻撃力の分散と、重心移動の効果を確かめる為に今日登録した、意欲的な技だ。
「あっ!」
えっ……?
「PKだ」
「PKだな……」
俺のアバターは後方の惨事を気にもとめず、のん気に次の技――サッカーボールキック――を前方に繰り出していた。
恐る恐る背後に振り向く……水色のスカートの少女がこちらに足を向けて倒れている。
後ろに放った打開の右掌が少女にクリーンヒットしたらしい。元から彼女のHPは少なかったのかもしれないが、彼女を一撃で倒してしまった。
俺は彼女から、何かねだられた様だが挑戦は受けていない。PKだ。
「いくぞ!」
「うおおおおおおお!」
興奮した群集の雄たけびがサラウンドスピーカーを通じて伝わってくる。今日一番の熱狂だ。
「あ、ロ、ログアウト……」
「逃がすかー!」
逃げ場は無いと察しつつ、これ以上騒乱に少女を巻き込むまいと俺は彼女から距離をとった。
お尋ね者となった俺を取り囲んでいた群集が一斉に動き出した。
俺を取り囲んだプレイヤー達の足めがけて後掃腿を放つ。ガンマンが「跳べ!」と声を上げた。
後掃腿によってぐるりと見回す周囲。大勢の殺意に囲まれ、俺はこのゲームで初めて恐怖を感じた。
時計回りの俺の足払いを、皆は跳んで避けたようだ……大縄跳びの要領で。
俺は体勢を立て直す間もなく斬られ叩かれ、ダメ押しに力士のボディプレスを受けて、あっさりと倒された。