7.「俺を倒してみるんだな」
いざコンボとなると、今まで散々蹴ってきたわけだが、卵と聞くとやりづらい。
なんとなく飛び膝蹴りをだす、押し出されたボールが元に戻ってくる時に、邪魔な俺をググっと押しやるのが面白い。
気持ちを切り替えて、コンボの内容を考える。手数の多さで行こうかと思ったが、クリティカル数に限りがあるのでコンパクトにまとめよう。
まずは、後掃腿からのサッカーボールキック。山なりにボールが飛んだ。コンボが終わってしまった。
次は後掃腿に続けて、新技の左の鎖骨砕きで浮いたボールを地面に叩きつけ、バウンドで浮き上がった所を、右の正拳逆突き。ほぼ真芯を捕らえた。まるでボールが殴られたがっているかのように上手くいった。
ほぼ真横に5メートルは飛んだ、予想以上だ。
ボールは落下地点から先には転がらない。こいつは地面にひっついていて、浮くと飛ばしやすくなるのかな?
この謎挙動……やぱり練習のために用意されたボールなのだろう。
正拳突きを工夫すればもっと遠くへ飛ばせそうだが、正拳突きは真っ直ぐで残すべきだ。今日のスキル枠で、さっそく突き上げる技を増やそうか? 5メートルも吹っ飛ぶなら、ボール同士もぶつけてみたい。
この鎖骨砕きのほうも、左腕を振り上げる初期動作が、パリィに使えたら面白そうだ。相手次第の限定パリィ。
左腕のガードが欲しい、やっぱり装備は必要だ。右の正拳突きも左手を前に構える感じに今度調整しよう。
ここではたと気がついた。パリィや諸手突きの様な二箇所がヒットした場合クリティカル残は二回分減るのか? 後掃腿を三人一度に喰らわせたら? 謎だ……。
クリティカルを温存する方法が思いつかない。
一発一発を大事にせねばと思いつつも、三度目のコンボからゆっくり戻ってきたボールが定位置に着くのを邪魔するように、何気なく鎖骨砕きを放つ。
打撃を無視して一定速度で戻り続けるボール。振り下ろす拳にあわせて下を向いたとき、地面に金色にキラキラ光る何かが見えた。ボールの挙動もさることながら、一瞬見えた発光体が気になった。
その光る何かは戻ってきたボールが邪魔で見えなくなったので鎖骨砕きを調整しながら、もう一度同じコンボでボールを吹っ飛ばす。ボールが戻ってくる間にその輝く何かを拾う。金色の短剣だ。
俺は所持数限界のせいで短剣を持て余し無造作に脇に放り投げた。
クエスト用アイテムだろうか? あっさり拾えたので、見た目どおりの価値が有るとは思えない。
同じボールをもう一度吹っ飛ばして視界を下げるものの、次は何も見つからなかった。
隣のボールを試してみると今度は金色の鞭が出てきた。
俺はボタンを押っぱなしの間だけアイテム運べるように変更して、金色の鞭を拾った。技に比べれば雑に調整したので疲れは感じなかった。鞭を短剣の脇に投げ置く。
使える使えないに関わらずナックル来いと念じつつ、片っ端からボールを吹っ飛ばす。出てきたのは二本目の短剣と、双剣、盾――これは拾えない――、そして弓。全てが金色だった。
ビリヤードのさながらにボールを他のボールに当てても、当てたボールはそこで止まり、やがてゆっくり戻ってくる。当てられたボールは微動だにしなかった。これがパズルゲームなら三個並べれば消滅するのか? しかし俺には協力者がいない。
次のボールを物色していると「どうぞ」と場所を譲られたが、他人のいない方向にボールを飛ばすには、その人の退きが半歩足りず、後掃腿が当たりそうだった。
「どうも」と返事をするも、その説明が面倒なので俺は謎アイテムを集めるのをやめた。
いままで気にも留めなかったが、改めて数えればボールは八個。殴ったのは六個。それらはテニスコート1面程のスペースに、まばらに配置されている。練習場は過疎ってこそいるものの俺一人ではない。好き放題に複数のボールを叩いていた事を今更ながら申し訳なく思った。
俺は集めたアイテムの前に戻って、鎖骨砕きの素振りをしながら調整を始めた。
今まで初心者らしき女にレクチャーしていた男が俺とアイテムを見て、その連れに話しかける。
「ボールが吹っ飛ぶの初めて見た」
「あの金ピカアイテムは?」
「そうそう、武器落とすのも知らなかった。レアっぽいけど、イベントかなあ?」
「じゃあ、聞いてみる?」
「うーん、黙々となんかやってるし、ちょっと近寄り難いなぁ……」
「なんか無表情で、不審者っぽいよね……」
簡単に手に入る無価値なクエアイテムじゃないのか? こっちが聞きたい! 不審者というワードさえ無ければ……だが技の調整は意地でも止めない。
俺が拾えなかった盾を拾うべく、ボールを退かそうと試みる者、他のボールに挑む者。わずかにボールは動くものの、どちらも上手くいかない。やはりボールを浮かすにはネックレスが必要なのだろう。
拾った武器の事は気にせず次のコンボを試そうかと、これからの事について考えていると、見知らぬ赤髪の男が俺が集めたアイテムの中から双剣を掴みあげた。
その男は俺に向かって言い放った。
「捨てたんだから別にいいだろ?」
確かに通常ならば、拾い上げたドロップアイテムを手放した時点で、そのアイテムの所有権を失う。しかし俺は旅商人。そのアイテムは旅商人スキル『青空市場』の効果で、いまだに俺の物だった。
カウントダウンが5から始まる。略奪の意思確認だ……4。男が武器を所持したままゼロになれば決闘開始だ。
その男は知らずに拾ったのかもしれないが、俺はその言いざまが癪に障ったので、誤解であろうと見逃す気はなかった。
俺は男の正面でファイティングポーズをとり、男の反応を待つ。アイテムを戻すか、戦うか、持ち逃げするのも男の自由。
この場に居合わせた数名のプレイヤーが、事の成り行きを静かに見守っている。
男もこちらの態度が気に障り収まりがつかないのだろう。武器を手放すこともなく、こちらを睨んでいた。
男は拾った双剣を左右の手に握りなおし、素早く左剣で斬りつけてきた。ゼロになるタイミングで攻撃が当たるように。
俺は半歩踏み出し開始直前にその攻撃を喰らう。ノーダメージだ。
男の続けざまの右の突きにあわせて、サイドキック、後掃腿、そして倒れこんだ相手の顔面めがけてサッカーボールキックを放つ。
倒せた。三発で倒せた。
盗まれた事で発動する強化スキル『商人の怒り』と、対人でも発揮したクリティカルのおかげだろう。相手のレベルは知らないが、対人レベル補正も効いたのかもしれない。
俺の右腕が左剣に斬られて、HPが三割減っていたが、初撃を防げたのも勝因の一つだ。
俺は男の手からこぼれ落ちた右剣を掴み取る。拾い上げた右剣に勝手に左剣が吸い寄せられた。
「こいつが欲しけりゃ、俺を倒してみるんだな」
こいつの価値を俺は知らないけど……。
「え、勝てばくれるの?」
「マジでー!」
「えっ? みんなに言ったわけじゃないんだけど……」
俺はあわてて訂正するも彼らの耳は届かない。何かが始まろうとしていた。