4.クリティカル
スキル入れ替えパワーとでも言おうか、今日のSPは枯渇していたので、ジャンプの追加ができなかった。明日になれば動作を増やせるはず、いや増やせないと困る。もし2コマンドまでというなら何を選べばいいんだ?
森に行くのに先駆けて、俺は踏み台昇降よろしく適当な段差を上り下りしながら、乗り越えられる高さの限界を確認していた。森では草原以上の起伏が予想される。
足の上げ下げのタイミングにも依るが、意外と段差に強かった。これならジャンプが無くてもひとまず凌げそうだ。
通常のプレイヤーならば歩くという脳波信号だけで、自分の利き足から動きだすのだろうか? 無意識の信号にはどこまでの情報が含まれているのだろう?
とりあえず自分は、左右の足を2本のスティックで交互に操作せずに済んだことに安堵した。
常に右から動く俺の足は、最寄の森に俺を運んだ。
初心者用ガイドHPよると、この森にはコボルトしか居ないらしい。コボルトの森か……。
コボルトは群れで行動し、好戦的で戦闘中のリンクに注意が必要だ。しかし、ここ初級フィールドでは一体ないし二体と行動単位が控えめだ。
コボルトはキック何発で倒せるだろうか? 動く敵はボールと勝手が違うので、当て損なう危険もある。反撃を想定して初めの内は長剣、斧持ちといった強そうな奴を避けよう。短剣、棍棒持ちも十分怖いのだが……。幸い目当ての獲物は数が多く、すぐに見つけられた。
構えを取れない俺は、ノーガードでおもむろに近づき、孤立したコボルトをサイドキック一発でたおす。狙いは脇腹だ。キックの高さを調整しながら戦う。上手くいかない事も多いが、むしろカウンター気味に攻撃が決まれば、えげつない音をたててコボルトが吹っ飛んだ。
ここら一帯のコボルトは茶色や緑色といった森に溶け込む色をしていて、濃い色をした奴ほど強いらしい。魔法と飛び道具は使わない。
敵に近寄ると、自分のHPとMP、敵のHPのゲージが表示される。
コボルトにキックを当てると、めり込み具合は先ほど蹴ったボールとそう違いは無いが、ノックバックは倍以上だ。ボールより軽いのだろう。
倒されたコボルトは地面に崩れ落ち、次第に実体が透け始め、やがて完全に消え去る。
コボルトから装備と素材、そしてゴールドがドロップすることがある。素材とゴールドは勝手に腰に下げた袋に吸い込まれるが、装備は今の自分には拾う手段が無い。初期フィールドのドロップなど、大したことがないと思って諦めよう。
しばらく狩りを続けると、とあるコボルトに絶妙なカウンターを決めたはずなのに一発で倒せなかった。別段、強そうな奴には見えないんだけど。
この森に来て15分、集中力切れか?
今当てたへなちょこ化したカウンターキックでも、あと四発当てれば倒せる。反撃覚悟だが……。
まてよ、キックでいいならジャブでもいいんじゃね?
ぺチン――キックの半分くらいは減った。
パチン、ぺチン……。
「ふー、倒せた」
ピンチを制した。ジャブを上書きで消さないでよかった。
しかしこれが本来の打撃力なのか。今まではビギナーズラックならぬビギナーズブーストか? 極端すぎる。
今日はここでまで。色々な疑問は明日に持ち越す。
体力は安全な場所に居ればゆっくりと回復する。
食事は不要、天候も不変。日が暮れることもない。天候はエリアやイベントによって違いがあるらしい。
体臭を気にして風呂に入る必要も、野生動物を狩るために風向きを気にする必要も無い。
フィードバック型には敵わないということなのか、このゲームはリアルさを追及しないらしい。
今日一日の冒険を振り返る。
「出血も、部位破壊も無さそうだ。つの位は折れるのかな?」
HPが増えれば、回復スピード次第ではずいぶん待たされる事になるかも。
ログアウトして気づいたら、またチェアで寝ていたらしい。ヘッドセットは外され、体を覆うようにして毛布が掛けられていた。
壁の時計を見て驚いた、お昼、午後0時。TVをつければ当然、お昼の番組がやっていた。半日以上寝ていたらしい、ゲーム内ではじけ過ぎた代償か?
今日は金曜日、大学は完全なサボりになってしまった。ショックが大きいが、午後のバイトで気持ちを引きずらぬようにせねば。
何事もなくバイトを終えて帰ってきたが、大学の新しい提出課題と出欠確認の有無はどちらとも有りだったので、ゲームをする気分にはなれない。いや、こんな時こそゲームか?
調べたい事があるんだった。使えるボタンを増やせるのかどうか。
一時間だけと決めて、ログインする。
今日はなんとしても『メニュー呼び出し』を登録したい。遊んでいる時間はあまり無いが、スタートボタンを押せばメニューが開くようにしたい。
ゲーム内のメニューレイアウトのイメージを掴むために、HP上の画像を何度か見た。
メニューを開く、レストランか? 本を開く感じか? パッドに念を込めても、「メニュー、メニュー……」とつぶやいても一向に変化はない。
あれから何分経ったのか、全く進展がない。やっぱりボタン二つが限界なのか?
「ふぁあー」あくびがでる。
スタートボタンに登録できた……挑発が。スタートといえば挑発だ。
貴重なスタートボタンが! 押せば右手を口元にあて、視界がゆがむ。完全なあくびだ。
なにはともあれ、新スキルは増えた。気を取り直して次はジャンプと攻撃、どちらを追加しようか悩む。
間を取って飛び膝蹴り! 我ながらいいアイディアだ。メニュー以外のスキルなら楽々登録できた。
選んだスキルとそれに対するボタンは、いままで遊んだゲームのイメージに合わせている。そのほうが登録しやすい気がした。
本日三つ目のスキルの登録に恐々と挑むが、メニュー呼びだしも、次の技候補である正拳突きもセットできなかった。やはり二つが限界なのか?
そして一時間でログアウトしたつもりが、気がつけば明日の朝になっていた。午前10時、もう昼に近い。リビングに両親がいる、恥ずかしい。軽く呼んでも起きなかったらしい。疲れが溜まってるのだろうか。
「マッサージ、そんなに凄いのか?」
親父に声を掛けられた。
「どーだろ、ゲームの設定の方いろいろ面倒でね」
「ほー、VRってのはやっぱり面倒なのか……」
「ははっ」
普通のVRってのが俺には分からない、苦笑いするしかない。
父親のスマホにチェアのリモコンアプリを入れるか尋ねたら、自分でやるそうだ。チェアに精密機器が内蔵されているので俺の許可を待っていたらしい。慎重派な父親らしい、うれしい配慮だ。
自室で大学の課題をこなす間、覚醒時間や疲労についてウェブで検索したが、これといった情報は得られなかった。
土日月の三日間、あの激しい攻撃――クリティカルとでも言おうか――の再現と、覚醒時間の確認のために、計三回、短時間のログインをした。
ひとたび繋げば、ボールを蹴ろうが蹴るまいが、たった一分でログアウトしようが、三度の接続すべてに、覚醒まで三時間掛かった。体調のせいでは無さそうだが、連続で繋いだり、わざと過労状態で繋いだり、栄養剤を飲んで比較する気は起きなかった。スキル関係もノータッチ。
クリティカルは、結局、月曜の定期メンテの後に出た。メンテか時間経過のどちらかで回復したと思うが、サーバー混雑による影響の可能性も否定できない。データ不足。
大学とバイトの合間の、両親不在の時にしかログインしなかったので、ずいぶんと雑な検証になったが、チェアを自室に持ち込む気にはならなかったのでしょうがない。呼ばれても目覚めないほどゲームに熱中しているのかと心配されたくなかったのと、母親がマッサージ機能を気に入っているからだ。
一番の懸念であるクリティカルは戻ったし、スキルを増やさなければ覚醒に半日かかることもなさそうだ。少し繋いだだけで三時間は驚きだが、ゲーム内で根詰めなければ感覚的には普通の仮眠と大差ない。
明後日の水曜は親が不在で学校もバイトも無い。明後日からの冒険再開にむけて、明日はみっちり寝ておこう。