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14.75,000分の1

 あれから三ヶ月が過ぎた。

 リサ達姉妹は借金返済のため強敵を求め、最近は俺とは別のプレイヤーとパーティを組んで中級の山岳エリアを冒険することが多い。

 遠征と呼ばれる数日を要する狩りでは、狩場でのログイン・ログアウトがざらで、リサとは水曜に会えない事が多くなった。

 未知のフィールドと強敵、彼女達にとっては今が一番楽しい時かも知れない。それを考えると、週一で二人を近場の狩りに付き合わせる事に俺は気後れを感じつつある。


 俺にとって遠征とは、起伏に富んだ山岳エリアは歩くだけでも一苦労で、強敵と出会うための道中は長くザコ戦すら激しくなり、おまけにクリティカル数に限りがあるとくれば、もはやお手上げ状態だ。

 元々旅商人の俺とバリバリの戦闘職では高レベルになるにつれ地力の差も開いていく。

 しかも今日の敵は空を飛ぶんだったか。素手じゃもう手に負えない。

 移動に不便なエリアになればなる程、お宝獲得のチャンスが増える。そう聞けば俺もゲーマーの端くれ、笑顔で見送るのが筋ってもんだ。


 素手といえば、運営がアップデートのために人気格闘家を招いてテストプレイ真っ最中だとか。高レベルエリアのモンスターに素手で立ち向かうプレイヤーを見たという噂もあった。

 次期大型アップデート『バージョン・オメガ』、挙動はより本格的に、奥深い格闘の駆け引きが楽しめるらしい。対人もモンスターも今まで以上に手ごわくなるのか?

 全然興味が沸かない。心がささくれ立っていく。

 それに大型アップデートでゲームが複雑化すれば、俺のログイン・ログアウトにかかる時間は今まで以上に伸びることだろう。


 そろそろ本気で引退、いっそ今すぐにフェードアウトかと俺がうだうだ悩んでいると、大勢の女達を引き連れて白い胴着姿の女がこちらに向かってきた。集団はざっと20人ほど、思い思いのおしゃれな服装に統一感は無いが、先頭の女に合わせているのか大半の髪形はポニーテールだ。

 急な人だかりに何事かと、近くのプレイヤーも集まってくる。


 俺に向かって一礼した先頭の女が口を開く。合わせて追随者もお辞儀する。

「私と手合わせ願いたい」

「バージョン・オメガ?」

「いや、私はオメガの一番弟子、オメ――」

 あからさまな格闘スタイルから連想した俺の端的な質問に答えていた女が草原から忽然と姿を消した。

 静まる群衆、10秒ほど待たされて女が消えた状態そのままに再出現した。

「おかえりユメちゃん!」

「おかえりー」

 暖かいお迎えの中、「ドンマイ、ユメガ!」、「ちょっ混ぜるな危険」などと囃し立てる男共。そいつらは彼女のファンらしい女達に睨まれ身を縮こませる。


 ユメちゃんと呼ばれた女が口を開く。

「……コ」

 コ?

「コッホン、私はコメット、流星の申し子!」

 帰ってくるなり、スケールでけえな、おい。

「俺はバルドー、ベニスの商人」

 対する俺も名乗りをあげる。バルドー、いつからかリサの呼び方が定着していた。もう随分と神の名、バルドルとは名乗っていない。周りから女神だなどともてはやされるリサへのやっかみが多分にあるのかもしれない。孤独になると自己分析も悲観的だ。

「せ、性器の一戦だ」

 群衆の中から男の声が届いた。


 野試合が始まる。空手のオーソドックスな構えで後の先を狙うコメットに俺は果敢に技を仕掛ける。

 コメットからキレのある反撃を食らう度に、防戦はかえって不利とばかりに俺は攻撃の手を激しくする。

 コメットが活躍するたびにファンの黄色い歓声があがる。


 通じない、俺の技が、コンビネーションが、鍛え抜かれた一撃が、無拍子――といってもボタンを押すだけ――の攻めが。俺はかわされ、いなされ、地に倒された。


 コンビネーションなど試す隙もない。俺の奮闘空しく、コメットは汗ひとつかかずと言ったところか。

 手も足も出ない惨状に、参りましたと負けを認めようと俺が口を開きかけた時、狩りからいつの間にから戻って来たリサが口を挟む。

「彼は天狗になってただけ。一週間後もう一度戦って決着を着けましょう」

「刺激的でいい試合さえ出来れば私は構わない」

 コメットはそう言い放つと追随するファンと共に去っていった。

 リサには「頑張ってよ」と言われたが、気落ちした俺は返事もそこそこにログアウトした。


 翌日、目が覚めて昨日の試合を振り返ってみる。才能って奴か先読みなのか、あの反応速度は脅威的だ。俺の持つヒット重視のコンパクトな技にも対応してきた。

 来週再試合となった訳だが、全ての技を見切られた今、正直勝てる気がしない。

 思い返せば俺は今まで、モンスターばかりを相手にしてきたせいで対人経験が乏しい。技の見直しが必要だ、相手の対応しにくい技を。


 操作システムの改善も良いかもしれない。コントローラーだけに頼らずに視線移動にモーションキャプチャーカメラ、左右のステップにはフットペダルを使おう。

 ゲームに繋がずにあれこれ対策を練っていた俺宛てに、ゲームの運営からeメールが届いた。

 内容は次のコメットとの対戦をイベント化したいので、平日の水曜から十日後の日曜に変更して欲しいという依頼だった。

 やはりコメットは運営の、それもかなり近しい存在か。あの時の惨めな思いがフラッシュバックする。

 衆人環視のイベントで、運営ぐるみで俺を笑いものにしたいのかと、運営に対する怒りが沸いてくる。


 糞ゲーが! どんなイベントか知らんが上等だ。どうせ戦うんだと俺はかなり投げやりな気持ちでそれを了承した。

 対人向けに対応しにくい技を増やせば、意外とコメットに通用するんじゃないかという一縷の望みもあった。

 最悪、派手に玉砕しようがどのみち俺は引退だ。


 試合前の演出等を運営と対話アプリで打ち合わせる。

 イベントは日曜開催でも特設サーバーを使用することで通信速度的には平日以上に快適らしい。

 全12試合、コメットはその内4試合の出場を予定しており、俺の出番をイベントのトリに据えるつもりだったらしいが、その重圧に耐えられそうもない俺は出来るだけ早い出番に変更してもらった。

 プロの格闘大会みたいな演出があるらしいが、それは観客へのアピールとリングインだろうか。操作に事前登録が必要な俺は全て運営に任せることにした。


「何か要望は?」と問われた俺は一つ頼みごとをした。

 俺なりにいくら探しても会えず仕舞いだった獣人に、俺の爪武器を渡して欲しいと。奴と会ったのは課金を始めた一週間前、それを手がかりに。

 試合とは無関係の頼みだが、俺にとってきっと引退試合になる。この際甘えることにした。


 試合当日、俺は他人の試合を観ずに控え室で待つ。余計な操作をするゆとりが無い。

 俺の出番だ。スタジアム内部に転送されピンスポットを当てられる。会場内部は大晦日の格闘大会のような既視感がある。満席状態の観客は処理速度のためか簡易表示気味だ。

 スタジアムの四方と中央に据えられた巨大スクリーンに俺とコメットが対峙して左右二分割で映る。


 両手を上げ俺がリングに向かう。運営が用意したオート操作だ。

 スクリーンの画像が切り替わる。コメットの試合の活躍シーン、KOシーンの後、俺の特訓のフィクション映像が始まる。

 走り込み、腕立て伏せ、指先の連打でスイカを割る。最後のチョイスは笑わせに来たのだろうか。この試合、連打が勝負のカギとなる俺はネタをばらされたようでややイラつく。

 映像に字幕が入る。追い詰められたら? ラグアーマーを使わざるを得ない。意味の分からない女性客は無反応。理解した一部の客が冗談と知りつつブーイングをする。だだ滑りじゃねえか、運営に一任した俺が間違ってた。

 ラグアーマー? そんな物使わずとも今日俺は、仕様で勝つ。

 俺のアバターがリング前のステップを軽快に登り、トップロープを潜ってリングインが完了する。操作権が俺に戻る。


 ラウンドガールに扮したリサとユカがパネルを掲げてリング上を周回する。『01』。

 小遣い稼ぎのバイトだろうか、レースクィーンの様なコスに妹のユカは恥ずかしそうに見えた。

 恥、仮想現実でも無様に負けるのは嫌だ。俺は覚悟を新たにする。


 レフェリーは居ない。今、ゴングが鳴った。

 俺は右拳を前に突き出した状態を保ち続ける。コメットはそれに軽く右拳を当てた。俺からは当てない、クリティカル判定が出ると不味いから。リングを見た時、この動作が必要になると思って急いで登録した。

 そういえば普通の挨拶動作の登録をいつのまにか忘れたままだった。これが最後の登録、そして初めての挨拶だとは、なんともおかしな話だ。

 いや……なんらおかしく無いのかも知れない。他者への甘え、リサへの依存。あのころは繋げばいつもリサが待っていた。

 それは俺のせいなのか、この妙な操作のせいなのか。皮肉にもカメラとペダルは順調に作動する。俺の望む役割を果たしている。


 コメットはまたも俺の先手を待つ。ルール上タックルは有効だが、俺が対応できない事に気付いているコメットは、俺のとの試合では使わない。仮に使えば一発で終わりだ。他にも諸々俺の実力に合わせてくれる。力の差を痛感させられ悔しくてもそれが事実。

 遠慮なくこちらから行かせてもらう。


 ◇◇◇


 今日は、るみちゃんとネット内デートだ。PC同士の特設スタジアムで行われる試合を観戦する。

 第四試合、コメットvsバルドー。格闘アイドルだったか、どこかで名前を聞いたことのある女性が操作するキャラと一般プレイヤーの男との一戦だ。会場に女性客が多いが、皆彼女に憧れてるのだろうか。ボクはるみちゃんを見る。

 観客席に座ったるみちゃんがポップコーンを食べる。バリッボリッと音が響く。きっとリアルでも何か食べているのだろう。


「つまんない、なんかじみー」

 まだ試合は序盤だが、確かに一見地味な展開。ボクはここぞとばかりに解説役を買って出る。

「いやいや、中々高度な技術ですぞ」

「ふ~ん」

「例えばテレフォンパンチと呼ばれる……パンチの初期動作で肩が揺れて、さあ打つぞとばれない様に、テレフォンパンチに成らない様に男は気をつけてるね」


 男の攻撃に蹴りが加わる。

「おっと、今度はブラジリアンキック。軌道を読まれないように上下に打ち分けてる」

 男は女の返し技を警戒してか徹底して技の出だしや軌道を読ませない戦略らしい。

 男の隙を突いて脇に廻ろうとした女に男のコンパクトな回し蹴りが襲いかかる。これがリアルなら男の柔軟な股関節に驚くところだ。男は蹴りを放つやいなや、流れるような前転動作で距離を取る。

「いまのは?」

「スコーピオン、サソリ蹴りだね。死角からの不意をつく一撃」


「じゃああれは?」

 男が女のガードお構いなしに、凄まじいスピードで突きの連打を繰り返す。

「あれは、ワ……」

「わ?」


 ◇◇◇


「ワンフレームパンチ!」

 観客席からの叫びが俺の耳に届いた。正確にはリーチを稼ぐために、二本の指を伸ばした突きだ。

 俺の突きは1フレームで届いているのだろうか。ガード姿勢のコメットの左腕に一秒間に十発程度の突きを当て続ける。


 じりじりと詰め寄りながらの歩き連打。それにクリティカルの威力が乗る。途切れない連打攻撃にガード状態のまま硬直するコメット。

 俺の意図を理解したのか、一部の観客が悲鳴と本気のブーイングの声をあげる。

 そう、俺はこのまま攻撃を当て続け、コメットを削り殺すつもりだ。その為に今日は連打に強いPRO仕様のアーケードスティックを用意した。連射機能に頼らないのは俺のせめてもの矜持だ。

 せこいのは俺が一番良く分かってる。しかし勝つにはこれしかない。


 ……5秒……6秒、クリティカルが切れたが構わず連打。はよクタバレと思いつつ俺は黙々と作業を続ける。コメットの顔がコマ送りで徐々に険しくなる。

 スタジアムの照明が消え、天井に備え付けられた巨大液晶モニターが漏電したかのように火花を撒き散らす。

 俺が異変に気づいた次の瞬間、天井の液晶モニター設備からコメットめがけて稲妻が落ち、その衝撃で俺は吹き飛ばされた。

 

 変化、なのか? コメットの体がゆっくりと宙に浮きだした。俺は見下ろされる格好になり、コメットから蔑む様な目で見られている気がした。

 俺を恨んでいるのか? 汚物を見るようなそんな顔をされても、あれが俺の唯一の勝機。仕様だ、なんら俺に恥じるところは無い。

 しかし今や立場逆転、相手に飛ばれたら手が出せない。これも仕様の範囲、文句はない。俺は負けを悟った。


 俺の頭上3メートル程で滞空したままのコメットが、指揮者が合図をするようにゆっくりと右肘から先をを上げる。

 それに呼応するように天井に備え付けられた抱えるほどの大きさの照明装置、その全てが炎を纏い始める。火球、いまや自ら燃える照明装置が明かりの消えたスタジアム内の光源代わりだ。

 炎に照らされたコメットがまるで刑の執行を命じるかのように、さっと手を振り降ろす。火球が一つ、また一つと落下を始める。

 リングに落ちる火球をかろうじて避けながら、俺はスタジアム内の惨状を見渡した。

 観客席にも容赦なく降り注ぐ火球、画像処理に多少の遅延を経て弾け飛ぶシート。椅子を固定していたボルトも飛び散る凝りようだ。

 ボウリングのピンの様にコミカルに弾き飛ばされる観客。悲鳴となぜか嬉しそうな歓声が交錯する中で、俺は突然のアクシデントなのに演算頑張ってるな、とか、見た目程ダメージは無いのかな? などと悠長な事を考えていた。

 

 俺がコメットへ視線を戻した瞬間、彼女が流星キックを放った。鋭いキックが俺の胸を貫き、俺は閃光に飲み込まれた。

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