13.エピローグ
水曜日、俺が草原でリサを待っていると、先週一緒に子豚を狩ったパーティの一人に声をかけられた。僧侶の子だ。俺を探していたらしい。
彼女の話によれば、彼女の所属するチームとリサ――その頃はユカだったらしい――が一緒にプレイしていた頃、チームメンバーの一人が苦労の末に手に入れたレア杖を見たユカの「いいなあ、私も欲しい」という何気ない一言が元で、チームが微妙な雰囲気になってしまったらしい。主にユカの気を引こうとしたプレイヤーが原因で。
そして間の悪い事に、ユカが自分の杖を強化失敗でロストしてしまい、チームの皆で代わりの杖を狙って狩りをすることになったのだが、一部のメンバーがそのロストを「ワザとだ」、「そんなに杖がほしいのか」と決めて騒ぎたて、ユカを罵った。チームに居場所が無くなったユカはそれ以降ゲームに来なくなってしまったらしい。
その数ヶ月後、一部のトッププレイヤーの間で噂になってるアイテムの出品者を調べたらユカそっくりのリサというキャラで皆が驚いた。この話をしている彼女自身はどんな形でもユカが元気にプレー再開していて本当に嬉しかったそうだが。「私もこのゲームが好きだから」と彼女は寂しそうに言った。
ただ、あのレイドの時、皆謝りたい気持ちがあった反面、リサを侮蔑していたらしい。自身のレベルに不釣合いな出品を繰り返すリサを見て「きっと裏があるに違いない」と。それは高レベルプレイヤーに頼んでのヤラセ取引であったり、どこからか高値で買った物をチームに当てこすりで出品しているのでは無いかと。俺たちの気を引きたくて無理してるのだと大半のメンバーがリサを嘲笑っていた。チームの誰も持っていないようなレジェンド級アイテムの出品を見れば誰もがそうとしか考えられななかった。
そこに来て先週の謎の化物と、倒して手に入れたレアアイテム群。リサは今まで自力でアイテムを入手して出品していたのかもしれないと、勝手にリサを侮辱していた自分達を恥じた。
彼女は先週去り行くリサの後ろ姿を見て、さらにその数日後リサのマーケットの出品が停止されたのを知り、またもリサの居場所を奪ってしまったのかと自責の念に駆られて居ても立ってもいられずに学校を休んでまで俺に説明に来てくれたらしい。そういえば先週は祝日だったな。
俺とリサが水曜日に繋いでるのは一部のプレイヤーには有名だそうだ。
揉めた経緯を包み隠さない彼女の話は、俺には理解しやすかった。彼女の頭がいいのか、相当な自責の念から伝えるべき事を悩み続けたのか。
説明がひと段落すると彼女はスキルオーブの代わりだと言って、あの時取得したという小盾を俺に渡そうとした。消費アイテムであるオーブはリサの出品が止まる前に使ってしまったらしい。
「相場がわからないんで釣り合うか……」
そう言う彼女の申し出は嬉しいが、あの日「いいよ」と言った手前、受け取りづらい。
今、目の前に差し出されている僧侶にも使える盾の品のいいデザインは、知的な彼女に似合ってる気がした。それだけに彼女の心意気が嬉しかった。
なにより、あれから新調したのであろう彼女のチェストプレートに施された、盾の意匠に合わせた飾り細工に気付いてしまったら、おいそれとは取り上げられなくなる……あまり胸を見るもんじゃないな。
仮にこれをリサに渡せば吉と出るのだろうか。「もらえる物は貰う」という彼女の叫びを鵜呑みにして問題を蒸し返すのは避けるのが無難に思えた。
”いいよいいよ”、とか”俺にも相場が”よりももっとこう適切な、やんわりとカッコ良く、それでいて気後れさせない断り方を考える。
「オーブは今日の手間賃だ」と俺は拾いづらい小盾の受け取りを拒否した。情報料では仲間を売るみたいだし……。
彼女は「随分打ち解けてるのね? あんなユカ初めて見たわ」と言い残して去っていった。
彼女のチームメンバーとリサが揉めていた理由はわかった。強くても諍いの種は尽きないものだ。いや、強いからこそか。俺は先週の怪物との戦いと彼らの勇姿を思いだした。
ログアウトした俺は自身でもリサに関する噂話を調べた。
一部のプレイヤーの話によると、強化失敗やモンスターに倒されて消えた極上武器を復活させる女が居るらしい。名前はリサ。その自称魔女という高飛車な物言いの女は失われた武器を相場の三割という驚きの価格で元の持ち主を探し出し、取引話を持ちかける。
彼女は酔狂なプレイヤー達に鍛冶の女神だ等と崇められ、ファンが多い一方で、価格破壊も甚だしい、俺には売ってくれなかった、通常出品も安くしろ等々、様々な怒り妬みにさらされていた。
そして彼女の活動がぱったり止まった今、アンチな人々が彼女が姿を見せないのを良いことに、彼女は増殖に手を出した、現在アカウント調査中だ、出品中のアイテムもいずれ消える、買ったアイテムは早く捨てたほうが身の為だ等と好き勝手な噂話を広めていた。三割なんて嘘だ、裏で金を貰ってる。脱税だから吊るし上げろ! なんて物騒な声もあった。
鍛冶の女神、相場の三割ねえ、どんな心境の変化か。「レッテルなんて下らない」の、名よりも実を取る彼女らしくもない。後光が差してるのか、次に会うのが楽しみだ。
◇◇◇
あれから妹は一人で両親からネトゲ復帰の許しを得て、私はヘッドセット二台同時購入という手痛い出費を経て『ダーク・クレイドル』に帰ってきた。高額商品、足りなかった分をかなり妹から借りた。
いつもの草原でバルドルは待っているだろうか。この前、気まずいままにログアウトしちゃったけど。あれから連絡できずに随分経っちゃったけど。
きっと待ってる。怒っていてもきっと許してくれる。
今までどおり……いいえ、今まで以上に楽しくやっていけるはず。これからは三人で。
◇◇◇
そんなこんなでリサが来なくなって四週間、28日が経過した。
リサのアカウントは生きている。メニューのフレンドリストが教えてくれる。アカBANされれば登録は即座に消滅する。
戻ってくると信じてる。いい加減早く帰って来いと俺がボール相手に剣を突き刺していると、背後から声を掛けられた……リサだ。
やっとお出ましかと剣を仕舞うのももどかしく俺が振り返ると、リサが二人に増えていた。
右は妹のユカらしい。『メニュー記念日』――見覚えのある服だ。俺はずっと言わなきゃと思っていた事をまくしたてる。
「その、なんだ。あの時は断りもなしにアイテム渡したのはやっぱりマズ……完全に間違いだった。ごめん」
「私も大人気なかったわ。いつもアイテム貰えるものだと思ってた、甘えてたみたい。こちらこそごめんなさい。それと、待っててくれてありがとう。嬉しかった」
しっかり聞こえたが言ってみる。今のフレーズをもう一度聞きたい。
「え、なんだって?」
左腕にリサのパンチを喰らう。
「でも、もうちょっとで、丸っと一ヶ月だったんじゃないか? 今ならガチャチケ五枚だぞ」
まだ照れ隠しが必要らしい。俺はリサにおどけた事を言う。
「ちょっと! その日は水曜じゃないでしょ。そしたら会えるの先延ばしよ?」
「あ、そだな」
はたして、俺はその時まで居たのだろうか。感傷的になっている俺の耳にリサの独り言が届く。
「……トチったわぁ」
聞こえなかった事にしよう。
「そうそう妹のユカよ。似てるでしょ?」
俺たちの話を楽しそうに聞いていた妹をリサが自分の脇に引き寄せる。人見知りなのか、大人しそうな子だ。外見は確かに似ている。リアルも似てるかは不明だが、きっと仲良しなのだろう。
「俺はバ――」
「彼はバルドル。強面だけど、アイテムを配るのが好きな人よ」
リサは舌を出して、妹は渋い顔をした。
二人からリサがユカのキャラを借りた日の顛末を聞いた。俺が妹に「失った杖を探しに行くのか?」と問えばリサに鼻で笑われた。
リサには分け前の話は抜きにして連絡先を聞いたのだが、「ヘッドセットの借金が」とか「全ては妹思いのお姉ちゃんになってから」などとはぐらかされて、教えて貰えなかった。借金とは物騒なお姉ちゃんだ。
乙女の秘密は高くつく。それなら儲けてもらいましょう。脱税で身バレする程に。
俺たちの冒険は続く、




