11.レアハント
オークションは隣の街にある。徒歩で10分ほどの距離。リサはそこへ向かった。
狼を倒して肩の荷が下りた俺は、今日こそ村を満喫するつもりだ。
狼と言えば変化前のコボルトの突きはギリギリだった。敵が強くなる程、回避が必要になってくる。後でサイドステップを追加して、攻撃との兼ね合いをチェックしよう。
厄介事を増やさぬように避けていた村。運営から通信は正常だと言われても不確定要素は多い。先週リサとの会話の流れでうっかり行きそうになったが、不具合で再接続なんて事になれば、リサに何を言われるやら……行かなくて正解だった。
村で一番大きな家――村長の家だろうか――の屋根の頂点に立つ人影が見えた。件の獣人かと思えば、見知らぬ忍者らしき男。黒尽くめ、マフラーがたなびく。腕を組み微動だにしない。いるいる、高いところに登るプレイヤー、ネトゲあるあるだな。
畑を踏まないように村を散策し、村人の話を聞く。彼らは獣害に困っているらしい。猪退治のクエストを受ける。
家の前に立てばドアは自動で開き、中に入ることができた。村にある全ての家――六軒ほど――を端から順に巡ったが、ネックレスをくれた女性は居なかった
。
この村に専業の宿屋は存在せず、武器屋兼宿屋、雑貨屋兼宿屋といった具合に、皆が副業として宿を提供している。今話題の民泊ってやつか、本業にお金を落とせば泊めてくれるらしい。村長の家には仕留めた猪などを土産として持ち込めば大勢で泊まれる。俺は占い館を宿屋に選んだ。
語尾から察するに俺を負かした獣人が女性だとすれば、獣人にネックレスの女、さっきから女ばかりだ。女ばかり捜している。これもネットあるあるか……俺はそれほどムッツリじゃないはず。
だから目の前の占い師が男でも、これっぽっちも不満はない。俺が入った占い館の主人は面長の若い男だった。
天窓からほどよく光が降り注ぐ占い館内部は神秘的な雰囲気があり、中央の丸テーブルの奥で椅子に腰掛けた男が待ち構えていた。
「さあ座りなさい」と、男に手振りを交え言われたが、生憎、座る動作を持っていない。
促された椅子の傍に立つだけで所持金が減り、男は占い用のカードを手元でシャッフルし始めた。
そして絵柄を伏せたカードを机の上に拡げて、かき混ぜる。
程なくしてカードを選べと言われたが、机の上の物を拾う動作も無い、左拳を振り下ろしても怒られないだろうか? 立ったまま途方に暮れていると「運命をその手に掴め!」と男に凄まれ、俺は逃げるようにその場を離れた。
借りた宿泊部屋のドアは自動で開かなかった。もどかしいドアノブ。今日増やす動作は既に決めている。ドアを開けるより、技を増やしてもっと強くなりたい。
攻略サイトによれば。部屋の中にはベッドがあり、休憩すればHPとMPが完全回復するらしい。寝れば俺のクリティカル数も回復するのか?
ベッドに入る、瞼を閉じる。俺には複雑な動作だ。検証にリサの助けを借りようか……今日頑張ったご褒美に。
リサが部屋を開けて俺を招き入れる――休憩、ご褒美、もっと強くなって――邪念から我に返ると、気づけば俺はログアウトしていた。興奮で心拍数が危険領域に達したのか、はたまた妄想禁止機能でもあるのか?
四日後の日曜日、部屋の前で落ちた俺はクリティカル数の回復に淡い期待を抱くも、微塵も変化は無かった。
俺は左右のサイドステップを追加した。
◇◇◇
あれから一ヶ月。
バルドルとのレアアイテム探しは週一で続いている。結果は初心者エリアにしては上々だ。
盗賊のトレジャーハントスキルをアイテムの拾得率が微妙に上がるだけのパッシブと勘違いしてる人が居るが――っていうか皆勘違いしているようだが――実はあれはモンスターをじっくり観察することで効果を発揮するアクティブスキルでもあるのだ。盗めるアイテム、高価なアイテムを持っているモンスターほど挙動不審になる。
バルドルと初めてパーティを組んだ日、私は変化の謎を探ろうと戦闘を彼に任せ、コボルトの違いをじっくり観察することで偶々それに気がついた。
トレジャーハントは成長スキルでもあり、観察に慣れるまではモンスターの敵対心を刺激して襲われる事になるが、それでも観察を続ける必要がある……無防備なままで。私の場合は全てバルドルが相手をしてくれた。
やっかいな成長スキル、傍から見れば完全にサボりだろう。バルドルのおかげで今ではコボルト相手ならば三秒で見分けがつく。
この事に気づけたのは、私のアイテムへの執着の賜物か? 私は盗賊に向いているのかも……普段はいい子よ。
今日は草原で猪退治。かなり運が良ければ、村から逃げたレア豚に遭遇するらしい。極稀の話らしいが。
当たり損ないの攻撃で手加減しながら猪を相手にするバルドル。サイドステップにターンやローキックを織り交ぜる。
バルドルが猪の怒りの突進を避ける。会うたびにサイドステップがおかしくなっていく。
本人はカポエラだって言ってたけれど、千鳥足のただの酔っ払いみたいだ。その証拠にバルドル自身が目を廻して、さっきは私が蹴られかけた。
私は離れて猪を観察する。通常とは別の皮や肉のレア素材を持っていたら、どんな挙動を見せるのだろうか。草原を懸命に駆ける猪は、ウリ坊といった感じで小さな牙がかわいらしい。
倒した猪、つまり観察できたのは三匹。新技を練習するのはいいけど、一匹一匹に時間かけ過ぎだ……ってバルドルがさっきからフラフラしているせいで、離れた場所に居たはずの牛が興奮して、バルドル目掛けて突進してくる。
まるで闘牛場から抜け出たかの様な茶色く大きな暴れ牛。二本の角が禍々しい。突然の闖入牛に驚いて猪達が真上にぴょーんとジャンプしてから大慌てて逃げる様がこれまたかわいらしい。
バルドルは足元で倒れている猪を牛の顔めがけて蹴りつけ、急いで左に避ける。今のは酔いから醒めた本気のサイドステップだった。私はえげつない事するなあと、宙を飛ぶ猪に祈った。
猪は狙い通りに牛に当たり、突進の勢いは減らせずとも目隠しになったのだろうか、バルドルはギリギリ回避に成功した。
「リサ、こいつは任せてくれないか」
頼もしい事を言うバルドル。ひょっとすると武器を持った敵に比べて、彼には与し易い相手なのかもしれない。
通り過ぎた牛がUターンして戻ってくる。牛の正面に立つバルドル。衝突の間際、バルドルが正拳逆突きを放つ。伸びきった腕、拳が吸い込まれるように牛の額を捉える。その瞬間、互いの動きが完全に止まる。
力なく四肢を曲げ、地に腹をつけた牛。先に動きだしたバルドルが牛の角の根に数回拳を振り下ろし、牛が立ち上がり始めたその時、角よ折れよとサッカーボールキックを当てる。見事、パキンと乾いた音を立てて折れた角が放物線を描く。
「一本!」
バルドルは私の掛け声を判定だと思ったようで「押忍!」と得意げだが、技の方でなく角の方だ。高級素材。あとで回収しなくては。
バルドルは再始動した牛に弾かれないように距離を取る。突進以外の技にも警戒する。
牛はそのまま直進し、またもUターンで戻ってくる、バルドルに狙いをつけて。
角、楽してもう一本かと思えば、牛は走りながら首を右に捻り、顎を引き残った角を前面に押し出してくる。
あれじゃ前が良く見えないんじゃ? 私は首を曲げても直進できる牛に感心しつつ、バルドルの動向を見守る。バルドルはタイミングを見計らってくるっと右に身を翻し、そのターンと同時に下半身を投げだすように蹴りを放つ。
左右の踵が続けざまに牛の耳朶付近を捉えた。変形回し蹴り? 私がさっき喰らいかけた技だ。凄まじい威力、私はまたも殺されるところだったのか。
バルドルは伏せるように地面に倒れたままだ。対する牛は、捻じ曲げた首への連続キックで首の骨――角があるなら骨もあるのかも――を粉砕され、頭と尻尾が同じ方を向く。えげつない絵づらだ。
横転で距離を取るバルドルを尻目に、牛はもつれる様に余力で三歩進んで横倒しになった。
「おっし、牛殺し」と呟いたバルドルが立ち上がった瞬間、牛の角に雷が落ちた。その衝撃を受けて吹っ飛んだバルドルが尻で3回バウンドしながら、「おうふ」と声を上げる。別にかわいくはない。
牛の亡骸が燃え始める。見る間に炎が勢いを増す。
立ちこめる灰色の煙が牛を包み込む。今日の変化は待たされるようだ。
「このままアイテムだけ残して燃え尽きないかしら?」
「同感だな、今日は焼肉か」
私の隣に戻ってきたバルドルが、体力回復と攻撃力増加のミックスポーションを飲みながら、私のぼやきに応える。
「命に感謝ね」
私は牛に祈りを捧げた。
「戦いなしにいきなり……ステーキか」
バルドルが調理法に思いを馳せる。
はたして煙の中から現れたのは、青銅で出来たミノタウロス像。身長は2メートルを超え、どっしり体型だ。片方の角は折れたまま。炎をまとった両刃の大斧を両手で握り、ギギギと動くたびに関節の隙間からは蒸気が噴出する。
のっしのっしとバルドルに迫るミノタウロスが、斧を大きく振り上げ、真下に振りおろす。バルドルはサイドステップで避ける。一発あたれば即退場しかねない攻撃だが、単調で避けやすい。
敵が斧の次は蹴りを出そうとして、バランスを崩しかけて止めた。不器用らしい、頭突きスキルも無さそうだ。
縦攻撃がステップで何度も避けられると、敵が腰関節をぐるっと一回転させて横攻撃を仕掛ける。バルドルは後掃腿で易々とかわす。やっと敵に攻撃を当てたが、硬そうな敵に効いているようには見えない。私の攻撃も弱点を突かなければ歯が立たないだろう。
ミノタウロスが再度、縦攻撃を繰り返す。その縦攻撃に追撃は無いと読んだバルドルは避ける度にサイドキックを当て始める。
また二度目の横攻撃、背を向けた敵に対してバルドルは後ろに下がる。
「バルドー! 下!」
脇から見ていた私は叫んだ――違いが良く見えた。今度の横攻撃は伏せても避けられないような軌道だった――当のバルドルは安全圏まで下がっていたが。
狙いは敵の手首への踏み付けか、バルドルが伸身の前転宙返りを放つ。タイミングが合わずに斧の通過後、バルドルが着地する。
失敗したのかと私が思った瞬間、仰け反りから起き上がったバルドルが、前宙の勢いを活かしたまま諸手突きを繰り出す――バコン!
二周目を狙って横回転を続けるミノタウロスの左脇腹に、双掌が激しくヒットする。
いわばサッカーのハンドスプリングスローの要領で縦回転の勢いを活かした一撃は、ミノタウロスの左脇腹を派手にへこませ、同時にサイドキックを当て続けた右脇腹が、その衝撃で内部から破裂した。
敵の目、鼻、口、そして右脇腹から蒸気が噴き出し、動作は目に見えて緩慢になる。
バルドルが右脇腹にさらに攻撃を続ける。隙だらけのミノタウロス、今なら私の攻撃も効きそうだが、バルドルの邪魔になりかねない。今のうちに折れた角を拾おう。
ミノタウロスから吹きだす蒸気から、黒い飛沫が混ざり始める。やばそうな色だ。
「バルドー!」
爆発の懸念が伝わったのか、バルドルは回れ右をして一目散にこちらに駆けて来る。いつもより察しがいい。
私の火種を投げつけるまでもなく、斧の炎から引火した敵が激しく爆発する。爆風を背に受けたバルドルが吹っ飛ぶ。転げて草原に大の字になるバルドル。無事だったようで右脚を旋回させながら倒立を経て立ち上がる。見たことがある技、やはり酔拳だ。
バルドルと一緒に敵の焼け跡に向かいながら、なぜ爆発に気づいたのかと聞けば「ロボの自爆は男のロマン」だって。
二度目の横攻撃を下がって避けた理由は、回転の速度を変えられて、立ち上がる瞬間を狙われたら避け様が無いかららしい。彼曰く「上手く行き過ぎて警戒した」そうだ。色々考えてるのね。
焼け跡に残されたドロップアイテムは、あの立派な斧でも肉でもなく、鉄球付きの足枷に手錠が六個づつ。
それを見たバルドルが、満員電車に乗客を押し込む駅員の様な動作を繰り返しながら「コボクシの練習に良さそうだ」って……孤独死の練習ってなんなの? マゾなの?
怪しすぎる……蒸気を噴きだす牛とか、この前テレビで見た拷問器具っぽかったし、これはマーケットでさっさと処分するに限る。
手錠は割と高値で売れた。客も変態なのかと思えば、カップルに大人気だったらしい……二人を繋ぐ愛の証だって。
あれから一ヶ月。
森の奥の少し開けた陽だまりで、私達は棍を振るう猿型のモンスターを見つけた。そいつの背は私位でやや細身。防具や服は纏っておらず、皮膚も厚そうではないのでこちらの攻撃は十分通用しそうだ。
猿が自分よりも長い棍を前に突き出し、左右の空間に打ちつけ、頭上に掲げた棍を両手で巧みに旋回させ、また突き出す。修行中ないし演武中か。
私はアイテム観察を行うも、レアを持っている可能性は低そうだ。
素手のバルドルとは相性が悪そうだが、初めて見る敵に彼も私も仕掛ける気は満々だ。
こちらに気づいた猿が、狂ったように棍で地面を叩き、木を打ちつけて迫ってくる。私達を舐めているのだろうか、技など不要と言わんばかりに野生丸出しだ。
私は牽制を兼ねて、猿の背後に回り込み攻撃を仕掛けた。
猿は後ろを見ずに棍で勢いよく突いてきたが、背後が危険なのはバルドルとの出会いで学習済だ。
”カキーン”
私は棍の端を双剣でタイミングよく跳ね上げた。
怒った猿がこちらを睨み、牙をむいて威嚇してきた。顔はコウモリに似ている。
私が猿から少し距離を置くと、また猿が大振りで地面を叩き始めた。
バルドルが地を叩いた棍を踏んづけた。猿の動きがが一瞬固まる。
猿に棍を引き抜かれる前にバルドルは、手技数発と虎撲子、飛び膝蹴りを放つ。
飛び膝蹴りを繰り出した瞬間、跳ねた棍がバルドルの股間に当たった。大したダメージでも無いのに、それがよっぽど嬉しかったのか猿がバルドルを指差しては大はしゃぎで転げまわる。
バルドルが隙だらけの猿の股間にサッカーボールキックを叩き込む。
一転、悔しそうにわめく猿。『格下の分際で』と言っている気がする。
バルドルに向けて棍を振ったかと思うと、棍を地面に突き刺しそれを支えに飛び蹴りを仕掛けてきた。バルドルは回転胴回し蹴りで迎え撃つ。右足が猿の顔面にぶち当たる。
勢い良く吹っ飛んだ猿。地面に刺さったまま直立した棍。
微妙な空気、一瞬の沈黙を打ち破るように、その棍に稲妻が落ちた。
棍は小ぶりな槍に姿を変え、神々しく金色に輝き始める。
槍に飛びつく瀕死の猿。嬉しそうな奇声を上げる。これも変化なのか? 猿のHPは回復しないが、元気を取り戻したようだ。
先程とは打って変わって、落ち着き払って槍を構える猿。槍先はバルドルに狙いを定め、微動だにしない。一突きで決めるつもりだろう。達人の風格が漂う。
猿は前の敵に集中したいのか? 露骨に背後を取られるのを警戒している。さっきとは大違いだ。
迂闊に近寄れないバルドル。猿の気を逸らすべく私はダーツを投げるも、あっさり横に避けられた。
バルドルの右サイドステップにあわせて、私は裏手に回り込み、猿の側面から慎重に斬りつける。猿の残り体力は少ない。逃がしたくは無い。私が倒れても一瞬の隙さえできれば……ここが勝負の分かれ目か。
槍ごと猿を狙った攻撃を、当の猿は槍を庇うように肩で受けた。おかしい。槍での反撃を予想したのに、予想外の行動。
さらに切りかかると、猿は不器用に背後に手を振り、足を伸ばしてきた。まるで大事な槍を庇う様に。
「バルドー、槍をねらって!」
「槍? 手、腕か?」
バルドルは槍を奪うべく腕を痛めつけようと思ったのか、私は猿から離脱しながら慌てて訂正する。
「違う。槍を、折れない程度に!」
バルドルのサイドキックのタイミングに合わせて、私も素早く斬りかかる。猿はキックを槍で受けようとせずに、その腕に喰らう。猿自身巧みな槍術を使えず戸惑っているようだ。
猿がたまらず木を背にするが、それだけでは攻撃を防ぎようもない。
槍で一突きすれば済みそうなものだが、私はその決定打をさせまいと牽制する。もし勝てなくとも槍に一太刀浴びせるつもりだ。
槍を大事にするあまり、まさにお手上げ状態の猿。反撃する素振りは無いが、私は油断無く攻撃を重ねる。今一番怖いのは、猿が槍を渡すまいと自らの手で破壊すること。
結局、猿は一度も変化した槍を使うことなく、槍を庇う様に胸に押し抱いて死んだ。
私は「最弱だった」とか「楽勝だったね」なんて台詞抜きに、倒れ行く槍が幻ではない事を、モンスターの一部ではない事を願いながら手を伸ばした。
掴んだ! 消えない! これはアイテムだ!
ジャベリン、Sクラスウェポン、強化補正+12。格闘にも投擲にも使える武器。
戦闘中の輝きは消えたものの、目を見張るレアリティ。一生ものの槍、一体いくらで売れるのか?
「バルドル、このジャベリン、使わないわよね?」
「え、使っていいの?」
バルドルが槍ににじり寄る。
「えっと……リサさん、その槍を置いてくれないかな?」
嫌! 渡したくない!
「リサ、落ち着け。ゆっくり武器を放すんだ。指を一本づつ……バッ、こっちに向けるんじゃない!」
バカでもいい。渡したくない!
「呪いの槍は外すことができません」
Sクラスの上級槍は前衛ジョブ専用装備。旅商人のバルドルには扱えなかった。




