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庭園の国の少女  作者: ぎじえ・いり
旅路の途中で
25/25

骨と牛

タルーウシュタ。

牛です。水辺に現れる水妖の一種で、伝承オリジナルでは特に邪悪な存在って訳でもないらしいんですが。

似たようなので馬もいるよ。

周囲を警戒しながら、彼女は馬を進めて行く。

なんだかんだ言いながらも気に入ったのか、不吉な鳥のヘルムをかぶった脇から覗く目は冷ややかだ。


最初はその目をちょっと怖いと思っていた。

モリーアン。

それが彼女の名前。


こちらの世界で初めて会った私の大切な友達。


いつも無表情で何を考えているのかすごく分かりにくかったし、戦い出すと凄く怖い笑みを浮かべる。

それでも頼れるのはこの人だけだと思った。

例えどんなに怖い人でも、知らない世界でひとりでいるよりは良い。

そんなずるい事を考えていた。


モリーアンは強い。

それは戦う力がというよりも、意志そのものがだと思う。

いつもまっすぐに敵を見つめていて、私はすぐにその目に憧れた。


今は彼女といると嬉しいし、すごく楽しい。


モリーアンもそうなのか、時々すごく不安になるけれども、あまり深く考えないようにする事を私はあの西の街で決めた。


東へと私たちを乗せたリリーは進んで行く。


東へ。






「だから言ったじゃないですか。戻りましょうって」

「そうね。でも、もう少し進んでみましょう」


途中、道がみっつに別れた時、モリーアンが左を選んだ。

右じゃありませんでしたっけ?

そう聞いても、モリーアンはそうだったかしら?と、言ってそのまま進んだ。


モリーアンにはこういう所がある。

一度決めると、とにかく迷わず進む。

付いて行く私の気持ちにもなって欲しいものだ。


最初は普通の道だったそれが段々と獣道めいていき、そしてついには沢へと行き着いた。


「こんな沢なんてありましたっけ?」

「分かってる。無かったわ」


結局、そこで休憩する事になった。

リリーとリックが水を飲む。

モリーアンも水筒に水を足していた。


私も水辺へと近づく。

不意に気配に気が付いた。


いつもならリックかモリーアンが気が付くのに、今日は私が最初だった。


それは骸骨だった。

しかもそれが立っている。

まるで生きているように。


腰にはベルトと剣。

そして手には木で出来た桶。


思わず固まった。

それは相手も同じだったのか、対岸に立つそれは私の方へと顔を向け、そして固まった。


……。

……。


「きゃー!」


アンデッド!

動く死体!

呪われた者!

生者を憎む悪魔!


そんな私の悲鳴ではじめて気が付いたのか。

モリーアンが剣を抜いて走り寄る。


「なに?蛮族?……骨?」


アンデッドを初めて見るのか、モリーアンは不思議そうな顔をしながらも剣を構えた。

蛮族。

魂のない獣。


こちらのアンデッドがどうなのかは分からないけれども、あちらのそれと同じなら確かにそうだろう。

アンデッドにあるのは生者に対する恨み。

話し合いなんて通用するはずが無い。


「そうです!生者を憎む呪われた敵です!」


私の言葉に反応するように、リデルが沢を走り、渡りきった。

あっという間に骨の前に達する。

骨は手にしていた桶を落とした。


モリーアンがその首筋へと剣先を振るう。

それは必殺の一撃。

モリーアンの斬撃は決して外れない。


そう思っていた。

この時までは。

モリーアンの斬撃が空を切る。


何も無い空間を青い煌めきが走った。


そしてモリーアンの斬撃をかわした骨の方はというと。


「土下座?」


両手を地へとつけ、そして頭もこすりつけていた。

そう、それは許しを乞う動作だった。






「分からないわね」

「ええ。なんでしょうねえ」


どうやらこの骨には意志があるようだ。

必殺の斬撃をかわされた瞬間に、まるで猫のように跳び、退がったモリーアンもすぐに相手が土下座をしているのに気が付いて、剣を止めた。


その後、骨は身を起こすと、身振り手振りで何やら伝えようとした。

それが全く分からない。

少なくとも、それは今までに見てきた蛮族の仕草では絶対に有り得ない、意味のある何かだった。

ただ、それが何だか良く分からない。


リックがとことこと歩いてくる。

そして彼が骨に向かって走ると、骨も突然、走り出した。


「あ、逃げた」

「追いましょうか」


放っておいても良いのだけれども、リックが猛然と骨を追いかけている。

仕方なしに私たちもひとり?と、1頭を追いかけた。


しばらく飛んで追い続けると、骨は剣を抜き、それを手近な木に突き立て、そこに一足飛びに上がると、さらに上の枝へと飛び、そして木に抱きついた。

そして手振りをする。

今度は間違い無く確実に分かる。


それは、あっちへ行け、だろう。


どうやら犬が嫌いなようだ。


「リック」


モリーアンが木の下をぐるぐると回っていたリックを呼び戻す。

しばらく回った後、リックは渋々とでもいうようにモリーアンの足下へと歩いてきた。

その頭の上へと私は降りる。


「大丈夫よ」


モリーアンも既に剣を鞘へと戻している。

何だか分からないけれども、どうやら危険な敵ではないようだ。

何しろ犬に追われて逃げる程なのだから。


モリーアンが辛抱強く、骨に向けて手を差し伸べ続ける。

やがて、骨はするすると木から降りてきた。


そこにリックが吠える。


「リック!だめ!」


ついリックの頭を叩いてしまった。

吠え声に驚いたのか、骨はまた木へと登ろうとしている。


「大丈夫よ」


モリーアンが再び声を掛けた。

そうして、またしばらくの時を置いて、やっと骨は降りてきた。


とにかくお互いに害意が無い事を確かめ合い、沢のそばに置いてきてしまったリリーの所へと戻ると、骨も付いてきた。

どうやら桶を取りに戻ったようだ。


「本当にあれはなんなのかしら?」

「でも、ちょっとかわいくないですか?」


そう言うと、モリーアンは顔をしかめた。

どうやらそうは思わないらしい。


水の補給も終わったし、ここで私たちがするべき事はもうない。

本来は休憩するつもりだったけれども、骨は私たちを見るばかりで、水をくまなかった。

ただ、私たちの方へと顔を向け、そのままじっと動かない。

目がないので判断できないのだけど、私たちをじっと見ている。


「お邪魔かしらね」

「そうですね。とりあえず行きましょうか」


モリーアンはリックをリリーの籠に乗せ、騎乗した。

私もモリーアンの肩へと止まる。


すると、骨はとてとてと走り寄り、モリーアンの足を掴んだ。


「何?」


モリーアンの問いかけにも骨は何も言わない。


「まさか一緒に行きたいとかでしょうか?」

「そうなの?」


骨へとモリーアンが再び問いかけても、やっぱり骨はじっと動かなかった。

モリーアンから漏れたのはため息。


そしてそっと骨の手に触れて、外すと、モリーアンはリリーから降りた。


「とりあえず、私たちに行って欲しくないって事でしょう?もう少し、休んでいきましょうか」


そう言うと、モリーアンは再びリックを降ろそうとして、そして骨が後ずさりした。






日が昇る。

本来なら次の街まで辿り着けるはずだったのに、このままでは野宿する事になるかもしれかった。


モリーアンはどこからか竹を切り出してきたようで、それで竿を作って釣りを始めていた。


「たくましいというか、なんというか」


骨の分も作ってあげたようで、ふたりで並んで釣りをしている。

骨は釣った魚をどうするんだろう?

そんな埒もない事を考えていると、モリーアンの竿に何か掛かったようだ。


座っていたモリーアンが立ち上がる。

骨も立ち上がっていた。


どうやら大きいらしい。

竿は弓なりにしなっている。


今日のお昼ご飯は魚か。

そんな事を考えていると、ついに獲物が水面に姿を現したようだ。


それを見た骨が逃げた。


「え?」


私も目を疑った。

それは魚ではなく。


「牛?」


立派な角の生えた牛だった。


すぐさまモリーアンが竿を捨てる。

牛は水面に現れるとすぐに突進を始め、既にモリーアンへと迫っていた。


「モリーアン!」


魔法を放つにも、モリーアン自身が邪魔だった。

それほどにモリーアンと牛の距離は近い。


モリーアンは逃げなかった。

今逃げようとしても、背を突かれるだけだろう。


モリーアンは牛の突進を待った。

既に剣は抜いている。

牛の長大な角がモリーアンに届くかと思った刹那、モリーアンが音も無く横にずれた。


予備動作無しに動いたそれは魔力を込めた脚力のなせる技だろうか。

そして、目標を見失ってすれ違った牛が吠えた。

それは悲鳴。


モリーアンがかわし様に斬り付けていた。

刃は牛の右目を撫でて潰し、そのまますれ違い様に押し込まれ首を深々と切り裂いた。


その間に、私も位置を変える。

今度は問題なく放てる。

それをモリーアンも分かっているのだろう。

モリーアンが牛から距離を取る。


私が放った魔法は、虚空から雷を呼び、雷は牛を貫いた。

そこに悲鳴は無い。


雷に貫かれた牛は、びくりびくりと不気味に震え、口から濁った泡を吐くと、そのままどしりと重い音を立てて倒れた。


あれだけ深い傷があれば、雷は中まで届いただろう。

それでもすぐにモリーアンのフォローが出来るように、油断無く構える彼女へと近づく。


牛は結局そのまま動かなかった。






「いや、これはさすがにやめましょうよ。だってエラがありますよ?この牛」


モリーアンが食べられるかしら?この牛?

と言い出したので、さすがにそれは止めた。

なんだか良く分からない魔獣を食べる気にはなれない。


走り去った骨もいつのまにか近くへと戻ってきていた。


「魚も牛もおいしいのだから」

「そういう問題じゃないと思います。絶対に」


例えモリーアンがどう言おうとも、譲る気はしなかった。

私が食べたくないだけじゃなく、モリーアンにも絶対に食べて欲しく無い。


「そう。残念ね」


モリーアンが沢で鎧についた血を流していると、骨が沢の少し上で水を汲み始めた。


「ああ。もしかして、これを何とかして欲しいって事だったんですかね」


骨は水を汲むと、しきりに頭を下げ、茂みの向こうへとそのまま歩き去っていった。


「勝手な骨でしたね」


お礼といえば頭を下げただけ。

言ってみればただ働きだ。


「そうね」


そう言うモリーアンの口元が笑っていた。

どうやら機嫌が良くなったようだ。

血を見て機嫌が良くなるモリーアンはやっぱり変だと改めて思う。


あれくらいでは危ないとも何とも思わないのだろう。

牛が出てきた瞬間、私は物凄くビックリしたし、モリーアンの心配を物凄くしたというのに。


「ん?どうしたの?リデル?」

「何でもありませんよ」


本当に、モリーアンはもう少し何とかならないのかしら?


声には出さずに胸の内で呟く。


やっぱり彼女には私みたいに普通の感覚が分かる、普通の人が必要なのかもしれない。


こんな事で自分の存在意義を見出すのもどうかと思う。

それでも、そんな事を思うとおかしくなってきて、遂には笑ってしまった。

モリーアンも微笑んでいる。


「さて、行きましょうか」

「はい!」


モリーアンがリリーへと跨がる。

リックはすでにリリーの鞍に据え付けられた籠の中だ。

日はまだ高い。

もしかしたら野宿はしないで済むかもしれない。


不意に骨が歩き去った方を見ると、茂みの向こうではモリーアンが渡した竿が揺れていた。

この話で一応、完結とします。


旅物として、まだまだ書いていける余地がありますので、それはおいおいという事で。構想としては、モリーアン、リデル、リック(それにリリーもか)の旅をちょこちょこ短編連作として続けていけたらなぁ(続ける場合は、別に起こさずに、庭園の国の少女で続けます)と。この話みたいな需要はあんまり無さそう?とも思ったりしますが。


後は別ラインとして、モリーアンって結局何者?なんでこの世界には亜人系の人ばっかりで人間が全然出て来ないの?蛮族と人の違いって何?魔獣大杉じゃね?スルゲリさんって何で死にたがりになっちゃったの?湖の底で光ってたアレって何?っていう諸々の核心に至るラインを少女モリーアンでなく、大人モリーアンで描けたらなぁ、と思いつつも全然、予定は未定です。


正直、モリーアンのシリーズは最初の1編で完成していると今でも思っていて、そこから後は長いあとがきを書いているような物だと思ってました。得た物と失った物とを淡々と受け止めるモリーアンを、これ以上無くすぱっと書けたあの話の空気感を壊しているような恐怖感もありましたし。今でも続きを書く事に、ちょっと躊躇があったりもするのですが、とにかくここまで描けて良かった。


ではではー。

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