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庭園の国の少女  作者: ぎじえ・いり
庭園の国の少女
2/25

リデル

「ご、ごめんなさい!」


羽の生えた小人。

身長は私の肘から先程しかない。

実際に目にしていても、こんなに小さな人がいるのかと信じられない大きさだ。

背中には七色に光を反射するトンボの物に似た羽が生えている。

赤くボリュームのある髪を肩まで伸ばし、体にぴったりとフィットする薄いピンク色の服を着ていた。


トンボ女はテーブルの上に座ってお茶を飲んでいた所だったようだ。

使っていたカップは私が使っていたティーカップだった。

あきらかにサイズが合っていない。


「人の家に勝手に上がり込んでいるあなたは何者なのかしら?」

「決して怪しい者ではありません!信じてください!」


話が進まない。

信じるも何も、何者なのだと聞いているのだ。


「だからあなたは誰?」

「その、勝手に家に入った事は謝ります!だから怒らないでください!」

「怒ってない」


このままでは全く話が進まない。


「良いわ。まずは落ち着きなさい。私もお茶が飲みたいから入れるけど、あなたも飲む?」

「は?」


見るからに動揺していたトンボ女がやっと余計な事を話すのをやめた。






鎧を脱ぎ、荷物を片付け、お茶を入れる。

念のためにナイフが差してあるベルトだけは外さない。

その様をトンボ女は黙って見ていた。

入れたお茶をテーブルへと運び、やっと落ち着いたトンボ女と話になった。

犬は家の中に入ると、日当りの良い場所を選んで丸くなっている。


「私の名前はモリーアン。あなたの名前は?」

「リデルです。元々は庭園の国に住んでいました」

「庭園の国?もう世界に国は無いって聞いていたけれど」


前にスルゲリから聞いていた。

もうこの世界に国は無いと。


「庭園の国は正確には国ではありません。そう呼ばれている場所なんです。他に光の箱庭とも呼ばれたりもするようです」


そこからリデルの説明が始まった。


「庭園の国は常にこちらにある場所ではありません。

 普段は切り離されていて、こちらと繋がってはいないんです」


夢物語でのみ語られる隔り世。

ティーポットを指して言う。


「このティーポットを庭園の国だと思ってください。

 たまに何かのはずみでポットからお茶がこぼれます。

 お茶は人や動物、植物、土地、あちらにある何もかもだと思ってください。

 どうしてこぼれ落ちるのか、その原因は分かりません。

 でも、一度こぼれ落ちると、その行き先がどこになるのかは分からないと聞かされてきました。

 テーブルの上なのか、カップの中なのか、それとも地面の上か」


そうして1週間程前にこぼれ落ちて来た先がこの家のすぐそばの森の中だったらしい。

リデルは目を伏せ、こらえるように言う。


「こちら側に落ちて来てすぐに奇妙な緑の大きい人達に襲われて逃げました。その時にこの家を見つけたので逃げ込んだのですが、今度はすごく大きな馬みたいな狼が家の外をうろうろし出したので、出るに出られず、家をお借りしてました」


ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません、リデルはそう最後に言って頭を下げた。 


庭園の国、という奇妙な場所の事を信じるならば、話にそんなに不自然な所は無いのではないだろうか。

緑の大きい人とはいつもの嫌な蛮族の事だろう。

馬みたいな狼は私の友達で間違いない。

妙なにおいがすると、しばらくこの辺りをうろうろしていたのだ。

実際、友達は家に近づくとすぐに姿を現した。


「別に迷惑を掛けられてはいないわ。私はこの家にいなかったのだし。何も取られていないなら問題は無いでしょう」

「あ、ごめんなさい!地下の食べる物を勝手に頂いてしまいました」


地下貯蔵庫には保存の利く食べ物が置いてあった。


「別にそれくらいは構わないわよ。実際、あなたのその大きさでこの家から取って有益になる物も少ないでしょうし」

「信じて頂けるのですか?」

「どこかに嘘があったの?」

「とんでもない!」

「なら別に良いわ。ただ、どうやって入ったのかしら?一応、鍵は掛けておいたはずよ」

「はい。それはあそこから」


そう言って指差した先には天窓があった。

ほんの少しだけ開いている。

どうして開いているのだろうか?

覚えが無い。

開いていると分かると気になるので、すぐに閉めた。


「それじゃあちょっと出ましょうか」

「え?だって外にはあの獣が」

「私はその外から入って来たのよ。良いから来なさい」


外に出る私にリデルは飛んで付いてきた。

馬のような狼と言われた私の友達はまだ家の前に座っていた。


「います!いますよ!?」

「だから、大丈夫」


今にも悲鳴を上げそうなリデルをおさえて、近づいて来た友達を撫でる。

地下貯蔵庫に置いてあった干し肉を上げた。

それを一口でほおばる。


「この子は私の友達よ。リデルも撫でてあげなさい」

「え?ええー!?私は無理ですって!」


血の気の無い顔をしているリデルを鷲掴みにして友達の頭の上に乗せた。


「きゃ、無理!無理です!って、あれ?おとなしいですね」

「私がいれば大丈夫よ。私がいない時にどうしているのかは知らないけれど」

「さらっと恐ろしい事を言わないでください!」

「まあ、一度においを覚えてくれれば大丈夫よ」

「そ、そうですか」


リデルはふわふわと頭の上から飛ぶと、友達の前に来た。

顔は青いままだ。

そのリデルのにおいをふんふんと嗅ぐ。


「ちょ、ちょっと、鼻息が」

「我慢なさい」


ひとしきりリデルのにおいを嗅いだ後、私が行って良いわよ、と手を振ると走り去っていった。


「随分頼もしいお友達がいるんですね」

「そうね。前は何とも思ってなかったけれども、今考えると本当ね」


友達と戦ったら、私は勝てるだろうか?

一瞬考えたけれども、そんな埒もない事を考えても仕方無い。

リデルと中へ戻った。


「それであなたはその庭園の国という所に帰るのかしら?」


これで外には出られるのだ。

ここにいる理由は無いだろう


「いいえ。私はもう帰れません。庭園の国からこぼれ落ちて、帰って来た人は今までひとりもいませんでした」

「そうなの?」

「はい。ですので、しばらく私をここに置いては頂けないでしょうか?」


リデルを見る。

小さくてもその目が真剣な事は分かる。

特に何をして欲しいと言われた訳では無い。

ただ置いておくくらい何でも無い。


その小さな体ではこちらで何をするにも大変だろう。

しばらく面倒を見てあげるくらい、良いのではないだろうか?

目を瞑り、考える。


特に断る理由は無かった。


「そうね。私もしばらくはここにいるつもりだから良いわ」

「本当ですか!ありがとうございます!」


ちょっと元気過ぎるのがどうかとは思うけれども、小さいから良いか、と心の中でひとりごちた。






リデルが家にいたせいか、帰って来たからと言って、すぐにしなければならないような事はあまり無かった。

掃除などもある程度していてくれたらしい。

すぐに帰ってくると思っていた家人が帰って来なかったので、無人の家なのかもしれないと考えた矢先に私が帰って来たようだ。


山鳩でも獲って来ようと思って家を出ると、リデルと犬が付いてきた。

リデルは飛ばずに犬の背中に座っている。

飛べると言っても、あまり高く飛んだり、長時間飛び続けたりは出来ないらしい。

感覚的には私にとっての走る事に近いのかもしれない。


「そういえばこの子はなんて名前なんですか?」


前にも聞かれたような気がする。

いや、あの時は友達の事だったか。


「無いわ。何だか分からないけれども勝手に付いてくるから、そのままにしているだけよ」

「それでも名無しなんて可哀想じゃないですか?」

「そう?あまり気にした事が無かった」


気にしないって、と軽く絶句した後、突然犬に呼びかけた。


「じゃあ、あなたの名前はこれからリックね」


リデルの暮らしていた土地では犬に付ける普通の名前なのだろうか。

興味が無かったので、由来は聞かなかった。

分かっているのか、いないのか、リックと呼ぶと、犬はわんと吠えた。


森で山鳩を3羽程獲って帰った。

リデルに聞くと、食べる物は私とそう変わらないらしい。

勿論、量は少ないけれども。

日が沈んだ頃に食事の用意が出来た。

食事を取りつつ話す。


「リデルは何が出来るのかしら?」

「何がですか?」

「だから出来る事よ」


たまに話が進まなくなる。

わざとだろうか?


「道具さえあればひととおりの事は出来ますよ。料理も炊事も洗濯も」


道具のサイズが合わなければ確かに難しいだろう。

そういえば服も他に持っていなさそうだ。


「結局、一度街に行かないといけなさそうね」

「街があるんですか!?」

「3日くらい歩けば行けるわ」

「話には聞いた事があったので、わたし行ってみたかったんです!」


リデルのいた世界では街、つまり人が集まって暮らしているような場所は無かったらしい。


私とは逆だ。

話には聞いていたけれども、街に行きたいとは思わなかった。


「戦ったりは出来なさそうね」


何しろ緑の蛮族に追われるくらいだ。

ここまで小さいと戦うのは無理だろう。

そう思って聞くと、意外な答えが返って来た。


「魔法が使えれば戦えますよ」


魔法?

魔法と言うと、あの魔法だろうか?


「使えればって、どういう意味?本当は使えるけど、今は使えないって事?」

「はい。魔力と世界をつなぐ媒介になる物があれば使えるんですけど、あちらに置いて来てしまったので」


流されて来た時に無くしてしまったのだろう。

言っている意味が分からないので何が必要なのかは街で聞くしか無いだろうか。


「どんな物?」

「魔力の吸収と放出が出来る物です。魔力の通り道を作る事が出来る素材があれば良いのですが。モリーアンさんも何かお持ちですよね?」

「私?」

「はい」


聞くと、最初に話していた時の事のようだ。

最初は私の事を魔法使いだと思ったらしい。

そう思うだけの何かそういう気配がしたらしい。

試しに食事が終わった後に調べる事にした。






食事を終え、リデルに私の荷物を見せた。

鎧や剣、ナイフ、そのどれもが違っていた。

そう言えば、竜の鱗なんて物もあった。


「これはすごいですね!こんな物どうしたんですか!?」

「依頼を受けて、その時に貰ったのよ」

「こんな凄い物をですか!?」


嘘だ。

単に渡さなかっただけだ。


「どうなの?」

「これは凄いですけれども、これを加工出来る人はそういないと思います」


街の工房と同じ事を言われた。


「これじゃないのね?」

「いえ、これかもしれないですけれども、これでは使えません」


聞くと、吸収は抜群でも、それを逃がさない構造になっているとかで、放出に問題があるそうだ。

何を言っているのか分からない。

そう言えば石があったな、とそれも出した。


「魔石!これですよ!」

「ああ、そうなの」

「そうですよ!お姉さんって実は凄い人なんじゃないですか!?」


聞けば魔石はあちらでもそれなりに貴重な物のようだ。

その辺に転がってる代物では無いらしい。

苦労して手に入れたという実感が無かったので、実はあまり大事に思っていなかった。

持ってて損は無い、その程度の感覚でしかない。


「見ててください!」


そう言って、リデルが抱える程の大きさの魔石に手を触れ、何やら唱え始めた。


「ちょっと、ここで魔法を使うつもり」


家が燃やされたりしてはたまらない。

そう言ってもリデルはやめなかった。

やがて触れてない方の手を差し出すと、手から光が溢れ出した。


「やめなさいってば」

「大丈夫ですよ。これで終わりです」


そう言って、光を放るように投げた。

光は宙に浮いたままで静止する。


「何なの、これは?」

「光を生み出す魔法です。暗い所で便利ですよ」


確かにこれがあれば湖の街の洞窟に入るのには便利だろう。

しかし、あまりにも小さい。


「小さいわね」

「今は手加減したんですよ!本気を出せばもっと大きいのも出せます!」


ぷりぷりと身振り手振りで怒る。

確かに家の中で変に全力を出されるのも困る。

どうせ食事が終わったらやる事は無いのだ。

昼のように室内が明るくなっても迷惑でしかない。


「他には何か出来ないの?」

「あ、大した事無いって思ってますね!?出来ますよ!雷を出したり、風を起こしたり色々です!」


明日、一度、外で全力で撃ってもらう事にした。

話だけ聞いていても、私は魔法を使えないので分からない。

魔石もそのままでは使いにくいので、加工が必要なようだ。

やっぱり街に行く必要が出来た。


興奮して飛び回っていたリデルに私はもう寝るわ、と簡単に言ってベッドに向かった。


私の話を聞きたいのか、リデルの話を私に聞いて欲しいのか、定かでは無かったけれども、しばらく文句を言っていた。

放っておいて、部屋を出ると静かになった。

リデルの寝る場所は私がいない間にリビングに勝手に布を集めて作っていたらしい。

リックもいつの間にか私のベッドの下で寝ていた。


すぐに街に行くつもりは無かったけれども、あの調子では明日にでも行きましょうと言われそうだ。

これでは何をしに家に帰って来たのか分からない。


いや、もともと何かをしに帰って来た訳では無かったのだから、これで良いのだろうか?

うとうとと考えている内に眠りに落ちた。






翌日、起きるとすぐに街に行きましょうと急かされた。

遠いからその内ね、と言っても聞かなかった。

子供か、と思ったけれども、本当に子供なのかもしれない。

結局、朝食を取った後に向かう事になった。


道すがら、リデルが本気で魔法を撃った。

放出された雷はまるで光る枝をまいたように閃光した。

ただあまりにも無秩序すぎて、私も巻き込まれるんじゃないかと思う程だった。


聞くと、きちんとした道具を使っていないかららしい。

本来はもっと収束させて、高い威力で放てるようだ。

それが本当なら私は彼女に勝てないかもしれない。

雷は一瞬で届く。

剣が届く前にあれは避けられない。

弓で動きながら遠距離だとどうだろうか?


そんな事を考えていたら口数が減った。

何を考えているのですか?

と聞かれたので正直に言うと、私とお姉さんが戦う訳ないじゃないですか!

とまたぷりぷり怒った。


3日後、街に着いた。

工房や雑貨屋、必要のある所から無い所まで、色々回らされた。

とりあえず、リデルの生活に必要な物は揃ったらしい。

宿を取って、ひとまずは荷物を置いて来た。


この街では魔法に関する技術を持っている人はいないようだったので、ギルドに向かう。


「おお!あねさん!」

「うるさい」


最初に黙るように言う。

この方が早い。

リデルを紹介してトカゲ男に事情を説明した。


「ピクシーかあ。初めて見たよ。西の方に行くと結構いるって話だけど」

「じゃあそっちに行けば魔法の話も何とかなるのかしら?」

「そういう特殊な技術を持った人が集まってるって話は聞いているよ。ただ遠いけどな」


遠いのか。

あまり遠くまで行かないでなんとかする方法は無いだろうか?

魔石の加工。

そこまで考えて、ふとランプの人の大きな顔が思い浮かんだ。

何やらそういう研究をしているとか言っていなかっただろうか?

渡さない魔石があった事が分かってしまうけれども、元々、取って来た物を全て渡さなければならないという契約では無かった。

一度、行ってみて、それで駄目なら西に行けば良い。

トカゲ男を適当にあしらい、ギルドを出、歩きながら話す。


「ちょっと当てがあるのを思い出したわ。まずはそっちに行ってみましょう」

「本当ですか?でも、いいんですか?モリーアンさんの迷惑になりませんか?」


私の顔の高さで飛び、そう尋ねるリデルの目は不安げだ。

そうか、別に私が行く理由は無かったか。

既に一緒に行く気だった。


そういえばスルゲリはどこに行くのにも、何も言わずに一緒に行ってくれた。

それを当たり前のように感じていたけれども、よく考えたらそんな事は無いだろう。

依頼をした訳でも、特別な縁があった訳でも無かったのにスルゲリは当たり前のように一緒に動いてくれた。

最初に街に案内して欲しい、私が頼んだのはそう言った時だけだった気がする。

結局、彼には何の見返りも渡せなかった。


なら、私がリデルに何の理由が無くても良いのだろう。

彼には返せなかった物をリデルに渡すのも悪く無い。


「良いわ。付き合ってあげる」

「本当ですか!?お金なんて無いですよ!?」


知っている。

リデルの生活に必要な物を買ったのは私だった。

後で必ずお返しします!と言ってはいたけれども、良いように使われているかもしれない。

そう考えた所で、どうせ私にはそんなにお金は必要無い。

だから良いのだろう。


「あなたといると割と楽しいから良いのよ」


リデルは私の顔に飛びついた。

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