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庭園の国の少女  作者: ぎじえ・いり
庭園の国の少女
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帰郷

拙作「木の靴と剣と弓と」「少女ダンジョン」の続きです。

朝。

宿の一室で目を覚ます。

窓を開け放つと、街の喧噪が部屋に届いた。

よく晴れていた。


まずは装備の手入れをする事にした。

湖上の小島、そこにある洞窟の奥深くで戦った死竜との戦いで、全ての装備に傷が入っている。

壊れて使えなくなった物は無かったけれども、鎧をはじめとしてガタがきていた。


鎧は魔獣と戦う事を念頭に置いてあり、胸、腹、肩を鉄のプレートで、それ以外を牛革で、そして体を守る部分を多層構造にして、特に衝撃から身を守るように造られている。

それでも死竜の巨体から繰り出された一撃は荷が重かったようだ。

所々ゆがんでしまっている。


腰の周りがミニスカートのように革で覆われているのがちょっと気に入っている。

しかし、それも戦闘で汚れ、そして破損している部分もあった。


剣は昨日、帰りがてらに工房に研ぎに出してある。

さすがに鋼の鎧以上の硬い鱗の持ち主と打ち合えば、刃もぼろぼろだった。


テーブルの上には渡さなかった死竜の鱗、それと何かに使えるかもと思って、やはり渡さなかった数個の魔石。


洞窟で拾ったこの魔石が何に使えるのかは分からないけれども、ギルドで借りたあのランプは便利だった。

ああいうランプが作れるというのなら持っていても損は無いだろう。


装備の手入れをし、体の隅々まで柔軟で伸ばす。

体がギシギシする。

死竜に一撃もらったのが響いていた。


終えた頃には昼を過ぎていた。

宿を出て、ギルドに向かう事にする。

ここの所、弓を使う機会が無かったので、狩りの依頼があれば受けたい。


街を歩くと、上空に小さな鳥が飛んでいるのを見つけた。

その鳥に向かって弓を構える振りをする。

想像で引いた矢は、空高く飛翔した。






ギルドは依頼を受けようと、戦士でごったがえしていた。

カウンターの空きに身を潜り込ませると、ひとりの係員が声を掛けてくる。


「おはようございます、モリーアン様。ゆっくり休めましたか?」

「1日じゃ無理ね」


私の倍くらいの大きな顔。

ぎょろっと見開かれた目とかぎ爪のように大きい鼻が、顔の大きさをより大きく見せていた。

シャツにネクタイのきちんとした服装に小さなランプの胸飾り。

既に馴染みとなったギルドの係員、ランプの人に聞くと、狩りの依頼は無かった。


「申し訳ありません」

「良いのよ。今日は弓の練習日にするわ」


文句を言っても仕方が無い。

丁寧に礼をするランプの人に別れを告げて、宿へと戻る。


宿で弓と矢籠とナイフを取り、そのまま街の外に出た。

鎧は宿に置いてきてある。

大きな湖のほとりにあるこの街の周囲には、魔獣や蛮族は滅多に現れない。

ごくごく軽装にブーツを履いただけの格好で湖沿いに歩き、前に練習をした場所を目指した。


適度に街から離れた場所に生えた1本の木。

その木に落ちていた枝で作った適当な的を下げた所で、私に近づいて来る存在に気が付いた。


白いフサフサの毛が生えた普通の犬だ。

目が血走っていたり、火を吐いていたりはしない。

私の姿を見つけると、とことこと近寄る。


特に害意は無いようなので、撫でてあげる。

首輪は無い。

街から逃げてきたのだろうか。

私はひとしきり撫でてやった後、弓の練習を始めた。


精度が落ちている。

我慢出来ない程では無い。

ただ、ベストでは無かった。


的に矢が当たる度に、犬はわんと吠えた。


ひと通り距離を変えて射ち、ナイフを振り、ある程度満足した所で街へと戻る。

すると犬も付いてきた。

懐かれたのだろうか。


「おや、お帰りなさい。どうされましたか?」


どこまでも付いてくる犬をどうしたら良いのか分からなかったので、ギルドへと向かった。

応対してくれたのは、先程のランプの人。


「この子が付いてきてしまって困っているのよ」

「これは可愛らしい子ですな」

「この子、オスよ」

「それは失礼を。なかなかに賢そうですな」


カウンターの近くまで来ると、すぐにおすわりをした。

回りには仕事を探しに来た戦士であふれかえっているのに、吠えたりしない。


「迷子犬の捜索依頼とか出てないかしら?」

「少々お待ち頂けますか」


そう言いおいて、慣れた手つきでファイルを探る。

しかしそういう依頼は無かったらしい。

どこからか逃げ出して来た訳では無いようだ。


「逆に犬を預かっているという張り紙を出しておきましょう」

「悪いわね。誰も出て来なかったら、この犬はどうしたら良いのかしら?」

「モリーアン様が引き取られるか、そうでなければこちらで預かって飼い主募集の張り紙をしておきましょう」


引き取る、か。

犬を飼った事は無い。

しかし、この子にはこの子の目的があるかもしれないのだ。

私が勝手に決めるべきではないかもしれない。


ギルドを出ると夕暮れにはまだ時間があった。

目的も無く街を歩く。

犬はやはり付いてくる。


街の中の湖脇まで出た時に、前に竿を借りての釣りが坊主(1匹も魚が釣れない事)だった事を思い出した。

せっかく暇なのだ。竿を借りて、再挑戦してみる事にする。

犬は釣りをしている間、私の隣で寝ていた。


夕暮れが近づいてきた頃に、今度は1匹釣る事が出来た。

まあまあの大きさの青く細い体の魚。

釣れた瞬間は素直に嬉しかった。

しかし、塩をふって焼いてもらって食べたそれは言う程おいしくは無い。


帰りがてらに工房へと立ち寄り、預けてあった剣を受け取る。

もう他にするべき事は無い。

宿へと戻り、犬の事を宿の主人に話すと、中には入れないでくれと言われてしまった。


「別に私を待っている必要は無いのよ。好きな所に行きなさい」


分かっているのかいないのか。

わんと一声鳴くと、犬は入り口脇で眠り始めた。


この犬は何なのだろう?






翌朝、宿を出ると、犬はまだそこにいた。

私を見つけ、尻尾を振って近づいて来る。


「ご機嫌ね」


適当な食堂で朝食を取った。

仕方が無いので、犬が食べられそうな物を用意してもらって、食堂の外で食べさせる。


あまり余計な事はしない方が良いだろう、と思いつつも、付いてくる間に何かを食べたり飲んだりしていなかったので、気になってしまった。


再び向かったギルドでは、何の進展も無かった。

やはりこの街で受けられる仕事はあまり無い。

あるとすれば街を出る仕事だ。

この街は平穏過ぎる。


街を出るべきなのかもしれない。

私はどこに行くべきだろうか。


特に何の指針も得られないままに弓や剣の練習をして、数日静かに過ごした。


既に死竜の一撃のダメージは回復している。

そして犬は相変わらず私に付いてくる。

ギルドに頼んでいた張り紙に対する反応は何も無い。


犬を撫でてやる。

しきりに私のにおいを嗅いでいる犬を見て、不意に家の側をなわばりにしている馬にも似た友達の事を思い出した。


そういえば随分と家を空けてしまっている。

そろそろ一度、家に戻るのも悪く無いのかもしれない。

家の事に考えが及ぶと無性に気になった。

いつまでも戻らないというのも気が引ける。

あそこに住んでいたのは私ひとりでも、あの家は父と母の家だ。


「そろそろ一度、家に帰ろうか」


誘うように犬に声を掛けると、分かったとでも言うように、わんと一声吠えた。






ギルドで一度前の街に帰る事を告げた。

犬も連れて行く事にする。

何か無いかと尋ねると、1件、護衛の仕事があった。

依頼があるならちょうど良い。

それを受けて、この街を出る事にした。


依頼者は脚に不自由がある豚顔の男だった。

見覚えがある。

でも、私からは何も言わないでおこう。

依頼は犬頭の男と一緒だった。


馬車に豚男を乗せ、街を出る。

何でも脚が動かなくなったので、戦士をやめ、故郷に帰る事にしたらしい。

たった一度の失敗でこうなるなんて、と愚痴を言っていたが、命があるだけ良いだろう。


自分の事すら守れないのに、護衛を受けたのは彼だ。

一緒にいた私を責めるのは筋違いだと言うのは分かっているのだろう。

それでも時々、私を見る目に何かがこもっているのは分かった。


一緒に依頼を受けた犬男は静かだった。

時々、私が連れて来た犬を撫でている。

頭の形が同じでも、特に思う事はないらしい。

犬も吠える事無く馬車の上で寝ている事が多かった。


馬車はゆっくりと、がたがたとした道を進んでいく。


私が最初に訪れた街には何事も無く着いた。

何事も無いのが一番良い。

豚男はその事が不満だったようだ。

何であの時には、とひとしきり呪い事を吐いた後、私と犬男に報酬を払った。


「あねさん!」


ギルドに顔を出すと、トカゲ頭の男がカウンターから飛び出して来た。

前に色々と依頼を受けてから気に入られてしまっている。


「あなた、色々と余計な事を書いてくれたようね」


湖の街のギルドに出した手紙の事だ。

このトカゲ男から預かって、出して欲しいと言われて渡したそれは紹介状で、余計な事も書いてあった。


「あねさんの力になりたかったんですって!」

「余計なお世話」

「そんな!」


でもそんな冷たいあねさんもステキ!とトカゲ男は気持ち悪いテンションの上げ方をしている。

正直、うるさい。

猿頭を倒す前はそうでも無かったのに、倒してから気持ち悪くなった。


「それでどうされたんです?あっちの水が合わなかったんで?」

「家に帰るのよ。放っておく訳にもいかないから」

「おお、あの人外魔境に!」


あのって、一体私の家の何を知っていると言うのだろうか。

やっぱりうるさい。


「今日はこれを出しに来ただけよ」


さっき豚男にサインをもらった依頼書を出す。

ギルドに渡せば依頼は完了だ。


「ああ、はいはい。どうも。……確認しました。あの男帰って来ちゃったのね」

「そういう人って多いの?」

「そうさねえ。この街を拠点にしている奴を抜かせば、出て行ったままってのが大半かな。そのほとんどが消息不明になってそれっきり。まあ、死んでるか、他 の街に定住したのかは分からないってのがほとんどで、ここまで勇名が轟くなんて奴はまずいないね。帰ってくる奴もいるけど、そういうのは大体出てひと月くらいで帰ってくるよ」


からかうように笑いながら言う。


「じゃあ私もそうね」


そう言うと、トカゲ男が表情を変える。


「あねさんはもう既に伝説ですから!むしろこの街で人々の安全をまも」

「うるさい」


大きな声を出すな。

他にも人はいるんだから。

受ける気は無かったけれども、ちょっと依頼を見せてもらった。


やっぱり蛮族や魔獣妖獣の退治依頼が湖の街に比べると多い。

これが普通だと思っていたけれども、土地によって変わるのだろう。

じゃあ家に帰るから、と断ってギルドを出た。

トカゲ男は、また来てよ!絶対だからね!と出る私に声を掛けた。


外で待ってた犬に声を掛けて宿に向かう。

トカゲ男にはああ言ったけれども、馬車に揺られて疲れている。

出るのは明日にしよう。


以前に鎧を作ってもらうのに世話になった革工房にも顔を出してみた。

鎧を見せると、少し直すと言ってくれた。

明日出たいんだけど、と言うと明日までに直してくれるらしい。

死竜と戦った時に出来たのか、実は動くと当たって気になる所が出て来ていたので嬉しい。


鍛冶工房にも顔を出し、剣を研いでもらう事にした。

湖の街でも頼んでいたけれども、何だか見た感じがしっくり来なかった。

工房の人も悪いと言う程では無いけれどもちょっといまいちですね、と同意してくれる。


危険な事が多い街だ。

その分、工房の人達の技術は高い。

湖の街は値段ばかりが高くて、あまり内実が伴っていなかったような気がした。


以前に世話になった宿に行くと、顔を覚えていてくれたようだ。

1泊だけだったのに、前と同じ値段で泊めてくれた。

犬も中に入れて良いと言ってくれたので、部屋で寝かせる。

ここが私の家では無いのに、帰って来た、そんな気分になった。






翌日、受け取った鎧は凄く良くなっていた。

重さが変わった訳では無いのに、まるで軽くなったように動きやすい。

どうやら少し手直しがしてあるらしい。

お金を払おうとすると、アフターサービスと言われ、断られてしまった。

また何かを作る時にはここで頼もう。


そう思った所で、竜の鱗を思い出した。

試しに見せてみると、加工をする道具も技術も無いと言われた。

全力で斬り付けても弾かれる鱗を加工するには普通の道具では駄目なようだ。

滅多に見る事の出来ない物を見れた事が報酬だったな、と言ってくれた。


剣も受け取りに行く。

仕上がった剣は凄く良くなっていた。

刃先のきらめきが違う。

それだけでは無かった。


気に入らなかった橋と猫の印に手が加えられていた。

墨が取り去られ、代わりに輝くような銀と金が装飾に使われていた。

前は武骨な作りに合わせようとしたのか、妙に重たい感じに仕上げられていたのが、軽く華やかになっている。


それが浮いているという事は無い。

むしろ、剣全体の印象が軽くなったようにすら見える。

前と同じ研ぎ代だけ要求されたので、それよりも多く支払った。


受け取れないと言うので、なら次に来た時に研ぎ代から引いてくれれば良いと言って受け取らせた。

中には拘った飾りを要求する客も稀にいるようで、そうした事にも明るかったようだ。


やっぱりこの街の人達は分かっている。

何だか無性に嬉しくなった。


受け取る物を受け取って、街を出た。

犬と共に歩く。

湖の街からここまでの道のりと比べたら、家までは後ちょっとだ。






宿で休んでも疲れていたのか、野営していて眠ってしまった。

そこを嫌な小人達に襲われた。

魂を持たない蛮族。

緑色の肌をしていて、身長は私の半分ほど。


私ひとりだったら危なかっただろう。

犬が起こしてくれて助かった。

襲って来た小人は大した事無かったけれども、犬に感謝する。


日がのぼり、家を目指して歩く私を先導するように犬は歩いている。

その後もう一度、襲われた時にも犬は私を助けてくれた。

危険な相手だった訳では無いけれども、それでも複数の敵に襲われると大変だ。

それを犬が1体引きつけていてくれた。

私が教えた訳でも無いのに、私が助かると思う事をしてくれる。


この犬は本当にただの犬なんだろうか?


余計な事をせずに助けてくれる。

そんな犬の振る舞いはスルゲリを思い起こさせた。


スルゲリの姿はあの嫌な小人と同じだった。

しかし彼は同じ姿の蛮族達とは違い、魂と意志を持ち、強く、そして私を助け、外の世界へと導いてくれた。

私ひとりしかいなかった世界に初めて現れた他人。

そして今はもうこの世にいない人。


犬は私があれこれ想像している間にも、前へ、前へと進んで行く。






やがて家に近づくと、スルゲリがかつてキマイラと呼んだ魔獣、私にとっては私の友達がどこからともなくやってきた。

姿は馬に似ている。

肌は赤く、前足は虎のように太い。

そしてその足にはひづめの代わりに爪が生えている。


しかし顔は馬とは違う。

まるで狼。

たてがみは無く、やはり狼のような毛が生えている。

首は馬よりも少し短いが、その体、後ろ足、尻尾は馬である。


彼にあげる手持ちの肉は無かったので、ひとしきり撫でてあげる。


犬は一度吠えたものの、その後はおとなしくしていた。

これほどの大きな魔獣が近寄って来たのに、この態度はさすがに尋常では無いのでは?


私と犬のにおいをしばらく嗅いだ後、友達は家の方をしきりに見ていた。

何だろうか?

不思議に思って撫でていると、家の前に座り込む。

珍しい。

食べ物を分けて欲しいという事だろうか?

地下貯蔵庫にまだ干し肉が残っていたはずだ。


そう思って家の扉を開けた私が見たのは意外な光景だった。


「誰?」


家の中に羽の生えた小人がいた。

使い古されたトネリコの弓

スルゲリのナイフ

橋のトロワ

左手:黒水牛の小手

右手:黒水牛の小手

積層鎧

牛革のベルト

鹿革のブーツ


ランプの人はウコバク。

豚男はオーク。

犬男はコボルト。


いつもは開幕初っ端にもってくる戦闘を無しにしたら、何か物足りない?

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