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Girl×Reaper  作者: 聖依
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第二章

「君が風陽菜 椛だね」

 私が屋上でお昼を摂っていたときだった。

いきなり見知らぬ男性から名前を呼ばれるが、普通の女性なら彼の美貌と言葉に惑わされるのかも知れないが、前のこともあって人一倍警戒心を持っていた。

「あなたはいったい?」

 尋ねても彼は一向にこちらの質問に答えようとはせず、私に迫ってくる。

「烏丸さんもひどいもんだ。こんなか弱い子を狙うなんて」

 男性は私の頬を撫でるよう顎先に指を触れていき、くいっ、と顔を上げさせられる。

「君の事は俺が守ってあげるから」

 どうしてこうなったのだろうか? 私はさっきまでのことを思い返す。




 昼休みのこと。あの事件があった後、幼なじみの茉莉は少しずつであるが、積極的にクラスメイトと話をしてこの学校で友達を作っていった。

 その為か最近は学食に行くことが少なくなった。

 別に一人と言うわけじゃない。私にはとり憑いている死神がいた。

「一人で寂しくないか?」

「一人じゃないよ。龍星くんがいるじゃん」

 彼は藤林龍星くん。

 龍星くんは死神でもあるのだが、烏丸先輩から私の命を守るために今でも私にとり憑いてくれている。

「確かにそうだけどな……。俺は周りから見えないし」

「いいの。私は龍星くんと居たほうがおもしろいし」

 別に人付き合いが苦手と言うわけじゃないけど、ただ龍星くんと話していたほうがおもしろいのと、今の私にとってはこれが日常だから。

 他から見れば、ただの独り言にしか見えないけど、龍星くんとの会話は楽しかった。

「それに……何かこれが私にとって普通になっちゃったし」

「それはそれで問題があるけどな」

 龍星くんは後ろ髪を掻き揚げ、少し困ったような表情をしていた。

 初めて龍星くんとの出会ったときは、ものすごく戸惑ってしまったけど、烏丸先輩から茉莉や命を助けられてから今では仲のいい友達みたいな関係となっていた。

「別に俺のことは気にしなくていいんだぜ。この世界じゃ空気と一緒なんだし」

「だって、私にとり憑いて、実際目の前で見えちゃっているから」

 気にするなと言われても私の目の前には常に龍星くんが見えているから、クラスメイトと話をしていっても彼が視界に入ってしまう。

 龍星くんと出会って二週間は過ぎ、この生活には慣れてしまった。

「ホント、慣れって一番怖いね」

「まぁ、ビビリ屋のお前が普通に話せるくらいだからな」

 一番気になるのは烏丸先輩だ。あれ以来、何のアクションも起こしてこないのが気がかりであった。

「最近、烏丸先輩の姿が見えないけど、大丈夫なの?」

「烏丸がお前を諦めたのなら、俺の取り越し苦労で済むんだけどな」

 けど、確定にまでは及ばないから、こうして私にとり憑いて二十四時間監視体制でいる。

「…………」

 何やら龍星くんは落ち着きのない様子だった。

「どうしたの?」

「いや、ここ数日誰かに見られている気がしてな」

「そう?」

 周りを見ても私と龍星くんだけで誰もいない。

「俺の気のせいならいいんだけど――――!」

 するとどこからか小石が飛んできて、龍星くんは避ける。

「誰だ!?」

 階段から誰かが逃げていく足音が聞こえた。

「ちっ! ここで待っていろ! 絶対に動くなよ!」

 そう言って龍星くんは後を追っていった。

 もしかして烏丸先輩が!? 

そう思っていた矢先、誰かが屋上へとやって来る。

 …………誰!?

 決してこの学校の生徒ではない。着ている服装が龍星くんと一緒なところからしておそらく死神だと思う。

 龍星くんとは違って烏丸先輩と同じくらいの長身で若干目が細いけど、顔も烏丸先輩と引けを取らない感じで、烏丸先輩と違って温室で育った薔薇のような印象を受ける。




 彼は肌に触れるくらい顔を近づけてきた。

「それでどう? 俺のほうがあの子供よりかなり強いよ」

「あなた、死神?」

「もちろん。そういえば自己紹介がまだだったね」

 そう言って、手を離す。

「俺は左宮寺(さぐうじ) 大和(やまと)。もちろん君の味方だよ」

 いきなり現れてナンパ染みた人に味方だと言われても説得力がない。

「狙いは私の魂?」

「違うよ。君を守りたくてここに来たのさ。俺は君を守る騎士さ」

 そう言って私の手を握ってきた。

 さっきからあまりにもなれなれしく私の肌に触れてくる。

「ちょっと!」

「こんな可愛らしい君の肌に傷一つ付けさせはしないさ」

 私の頬に顔を近づけようとしたときだった。

「だったら大和さんの肌はいくらでも刻んで良いんだね?」

 肩に刀を突きつけられる大和さん。

 後ろにはいつの間にか龍星くんが戻って来てくれていた。

「龍星。久しぶりじゃないか!」

 私から龍星くんのほうに振り向いて。さっきまでの低音で男らしい声からいきなり軽々しい声に変わった。

「久しぶりもクソもあるか! 大和さんでしょ? ここ数日俺を見張ってたのは?」

「何だよ。気付いていたなら、さっさと会いに来いよ」

「気付いたのは今さっき! てか、大和さん。何しに来たの?」

「まったく。お前を連れ戻すよう、上から命令されたんだよ。来てみればお前は女とじゃれあってるし」

「じゃれあってません!」

 私は顔を真っ赤にして反論する。

「まぁ、それは別として。この世界に長期滞在するのはルール違反。龍星、お前もわかっているだろ?」

「ちっ」

 舌打ちをする龍星くん。

神代(かみしろ)さんか?」

「大正解。今頃、鬼になっているぞ」

「まったく。ややっこしいことになったぜ」

 龍星くんは後ろ髪を掻き揚げる。

「どういうこと?」

「龍星がこの世界に長期滞在しているせいで、うちらの上司が大激怒。早く戻らないとマジでお前も烏丸さんと同じ扱いになるぜ」

「くそ! こんな時に」

 龍星くんは突然の帰還命令に苛立ちを見せていた。

「安心しろ。烏丸さんの件は聞いている。しばらく俺がお前の代わりに椛ちゃんを守ってやるから。さっさと行って来い」

「はぁ!? 大和さんが?」

「何だよ。人を信用していない目は?」

「……別に。まぁ、ちゃっちゃと用事を済ませて来るから。しばらくお願いしますよ。間違っても変なことしないでくださいね」

「へいへい。お前の考えているような疾しいことは一切ないので、こってり絞られて来てください」

 野良犬を追い払うように手を前後に振る

「くそ! 椛。すまねぇ、しばらく離れるけど、絶対、すぐに戻ってくるから」

「うん。あまり無茶はしないでね」

「あぁ、何かあったら連絡しろよ!」

 龍星くんは全速力で駆け出していった。

 ただ、何かあったら連絡しろと言っていたけど、連絡先がわからないのにどうやって連絡をするの?

 素朴な疑問を抱きながらも龍星くんを見送った。

「ようやく行ったか。まったく、じゃあ改めてよろしくね。椛ちゃん」

「はい……。えっと、大和さん?」

 大和さんと呼んでいいのかわからなく、少し尋ねるように話した。

「なんだい?」

「いえ、何でもありません」

「…………椛ちゃんは俺を見て、あまり恐怖とか感じないみたいだね。龍星といたせいかな?」

「そ、そんなことないです」

 少し戸惑いを見せながらも、首を横に振る。

「どちらにしても俺たちとはあまり関わらないほうがいいぜ。住む世界が違うからな」

 一見とても優しい人に見えるが、その言葉はとても刺々しかった。

「烏丸さんの件は何とかしてやる。お前はお前の生活を送れ」

「……」

 私は返す言葉が見つからなかった。

 大和さんはこれ以上、危険なことに首を突っ込まなくてもいい。普通の生活を送ってもいい。

 否定をする要素なんてどこにもなかった。

 でも、私は何か納得ができなかった。

「おい、そろそろ授業じゃないか?」

 時間を見ると、もうすぐ昼休みが終わろうとしていた。

 私は急いで教室へと戻る。




 放課後。

 いつもなら龍星くんがそばにいるんだけど、今日から大和さんが私にとり憑いている。

 下駄箱に向かって廊下を歩いていると。

「あら、アナタは」

 上級生の人と鉢合わせしたんだけど、誰かわからない。

 ウェーブのかかった髪に綺麗な目。身長も高く体型もスラッとしている。モデルとしてパリコレとかに出ていそうだ。

「烏丸くんと付き合っている子ね」

「え、えぇ」

 この学校では私と烏丸先輩は付き合っているってことになっている。

 否定しても嘘だ、とか謙遜とか言われてしまう。

「ホント、何で烏丸くんはワタクシを選ばなかったのかしらね」

「えっ!?」

 彼女は私の頬を触れる。

「綺麗な肌ね。うらやましいわ」

 今日はやたらと肌を触られる日だ。

「あの……」

「ホント、食べてしまいたいくらい」

 その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。

 普段ならただの冗談だと思うのだけど、彼女の笑顔を見たらそうとは思えなかった。

 私を本当に食べてしまおうかと思っている表情や目をしていた

「先輩はいったい?」

「ワタクシは三年の季秋(きしゅう) 美沙希(みさき)よ」

 季秋 美沙希って確か、この学校のマドンナって呼ばれている人。

 そんな人がなんで私に? そう思っていたのだけど、その先の話を聞くことが急に怖くなってしまい。

「えっと、先輩。すみません、私、そろそろ!」

 そう言って、逃げるようにこの場を去っていく。

 校舎まで走ったせいか、息が少し乱れてしまっていた。

「はぁ、はぁ……」

 乱れた息を整える。

「だいぶ変わった生徒が居るもんだな」

「あ、……うん。大和さん」

 大和さんは龍星くんと違って、話の間に入ろうとはしない。

「お前って意外と女子にも人気みたいだな」

「そんなんじゃないよ」

 私の気のせいかもしれないけど、季秋先輩が怖く感じた。

「やぁ、椛。待っていたよ」

 この独特な言い回しを聞いたのは一週間ぶりだ。

「烏丸先輩……」

「それに左宮寺くん。お久しぶりですね」

「……烏丸さん」

 大和さんは龍星くんと違って烏丸先輩に対して敵意を剥き出しにしていない。

「藤くんの姿が見当たらないみたいですが」

「あいつは野暮用だ。それより烏丸さん。何であんなことを?」

「すべては研究のためです。君も協力してくれるなら僕はいつでも受け入れますよ」

「そんなことを言ってるんじゃない。烏丸さん……あんた変わっちまったたな」

大和さんはどこかとても悲しそうな顔をしていた。

「龍星はあんたを必死に追いかけている。俺たちも……」

「もう後戻りはできないんですよ。もし君が協力するならば彼女を渡してもらえるとすごく助かるのですが」

「断わる。俺の役目はこいつを守ることだ」

「ふふっ。実に君らしい意見だ」

 笑みを浮かべ、大和さんに向けて大鎌を振り落とす。

 一瞬の出来事だったが、大和さんは槍で大鎌を受け止める。

「相変わらずの槍さばき。君ならば僕の首を取ることは出来たでしょうに」

 烏丸先輩の大鎌が光に包まれて消えた。大和さんの槍も同じように消える。

「いいでしょう。君とはまたいずれ会うことになるでしょう」

 烏丸先輩は身体を翻して去っていく。

「追いかけなくていいの?」

「必要ない。……身辺警護が俺の仕事だからな」

 烏丸さんは仲間殺しの禁忌を起こして捕まえなくてはいけなくてはいけない人物なのに、どうして捕まえないのだろうか?

大和さんは命令に忠実な死神だからか? 彼の顔を覗いてみると、どことなく悲しそうな顔に見えた。




 翌日

 いつも通り校舎に入っていき、下駄箱で靴を履き替えているときだった。

「ごきげんよう。椛さん」

 誰かと思って振り向くと、昨日廊下で会った季秋先輩だった。

 季秋先輩は微笑みながらこちらを向いてくれていた。

「季秋先輩……」

 思いがけない人から挨拶され、少し戸惑ってしまうが、頭を下げて挨拶を返す。

「おはようございます。季秋先輩」

「椛さん。今日の放課後は空いておりますか?」

「はい。特に何もありませんが」

「でしたら、良い茶葉が手に入りましたので一緒にお茶でも如何かしら?」

「お茶ですか?」

 まさか、季秋先輩が私なんかをお茶に誘ってくるなんて考えもしなかった。

「もしかして紅茶は苦手かしら?」

「いえ、そんなことないです」

「でしたら放課後に調理実習室へ来てくださる? お茶のほかにもおいしいお菓子もありますから」

「そんな! 私なんか……」

「あなただから誘いたいの。一生のお願いだと思って」

 ただ、先輩から一緒にお茶を飲もうというだけで、両手をあわせてまで懇願されてしまうと、ものすごく断わりづらかった。

「……じゃあ、お言葉に甘えて行きます」

「ふふっ、よかった。あなたとはいろいろ話してみたかったの」

 口元を手で押さえながら微笑む。

「では、また放課後」

季秋先輩は私の横を大きく過ぎ去る。

「はぁ」

 まさか、季秋先輩にお茶の誘いを受けるなんて思いもしなかった。

 そろそろ教室へと向かおうとしていたとき、大和さんが何やら小難しい顔をしていた。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。俺の気のせいだ。それより、早く教室に向かわないと遅刻するぜ」

「あ、うん。そうだね」

 私は急いで教室へと向かう。




 昼休み

 いつも通り。いち早く購買でパンを買って屋上へと足を運んでいく。

 今日は授業が終わるのが遅かったせいでアンパンしか買えなかったけど、飢えるよりマシ。

「いただきます」

 と、言いながらアンパンを一口かじる。

「昨日もそうだったけど、何でわざわざ一人で食べているんだ?」

 何を思ったのか、大和さんは昨日の龍星くんと同じことを私に言った。

「そんなに変? 龍星くんも同じこと聞いたけど?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

 大和さんの言おうとしていることはわからなくはない。周りは友達を囲んで楽しくやっているのに私だけその輪を外れて一人、屋上で昼食を摂っていることが気になるのだろう。

 でも、そのほうが今の私にとって最適なのかもしれない。

「別にいいの。話し相手なら大和さんがいるし」

「おいおい。死神の俺が? 別に俺なんかを気にする必要なんてないんだぜ。お前らにしてみたら空気同然の存在だ。お前以外の人に写ることがないからな」

「そんなことないよ。もしかして、大和さんは私と話をするのが嫌だったりする?」

「いや。ただ、少しだけ気になっただけだ」

 大和さんは困ったような顔をして、少し何か考えていたとき。

「見つけた!」

 ものすごく聞き覚えのある声。

 ここ最近は決して行くことはないと思っていた声。視線を声のほうに向けると、幼なじみの茉莉がこちらへと向かってきた。

「茉莉…………どうして?」

「最近、様子が変だったから気になっていたけど。原因はこいつ?」

 そういって茉莉は大和さんを指した。

 私は驚いた。まさか、茉莉が大和さんの姿が見えているなんて……。

大和さんもかなり驚いていた。

「茉莉……。見えてるの?」

「わたしと椛を助けてくれた中学生はいないみたいだけど。あんたが椛を苦しめている元凶ね」

 茉莉は大和さんを敵と断定しているみたいだけど、それは大きな間違い。

「ごめん。茉莉……。彼もその子と同じ死神なの」

「じゃあ……椛、その死神たちに命を狙われているの」

 死神に命を狙われているのは間違ってはないけど、これ以上話をややっこしくするわけにもいかないため、茉莉にこれまでの経緯を話す。

「つまり、椛の命を狙う死神があの烏丸御命で、椛を守っている死神があの中学生とあなたと言うわけね」

 龍星くんがいたら『中学生って呼ぶんじゃね!』とか言いそうだ。

「俺は左宮寺 大和。気軽に下の名前で呼んでくれ」

 大和さんは声を少し低くし、白い歯をうっすらと見せる。

「えっと。じゃあ、大和! 今すぐ椛から離れなさい!」

「何でそうなるの!?」

 さっきまでの説明を聞いていたのか疑わしくなってしまう一言だった。

 そんな茉莉の反応に大和さんはどうしていいかわからなく、苦笑いとなっていた。

「ごめん。やっぱり人前だとどうも緊張しちゃって」

 以前と比べて人見知りはだいぶマシなったほうだけど、どうもまだ空回りしてしまう部分があるみたい。

「別に俺は人じゃないんだけど、でも、どうして君は俺の姿が見えるんだい?」

 いつもの話し方に戻り、大和さんは話を本題へと持っていく。

「うん。あの日以来かな。烏丸御命に何かされてからそれからずっと見えているみたいなの」

「なるほど。まだ、その影響が残っているわけか」

「茉莉。大丈夫なの? また……あの時みたいに」

「大丈夫よ。でも、死神が見える以外は特に何もないから」

「そう……。なら、いいけど…………今日はクラスの人たちとお昼ごはん食べなくていいの?」

「別に毎回一緒に食べるわけじゃないし、今日は椛のことが気になったから」

「私? 私は特に何もないし、いつも通りだよ」

 あどけない感じで言葉を返す。

「もう、茉莉は心配性ね。私は大丈夫。茉莉は新しい一歩を踏み出したばかりじゃない。私のことは気にしなくていいから。せっかく新しい友達が出来たんだから、もっと一緒にいなくちゃ」

「椛……。違うの、そうじゃなくて」

「ほら。私のことは気にしないで、もっと積極的にアタックあるのみ」

 私は茉莉の背中を後押しするようなことを言っていたら、難しそうな顔で見ていた大和さんが口を開いた。

「まったく。そうやってお前は友達を避け続けるのか?」

 大和さんのひと言に私はドキッとした。

 思わず大和さんのほうを向き、目が合ってしまう。

 大和さんはまるで私の考えていることをすべて見透かしているような感じだ。

「……やっぱり。椛、わたしを避けていたんだ」

「君だけじゃないよ。他の人に対しても同じように何かしら理由を付けて避けているんだ」

 図星だった。龍星くんは気付いていないようだったけど、大和さんは私の考えていたことに気付いていたようだ。

「君の性格からして他人を巻き込んじゃいけないとか思ったんだろ? けど、それじゃあお前が辛いだけだろ」

「でも、私のせいで他の人を茉莉にみたいに巻き込みたくないの」

私に関わって茉莉みたいな被害者が出ると思うととても恐ろしく感じ、胸を締め付けられるような思いだった。

私は人と距離を置き、一人になることを決めた。龍星くんや大和さんが一緒にいる時点で一人と言う表現はおかしいかもしれないけど、今の私には関わらないほうがいい。

きっと烏丸先輩は茉莉みたいに私の身近な人を利用するに違いない。そんな辛い思いをするのは二度とイヤ。

「お願いだから二度と私に関わらないで。そうじゃないと茉莉のこと嫌いになるから」

 とても冷たい言葉なのかもしれない。でも、これくらい言わないと茉莉はきっと諦めてはくれない。

「ちょっと椛―――」

「それにね!」

 茉莉の言葉を遮る。

「こっちの方が私の性に合ってるし、別に茉莉がいなくたって平気だから…………二度と私に関わらないで」

 そう言い残し屋上を出て行く。

「おい!」

 大和さんは私の後を追っていく。

「待てよ!」

 少し息を切らしながら私は階段の途中で止まる。

「彼女。お前の大事な友達だろ? もうちょっと他に言い方があるんじゃないか?」

「いいの! これが茉莉や私にとって一番なの」

「…………一番ね。本当にそう思っているのか?」

「当たり前でしょ。茉莉は無関係なのにあんな目にあったんだよ。もうあんなことに関わる必要なんてこれっぽっちもないよ」

「無理する必要なんてないんだぜ。前にも言っただろお前はお前の生活を送れって」

「これが今の私の生活なの。私は大丈夫だから……気にしないで」

「…………泣くぐらい辛いのにか?」

 後ろ姿でわからないと思っていたけど、どうやら気付いていたようだ。大和さんの言うとおり私は泣いていた。

 あんな強がりなことを言っているけど、本当はとても怖く、寂しかった。

 本当なら、あそこで茉莉に助けを求めたかった。でも、そんなことしたら再び烏丸先輩に利用するに違いない。

 今の私は人に関わっちゃいけないんだ。どんなことがあっても。

「ほら……」

 大和さんが涙を拭ってくれた。

「そんなに思い詰めるな。俺たちが何とかしてやるから、お前は俺や龍星を気にしないで普通の生活をしていいんだ」

「ありがと。でも、やっぱり他の人を茉莉みたいにされてまで普通の生活を送りたくないの」

「椛ちゃん……」

「そろそろ昼休みも終わるし、教室に戻るね」

 大和さんから逃げるように教室へと一直線に向かう。

 これ以上、大和さんと話をしていると心が揺らいでしまう。

 大和さんの優しさに甘えてはいけない。きっと烏丸先輩はそんな心の隙を突いてくるに決まっている。

 だから……これ以上私なんかの為に犠牲者を増やしちゃいけないんだ。




 放課後

 私は約束通り調理実習室へと向かっていくが、その足取りはとても重かった。

 正直言うとあまり気乗りではないし、何を話していいのか全くわからない。

 このまま帰ろうかなんてさえ思っていた。

「はぁ」

 お茶を飲みに行くだけで、ため息まで出てしまう始末。

「そんなに嫌なら行かなくていいだろ」

「でも、季秋先輩に懇願されて断わったりしたらら、なんかものすごく申し訳ない気がしちゃって」

「気に過ぎじゃないか? 正直に嫌なら嫌って言ってもいいんだぜ」

「ダメだよ。お茶に誘われただけなのに、そんな無碍にするようなことをしちゃ」

「……無碍って。別にそんなつもりで言ったんじゃないんだけど」

 何だかんだで気付けば調理実習室に着いていた。

「ふぅ」

 一度息を大きく吐き、ドアを開けると、どうやら季秋先輩はお茶とお菓子の準備をしていた。

「あら。ごめんなさい。もう少ししたらお茶の準備が整いますので、掛けてお待ちになってくださいませ」

「少し早く着すぎたみたいですね」

「いえ、こちらが少し準備に手間取っただけのことですわ。よろしければお茶ができるまでそこにあるお菓子を摘んでいてくださいませ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 テーブルにはクッキーやマカロンなどの洋菓子が置かれていた。

 種類が豊富な分、もちろん量も多く、とてもじゃないけど二人では食べきれない。

 他に誰か来る様子でもなさそうだし、かといって季秋先輩が大食いとかの類ではないと思う。

「先輩。お茶会に参加しているのって……私だけですか?」

「そうですわ。あなたとはゆっくりと話してみたかったものですから。とびっきりの物を用意致しましたわ」

 その結果がこのお菓子の量と言うことなのかと思っていたら大和さんがお菓子を次々と口に入れていく。

 大和さんのあまりの行動にぽかんと口を開けて驚くしかできなかった。

「安心しろ。毒とかは入っていないぜ」

 そういう問題じゃなかったんだけど、龍星くんや大和さんが食事をしないからてっきり何も食べなくても生活ができるのかと思っていたけど、違ったみたいだ。

「どうかいたしましたか?」

 大和さんとのやり取りで私の様子が変だったのか、季秋先輩が私に声を掛けた。

「いえ……なんでもないです」

「遠慮しなくてもいいですわ。もう少しでお茶のほうもできますので」

「はい……」

私は食べたことないマカロンを摘む。

 それにしてもさっきまで気付かなかったけど、なんだか私たち以外、人気がないように感じた。もちろん調理実習室だから授業以外で人が来るわけがない。それでも休日の学校ぐらい静けさだった。

 まるで前の体育館のときみたい……。

 そう思ったら体育館の時の出来事が頭の中でフラッシュバックしてきた。

「お待たせしました」

「あ……」

 どうやら季秋先輩のお茶ができたみたいだ。

「あら。私の持ってきたお菓子、気に入ってもらえたみたいね」

「え……あ……はい。とてもおいしいです」

 気付けばさっきまで多いなと思っていたお菓子が気付けば半分近くまで減っていた。もちろん私が食べたわけではない。私の左隣にいる大和さんが食べていたのだけど、大和さんの姿が見えない季秋先輩にしてみれば私が食べたようにしか見えない。

「はい。お口に合えば幸いですわ」

 私の後ろを通って右隣からお茶を置いてくれた。

「ありがとうございます」

 ものすごく紅茶のいい香りがした。

 市販のパックの紅茶とは比べ物にならなく、心が安らぐ。

 ひと言で表現するならアルプスの草原にいるような気分だろうか。とにかくそんな感じだと思う。

「香りをお楽しみいただけました?」

「はい。とてもいい香りで、心がとても安らぎます」

「自慢の茶葉ですわ。ワタクシにとってはこのお茶とこの洋菓子を食べるのが最高のひと時ですの」

 やっぱり私の気のせいだ。

 季秋先輩はただ単純にお茶を楽しみたいだけなんだ。

「椛さん。お茶が冷めてしまう前に飲んでみてください」

「はい」

 私が一口、紅茶を口に含もうとしたときだった。

 突然、大和さんに左手を掴まれ、彼のほうを見る。

「確かにいい香りだ。だけど、その中に不穏な香りもするぜ」

「え!?」

 何を言っているのか理解ができなかった。次の瞬間、槍を取り出し、季秋先輩に襲い掛かるが、季秋先輩は転がるように倒れこみ、大和さんの槍を避けた。

「大和さん!」

 私は大和さんに向けて怒鳴った。

「何でこんな事をするの!?」

 ただの一般人を襲うなんて、いくらなんでも酷過ぎる。

「そろそろ気付けよ。どうしてアイツは俺の槍を避けれたと思う?」

「えっ……!?」

 大和さんの姿は私にしか見えないのに避けれるはずがない。偶然? もし、そうじゃないとしたら……。

「見えているんだろ。今朝の下駄箱、そしてさっきの紅茶の配膳。あそこに俺がいるってわかってなきゃできないんだよ」

 今思い返してみれば、今朝は私の隣に大和さんがいるとわかっていなければ、あんなに大きく迂回はしないだろうし、大和さんが左隣に座っていたから右からお茶を置いたんだ。

大和さんは私の手を引っ張り、私を後ろへとり、季秋先輩に槍を突きつける。

「確かにあの紅茶は上出来だ。だけど、俺の鼻は誤魔化されないぜ。あの中に毒物が入っているだろ」

 それを聞いた瞬間、私は大きく目を見開いた。

 季秋先輩も驚いてはいたが、次第に冷酷な笑みへと変わっていく。

「ふっ……。毒物と言ってもただの睡眠薬ですわ」

「嘘……」

 大和さんとの会話が成立してしまった以上、季秋先輩は大和さんの姿が見えていることになる。

「これってもしかして……」

 前もそうだった。もしかするとこれも茉莉と同じ。

「烏丸さん。いるんだろ」

 ドアが開く音が聞こえ、振り向いてみると。そこに烏丸先輩が笑みを浮かべながら入ってきた。

「相変わらず鼻が効きますね」

「始めから胡散臭かったですけどね」

 槍を季秋先輩から烏丸先輩に向けなおす。

「ちょっと離れてて」

 私を二人から遠ざける。

「ここまでです。烏丸さん。大人しく捕まってください」

「残念だったね。季秋君」

 視線を大和さんから季秋先輩に移す。

「……別にわたくしは何も終わっていませんわ」

「そうかい?」

 烏丸先輩はだんだんと季秋先輩に近づいていく。

「烏丸さん。ここを通すわけにはいきません」

 槍の先端を烏丸先輩の顔へ近づける。

「君は武や才に優れている。でも、君は甘すぎるよ」

 烏丸先輩はテーブルにあったチョコを一つ手に取る。

「そう。このチョコレートのようにね」

 チョコを舐め、笑みを漏らした後、舐めたチョコを指で弾いた。

 弾いたチョコは季秋先輩の口の中に入ると急に悶え始めた。

「烏丸さん! いったい何を!?」

「さぁ、彼女は何に生まれ変わるかな」

 悪魔の笑い声が部屋中に響き渡り、身体中が悪寒に包まれ、私は身体を震わせた。

「アアアアアアアアアアアアアァァァ」

「きゃっ」

 笑い声が終わったと思ったら、今度は季秋先輩の咆哮が部屋中に響き渡り、頭を覆い隠すように耳を塞いだ。

「おい、しっかりしろ」

 大和さんが季秋先輩に近づこうとした瞬間、季秋先輩が腕を奮っただけで、大和さんが黒板に叩きつけられた。

「大和さん!」

 私は急いで大和さんに駆けつけた。

「っ」

 黒板は叩きつけられた衝撃でひび割れ、大和さんは口元が切れたみたいで、口から血が流れていた。

「大丈夫だ。この場からすぐに逃げろ……って言おうかと思ったら、どうやら結界を掛けられたみたいだ」

 血を拭い去り、槍を持ち直す。

 季秋先輩の両目があの時と同じように金色に変わっていた。

「茉莉のときと同じだ」

 茉莉と同じように夜叉へと変わろうとしている。

「私のせいだ」

 私が季秋先輩と関わってしまったから、先輩が化け物へと姿を変えられてしまったんだ。

「大バカヤロウ。全部、自分で背負い込もうとするんじゃねえ」

 こうもしている間に髪がだんだんと白くなっていき、獰猛な牙を生やしていく。

「龍星の話じゃあ、人を夜叉に変えたと言っていたが。ありゃあ、夜叉と言うよりは山姥に近いな」

「山姥?」

「逸話とかで出てくるんだけど山奥に住む女の怪物だ」

 説明しながら大和さんは調理台の上に乗り、二人を見下ろす。

「一つだけ聞きたい。なんで彼女は椛ちゃんを狙っているんだ?」

「ウウウゥゥ」

 どうやらすでに季秋先輩は口を聞ける様子ではなく、烏丸先輩が代わりに話をした。

「そうですね。……強いて言うなら執着とでも言いましょうか」

「執着? 椛ちゃんにか?」

「彼女の執着は彼女自身のもの。昔、こんな話がありましてね。ある一国の美しい姫が自らの美を保つために何をしたのか?」

 ダイエット? コラーゲン? ……きっと、そんな優しすぎることじゃない。

 烏丸先輩の問いに大和さんは嫌悪な表情となっていく。

 どうやら大和さんはその答えを知っていて、それが以下に最悪なものかも。

「烏丸さん。その子も同じだって言いたいのか?」

「えぇ、そうじゃないと彼女の行動に説明がつかないでしょ」

「……どういうこと?」

 大和さんは少し息を吐き、嫌そうな声で答えた

「その姫は……女性の生き血を身体に浴びることによって美しさを保った」

「い、生き血!?」

 それを聞いた瞬間、背筋が凍りついた。烏丸先輩もそうだけど、至ってどこにでもいるような普通の女子高生なのにどうして命が狙われるのか理解ができなかった。

「ご名答。彼女も同じ事をしようとしたんだよ。風陽菜 椛の生き血が目的で彼女のお茶の中に睡眠薬を入れたんだ」

「季秋美沙希の執着は自分自身の美への執着と言うわけか。女の美ほど罪な者はないね」

「ウゥゥ……血ヲ、血ヲ」

 どうやら完全に理性を失っているようだ。

「これじゃあ山姥と言うより吸血鬼だな…………椛ちゃん。そこに隠れていて」

 槍を構え、目が鋭くなる。

「大和さんお願い! 先輩を殺すようなことは」

「あぁ、俺に任せておきな」

 と、親指を立てて笑みを見せてくれた。

「来ますか。なら、こちらも」

 大鎌を取り出し、さらに山姥となった季秋先輩に包丁を渡した。

「はぁ!」

 調理台から一気に烏丸先輩のところまで飛び掛っていき、槍と大鎌、包丁がぶつかり合い。無数の金属音が響き渡る。

「見事だよ。二人を相手して引けを取らない君の槍さばき」

「だったらいいかげん降参してくれませんか」

「だけど、彼女だけが相手だったらどうかね」

 そういって烏丸先輩は大きく後退した。

「ウアアァァァァ」

 包丁を大きく振り回す

「ちっ」

 舌打ちをし、防戦一方の大和さん。

 私から見ても、山姥がすごい攻撃を繰り出しているわけではない。

 きっと、倒せないんじゃなくて倒すことができないんだ。

「はっ!」

 山姥の持っていた包丁を弾いて、こちらが有利になったと思ったら山姥は大和さんに飛び掛り、大和さんの左肩に思いっきり噛み付いた。

「ぐあっ―――――!」

「大和さん!」

「くっ!」

 唇を噛み締め、山姥の頭を思いっきり引っ張って、何とか外そうとするが、牙が肩に食い込み外すことができなかった。

 これをチャンスと言わんばかりに烏丸先輩は大鎌で振りかざしていた。

「くそっ!」

 山姥ごと大きく転がりながら後退し、大鎌から回避するも以前と山姥は噛み付いたままだった。

 このままだと出血で大和さんが。

 私は意を決し、大和さんのところへと駆け寄り、大和さんから山姥を引き離そうとする。

「お願いです。季秋先輩離れてください!」

 山姥の身体を引っ張るがビクともしない。

「おい、お前は隠れていろ」

「ダメです。見過ごすなんて私にはできません。きゃっ!」

 後ろから無理やり身体を引き寄せられ、羽交い絞めにされる。

「烏丸さん!」

「ご苦労様。君の性格を熟知していた僕の勝ちだ」

 唇を噛み締め、烏丸先輩を睨みつける。

「……その子を放せよ」

「残念だけど。君は死ぬまで山姥の相手でもしていたまえ」

 窓ガラスのほうへと私を引きずりながら向かっていく。

「もう一度だけ言うぜ。その子を放せ」

 下を俯きながら、大和さんは立ち上がっていく。

「じゃあね。君とのひと時は楽しかったよ」

 窓ガラスに手を掛けた瞬間。

「放せって言ってんだろうが!!」

 と大和さんは声を張り上げ、噛み付いていた山姥を無理やり引き離し、勢い余って壁に向かって投げる。

「烏丸!!」

 大和さんは怒りの形相を顕わにし、槍を片手にこちらへ駆け出す。

「ちっ!」

 舌打ちをし、烏丸先輩は一刻も早くこの場を出ようとした瞬間。

「うおおおおおおおおおおおおおおっ」

 窓ガラスのほうから誰かが吼える声が聞こえたと思ったら、窓ガラスの割れる豪快な音と共に人が窓ガラスを突き破って入ってきた。

 烏丸先輩が意表を突かれた隙に大和さんが烏丸先輩に当て身をして引き離してくれた。

「そこまでだぜ。烏丸御命」

 窓ガラスを破ってきた人の正体は龍星くんだった。

「龍星くん!」

「待たせたな」

「椛!」

 窓ガラスからものすごく聞き覚えのある声が聞こえて、振り向くと。

「茉莉!」

 茉莉が窓ガラスを開けて、よじ登っていた。

「どうして茉莉が?」

「お前を助けようとしてここまで来たんだよ」

「椛。大丈夫? 怪我はない?」

 茉莉は私に駆け寄るが私は素直に大丈夫、ありがとうと素直言えなかった。

「どうして? 私に関わっちゃダメって言ったのに」

「友達だからに決まってるでしょ」

「友達だから……」

「友達だから巻き込んじゃいけないんじゃない。友達だからこそ頼るんだ。お互いを信じあえ、助け合える。それが友達だろ」

 血まみれながらも片手で私の身体を支えてくれている大和さんがさっきまでとは違う穏やかな表情で話す。

「大和さん……。茉莉……」

「まったく。わたしがいないと椛はダメなんだから。これからは一人で抱え込まないで、わたしを頼りなさい」

 相変わらずの内弁慶な茉莉だけど、これが私を安心させてくれる。

 緊張の糸が切れてぼろぼろと涙をこぼしてしまった。

「ごめんね。茉莉」

「謝らないで。わたし自信がそうしたいと思っただけのことだから」

 茉莉に抱きしめられながら私は泣きじゃくんだ。

「さぁて、大和さんはケガ人だし、そこで大人しくしていな。後は俺が片付けてやるから」

 刀を抜き、龍星くんは不敵な笑みを見せる。

「何言っている。例え、片腕でも俺の槍でお前のチャンバラに付き合えるぜ」

「言うね。でも、一つだけ言っておくよ。烏丸は俺が仕留める。邪魔だけはしないでよ」

「ふっ、任せた。そろそろ俺は自分自身と決着でも付けるよ」

 左肩を怪我しているのに無茶だって言いたかった。

 でも、それを言うのは今の大和さんにとって野暮なのかもしれない。

「やれるのか? 大和さん?」

「茉莉ちゃん。椛ちゃんのことを少し頼むね」

「は、はい」

 茉莉に連れられ、ドアのほうまで下がっていく。

「さぁて、と」

 右手だけで槍を軽く回し、山姥に槍を向ける。

「女って言う者は外見だけがすべてじゃないんだぜ」

「美コソガ、ワタクシノ全テ」

「違うな。例え、外見が美しくても心が醜ければ美しいとは言えない。そう、美のために血を求めている今のお前の姿がそうだぜ」

「ソンナノハ詭弁ダ」

「ああ、詭弁だ。でもな、心も身体も変えるのもすべては人の意志だ。変わろうと思う意志がなければ人は何も変わらない」

 一瞬の出来事だった。大和さんが話している間に気付いたら山姥の胸に槍を貫いていた。

「これはさっきまでの俺との決着だ。こうでもしなきゃ守れる者も守れないからな」

 貫いた槍を抜くと同時に山姥は金色の靄となり、もとの季秋先輩の姿を取り戻す。

 全ての形骸を失ったところで、季秋先輩は膝を折って、床に倒れた。

「少しでも人としての理性が残っていたなら、俺の言ったことを忘れるな。あの二人でもできたんだ。あんたにもできないはずはない」

 散りとなっていった金色の靄は大和さんの左手に集まっていき、球体の形へと変わり、小さな棺桶を取り出し、その中へとしまった。

「くっ、山姥がやられたようですね」

「烏丸!」

 激しい刀と大鎌の打ち合い。

「仕方ありません。今日のところは退散するしかなさそうですね」

 山姥を失ってこちらが不利になることを悟ったのか、大鎌を大きく振り、周りの窓ガラスを破壊した。

 窓ガラスの割れた衝撃で龍星くんは少し怯み攻撃の手を止めてしまった。

「くっ!」

 ガラスの割れた拍子で切れたのか、龍星くんの頬に切り傷だできていた。

「くそ! 取り逃がしたか」

 龍星くんが辺りを見回しても烏丸先輩の姿を確認することは出来なく、とてももどかしそうな感じだった。

ほんのわずかな隙で烏丸先輩は窓から調理実習室を抜け出して、行方をくらませた。




 次の日、調理実習室での騒ぎの所為で急遽全校集会が開かれていたが、私はそれには参加しないで屋上で龍星くんと会っていた。ほんの数日だったけど久しぶりに屋上で龍星くんと話をした。

 龍星くんが死神の世界で何があったのか聞きたかったが、始めに龍星くんが私の心配をしてから話題が大和さんに移った。

 大和さんは死神界の中でも彼の槍に右に出る者はいないとされていて、任務にはある一点を除いて忠実に実行してくれる。

 ある一点と言うのは人を殺めること、傷付けることができないらしい。

 死神の仕事にはあまり支障がないから気にされていなかったが、その理由は龍星くんにもわからなく、大和さんは誰一人語っていないらしい。

 そして、ある日。前に龍星くんが話してくれた烏丸先輩が殺めたときの事。烏丸先輩が逃走して多くの死神が彼を追い、追い詰めたにも関わらず逃げられてしまった。

その時に追い詰めていた死神が大和さんだった。烏丸先輩と大和さんはもともと親交あったのも理由の一つだけど、彼の優しすぎる性格と不殺の心で烏丸先輩を逃がしてしまった。

逃走を許してしまった大和さんは謹慎処分を受け、今はその謹慎が解けて龍星くんの代役の任務を受けて、今に至る。

「大和さんに椛の護衛を任された聞いたとき、かなり不安だった」

 だから大和さんが代わりに護衛をするって言っていた時、ものすごく躊躇っていたんだ。

「でも、少しだけ安心した。大和さんが自分自身と向き合って槍を振るってくれて」

「大和さん自身が言っていたから。変わろうとする意志がなければ人は変われない。だから、大和さんも自分を変えようとする意志があったから槍を貫くことが出来たんだと思う」

「まぁ、いろいろ心配したけど。丸く収まってよかったぜ」

 すると茉莉と大和さんが遅れてやってきた。

「山姥の魂を送還してきたところだ」

 大和さんは身体に巻かれた包帯以外何も変わらない様子だったけど、先に病院に運ばれた季秋先輩の容態を茉莉に聞いた。

「季秋先輩の容態はどうだった?」

「まだ意識はないけど、直に回復はするかもだって」

 茉莉は病院の通院ついでに季秋先輩の容態を見て来てくれた。

「よかった」

 安心して胸を撫で下ろした。

「それで大和さん。あっちに戻るのか?」

「いいや。まだ、任務は続行中だぜ」

「どういうことだよ? 俺が戻ったんだから、もう任務は完了じゃないのか?」

「ふっ。お前みたいな餓鬼に彼女たちを守るなんて荷が重い。任務はしばらく続行だ」

「な、なんだと!?」

 子ども扱いされた龍星くんは子ども扱いされたことに腹を立て、刀を抜いた。

「誰が餓鬼だ!」

「お、やるか。久々に遊び相手になってやるよ」

 左肩をケガしているため、大和さんは右手だけで槍を持つ。

「今日という今日は絶対にほえ面をかかせてやる」

 屋上で二人の派手な喧嘩が始まり、私はくすくすと笑った。

「いいの? あの二人、止めなくて」

「大丈夫。だってあんなに楽しそうじゃない」

 龍星くんは腹を立てたにも関わらず楽しそうな顔で喧嘩していた。

 大和さんも同様。

 正直言うと龍星くんから大和さんの話を聞いたとき、人を傷つけたから、きっと落ち込んでいるに違いないと思っていた。

 でも、あの様子からして、たぶん違う。自分が決めたことに後悔なんてしていないんだ。

 二人の喧嘩を微笑みながら見ていた。



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