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Girl×Reaper  作者: 聖依
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第一章

「僕と付き合ってくれないか?」


 そんな言葉を聞かされたのは誰もいない体育館裏。

 体育館の裏に呼び出された私は淡いときめきと絶大な希望を寄せながら、行ってみるとクラスメイトからの愛の告白。

 生まれてこの方恋愛とは縁が無い私にしてみれば驚天動地に値するくらいの驚きだった。しかも、告白してきた相手はテレビや雑誌に出ていてもおかしくないほどの超美形だった。

 本来なら狂喜してもおかしくない状況。むしろ、こんな超美形の男性から告白されたのだから喜ばないわけがない。

 しかし、今の私にとってそれができない。

 だって…………。

 目の前にいる男性とは面識がないから。




 時間をさかのぼってみよう。

 昼休みに入ったばかりの私はいつものように学食に向かうため、教室を出た。それ同時に、

「ほら、もたもたしない。早くしないと込むわよ!」

 と、母親みたいな叱責をし、私の手を引っ張っていく。もっともいつものことだから驚きはしないけど。

「今授業が終わったところなの。茉莉(まり)

 彼女の名前は桐嶋茉莉(きりしままり)といい、子供のときから同じ場所を過ごしてきた、幼なじみ。彼女はひどい人見知りで高校入学から二ヶ月たった今でも目立った友達ができず、極度の人見知りなのに私の前では内弁慶で昼休みになるとこうして私を待ち伏せして、食堂まで一緒に行っている。

「あー、行列が出来ちゃっている」

 昼休みの学食は常に込んでいる。それほど味がいいわけでもなければ、値段が格安でもない。この学食の席が埋まっている理由は、学食と言う施設への単純な憧れとメニューの多さなのだろう。私も学食と言う物珍しさにずるずると引き込まれた人間の一人でもあるから。

「うーん、どうしよ」

 並んでいるうちに昼休みが終わってしまうのではないかと思えるほどの込み具合。隣の購買も同様。お弁当を持ってきていない私たちにとっては最悪の状況だった。

「ねぇ」

 真横からささやかな声で、呼びかけられた。その声はうっかりと聞き逃してしまいそうなほど小さいのに、不思議と学食の喧嘩にも負けず、私の耳に届いた。

 声のするほうに顔を向けると、男子生徒が一人立っていた。

「えっ?」

 私が男子生徒に気付いたからか、彼は私の手を引っ張り食堂の外へと連れ出される。

「一体なんですか?」

 烏色の髪に白い肌が、どことなく生命のない人形みたいだったが、たった一点、つり目がちの瞳が圧倒的な存在感を放っていた。

(もみじ)、僕と一緒に来てくれないか?」

 こんなイケメンを見たことあるなら確実に記憶しているし、私の名前を呼んでいるところから人違いというわけでもなさそう。

「ねぇ、あなたはいったい?」

「こっちだ」

と私の質問に答えないまま落ち着いた声で告げ、私の手を引っ張っていく。握られた左手が、ほんのり熱を帯びている。

 椛! と言う茉莉の精一杯の声が聴こえるも何もせずに彼に連れて行かれ、上履きのまま体育館へと続く渡り廊下へと出た。昼休みが始まったばかりか人気はなく、とても静かだった。

 体育館の脇を通り、そのまま裏へと入っていく。適当な場所まで来ると、彼は手を放して立ち止まった。

風陽菜(かざひな) (もみじ)

 彼は私の名前を呼び、さらに一拍置いてからこちらに向き直り―――

「僕と付き合ってくれないか?」


 まさか、告白されるなんて夢にも思わなかった。



 


なぜ、こんな場所で私は告白されているのだろうか。しかも、全く面識のないカッコいい男子に。

 どれもが初めての経験で、正直私は戸惑っていた。

 彼はたったひと言で自分の気持ちを伝えて以降、ひと言もなくジッと私を見つめていた。

 私は戸惑っているけど、それと同時に嬉しくもあった。

 芸能人みたいな美形に告白されるなんて、こんな事は世界一周しても二度と訪れることはないだろう。

「ねぇ、いくつか教えてほしいことがあるんだけど」

 私の言葉に彼は、ほんの少しだけ首をかしげる。

「あなたの名前は?」

烏丸御命(からすまみこと)

 唇をわずかに動かして簡潔に答える。からすま みこと、口の中で復唱しても、やはり聞き覚えが無い。

「誰かと間違っていない?」

「君を間違えるはずなんてないよ」

 やっぱり人違いでもないみたい。

「じゃあ……どうして?」

 最後に一番聞きたかった質問を告げた。

 いつ、どこで、どんな風に彼は私のことを好きになったのだろうか。そこばっかり気になって仕方ない。

「椛じゃなきゃダメなんだ」

 彼から期待した答えは返ってこず、ただそう言って、再び黙りこくって私を見つめるだけだった。

「……わかった」

私は頷きながら言った。

「あなたと付き合います」

「本当に?」

 涼やかな声音で彼は聞いてきた。

「冗談でこんなこと言わないよ」

 そんな言葉と共に私が苦笑いすると、ようやく安心したのか、小さく息をついて、笑顔でどこからか大鎌を取り出した。

 …………え!? 大鎌!!?

「それ…………なに?」

 告白以上の思いがけない場面に私の頭の中がフリーズしてしまった。

「言ったよね。僕と付き合っても良いって。だから、君の魂貰うよ。これで君と僕はずっと一緒だ」

 確かに付き合っても良いって言ったけど、死んでもいいなんて一言も言っていない! 

 私は逃げようにも腰を抜かしてしまって、思うように身体が動かなかった。

「君見たいな女性は一番美しく、僕に相応しい」

 烏丸の手が私の顔をなぞるように触れていく。私はただびくびくと小動物みたいに震えているだけだった。

「では、頂くとするよ。君の魂。君は永遠と僕のものだ」

 大鎌を私に向けて振りかざそうとする。

 私は訳がわからないまま殺されてしまうのか、そう思い、すべてを拒絶するように目を瞑り、頭を手で覆い隠した。

激しい金属音が聞こえ、音が聞こえたこと以外、痛みとかまったく何も感じなかった。私はゆっくりと目を開けていくと、黒いフードを着た中学生くらいの少年が刀で大鎌を受け止めてくれていた。

「…………また君か」

「ふん、それはこっちの台詞だ!」

 お互い一旦距離を取り、にらみ合う。

「烏丸御命、お前を死神条令違反で拘束する」

「やれやれ、人の趣味に口出しをして欲しくないですね」

「そんな戯言聞けないようにしてやるよ!」

 二人の激しい剣戟が火花を散る。

私は夢を見ているのだろうか、そう思って頬を引っ張っても痛いだけで、本当に目の前で殺し合いが行われているのであった。

「仕方ない」

 烏丸は大きく後ろに下がり、少年と距離を取る。

「今日のところを下がりましょう。またいつの日かあなたを迎えに来ましょう」

 私に指をさし、姿を晦ませる。

「ふぅ、まったく」

 少年は息をつき、刀を納める。

私は張り詰めた空気から解放され、肩の力が抜け地面にへばりついてしまう。

彼にそれに烏丸御命はいったい何者だろう。それに……どうして私の命が狙われるの?

「大丈夫か?」

と、少年は私に手を差し伸べる。

「え、えぇ……」

 自分でも力の無い声だと思っているけど、今の私にとってはこれが精一杯。

 頭の中は混乱したままで、動悸も治まらない。でも、彼から聞かなくちゃいけないことがある。

「あなたは?」

「俺か? 俺は藤林龍星(ふじばやしりゅうせい)だ」

 やはり聞き覚えがない名前だ。まだ、聞きたいことはあるけど、こんな状況にあったら誰もがきっとこう思うはず。これ以上関わったら大変なことになると。

「あ、ありがとうね。助けてくれて、私はここで―――――」

「一人で出歩かないほうがいいぜ。お前はアイツに魂を狙われてるんだ」

 一刻もここから立ち去ろうと思ったのに、彼の言葉を聞いた瞬間、足が止まってしまった。聞きたくはなかったが、私は彼に質問をする。

「あなたたちは何者なの?」

 それらしいことは言っていた気がするけど、聞かずにはいられなかった。

「まぁ、ここまで関わっちゃ話さないといけないな」

 被っていたフードを取り、彼は後ろ髪を掻き揚げる。

「俺はお前らで言う死神だ」

 死神って。よく映画やドラマで人にとり憑いて魂を持っていく奴!? すぐにこの場から逃げようとしたが、死神の彼に手を掴まれてしまう。

「安心しろ。お前の考えていそうなことはしないから。とりあえず話を聞くだけ聞け」

 私は仕方なく逃げるのを止めることにした。

「そんな泣きそうな面をするな! 簡単に説明するけど俺たち死神はあくまでも死ぬことが決まっている人間の魂を死後の世界に、まぁ、お前たちの言う閻魔大王のところまで持っていくと考えてくれ」

「じゃあ、私はもう死ぬわけ?」

「だから、話の途中だ。最後まで聞け」

 死神の彼は半分呆れたような顔をする。

「とりあえず。お前は今すぐ死ぬわけじゃないから安心しろ。問題なのは烏丸のほうだ」

「烏丸さんもあなたと同じ死神なわけ?」

「あぁ。でも、アイツは死神の中でも逸脱した存在だ。お前は被害者だからなんとなくわかるかもしれないが、アイツは生きているとか死んでいる関係なく魂を狩っている。要するにお前見たいな被害者が他にもいるんだ」

「あなたが一歩でも遅かったら」

「アイツに魂を狩られていただろうな」

 私は身体中から血の気が引いていった。

「じゃあ、烏丸さんは二度と私の目の前には現れないよね」

 烏丸御命を捕まえにきた死神が来たんだ。もう姿を現さないはずだと思っていた。

「それはない。アイツは一度狙った獲物は必ず狩るからな。よっぽどなことが無い限り、絶対に諦めないだろうな」

「そんな…………」

 何か悪いことをしたわけでもないのに絶望感が私を覆いつくす。

「安心しろ。しばらく俺がお前に憑いてアイツから守ってやるよ」

「わ、私にとり憑く!?」

 死神だけではなく何かにとり憑かれると言うのは私の中のイメージではかなり印象が悪い。

「お前が想像しているものとはまったく違うぜ。あくまでも身辺警護の一種で、烏丸を捕まえるためだ。それ以上も以下もない」

 どうやら私が何を考えていたか、彼はわかっていたみたいだ。どちらにしろ、私は死神の烏丸さんを倒す力なんて持ち合わせていないし、死神の彼に命を託すしかなさそうだ。

「うぅ……。死神さん。しばらくの間ボディーガードお願いします」

 私は頭を下げる。

「…………龍星でいい」

「え?」

「龍神の龍に星と書いて龍星だ。死神とか呼ばれるより普通に名前で呼ばれたほうがしっくりくる。あと呼び捨てでも構わないぜ。そっちのほうが慣れているから」

「うん。じゃあ…………龍星くん。でいいかな?」

「あぁ、安心しろ。絶対に守ってやるからな」

 気付けばもうすぐ昼休みが終わろうとしており、私は急いで教室へと戻る。




翌日のこと。どうやら烏丸御命という人物は私の通う高校においてとても有名だったようだ。

 その壮絶な美顔が主たる原因であることは疑いようがないが、頭脳明晰、すべての運動においても万能のほぼ完璧人間と言っても過言は無い。もちろん年関係なく色んな女子から告白されるがすべて断わるという荒行も成し遂げている。

それを知ったのは私がいつも通り学校に向かっていたときのことだった。やたら私に視線が集まっていることに気付いた。どうして私に注目が集まっているのかと思ったら、どうやら私と烏丸御命が付き合っていると言う噂が流れていたようなのだ。

 確かに昨日、私は告白を受けて一度はYesと答えてしまったけど、彼の正体が人の魂を狩っている死神と知ってからはもちろん答えはNoだ。

 半分は事実なんだけど、どうしてこんな噂がいきなり流れたのか検討もつかなかった。

 私は教室で龍星くんと周りに聞こえないように話をする。

「何でこんなことになってるの?」

「あの様子だと、ほぼすべての生徒に広まっているんじゃないか?」

「ちょっと勘弁してよ」

 私はため息をつく。本当、なんでこんな事になったのか改めて思ってしまう。

「だとしたら、かなり妙だな」

「妙?」

 すでに私の周りは妙なことだらけだと思うんだけど。

「あぁ、あの場にいたのはお前と烏丸と俺だけだ。仮に他にあの現場を見ていたとしても意図的でない限り、こんなに広まるとは思えない」

 入学早々、嫌がらせをされるようなことをした憶えないし、こんな事をしても誰も得をする人はいない。もし、何かを得する人がいるとするならばと考えたら一人しか思いつかない。

「じゃあ、これってもしかして……」

「たぶん。烏丸が広めたんだろうな」

 もし、そうだとしても目的は不明。

 そんな噂を二人でしていたら。

「やぁ、椛」

 何気ない表情をしながら烏丸先輩は教室へと入っていく。

「今から僕と一緒にどこか行かないか?」

「ちょっと烏丸先輩」

 烏丸先輩は私の手を握り、顔を思いっきり近づけてくる。

「その手を放しな」

 龍星は刀を抜き、刃先を烏丸の顔に向ける。思わず彼の名前を言いそうになったが、何とか堪えた。

「そいつを放さないと斬るぜ」

 もちろん龍星くんの姿はこの教室の中では私と烏丸先輩以外誰も見えていない。けど、烏丸先輩はあえて見えない振りをしていた。

「どうしたんだい? 椛」

「その……もうすぐ授業ですし。今日はちょっと」

「大丈夫さ。今日は君と居たいと思っ――――」

 烏丸先輩が言い終わる前に、龍星くんが烏丸先輩目掛けて刀を振り下ろす。烏丸先輩は私の手を放し、とっさに後ろへと下がる。

 周りから見たら烏丸先輩が突然、後ろに下がったようにしか見えなく。少し周りがざわつきはじめた。

 彼らはこんな人前でもあんな戦いをしてしまうのか。正直、どうしたらいいかわからなくて、戸惑っている。

「この噂を広めたのは烏丸、お前だろ? いったい何が目的だ?」

 龍星からものすごい気迫が感じ取れる。まさに鬼気迫る感じとは、きっとこう言ったことなのだろう。私は息を呑む。

「…………今日はその辺にしておこう」

 と、烏丸先輩は笑顔で手を振る。

「また下校のときに会おうね」

 そういって烏丸先輩はこの場を立ち去っていった。

 刺々しい空気から解放されて私は一息付き、龍星くんは刀を納める。

 一体なんだったのだろうか、さっきの烏丸先輩の行動。近くに龍星くんがいることをわかっていて無理やり私を連れ出そうとするなんて。

「あの野郎が何考えているかわからないが、用心しておけよ。特に下校時間にアイツ……きっと何かしようとしている」

 私は静かに頷く。

 この日の授業はとてもじゃないけど身に入らなかった。いつまた命を狙われるのかも知れないと思うと食欲までなくなってしまった。

そういえば、いつもなら茉莉がお昼ごはんを誘いに来るのに今日に限って来なかった。来たのだけど私が気付かなかっただけなのかもしれないのだが、今日は一度も茉莉の姿を見ていない。

「おい、教室に残っているのはお前だけだぞ」

 龍星くんに指摘されて周りを見てみると、いつの間にかホームルームも終わっていて、周りは部活や下校していた。

「あっ…………」

「しっかりしろ。俺が見張ってるんだ。少しは気持ちを楽にしろ」

「うん。……そうだね」

 自分でも力の無い声だと思っている。でも、見えない先のこと思うと不安が募ってしょうがないし、彼のこと……龍星くんのことをどこまで信用していいのか。

 帰ろう……。何もしていないけど何だかとても疲れた気分だ。

 教室を出るとそこには幼なじみの茉莉がいた。

「茉莉! もしかして私を待ってくれてた?」

 茉莉は頷くのを見て、少し気持ちがホッとした。

「ゴメン、ゴメン。いつの間にか寝ちゃってたみたいでさ。そうだ。今からどこか遊びにでもいかない?」

「椛。ちょっとあたしと一緒に来てほしいところがあるんだけど」

「来てほしいところ? 別にいいけど。どこに行くの?」

「来ればわかる」

 そう言って、茉莉は先に歩き出していった。

「ちょっと茉莉。どこに行くの?」

「……………………」

 それから茉莉は黙ったままだった。私はそのまま茉莉に付いていくと辿り着いた場所は体育館だった。この時間ならバスケ部とバレー部が活動しているはずなのに、体育館はやけに静かであった。この静けさが私の中にある不安を募らせ、思わず足を止めてしまう。

「…………やはり、何かおかしい」

 どうやら龍星くんも私と同じことを思っているようだった。

「椛。その場所には行かないほうがいい。あいつのことは放って、真っ直ぐ帰宅しろ」

「でも……」

 私はもう一度茉莉のほうを見る。彼女はチラッと私を見てから体育館の中へと消えていった。

「…………やっぱり。そんなことできないよ」

 確かに何かあるのかもしれない。でも、私は茉莉を放っておくことなんてできない。

「ゴメン、龍星くん。やっぱり、茉莉を追いかけるね」

「おい!」

 私は茉莉の後を追いかけ、体育館の中へ入る。電気も付いてなく。ただ、茉莉が体育館の真ん中に立っているだけだった。

「茉莉。いったいどうしたの?」

 茉莉に呼びかけても返事がなかった。いったい彼女に何があったの?

 突然、体育館の鉄扉が勝手に閉まっていく。

「嘘。どうして?」

開こうとしても外側から鍵が掛けられているみたいだ。

「やぁ、椛。よく来てくれたね」

 とても聞き覚えのある声だった。その声は舞台のほうから聞こえ、姿は見えないけど間違いなくあの人だった。

「烏丸御命!」

 龍星くんは彼の名を叫ぶ。

 それに答えるように舞台から烏丸先輩が姿を現す。とても薄暗いけど顔はちゃんと見える。だけど、どうして烏丸先輩がここに…………いや、どうして烏丸先輩が茉莉と一緒にいるの?

「どういうことなの?」

「結界が張られている。完全に嵌められたな」

「嵌れられたって……そんな…………」

 茉莉がそんなことするはずがない。茉莉のことは幼なじみである私が一番知っている。

「ねぇ、茉莉。どうしたの? どうして茉莉が烏丸先輩といるわけ?」

「…………さない」

 茉莉は何かを呟いたようだが、うまく聞き取れなかった。

「茉莉?」

「椛は渡さない!」

「えっ!?」

 私を渡さないって、どういうこと? それに今の茉莉が私の知っている茉莉と別人に感じてしまう。

「死神。椛を連れて行かせはしないんだから」

 死神という単語を聞いて私はドキッとする。まさかと思うけど、茉莉の視線からして烏丸先輩じゃない。私に向いていたと思っていた視線は実は龍星くんに向いていたということ?

「どういうこと?」

 何で茉莉に龍星くんの姿が見えているの?

「俺にもさっぱりだ、一つだけ言えるとしたら、あの子……普通じゃねぇ」

「普通じゃないって…………!!」

 思わず息が詰まってしまうような声を出してしまった。私は今でも自分の目を疑ってしまう。

 私の幼なじみの両目が――――金色になっている。深い鳶色だったはずの両目が、黄金色に変化していて、茉莉が妖怪や怪物に変化してしまったみたいだった。

「何よ……これ…………」

 震えが止まらない。あれは本当に茉莉なの?

「椛……。俺の後ろに下がっていな」

 龍星は刀を抜き、私を後ろへやる。

「椛ヲ……返シテ!」

 茉莉の声が突然、ビブラートが掛かったような声になったと思ったら、獣のような牙が生え、白かった手が禍々しい歪曲した五本の爪を携えた、毛むくじゃらの腕に変質していた。

「まさか……。あれは鬼!?」

 鬼と龍星くんの呟きが耳に入る。私のイメージの中で鬼は童話の赤鬼、青鬼のイメージなのだが、今の茉莉から鬼を想像することはできなかった。

 茉莉からは考えられない脚力で、こちらへ一気に詰めていく。

「くっ!」

 刀で熊のような獰猛な爪を受け止める。

「嘘よ。これが茉莉だなんて」

「馬鹿。お前は下がってろ!」

 龍星は茉莉に近づこうとする私に叱責する。

 私は肩をビクッと上げ、龍星の言われたとおりにした。

「この、野郎!」

 茉莉の腹部を蹴り上げ、龍星くんは彼女に向けて刀を振り下ろそうとするのを見て、私は彼に向かって「やめて!」と叫ぶ。

 龍星の耳に届いたのか一瞬、彼の動きが鈍くなり、茉莉の獰猛な爪に反撃に遭ってしまう。

「龍星くん!」

 辛うじて刀で受け止めて弾き飛ばされただけであったが、龍星くんは私のところまで転がってきた。

「くっ! こんなときに何が『やめて!』だ」

「だってあれは茉莉なんだよ。茉莉を斬るなんて…………」

 言葉が詰まって思うように言えない。龍星くんの言っていることはわかっている。でも、茉莉を見殺しにするなんて私にはできない。

「どうして…………茉莉があんな姿に…………」

「あれは彼女なのかもしれないが、あの姿は夜叉という鬼だ」

「だからなんで茉莉が鬼なんかになったの!!?」

「…………むしろ俺が知りたいくらいだ」

 龍星くんは立ち上がり大声で「烏丸!!」と叫ぶ。

「ただの人間をどうやって夜叉にしやがった?」

「これは研究成果だよ。藤くん」

「研究成果だと?」

 舞台から下り、烏丸先輩はちらへと近づいていく。

「そうさ。人の心に鬼が住むとでも言っておこう。人の感情にはさまざまな物があったよ。怒りや哀しみ・憎しみ・嫉妬・強欲、人を鬼にするのに必要不可欠な素材がね。それらをある一定まで増幅させると人は鬼に変貌するのさ」

「嘘…………そんなのデタラメよ!」

 烏丸先輩に対して声を思いっきり張り上げる。そんなことあるわけが無い。茉莉が私を恨んでいたとでも言うの?

「茉莉に憎しみとかそんなのある訳ない!!」

「依存」

「えっ?」

「彼女は椛に依存していたんだよ」

 烏丸先輩は腕を組み、涼しそうな顔をする。

 茉莉が私に依存っていったい……。

「椛も知っているだろ。彼女が誰とも打ち解けられない内気な性格な子だって。そのため桐嶋茉莉は風陽菜 椛と言う光に縋り付いていなきゃ生きていけないんだ」

「そういうことか!」

 龍星くんは何かに気付いたようであった。

「さっきのお前と烏丸が付き合っている言う噂を広めたのはこのためだったのか」

「ようやく気がついたみたいだね。藤くん」

 龍星くんは唇を噛み締めている。

 正直言うと私だけどういうことなのかわかっていなかった。龍星くんに聞こうかと思ったが、彼らの会話で次第に理解していった。

「あの噂はお前がこいつに接触しやすくするためばかりだと思っていたが、本当の狙いは桐嶋茉莉の椛への執着心。この噂で椛と言う光を見失わせ、また死神と言う俺の姿を見させることによって、不安を煽らせる。その後、烏丸、お前が『あの死神を倒さないと椛はいなくなる』的な事を言って、椛に対する執着心を増幅させ、夜叉へと変貌させた。そうだろ?」

「ふっ、正解だ。でも、少し遅すぎたみたいだね。君を見えるようにして矛先を私から君に変えたんだよ」

 夜叉へと変貌した茉莉は唸りを上げ、こちらに威嚇をしてくる。

「茉莉が鬼に変わってしまったのは……私のせい?」

「違う。悪いのはその人間の弱い心を利用した烏丸、お前だ」

烏丸先輩を睨む龍星くん。彼の言葉は優しかったが茉莉が内向的になってしまったのは私のせいだ。子供の頃から隣に住んでいて、誰よりも長い時間を過ごしてきた彼女は、きっと私の隣にあることで今のように仕上がってしまった。きっと私が幼なじみでなければ、茉莉はここまで内向的な性格にはならなかっただろうし、ここに至るまで私以外の人と言葉を交わさずに過ごすということもなかったはず。茉莉をここまで追い詰めてしまったのは私のせいだ。私が茉莉と幼なじみじゃなければ、きっとこんなことにはならなかったはずだ。

「椛。俺が何とかしてやる。お前はここでじっとしていろ」

 再び茉莉に刀を向ける。

「ウゥ……」

 茉莉の黒かった髪がだんだんと白く変貌していっていく。先ほどみたいに茉莉がさっきの脚力で龍星くんとの間を詰めていった。

茉莉の猛攻を刀で受け止めていくが、私が見てもわかる。龍星くんが茉莉に押されている。茉莉の攻撃を受け止めるのが精一杯みたい。

「さすがは藤くんと褒めてあげたいが、僕も君と遊んでいる暇はないんでね」

 烏丸先輩は右手を前に突き出すと、彼の制服の袖口から黒い鎖が出てきて、龍星くんの左手と首が鎖で巻かれていった。

「くっ!」

 右手にあった刀も茉莉に弾き飛ばされ、龍星くんの手には武器になるようなものは残っていなかった。

「夜叉よ。やってしまえ」

「ウゥ! 〰〰〰〰〰〰〰〰!!!」

 咆哮を上げ、茉莉は手を伸ばし龍星くんの顔を鷲掴みにする。幾度も床に叩きつけ、龍星くんを放り投げる。体育倉庫の鉄扉を突き破り、激しい轟音が鳴り響く。

「邪魔者は消えたようですね」

「龍星くん!」

 私は彼のところへ駆けつけようとしたが、茉莉に手を掴まれてしまう。

「行カナイデ」

「茉莉…………」

 私のせいで茉莉は夜叉と変貌してしまった。

「ゴメンね、茉莉。気付いてあげられなくて」

 これは私の罪だ。なんとしても茉莉を助けたい。

「私の魂を持ち帰るなり、好きにしてもいいから。その代わり茉莉を元に戻して」

「えぇ、いいでしょう。あなたの気が変わる前にその魂頂きましょう」

 烏丸先輩は笑顔で大鎌を取り出し、一歩ずつ近づいていく。

 ゴメンね、茉莉。私のせいでこんな事になって。私がいないほうがきっと茉莉のためなんだろうね。覚悟を決めて、目を閉じようとしたときだった。

「渡サナイ」

 烏丸先輩の大鎌を茉莉は鋭い爪でなぎ払い、金属音が響き渡る。

「夜叉め。何をする」

 烏丸先輩の目が鋭くなる。

「椛ハ渡サナイ」

「茉莉。そんなことしなくてもいいんだよ。お願いだからやめて!」

「椛ハ絶対ニ渡サナイ」

 茉莉の耳に私の言葉は届いていなかった。きっと私に対する執着心が茉莉の心を侵食しているんだ。

「こんな出来損ないを作ったのは失敗ですね。処理いたしましょう」

 烏丸先輩は大鎌を構える。茉莉を殺す気だ。

「やめて!」

「安心しなさい。あなたを助けるだけです」

 彼から殺気が感じられ、思わず後ずさりしたくなる。

「ウゥゥ」

 唸りを上げる茉莉。

「お願い。茉莉もやめて」

 私は二人の間に入り、烏丸先輩を襲おうとする茉莉を必死に止める。

「どきたまえ。その化け物を排除する」

「どかない。私の目の前で茉莉を殺させはしない」

「…………仕方ありません。君の魂も頂く予定でしたし。まとめてやりましょう」

 烏丸先輩が大鎌を振りかざしたときだった。烏丸先輩の手に何かが直撃して弾け飛んでいった。いったい何が大鎌に当たったのかと思うと床にバスケットボ-ルが転がっていた。

「まったく。人がいない間、勝手に盛り上がっているなよ」

 体育倉庫から現れたのは頭から血を流している龍星くんだった。

「龍星くん!」

「まったく酷い目にあったぜ」

「……藤くん。また君ですか」

 目を細め、烏丸先輩は龍星くんのほうを見る。

「その鎖。ちゃんと返したぜ」

気付いたら龍星くんに巻かれていた鎖が烏丸先輩の両手を縛っていた。

「待たせたな。後は俺が何とかしてやるから」

 龍星くんは不敵に笑みをみせる。茉莉に向かって声を張り上げる。

「桐嶋茉莉!」

「ウゥゥ」

「これ以上、椛をお前と言う鎖で縛るのをやめろ!」

「私ハ椛ガイナイト駄目。椛ガイナクチャ何モ出来ナイ」

「それは違うぜ。椛でも誰のせいでもない、そんなのはお前が勝手に決めていることだ。お前自身が変わろうと思わない限り、その醜い姿一生取れねぇよ」

「デキナイ。ソンナ事ガ出来ルワケナイ」

「出来るさ。臆病者のこいつにだって出来たんだ。今度はお前の勇気を見せてみろ」

「ウ……ウゥ…………ウァァァァァァッ」

 すると茉莉が突然苦しみだした。

「ま、茉莉!」

「離れてろ!」

 龍星くんは刀を拾い、茉莉のところまで駆けて行く。

刀を大きく振り上げ、茉莉の頭上から一気に一刀両断する。

 茉莉が真っ二つになったと思い、一瞬、絶望の淵に落とされた気分になりかけたが、真っ二つにされた夜叉は金色の靄となり、中からもとの茉莉が姿を現した。

「茉莉!」

 歓喜のあまり目から涙があふれ出てきた。

 それら全ての形骸を失ったところで、茉莉はゆっくり膝を折って、体育館の床に崩れそうなところを龍星くんに支えられる。散りとなっていった金色の靄は龍星くんの左手へと集まっていき、球体の形へとなっていった。

「夜叉の魂。狩らせていただいたぜ」

 小さな棺桶を取り出して、金色の球体をその中へとしまった。

「茉莉!」

 私は茉莉の安否を確認するため、龍星くんのところへ駆け寄る。……よかった。気を失っているだけだ。

「すまないな。お前の友達、巻き込んで」

 私は首を振る。龍星くんのせいじゃない。茉莉を夜叉の姿にしてしまったのは私が茉莉の抱えていた闇に気付かなかったからだ。

「まったく。君はどこまでも僕の邪魔をするみたいですね」

 烏丸先輩は両手に巻かれた黒い鎖を解き、いつの間にか大鎌を手にしていた。

「俺はアンタを捕まえるために来たんだ。アンタに殺された仲間たちのためにな」

「君もしつこいですね。彼らは礎となっただけのこと。より素晴らしい存在になるためにね」

 烏丸先輩は目を細め、口を歪める。

「烏丸!!」

 龍星くんは声を思いっきり張り上げる。

「そのためには君が必要なんですよ」

 烏丸先輩は私のほうに視線を変える。烏丸先輩からとても毒々しいオーラがより一層強く感じた。

 目を逸らしてしまったら、知らないうちに殺されるかもしれないと思い、茉莉を抱えている腕に力が篭る。

「そんなことはさせねぇ。俺がいる限り、こいつには指一本触れさせねぇよ」

 私と茉莉を隠すように、私の前へ出て刀を再び構える

「龍星くん……」

「別にあなたとやってもあげても良いのですが、あんな失敗作を見せ付けてしまっては僕のポリシーに欠けますので、今日のところは引かせていただきましょう。いずれ、また会いましょう」

 烏丸先輩は身体を翻し、体育館の外へと出て行った。




 次の日、私は屋上で漠然とした時間を過ごしていた。理由はただ、なんとなく授業に出る気にならなかったのと、あと一つ、話をしなくてはいけないと思った。昨日の出来事や、死神について。

昨日の一件の後、保健室に連れて行かなければなかった。茉莉は気を失ったままだったし、龍星くんは頭から血を流していた。

保健室で龍星くんは色んなことを話してくれた。烏丸先輩が人間のみならず同じ死神に手を掛けていたことや龍星くんが仲間の敵を討つために死神の仕事とは関係なく、この世界を訪れていると言うことを。

そして、体育館での烏丸先輩との会話が私の頭の中で駆け巡っていて、何度も思い返されていた。

「よっ」

と声を掛けられ振り向いてみると、黒いフードを被った龍星くんだった。頭に巻かれた白い包帯は痛々しいが、それ以外は何も変わらなかった。

「待たせたな。今、夜叉の魂を送ってきたところだ」

 私は首を横に振る。

「ううん。龍星くんにはお礼しきれないくらいお世話になりっぱなしだし。」

「気にするな。俺は俺で動いているだけだ」

「ううん。龍星くんがいなかったら茉莉を助けることさえできなかった」

「そいつは違うぜ。あの子の心が完全に夜叉に支配されていなかったからだ。俺は単に夜叉の魂と桐嶋茉莉の魂を引き離しただけだ。最終的には桐嶋茉莉自身の力だ」

 それは違うと思う。龍星くんがいたからこそ茉莉はそれに答えてくれたんだ。やっぱり龍星くんの力だと私は思う。

「そんな顔をするな」

「えっ?」

 気付かないうちに私はとても辛そうな顔をしていたらしい。

「あの子が夜叉になったことか? だったらそれはお前のせいなんかじゃない」

「でも! 私が居たから茉莉があんな事に」

「違うよ。お前が居たからこそ彼女は救われたんだ」

「私が居たから?」

「確かにお前と言う光の欲しさに夜叉になったのかもしれないけどよ。でも、それが桐嶋茉莉を人として唯一繋ぎとめていた希望でもあったんだ。そうでなきゃ桐嶋茉莉はとっくに支配されていたよ」

「……ありがと。龍星くん」

 龍星くんの言葉で安堵したからか、涙が止まらない。涙を手で拭い去り、

「お礼を言われるほど俺は何もしていない。それに烏丸はまだお前を狙っているから、しばらくお前に憑いてやる」

「うん。ありがとう。……ううん」

 私は首を横に振る。

「これからもよろしくね。龍星くん」

 笑顔で答える。それを見た龍星くんもうっすらと口元を緩ませ、微笑んでくれた。

 まだ、ほんの始まりに過ぎないのかもしれないけど、今日もまた、私は龍星くんと一緒の日常を過ごす。



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