表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BOX  作者: 碧猫
8/10

洋平-4



◆◆◆洋平-4◆◆◆




職員室に行き用事を済ましてから、洋平は生徒昇降口に向かった。六限目が終わり帰宅路に着くときが、洋平にとって最も幸福な時間の1つだった。靴を突っかけて学校を出ると、校門のところで雄介が待っていた。からかうつもりだなと予想していると、やはりそうだった。

「悪くねーじゃんか」


雄介が洋平の頬をつまみ、ぱちんと離す。

「それ言うために待ってたのか」

「まあな。だけど他にもあるんだよ」

「他?」

なんだろう、洋平は思い当たらない。

「とりあえず歩こうぜ」

2人は歩き始める。

「何か用が?」

「用って程でもないんだ。それは後でいい。ところで洋平」

うん?と洋平が顔を向ける。

「告れよ」

びくっ、体が跳ねた気がしたが、雄介は気付いて無いようで、安心した。今の時代、『愛の告白』という荘厳なテーマを、『告る』という極めて軽薄な単語で表現してしまえるのだから物足りない、と感じる。しかし昔も今も、恋心を伝えるプロセスが1人の青年にとって、一大決心を伴う大仕事であることに変わりはない。

「勝負は夏しかないぜ。絶対、告れ。」

洋平は、嫌だった。その旨を、雄介に伝える。

雄介が、興奮気味に言い返す。

「なんでだよ。洋平お前、今そこそこ早紀子と仲良いんだしさ、もったいないねえよ」

「分かってる。だけど、ダメなんだ」

ダメ?その意固地な物言いが、雄介は気になる。

「ダメって何だよ。どうしてだ」

「分かってるんだ、僕には。早紀子は、みんなから好かれるし、みんなを好いてる。彼女にとって僕も大切な『みんな』のうちの1人でしかない」

「要は、ビビってんのか」

「ビビってるとか、そんなのは違う。早紀子は、みんなに笑いかけるんだ。僕を特別視してるわけじゃない」

「分かんねえだろそんなの」

「分かるよそんなの。僕は格好良くもないし、目立つ存在でもない。『嫌いじゃ無いけど好きでもない』そうフラれて、終わりだ。せいぜい僕は早紀子の中で、数ある愉快な男子の1人」

数ある愉快な男子の1人、リズムの良いフレーズに、雄介は男子ならぬダンスを躍りたくなったが抑えて、お前さ、と呼びかける。


「お前さ、占いとか信じないだろ」

突然変な方向から話題が飛んで来たので、洋平はたじろぐ。

「何だよ急に」

「いや、お前は絶対信じないタイプだな。朝やってる12星座占いとか、おみくじとか」

「世界中の人の運勢がたった12パターンに振り分けられるなんて、ありっこない。信用できるわけないんだ、あんなの」

「やっぱりな。だからだよ」

だから、何?雄介の言わんとすることが、全く分からない。

「だから、お前は早紀子に告れないんだよ」

「お前の思考回路はどこかきっとバイパスしてるよ」

「12星座や天気予報、ああいうのは信じとけばいいんだよ」

「天気予報は別物だ」

「やべえな今日の運勢最下位だ、とか、ラッキーカラーは紫か、よし今日は紫のネクタイして行こう、とかさ、一喜一憂してればいいんだ。そうやって楽しめれば、それでいい」

「紫のネクタイは、営業先で嫌われるぞ」

「早紀子のことも同じだ。お前は結局、ビビってんだよ。もしお前フラれたって、相手はあの陽気な早紀子だ、そうそうギクシャクしねぇだろうよ。お前も想像ついてるだろ」

洋平は、黙っている。

「さあ、ノーリスク・ハイリターンだ。お前はクジを引く前にビビって、結局何もしない。どうってことねぇ、引けばいいんだ。大凶だろうが、末吉だろうが、引いてみれば、何か起こる。何もしないより、とりあえず引いてみた方が、面白くなるだろ」

臆病な人ね。小説の一節が浮かぶ。あれは確か、漱石だ。洋平は、返事ができなかった。




電車に揺られ、洋平と雄介は、同じ駅に降りる。同じ中学校の学区だったので、2人の通学ルートが一緒になるのは当たり前だけれど、こうして同じ電車に乗り合わせることは珍しく、洋平は新鮮味を覚えた。


「ここだ、ここ」

寄り道して連れて来られたのは、洋平たちの家の近所にある、古い神社だった。

「肝試しと言えば、ここだよな」

雄介は気が高ぶる。

「肝試し、やらないんじゃなかったのか」

用事ってこのことだったのか。

「女子がいるなら、話は別だ。あ、もちろん海も行くけどな。この肝試し、お前の為でもあるし」

うっ、と腹を突かれた気分になる。雄介は得意げに、

「肝試しに参加する女子なんてのはさ、男子に守って欲し~い、だとかさ、2人っきりになりた~いだとかさ、少なからず不純な動機があるわけだよ」

肝試し自体が霊を愚弄する不純な遊びだ、などと思いつつも、洋平は耳を貸す。

「そこをお前がガシッと守ってやれば、あとはなるようになる。深まる絆、惹かれ合う二人。シナリオは完璧だ」

あまりに安直な雄介に、洋平は呆れる。

「まあ、歩いてみようぜ。下見だ」

お宮の裏手は林になっておりその中は歩けるようになっている。お宮の裏を回り込むように境内を半周。林の中は祠なんかも置いてあるし、今は明るいが、夜になれば何も見えないくらい真っ暗になる。肝試しには最適の場所だ。その林道を、2人は歩き出す。


「洋平、肝試しはお前が言い出したんだよな。得意なのか」

洋平の顔を覗き込む。

「少なくとも苦手ではない。霊なんか信じてないんだ。占いと一緒で」

この神社に人が来るのは滅多にない。あと2、3週間もしてシーズンが到来すれば、それこそ肝試し客がちらほらとは来るだろうが。


「お化けは、いるよ」

雄介が珍しくまじめに喋る。

「居ないよ」

「お前にはロマンがないのか」

「今の時代にロマンなんて、馬鹿にされておしまいだ」

「お化けとか、超常現象とか。ある、って信じてた方が楽しいじゃんか」

雄介がにこにこするのを見て、洋平は思いつく。

「面白き 事も無き世を 面白く」

「なんだそれ」

「高杉晋作の辞世の句だ。お前を見てたら、なんか思い出した」

「辞世って、死に際にそれを詠んだのか」

かっこいい、と雄介が目を輝かせる。俺も死ぬとき、使おう。


林道も、半分まで来た。結構長いな、と思いつつ歩を進める。2人はだらだら歩きながら、夏休みのプランであるとか、友人の失敗談であるとか、教師の物真似だとかに夢中になる。会話が弾む。笑う。


びゅん。車が、目の前を過ぎていった。2人は、のけぞる。変な形、見たことのない車種だ。新車だろうか。

びゅん、びゅん。立て続けに横切っていくどの車のデザインも、なんだか変てこだった。


あれ、と洋平はようやく気付く。

神社の境内で、なぜ車が走っているのだ。

振り返る。林はあるが、神社は見当たらない。

クヌギの気が生い茂っていたはずの林も、いつの間にかこれまた見覚えのない木々が立ち並んでいる。

また、前を向く。閑静な住宅地とは程遠い。自動車が突っ走る片側二車線、その大通り向こうに高層ビルが立ち並ぶ。洋平は何が起こったのか、飲み込めなかった。

「雄介、これは…?」

視界の端に、口を開きっぱなした雄介の、呆気に取られた顔が映る。

「お化けに、やられた」そのまま2人は呆然と、目の前を流れゆく自動車の、せわしないエンジン音を聞いていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ