洋平-3
◆◆◆洋平-3◆◆◆
「やっぱ夏は、海だよ」意気揚々と話すのは、西野雄介だ。
「春は、あけぼの、夏は、海、だよ。行こうぜ、俺達みんなで」
昼休みの教室、男6人で集まり昼飯を食べている。会話の中心にいるのは、いつも雄介だ。快活で社交的な雄介は、クラスの人気者といった存在だ。あんな風に振る舞えたらどんなにいいだろうと、たまに洋平は考えてしまう。
「なあ洋平、お前も来いよ?」
雄介は洋平と中学で同級生だったから、洋平の海嫌いを知っていた。無理にでも誘わなければ、来ないと踏んだのだ。
実際、洋平も断る気でいた。日に焼けてすぐ背中が痛くなるし、おまけに虫にも刺されやすいので、海から帰ったあと、洋平は数日間それらと戦うことになるのを、経験で知っていた。
「『夏は、夜』だろ。肝試しにしたら」洋平の提案に、それもありだな、と一同の気持ちが揺れると雄介は
「野郎6人の肝試しなんて、何が楽しいんだ。ああいうのは、か弱き女の子ありきのイベントだろ」
するとほかの4人は、それもそうだよな、と今度は雄介に賛同する。
「ヤロウの肝試し、ヤロウぜ」と洋平が半ば投げやりを言うと、
「夏は海、決定な」
雄介が取りまとめる。
「洋平、来いよ。虫や日焼けが何だ。お前に海の素晴らしさをたたき込んでやる」
「夏は夜であっても、海じゃない。第一、貼るは、サロンパスだ」
洋平が悔し紛れに言うと、どっと笑いが起こる。
「何?みんな、海行くの?あたし達も行っていい?」
会話に割り込んだのは、早紀子だ。屈託なく話すので、クラスでは男女の橋渡し的な役割を果たす存在だった。
早紀子が話しかけたのに気付くと、その場の男子が洋平を一瞥する。雄介は小声で
「おい」
と言い、洋平を小突く。
「大チャンス到来だ」
洋平は、早紀子に惹かれていた。春先、クラスで付き合うなら誰か聞かれたとき、洋平はその場を収めるために、半ばいい加減に早紀子の名前を口にした。だがそれは本心だったと、洋平自身、後からわかった。授業中や昼休み、変に早紀子を意識している自分に気付いていた。だが不幸なことに、洋平の気持ちに気付いたのは、周りも同じだったのだ。
「チャンスだ、チャンス」
雄介の手を払い、目で抵抗を示す。それでも雄介はお構いなしだ。
「そうなんだよ早紀子、でも洋平がさ、行かないって言うんだ」
早紀子の注意を、洋平に向けさせる。
「えーっ、行こうよ、洋平くんがいた方が絶対楽しいのに」
早紀子の言葉にどきっとし、体温が上がり、頬が緩む。だがすぐ横で、雄介たちが、してやったり、といった顔でにやにやしていたのが目に入り、洋平は慌てて顔を繕う。
「な、洋平も来るだろ?洋平の洋は、太平洋の洋だ」
「洋梨の洋だよ。僕には用無し、ほっといてくれ」
「洋服の洋、かもね。良いセンスしてる」
洋平のYシャツから、Tシャツの柄が透けている。それを早紀子は、指でつついた。
「こういうの、好きなの?」
「いや、たまたま売ってたから」
「迷わず買っちゃう派?」
「買い物は、時間掛けないかな」
「すごい、やっぱりセンス良いんだよ」
「どうなんだろうな。早紀子は1着買うのに三時間、とかだろ」
「いやだ洋平くん、5時間の間違いだよ」
早紀子の冗談に、みんな笑い出した。いつの間にか早紀子のグループにいた女子もみんな、輪に混じっている。
笑いに紛れて雄介が、「なんだイイ感じじゃんか」と肘で突いた。
雄介の笑みに、人の恋愛を嘲笑する影がないのを見て、洋平は改めて思った。
こいつには、かなわないや。