洋平-2
◆◆◆洋平-2◆◆◆
自室に入り、机に向かう。脇にあるCDプレイヤーに手を伸ばした。電源を入れ、再生ボタンを押す。CDが回転する軽やかな音がした後、管楽器の甲高い音が聴こえる。マーヴィン・ゲイの『愛のゆくえ』だ。
洋平はこの歌が大好きだった。淡々としているようで実はこの上なく情熱的であり、軽快で楽しげだが一方で深い悲しみの影を感じさせる。この不思議な歌声の虜になっていた。
バッグから教科書とノート、ペンケースを取り出す。
数学の演習問題を解き直し始める。高校二年生の7月ともなると、やはり内容はレベルアップしてくる。ノートを元に授業の内容を思い出していると、同時にあの初老の数学教師の、嫌でも耳にこびりつく粘着質の声が聴こえるようだった。たしか今日も、何かくだらないことを言ってクラスの失笑を買っていた。受けが良かった試しなんて無いくせに、なぜいつもあんなに堂々としているのだ。
解き進める。快調にペンが動く。だが次の問題に行ったところではたと立ち止まる。解法をひねり出そうとする。出ない。耳を澄ます。ちょうどマーヴィンが見せ場の高音を頑張っていた。それから、間奏部分に入り、種々の楽器とコーラスが折り重なる。良い音を出すな、と思う。もちろん楽器や奏者、歌手も一流揃いなのだろうけど、プレイヤーも大きく貢献している。
二年前の洋平の誕生日に、父、雅夫は、かなり高価な大型コンポを奮発してくれた。両親とも帰りが遅く、家族と過ごす時間などほとんどないのに、どうやって僕の音楽好きを知ったのだろうと、当時洋平は不思議がった。
実は慶太がこっそり教えてやっていたこと知った時は、急に弟が愛おしく見え目頭が熱くなったが、報酬としてゲームソフトをねだっていたことを母が暴露し、台無しとなった。
ノートを見る。さっきの問題に再度取り組む。今度はスムーズに進む。ノートや教科書を理解してしまえば当然のようにスラスラ解ける。それは喜ばしい反面、味気なくも感じた。答えが用意されているというのは、どうも味気ない。
しばらくして、一通り復習を終えた。
ベッドに横たわる。マーヴィンの甘い声から打って変わり、レイ・チャールズの重低音が心地良い。低い天井を見ていると、気分が塞ぐ。目を閉じて、歌声に身を委ねる。