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BOX  作者: 碧猫
3/10

洋平-1



◆◆◆洋平-1◆◆◆




高校の授業というものは、どうしてこうも退屈だろうと、今井洋平は帰りの電車の中で思った。

車内に満ちた振動と轟音が他の乗客との間に割って入り、自分を隔離している感じがある。だから洋平は電車に乗っているとき、一番心が穏やかだった。

高校生の勉強というのは、いわゆる学問だとか知性と言うのとは別物だ。

それは作業であり、訓練でしかない。百マス計算がより複雑になった、所詮その程度のものだ。高校生に「なぜ勉強するのか」と尋ねれば大半は「将来のため」と答えるに違いない。僕だってそうだ。好きでやってるわけじゃない。化学の計算問題を解いたり世界史年表を丸暗記することが、面白いわけがない。原子レベルのミクロの世界に感動を覚えたり、遠い昔に生きた人達が織りなす数々のドラマに思いを馳せることが、無くなっていた。全ては教科書の上で説明し得て、僕たちの想像が入り込む余地など残されていないのだ。


きいいい、と金属を引っ掻く音が響き、重力が斜めになる。電車が減速を始めたらしい。北山、北山です、とアナウンスが機械的に告げるのを聞いて、洋平は出口に寄る。ぷしゅう、タイヤがパンクしたような音とともに、ドアが開く。ホームの整然と敷かれたコンクリートを通り過ぎ、改札をくぐる。

駅を出て右に歩を進めると、緩やかな下り坂の向こうに、空があった。水で溶いた白絵具のような薄い雲が膜を張っていた。水色をさらに薄くしたような色に見える。その控え目な青が綺麗だと感じた。一方でその薄膜を指先で破り、本来そこにあるべき突き抜けるような青を露出してみたい気もした。

足をつっかえ棒のように使って、坂道を降りていく。



家の鍵は開いていた。ドアを開けると、リビングから弟の慶太が能天気な顔を覗かせる。

「おかえり」

「慶太、なんか食うもの、ある?」

「ただいまを言えよ」

「別にいいじゃないか」

「だめだよ、どうしても嫌なら、ただいマンボウでいい」

「もうブームは去ったよ」

「冷蔵庫に、カレーなら残ってるよ」


熱しすぎたカレーを冷ましながら、リモコンの赤いボタンを押す。液晶テレビが音もなく付き、無表情なアナウンサーが、ニュースを読み始める。

見たい番組がある訳でもなかったが、音が欲しかった。

兄弟2人きりで話す話題などあまりなく、遠くで自動車の音だけが鳴っている静かなリビングは、居心地が悪かった。洋平の一挙一動がその静止した水面にさざ波を立ててしまうような気がした。

カレーを頬張る。熱さなのか辛さなのか、頬の裏と舌先が刺激される。

慶太は相変わらずソファの上に寝転がって、マンガ本を読んでいるらしい。気楽に構えてられるのは今のうちだけだぞ、と苦言を呈したくなる。

ニュース報道を聞きながら、カレー皿を突っつく。大き過ぎるジャガイモをスプーンで切ろうとしたとき、アナウンサーが放った「テロ」と言う単語に反応し、顔を上げる。

それに気付いた慶太はマンガを閉じ、読みかけのページを指にはさみながら、

「物騒だよねえ」

とまるで緊張感もなく言った。ここ最近、世界各地で爆破などのテロ事件が相次いでいるのは事実だった。今報道されていたのは、大阪市内のビルが突然爆発して、全焼したという内容だった。

「また韓国人か?」

「犯人は全然捕まらないけど、たぶんそうだろうね」

慶太が残念そうに眉を下げる。相次ぐテロの背景には、民族や宗教の対立があるようだった。グローバル化が進み、21世紀、途上国から先進国へ大量の人口が流入した。移民に対する差別や民族間対立はこれまでも至る所で発生していたが、近年、ついに限界が訪れようとしているらしかった。

日本内部でも、主に朝鮮系移民との確執が顕在化していた。

「今に日本人が怒ったら、大変なことになりそうだな」

「こんなことされたら誰でも怒るよ。兄貴もいやだろ?」

窓から注ぐ日差しが赤みを帯びてきたことに気づく。時計をみると、夕方6:00を回っていた。復習始めなくちゃな、と思いながらは慶太に応じる。

「嫌だけど、戦争になる方が、もっと嫌だ」

戦争、この単語が妙に現実味を帯びていたことに驚く。

「戦争、やってやろうじゃないか。悪い敵は、ぶっ倒せばいいんだ」

「それじゃあテロリストの思う壷だよ」

そう言いつつも洋平は、世界中が慶太と同じく喧嘩腰になってきていることに、恐怖を感じた。

「そうは言ってもさ、守るためには戦わなくちゃ」

興奮しながら、慶太は持っていたマンガを洋平に振ってみせる。つまり、丁度そういう内容のマンガらしい。大方、正義の為に戦う奴が主人公の戦闘もの、といった感じだろう。ばかにするな、と洋平は心の中で呟く。正義の数なんて、腐るほどあるじゃないか。

冷めてしまったカレーを、かきこむ。ざらざらとした片栗粉の感触が、舌に残る。

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