研究室-2
◆◆◆研究室-2◆◆◆
乾いた音が、研究室の埃っぽい空気を波立たせる。ついに空襲か、と思ったが違った。
ドアが開き、初老の男が現れる。伸ばしっぱなしの白髪はぼさぼさに飛び散り、もう買い直せばいいのに、ベージュの作業着は染みと継ぎ接ぎだらけだ。
入って来るなり、声を裏返らせる。
「と、届いたか?」
考古学者のうちで彼一一スクペコ・ニルの名を知らない者はなかった。
その見た目の奇抜さもさることながら、大胆な発想力や頭の回転、それに裏打ちされた実績の数々は、誰もが認めざるを得なかった。ケプダ・サマルがニル博士と初対面したのは7年前一一彼が考古学界に飛び込んで2年目の年一一地道な研究ばかりと思っていたこの世界にも、やはり天才というのはいるんだなと、感心した記憶がある。
「誰か、おい、サマル、届いたか?」
先月新発見された遺跡のデータ解析に熱中していたサマルは、はっと気が付いて応じる。
「いえ、さっき遅れると連絡がありましたが、1時間以内には着くとのことでした」
彼がニル博士の助手となったのは、去年からだ。
親交の深い先輩教授の推薦で、この第二国立研究室で勤務できる話が上がり、すぐに飛びついた。
より高度な研究ができる環境は魅力的だったし、偶然にも、新米の頃衝撃を与えられたニル博士と同じ仕事ができるとあれば、迷う余地は無かった。
「1時間…」
「はい、向こうの不手際で検問所の手続きに時間がかかったのと、それから今は、渋滞に巻き込まれているようです」
「まあいい。それならそれで、再度資料を見直しておくとしよう。サマル、出してくれ」
さっきまで仕事していた机の上には、大量のデータ資料や文献が乗っている。それを一旦脇に寄せて、引き出しの中から、分厚い冊子を取り出す。
博士に差し出しながら、サマルは疑問をぶつける。
「これ、そんなに重大な発見なんですか」それが発見されたのは、一週間前だ。海外の考古学者が見つけたらしく、発見者、他の考古学者とも、関心を示さなかった。しかしニル博士が三日前にそれを知ったとき、ひどく興奮し、即刻、この研究室に取り寄せることにした。発見者である研究チームも一通り調べたが大した収穫は無かった「どうでもいい遺跡」だったので、交渉はスムーズに進み、そして今日、それが海を渡ってやってきたのだ。
「サマル、驚くべき真実というのは、いつもかくれんぼしているものさ。それを見抜くには、何物にもとらわれず、よく、見ることだ。」
そして彼は、いいか、イマジネーションだ、と続けた。
いまじねーしょん、サマルは口の中で繰り返した。