エピローグ:誰も見ていない物語
風がある。
音がある。
そして、確かに“自分”がいる。
それだけで、十分だった。
太郎はゆっくりと歩く。足元には見慣れない地面。だが、不安はなかった。ここには“決められた形”がない。だからこそ、何にでもなれる。
隣を歩くリュエルナが、ふと立ち止まる。
「ねえ」
「名前、どうする?」
太郎が振り返る。
「名前?」
リュエルナが少しだけ困ったように笑う。
「私」
「エルナでも、リュミエラでもあるけど」
「どっちでもない気もする」
その言葉に、太郎は少し考える。
そして、答える。
「じゃあ」
「自分で決めろよ」
リュエルナが目を細める。
「……それができる世界、か」
「いいね」
ミックーが後ろから声をかける。
「それが“外側”だよ」
「誰も決めてくれない代わりに、誰にも縛られない」
早乙女が肩をすくめる。
「面倒ね」
「でも、嫌いじゃない」
四人はまた歩き出す。
どこへ向かうのかは決まっていない。
だが、不思議と迷いはなかった。
その時。
太郎がふと立ち止まる。
「……なあ」
三人が振り返る。
太郎は、少しだけ遠くを見る。
「なんかさ」
「まだ“見られてる”気がしないか?」
一瞬、空気が変わる。
ミックーが、ゆっくりと笑う。
「鋭いね」
リュエルナが静かに言う。
「でも、それ」
「悪いものじゃない」
早乙女が続ける。
「むしろ——」
その先を、ミックーが言う。
「“繋がり”だよ」
太郎が眉をひそめる。
「繋がり?」
ミックーが空を指さす。
そこには何もない。
だが、確かに“何か”がある。
「観測は消えた」
「でも」
「“記憶”は消えない」
リュエルナが微笑む。
「誰かが、この物語を覚えてる」
「だから、私たちはここにいる」
太郎は、ゆっくりと息を吐く。
そして、小さく笑う。
「……なるほどな」
早乙女が言う。
「つまり」
「完全な自由じゃないってことね」
ミックーが肩をすくめる。
「完全な自由なんて、たぶんどこにもないよ」
「でも」
少しだけ真面目な声になる。
「自分で選べるなら、それでいいでしょ?」
太郎が頷く。
「ああ」
リュエルナが、前を指さす。
「行こう」
その先には、まだ何もない。
だからこそ、何にでもなる。
四人は、歩き出す。
その背中は、もう迷っていない。
そして——
その姿は、ふとした瞬間に“物語”になる。
誰かの中で。
どこかで。
名前も知らない誰かが、思い出す。
笑ったこと。
戦ったこと。
選んだこと。
そのすべてが、確かに存在していたと。
だから。
物語は終わらない。
終わらせない。
観測がなくても、
世界がなくても、
それでも——
「俺たちは、ここにいる」
その声は、確かに響いた。
誰にも届かなくても。
それでも、確かに。
——完。




