第七話『パンクラチオン(総合格闘技)』
祭りへの参加者たちは、それぞれに欲しいものが違っていた。優勝候補はミスで、オリンピア市長の娘をもらい受けると噂されていた。従って参加者たちは、抽選相手が決まるまでは涎を垂らして、もみ手をしていた。リカルダスは参加料を支払うと、Aリーグに登録された。驚いたことに一回戦の対戦相手はミスだった。そして、奇妙なことにAリーグは、ミスとリカルダス以外の選手がこぞって棄権したため、リカルダスとミスのどちらかの決勝進出が確定した。
「何でぇ、これは? 綺麗に仕組まれてんな~」リカルダスは辟易した。エルピーダはBリーグだった。
「きゅ~」
「そうだね~。二人が決勝で当たればいいね~。(そんなにうまく、いくのだろうか?)」リカルダスは心配になった。そもそも、ミスの為の大会なので参加者は少なかった。Bリーグも、三回勝てば決勝だった。気になったので、棄権した選手たちに聞いてみた。
「アンタら、3000ドラクマルクも払ったのに参加しないの~?」
「俺たちは、Bリーグで準優勝するのが狙いだった。Aリーグならば棄権するまでよ。1万ドラクマルク貰えるからな。楽でいいわ。ぐっへっへ! お前も棄権すれば~?」残念ながら、よそ者のリカルダスには、その話は回ってこなかった。
「(腐ってんな~)」
一回戦の一組目は、リカルダスとミスの対戦だった。会場に上がると、観衆は酒を片手に堂々と賭けをしていた。本命でないリカルダスには、容赦なく罵声が浴びせられた。大金を突っ込んだもの好きが、怒鳴り散らしていた。堪りかねて聞いてみた。
「誰か、俺に賭けた人いる~?」ニ~三人手を挙げたが、人目を気にしてすぐに手を下げた。
「(いるんだね~。魔法は禁止か・・・。術ならいいんだな! 上昇! Lv.31 ミスのレベルは一体いくつだ?)」呼びかけられて試合が始まった。リカルダスのストックレベルは17に減った。
「試合開始!」審判が、試合場の中央で叫んだ。
「ぐわー! 勝てー!」
「(どっちがよ?)」
「負けんなよー!」
「(誰がよ?)」
「キャー。カッコいい~」リカルダスに対する黄色い声援もチラホラ聞こえた。
「よそ者―! 頑張れよー!」
「ミス! 負けてしまえー!」何人かミスに罵声を浴びせる者がいたが、市長の手下によって試合場の外に放り出された。お互いに中腰になって対峙した。上半身は裸なので太陽が焼け付くように熱かった。
「みんな棄権したが、それはアンタを疲れさせない為の作戦か? これ名誉ある祭りなの?」
「結果だけが記録されるからな。ヤツラには、体調不良になって貰った」
「俺に触ると、負けるよ~」
「やってみろよ!」
開始と同時にリングの中央で組み合った。組み合ったと同時に、リカルダスはミスのレベルを吸収した。
「(吸収!)」
「ガクン!」ミスの膝が震えた。リカルダスのストックレベルは52に増えた。
「何だ! これは?」リカルダスは、ミスの膝が震えると同時に横に投げ捨てた。
ビクビクと膝が震えるミスは、リカルダスにビビり始めた。
「何だ? お前は何をした?」
「何もしちゃいないさ。組み合っただけだろう?」ニヤリと笑みを浮かべると、ミスに恐怖を与えた。
「(結構持っているな~。体技レベル35! 筋肉は立派だけど、体の動きが鈍いのが致命傷だね! 触れば触るほどレベルを下げれるわ!)」その後も三回ほど組み合ったが、その度にミスは転がされた。
「ふんっ! 無様だな! 前評判ほどでもないわ!」市長は、娘とともに席を外した。大した勝負にならずにリカルダスが勝ち名乗りを受けた。ミスはレベルこそ高かったものの、実戦で戦える実力はなかった。
「(兄弟子たちの方が、強かったわ。術無しで勝ってしまった・・・)」その後、ぼんやりとBリーグの戦いを観戦した。選手には、冷たい飲み物が提供され、涼しい場所での試合観戦が許された。
「きゅ~」
「お~、エルデムちゃん。あとはエルピーダ次第だね~。どうにでもなるよ~」
「きゅ~」エルピーダは結構強かった。一回戦の相手は、毎日訓練後にエルピーダをぶっ飛ばしていた奴だった。無抵抗の相手しか相手に出来ないので、堂々と対峙してくる相手に威圧されていた。試合開始と同時に、エルピーダの左ストレートを顎に喰らった。膝がガクリと崩れ、そのまま投げ飛ばされた。
「勝者! エルピーダ!」勝ち名乗りを受けた。奴隷が称賛を浴びる珍しい祭りだった。観戦者に聞いてみた。
「ここの祭りでは、奴隷が堂々と勝ってもいいの?」
「何を言っておる! 構わんよ! 強い者が勝つ祭りだからの!」興奮冷めやらぬ口調だった。
「ふ~ん。結構、平等なのね~」
「奴隷は勝っても市民権はない。自由になれるだけだ! だが、それが難しいのだ!」
「アイツは、何をして奴隷になったの?」
「ヤツの父は、役人だった。役人の食い残した食べ物を貧民に与えていたのだ! ヤツの父の出世を妬む同僚に罠を仕掛けられ、奴隷身分に落とされた。可哀想な話だ・・・」
「それが、悪いことなの?」
「『タダで貰うことを覚えると、努力も何もしなくなる』と言う人もおる。『捨てるならば、あげてしまえ』と言う人もおる。意見はそれぞれだ」
「アンタはどっちなの?」
「エルピーダは聡明な子だ。自由になって欲しい・・・」輝きのある目でエルピーダを見つめた。
「ふ~ん」二回戦の相手も、エルピーダには敵わなかった。試合場を降りるときに、賞賛に包まれているエルピーダを、一回戦の相手が殴り倒した。馬乗りになって殴られているエルピーダを、観戦者たちが野次り罵った。審判が慌てて相手を引きはがしたが、エルピーダはボロボロだった。従って、準決勝は見所がなく終わった。ボロ雑巾のようなエルピーダに勝ち目はなかった。しかし、リカルダスの決勝の相手も弱かった。ミスよりも簡単に勝てた。リカルダスのストックレベルは72になった。
表彰式が行われた。審判が式の一切を仕切っていた。エルピーダは顔をグシャグシャにしてなきながら、端っこで蹲っていた。
「優勝、おめでとうございます!」
「ありがと~」軽く手を振ると、会場は意外にも暖かかった。
「おめでとう!」
「お前、何だか強かったゾ!」
「儲かったー、ありがとー」
「スッキリしたわー!」声援はまちまちだった。
「優勝者には、兵役の免除と免税の権利が与えられます。残念ながら、アナタはオリンピア市民ではないので、これらの副賞は無かったことになります」
「勿体ねー」
「俺にくれー」
「ここに住めー」反応もまちまちだった。そして、市民が一番聞きたいことがあった。
「さて、優勝者には、望みを叶える権利が与えられますが、何に使いますか?」リカルダスは頭をポリポリ搔きながら答えた。
「ん~。一つ欲しいものがあるんだよね~」市民一同が、固唾を飲んだ。市長と娘も固唾を飲んだ。
「そ、れ、は、何でしょう?」審判が勿体ぶりながら聞いた。
「ん~。あのコが欲しいんだ。あの結構強かった、Bリーグのコ」と言って、エルピーダを指さした。
「あんなものでいいんですか?」と審判が聞き返した。リカルダスは審判をじろりと睨んだ。
「あ! 失礼しましたー。優勝者が欲しいのは、エルピーダ(elpida)だそうです」一同がざわついた。市長と娘は動揺を隠せなかった。こうして、リカルダスとエルデムは、エルピーダを連れて旅をすることになった。
「本当に、ボクなんかで良いのでしょうか? 名誉ある大会の優勝なのに・・・」
「キミでなければ、ダメだ!」リカルダスは言い切った。
「それは、何故でしょう?」
「新しい時代の為だ。一度奴隷に落ちたのならば、あとは這い上がるだけだ! 奴隷たちの希望になってみろ!」エルピーダは笑顔になった。
「機会をくれて、ありがとうございます!」
大会後に、市長と娘がリカルダスたちの宿を訪れた。
「本当に、娘はいらないのですか?」娘は、市長の陰に隠れていた。
「ごめんね~。長旅になるから、女性は連れて行けないんだ~」
「きゅ~」とリスが姿を出した。
「ゴメン。ゴメン。エルデムちゃんは、別だよ~」
「?」市長と娘には、何のことか分からなかった。




