第十一話『生ける屍(しかばね)』
リカルダスはずっと気を失ったままだった。エルピーダは翌日、目をさました。さゆりが、治療薬と食事を運んでくれたので、その日から、リカルダスの介護が始まった。リカルダスを運べる者がいなかったので、近くの小屋に結界をはって隠れ家にした。
「ありがとうございます。お陰で助かりました」エルピーダは深々と頭を下げた。
「お前さんも、怪我をしておる。無理をせんようにな」さゆりは、エルピーダを気遣った。
「居場所を用意して頂いて、ありがとうございます。明日からは、食事と薬を取りに伺います」
「わしが運んでもいいんじゃが。年には勝てぬ。すまんの」
「エルデムさんは、物理的なことは無理ですので、私が全てやります」それから、エルピーダの献身的な介護が始まった。清拭(からだを拭くこと)、排泄介助、食事介助、手足を少しずつ動かすリハビリに至るまで、毎日続けた。
「(思ったよりも時間がかかりそうだ・・・)」細々と食事をとるものの、リカルダスは瘦せこけたままだった。ぼ~っとすることが多く、会話をしても返事がなかった。うつろな目で、
「あ~」とか、
「う~」としか返事をしなかった。以前の元気なリカルダスの面影はなかった。
「(意識があるのだから、焦る必要はない)」と、エルピーダは自分に言い聞かせた。三カ月ほどそんな状態が続いたが、リカルダスは回復しなかった。
「(何が悪いのだろう? 衰弱したまま、回復する兆しがない・・・。分からない・・・)」来る日も来る日も、思いつめた顔をしているエルピーダの前に、エルデムがリスの姿で現れた。
「きゅ~」
「何ですか? エルデムさん。心配してくれなくても、私は大丈夫です」エルピーダは平静を装った。
「きゅ~」と言って、リカルダスの持っていたお金の周りをくるくる回り始めた。
「! そんな事は出来ません。リカルダスさんのお金を持って逃げるなんて!」
「きゅ~」
「エルデムさんは、この世界では、物理的なことは出来ません。私が全てやりますから大丈夫です」元気にふるまった。この時エルピーダは変なことに気付いた。
「(さゆりさんを呼びに行ったときは、人間の姿だった。その時は、会話も出来た。しかし、なぜ今リスの姿をしているのか・・・。選べないのではないだろうか・・・。聞いても全く答えてくれない・・・。人間の姿の時は、美しい女性だ・・・。時代が違っても、場所が違っても、誰もが美しいと感じるだろう・・・。あのヒトは、一体何ものなのだろう・・・?)」エルデムの謎は、一向に解けなかった。
『(お金を持って逃げなさいって言ったけど、逃げなかったわよ)』
『(まぁ、逃げないだろうね~。そんな奴ではないと分かっているし・・・)』
半年しても、容態はあまり良くならなかった。
「(何故だろう、一向に良くなる気配がない・・・。食事も排泄も出来ているのに・・・。怪我は治ったけれど、意識が遠くにあるようだ・・・。何故だろう・・・)」答えは出なかった。
「(このまま、リカルダス様を殺して、自分も死んだ方がいいのだろうか・・・)」
「(窃盗師にレベルを根こそぎ取られると、こんなにも酷い目に逢うのか! まるで廃人ではないか!)」
「(奴隷身分の自分を拾ってくれたんだ! 私の命がある限り、世話をしてし続けよう!)」
「(今日の食事の量は少なすぎる! このままでは、衰弱してしまう!)」
「(死ぬか? 殺すか? 生き続けるか? 見えない! 先が見えない!)」と、悩む晩もあった。
「(疑って殺すくらいなら、信じて苦しみ続けた方がマシだ! 自分が信じた結果なのだから!)」何度も一緒に死ぬことを思いとどまった。
「(エルデムさんは、何処に行ってしまったのだろう・・・。話し相手が欲しいなぁ・・・)」しかし、さゆりには余計に気を遣わせるだけなので、姿を見せることをためらっていた。
『(そろそろ、いいんじゃないかしら?)』
『(まだだね~、まだタイミングが悪いよ。それに、どうやって生き返るの?)』
『(それも、そうね・・・)』
【エンペラドール暦613年】トロイアで大きな戦争があった。アテネ軍はギリシャ全土を支配する勢いだった。もはや、アテネ軍に抵抗できる勢力はスパルタしかなくなっていた。アテネ軍は、スパルタに戦力を集中させ、本格的な全面戦争が始まろうとしていた。
その時ロードス島では、ゾフォスがようやく再起不能から立ち直り動けるようになっていた。
「ゾフォス、そろそろ動けるかね・・・」再起不能から回復したゾフォスに、師匠が声をかけた。
「はい、そろそろ修行に戻れそうです」ゾフォスは声を絞り出した。
「旅に出なさい・・・」師匠は静かに言った。
「は? 何と仰られましたか?」ゾフォスは聞き返した。気の弱そうな覇気の無い青年だった。
「お前の魔術は、まだまだ伸びる。ここに居ても、アーヴィンに嬲り殺されるだけだ。世界を旅しながら修行しなさい・・・」
「・・・」ゾフォスは口ごもった。しかし、師匠は何も言わなかった。
「・・・それならば、お暇を頂きます・・・」と言って、静かに島を出て行った。何も言わなかったが、リカルダスを追いかける旅に出たことに師匠は気付いていた。
「(ボク自身の限界突破のために・・・!)」ゾフォスの目つきはギラギラしていた。
リカルダスがアーヴィンに倒されて一年が過ぎた頃、エルピーダは名案を思い付いた。
「! (窃盗師なのだから、私のレベルを吸わせよう! 回復が早まる筈だ! 私の言葉のオウム返しが出来るまでに回復している! 出来るはずだ!)」それから、リカルダスの手のひらを自分に触らせて、レベルを吸わせる練習が始まった。
「吸収・・・。ア・ブ・ソ・ル・シオン・・・。」口の動きをリカルダスに見せ、真似させた。
「ア・ブ・ソ・・・」リカルダスはぼそぼそと呟いた。
「!」僅かに自分のエネルギーがリカルダスに吸われるのが分かった。
「! これだ! これでいいんだ!」エルピーダの迷いは、リカルダスが復活する確信に変わっていった。
「(この人は、持っている。
特別な才能を持っている。
誰にも真似できない、特別な才能だ!
支えることが出来るのは、私しかいない!
奴隷身分の自分を拾ってくれたんだ!
ナゼ殺すことが出来ようか!
ナゼ見捨てて逃げることが出来ようか!
あなたが復活してくれるのを、いつまでも待ちます!)」エルピーダは、リカルダスの介護の合間に勉強を続け、幾つかの術を使えるようになっていた。まず覚えたのは『状態』だった。手に取るようにリカルダスの状態が把握できた。「火の矢」も多少使えたが、「岩」の方が得意だった。
『(成長しているわね~)』
『(中途半端に声をかけるのは、成長の妨げだ。もう少し、見守ろう!)』
少しずつ手応えを感じてきて二年の月日が経った頃、取り返しのつかない失敗をしてしまった。いつも通りリカルダスの手のひらを自分の体に当てようとしたとき、間違えて自分の手のひらをリカルダスに当ててしまった。そして自分から言ってしまった。
「吸収!」見る見るしぼんでいくリカルダスは、とうとう骨と皮だけになってしまった。
「! しまった!」取り返しのつかない行為に、三日間のたうちながら泣きとおした。誰かにそばにいて欲しかったが、エルデムは二カ月に一度ほどしか姿を見せなくなっていた。さゆりには、心配をかけるので顔を見せる回数を減らしていた。そして、七日目に考えがまとまった。リカルダスを埋葬し自分も死のうと心に決めた。
『(い~の? 死んでしまう気よ。この子・・・)』
『(もう少し、様子を見よう・・・。せっかく開眼出来たのに・・・。なにも死ぬことはないだろう・・・)』
「?」エルピーダは、誰かの声が聞こえた気がした。
「(リカルダスさんと、エルデムさんの声じゃなかったのかな?)」しかし、周りには誰もいなかった。
リカルダスの身体を清め、新しい服を着せた。火葬のため燃えるもので体を覆い、火を点けた時だった。何処からか鳥が飛んできて火の中に飛び込んだ。
「グウェ~~~! 任務完了!」
『LOST!』
「! 何だこれは! 鳥が自ら火の中に飛び込んだ!」リカルダスの体も火に包まれ、炎は高く舞い上がった。その火の中から、裸のリカルダスが現れた。そのそばにはエルデムがいたが、いつも通りの人間の姿だった。
「! リカルダスさん! エルデムさん!」涙で二人の姿が良く見えなかった。
「待たせたね! そして、すっかり世話になったね!」エネルギーに溢れるリカルダスの姿がそこにあった。
「どうして復活出来たのですか?」エルピーダはすすり泣きながら聞いた。
「どうやら、命が一つ残っていたらしい」
「?」エルピーダは理解できなかった。
「忍者の呀龍と闘ったとき、毒で死んだと思っていたんだが、死んでいなかった。その時に召喚したフェニックスは、解毒だけして待機してくれていたんだ。任務を果たして、消滅(LOST)する筈なのだが、飛んで行ってしまったんで確認出来なかった。フェニックスを召喚したのも初めてだったんで、分からなかった」
「・・・。そう、なんですか?」そんなことはどうでも良かった。リカルダスが無事でいてくれることだけで嬉しかった。
「ボク、間違えてリカルダスさんのレベルを吸い取ってしまったんです・・・」エルピーダは泣きながら謝った。
「そう、キミは、わたしのレベルを吸い取ったのだ!」
「? リカルダスさんのレベルを吸い取った? どうしてでしょう?」
「キミは立派に、窃盗師への転職が出来たのだよ。オメデトウ!」
「私が窃盗師に? 何故でしょう・・・。はっはっは・・・」エルピーダは考えがまとまらなかった。
【エンペラドール暦614年】
ようやく旅を再開する準備が整った。デルフィに戻り、ミスティックのさゆりば~さんに挨拶をして再びオリンポス山へ向かった。リカルダスも、エルピーダも二人とも『神の試練』を受けることになる。




