第八話 例外処理
隣のルドルフの沈黙が怖い。
車は何事もなく進んでいて、だが車内の空気は最悪だった。
なんと言えばいいのか、と口をモゴモゴさせていると、口火を切ったのはルドルフの方だった。
「あの時、」
「……はい」
「どこから撃たれた」
静かな問いに、リーベスもそれに乗っかるようにして「ふむ」と考えるポーズを取った。撃たれたと思っていたふくらはぎから、視線が外せなかった。
「あれは、撃たれた訳じゃありませんよ」
「はぁ? どう見ても撃たれていただろうが」
「えぇ、そうですね」
「撃たれた訳じゃないなら、なんだ」
「あれは、処理です」
リーベスの答えに、ルドルフから返事はない。ハンドルを握る手に力が入ったのだけ、目の端に映った。
「は?」
ややあって出た声は、非常に低かった。
「処理ですよ、ルド」
「……」
「契約に反した動きに対して、直接的に修正が入った。それだけです」
「……そんなことがあるのか」
「えぇ。そういう風に出来てますから」
横から舌打ちが聞こえた。
納得していない、ではない。理解してしまったからだ。
「それで?」
「ひとまず、コピーした内容を確認しましょう。彼女のところへ向かってください」
リーベスがようやく顔を上げたところで、ルドルフはハンドルを切った。さすがに手持ちのタブレットでは限界がある。ポケットに手を突っ込むと、指先に例のUSBが触れた。
*
「で、なんでここなのよ」
「パソコンお借りしに来ました」
「それはさっき聞いたわよ。だから、なんでここなのかって聞いてんの!」
「仕方ないじゃないですか。僕のパソコンは押収されたまま、返ってきてないんですから」
「真面目に刑期終えてこなかったあんたが悪いんじゃない!」
カメリアの指摘はごもっともである。が、リーベスの刑期については、彼自身がどうこうしたものではないのだ。こちらに言われても困る。
彼女の言い分は軽く流しながら、リーベスはデータをいくつか開いた。
ウィンドウがいくつも重なり、文字列が流れていく。
「あぁ、ありました」
ウィンドウを広げる。
そこにはズラズラと、子供のIDナンバーと「可」、「不可」の評価が無機質に羅列されていた。
「どうだ?」
「んー……」
リーベスは画面を流し見ながら、小さく首を傾げた。
「なんだか、想定より少ないですね」
「どういう意味だ?」
「情報屋が寄越してきたデータがあったでしょう? あの数に比べて、どうも少ない印象なんですよね。この、可とつけられた人たち」
そう言いながら、リーベスは情報屋から届いたデータも開いて照合にかけた。
スルスルと自動で照合が始まり、情報屋のデータにもいたIDに色がついた。
「……情報屋がとちったか?」
「さぁ、どうでしょう。データにすら入っていない子供は……ふむ、削除されているようですね」
「削除?」
リストの1番下に、コードが一つ。
例外処理を行う場合は以下のコードを使用すること、という一文に、「EW-01」とある。そのコードを別ウィンドウで検索してみると、子供のパーソナルデータに繋がった。文字ばかりの中に「EW-01」とあった項目には、「失敗」と淡白な文字があった。
「失敗作のため例外処理した、というところですかね」
「子供が?」
「はい」
ルドルフは一瞬、言葉を失った。
「不確実性とやらが、消えなかったのでしょう」
リーベスは淡々と続ける。
「失敗ってことは、実験か何かですかねぇ」
「それ、実験じゃないよ」
唐突に、背後から声がした。
驚いて振り返ると、そこにはニヤニヤ顔の情報屋が音もなく立っていた。
別の部屋にいたカメリアまで出てきて、「うわっ! なんか増えた!」と嘆いているのが聞こえる。
「ふふ、お邪魔してるよ、レディ」
「盗み聞きとは……本当に育ちが良いんですね、あなた」
「馬鹿なことを言わないでくれないか? 商売だよ、商売」
そう言いながら、どっかりとリーベスの横に座って、情報屋はパソコン画面をトントンと叩いた。
「これは、テストさ」
「テストぉ?」
「そう。社会テスト」
情報屋が懐から出したタブレットには、区役所職員のインタビュー記事が写っている。
「その違いは?」
「おや、リーベス。キミならすぐに理解できると思ったんだが……まぁいい。社会テストと、実験の違いなんてハッキリしてるさ」
今にも鼻歌を歌いそうな勢いで、情報屋はルドルフとリーベスに視線を流した。
「規模さ」
「……聞いた僕が馬鹿でした」
「違う違う。リーベス。最後まで聞いて。今はたかだか学校一個かもしれないけどね。この同意書の目指すところは、」
そこでひとつの溜め。
情報屋は焦らすようにして、深呼吸した。
「最終的に社会全体に適用される」
その言葉だけ、妙に重かった。
冗談の調子のままのはずなのに、そこだけが妙に現実味を帯びている。
慌てて、どうだ、と言わんばかりの態度に変えた情報屋と違って、リーベスとルドルフの表情は固まった。
「ちょっと待って」
いつの間にかそばにいたカメリアが、口を挟む。
「それって……子供を使って社会をいじってるってこと?」
誰も答えなかった。
リーベスは、画面の文字をもう一度見た。
子供のID。
評価。
削除。
その羅列を読んでから、ゆっくり息を吐いた。
「……なら、今ここで原因を提示しないと、ですね」
そう呟くのがやっとだった。
*
車内に沈黙が走る。
今度の沈黙は、先ほどとは質が違った。
「まだ気になることがありそうですね、ルド」
「……あの男」
呟くように、ルドルフが口を開いた。
「監査官だったか」
「はい」
「あれは、なんだと思う?」
彼の問いに、リーベスは外に視線を移しながら答えた。
「機能ですよ」
「機能……」
「そうです」
信号で車が止まった。
「契約の違反を検知して、修正する存在です」
その言葉に、ルドルフは舌打ちした。
今日はよく鳴る舌だ。
「人間じゃねぇのか」
「それはどうでしょう。ただ彼らは、人間として動いていないだけです」
「……」
「あなたも見たでしょう。彼らは怒りませんし、判断もしません」
車が静かに走り出したように、リーベスは静かに言った。
「ただ、処理するだけ。それだけです」
「ふーん……」
ルドルフがぽつりと呟いた。
「……お前みたいだな」
彼の言葉に、リーベスはわざと笑ってみせた。
リーベスの携帯端末が鳴る。画面を見ると、見慣れた通知画面が出てきた。
「あれ?」
「……どうした」
「ルド、これ、見てください」
路肩に車を止めて、ルドルフもリーベスが掲げた端末を見た。小さなログがロック画面に表示されている。
例外対象が更新されました
その一文を読んで、ルドルフは眉を顰めた。
「……誰だ」
「さぁ、分かりません」
端末のロックを外して、リーベスはいくつか文字を確認しつつ、眉を下げた。
「僕じゃないといいですね」
リーベスの言葉に、ルドルフは「ふざけんな」とだけ言った。
*
静かな図書室で、子供たちはまた本を読んでいた。ページをめくる音だけが聞こえる。
「動いたね」
右側の椅子に座った子供が呟いた。
彼の横に置かれた紙には、いくつも線が走っている。その中の一本がわずかにズレていた。
「うん」
「監査官だ」
「早いね」
「でも――」
右の子供が一拍置いて、ページをめくった。
「大丈夫」
「うん」
二人は顔を見合わせて、笑い合った。
「例外があるから」
窓の外は真っ暗だった。




