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第八話 例外処理

 隣のルドルフの沈黙が怖い。

 車は何事もなく進んでいて、だが車内の空気は最悪だった。

 なんと言えばいいのか、と口をモゴモゴさせていると、口火を切ったのはルドルフの方だった。


「あの時、」

「……はい」

「どこから撃たれた」


 静かな問いに、リーベスもそれに乗っかるようにして「ふむ」と考えるポーズを取った。撃たれたと思っていたふくらはぎから、視線が外せなかった。


「あれは、撃たれた訳じゃありませんよ」

「はぁ? どう見ても撃たれていただろうが」

「えぇ、そうですね」

「撃たれた訳じゃないなら、なんだ」

「あれは、処理です」


 リーベスの答えに、ルドルフから返事はない。ハンドルを握る手に力が入ったのだけ、目の端に映った。


「は?」


 ややあって出た声は、非常に低かった。


「処理ですよ、ルド」

「……」

「契約に反した動きに対して、直接的に修正が入った。それだけです」

「……そんなことがあるのか」

「えぇ。そういう風に出来てますから」


 横から舌打ちが聞こえた。

 納得していない、ではない。理解してしまったからだ。


「それで?」

「ひとまず、コピーした内容を確認しましょう。彼女のところへ向かってください」


 リーベスがようやく顔を上げたところで、ルドルフはハンドルを切った。さすがに手持ちのタブレットでは限界がある。ポケットに手を突っ込むと、指先に例のUSBが触れた。



「で、なんでここなのよ」

「パソコンお借りしに来ました」

「それはさっき聞いたわよ。だから、なんでここなのかって聞いてんの!」

「仕方ないじゃないですか。僕のパソコンは押収されたまま、返ってきてないんですから」

「真面目に刑期終えてこなかったあんたが悪いんじゃない!」


 カメリアの指摘はごもっともである。が、リーベスの刑期については、彼自身がどうこうしたものではないのだ。こちらに言われても困る。

 彼女の言い分は軽く流しながら、リーベスはデータをいくつか開いた。

 ウィンドウがいくつも重なり、文字列が流れていく。


「あぁ、ありました」


 ウィンドウを広げる。

 そこにはズラズラと、子供のIDナンバーと「可」、「不可」の評価が無機質に羅列されていた。


「どうだ?」

「んー……」


 リーベスは画面を流し見ながら、小さく首を傾げた。


「なんだか、想定より少ないですね」

「どういう意味だ?」

「情報屋が寄越してきたデータがあったでしょう? あの数に比べて、どうも少ない印象なんですよね。この、可とつけられた人たち」


 そう言いながら、リーベスは情報屋から届いたデータも開いて照合にかけた。

 スルスルと自動で照合が始まり、情報屋のデータにもいたIDに色がついた。


「……情報屋がとちったか?」

「さぁ、どうでしょう。データにすら入っていない子供は……ふむ、削除されているようですね」

「削除?」


 リストの1番下に、コードが一つ。

 例外処理を行う場合は以下のコードを使用すること、という一文に、「EW-01」とある。そのコードを別ウィンドウで検索してみると、子供のパーソナルデータに繋がった。文字ばかりの中に「EW-01」とあった項目には、「失敗」と淡白な文字があった。


「失敗作のため例外処理した、というところですかね」

「子供が?」

「はい」


  ルドルフは一瞬、言葉を失った。


「不確実性とやらが、消えなかったのでしょう」


 リーベスは淡々と続ける。


「失敗ってことは、実験か何かですかねぇ」

「それ、実験じゃないよ」


 唐突に、背後から声がした。

 驚いて振り返ると、そこにはニヤニヤ顔の情報屋が音もなく立っていた。

 別の部屋にいたカメリアまで出てきて、「うわっ! なんか増えた!」と嘆いているのが聞こえる。


「ふふ、お邪魔してるよ、レディ」

「盗み聞きとは……本当に育ちが良いんですね、あなた」

「馬鹿なことを言わないでくれないか? 商売だよ、商売」


 そう言いながら、どっかりとリーベスの横に座って、情報屋はパソコン画面をトントンと叩いた。


「これは、テストさ」

「テストぉ?」

「そう。社会テスト」


 情報屋が懐から出したタブレットには、区役所職員のインタビュー記事が写っている。


「その違いは?」

「おや、リーベス。キミならすぐに理解できると思ったんだが……まぁいい。社会テストと、実験の違いなんてハッキリしてるさ」


 今にも鼻歌を歌いそうな勢いで、情報屋はルドルフとリーベスに視線を流した。


「規模さ」

「……聞いた僕が馬鹿でした」

「違う違う。リーベス。最後まで聞いて。今はたかだか学校一個かもしれないけどね。この同意書の目指すところは、」


 そこでひとつの溜め。

 情報屋は焦らすようにして、深呼吸した。


「最終的に社会全体に適用される」


  その言葉だけ、妙に重かった。

 冗談の調子のままのはずなのに、そこだけが妙に現実味を帯びている。

 慌てて、どうだ、と言わんばかりの態度に変えた情報屋と違って、リーベスとルドルフの表情は固まった。


「ちょっと待って」


 いつの間にかそばにいたカメリアが、口を挟む。


「それって……子供を使って社会をいじってるってこと?」


 誰も答えなかった。


 リーベスは、画面の文字をもう一度見た。

 子供のID。

 評価。

 削除。

 その羅列を読んでから、ゆっくり息を吐いた。


「……なら、今ここで原因を提示しないと、ですね」


 そう呟くのがやっとだった。



 車内に沈黙が走る。

 今度の沈黙は、先ほどとは質が違った。


「まだ気になることがありそうですね、ルド」

「……あの男」


 呟くように、ルドルフが口を開いた。


「監査官だったか」

「はい」

「あれは、なんだと思う?」


 彼の問いに、リーベスは外に視線を移しながら答えた。


「機能ですよ」

「機能……」

「そうです」


 信号で車が止まった。


「契約の違反を検知して、修正する存在です」


 その言葉に、ルドルフは舌打ちした。

 今日はよく鳴る舌だ。


「人間じゃねぇのか」

「それはどうでしょう。ただ彼らは、人間として動いていないだけです」

「……」

「あなたも見たでしょう。彼らは怒りませんし、判断もしません」


 車が静かに走り出したように、リーベスは静かに言った。


「ただ、処理するだけ。それだけです」

「ふーん……」


 ルドルフがぽつりと呟いた。


「……お前みたいだな」


 彼の言葉に、リーベスはわざと笑ってみせた。

 リーベスの携帯端末が鳴る。画面を見ると、見慣れた通知画面が出てきた。


「あれ?」

「……どうした」

「ルド、これ、見てください」


 路肩に車を止めて、ルドルフもリーベスが掲げた端末を見た。小さなログがロック画面に表示されている。


 例外対象が更新されました


 その一文を読んで、ルドルフは眉を顰めた。


「……誰だ」

「さぁ、分かりません」


 端末のロックを外して、リーベスはいくつか文字を確認しつつ、眉を下げた。


「僕じゃないといいですね」


 リーベスの言葉に、ルドルフは「ふざけんな」とだけ言った。



 静かな図書室で、子供たちはまた本を読んでいた。ページをめくる音だけが聞こえる。


「動いたね」


 右側の椅子に座った子供が呟いた。

 彼の横に置かれた紙には、いくつも線が走っている。その中の一本がわずかにズレていた。


「うん」

「監査官だ」

「早いね」

「でも――」


 右の子供が一拍置いて、ページをめくった。


「大丈夫」

「うん」


 二人は顔を見合わせて、笑い合った。


「例外があるから」


 窓の外は真っ暗だった。

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