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3・出立、急襲

「……道中なにもなければ、日が暮れるまでには着く。君にとっては少し長い道のりかもしれないが、辛抱してくれ」


「わかりました。よろしくお願いします」


 銀色のドレスに施された華やかな刺繍が、朝の日差しに輝いていた。こんな豪華な服に袖を通すのは初めてだ。いくら綺麗な服を着ても、ノイマン様の隣に立つのは気が引けてしまう。


 馭者の手を貸していただき、先に客車に乗り込む。中までは黒くないことに安心した。座席は柔らかく快適で、まだ作ってまもないのか、木の匂いがする。


 一息ついたところで窓の外を見ると、屋敷から慌てた様子の上の妹が出てきた。憧れのセドリック様と一言でも交わそうといるのだろうか。


 ひとつ年下の彼女は母譲りの艶やかで美しい桃色の髪に、星のように輝く金色の瞳をしている。


 私と血が繋がってるなんて信じられない美貌の持ち主だから、セドリック様の隣に立っても決して見劣りしないだろう。


 容姿だけではない。性格も明るくて愛嬌があり、男女問わず人を惹きつける。魔力が強く、魔法もとても上手に使う。普通の関係だったなら、きっとあちこちで自慢していただろう。どうか元気でいて欲しいと思う。


 きょうだいにも特に暗い気持ちは抱いていない。両親とは違い、私に意地悪をすることもなかった……まあそれは、彼女たちの目に私は映っていなかったからだけれど。きょうだいとは同じ屋根の下で暮らしながら、ほとんど会話をしたことはない。


 ノイマン様は話しかけてきた妹を軽くあしらうと、さっさと馬車に乗り込んできた。大きなため息をついた彼は、少し疲れた表情をしている。襟を正し、背もたれに身を預けた。


 扉が閉まると、とうとうふたりきりになってしまう。もう逃げ場はないのだ。極度の緊張で喉がヒリヒリする。


 ノイマン様が黒ずくめなのは相変わらずだが、夜会で会った時とは印象が違う。服は上質ながらも装飾の少ないものだ。ゆるく波打つ黒髪は陽の光に当たったところが虹色に輝き、瞳の色も今は明るくどこか優しげに見える。やっぱり綺麗な人だ、と思う。


「の、ノイマン様」


「セドリックでいい」


 馬車がゆっくりと走り出す。セドリック様、は、どうやら荷台に乗せた私の持ち物を気にしていたようで。


「……荷物はあれだけなのか」


 最低限の着替えと身の回りの品は、トランクひとつに収まってしまっている。


「余計なものは持たず、身ひとつで来いとのことでしたので」


 私がおずおずと言うと、セドリック様はなぜか肩をすくめ、さらに頭を抱えた。


「別にそういうつもりで言ったのではなかったのに……真に受けたのか。すまなかった。屋敷に引き返そうか」


 夜会の時と違って意外と柔らかく、しかもノイマン様の一点の隙もないと思われた美貌が初めて曇りを見せた。私は首を横に振る。


「いいえ。そもそも私には何もないのです。無能には必要ないと余計なものは与えられませんでしたから。心残りがあったとしたら、侍女のクララと離れなければならなかったことくらいでしょうか」


 セドリック様は腕を組んで、考え込むような様子。


「その彼女は君に良くしてくれたのか?」


「ええ、とても」


 そこからはしばらくの間、セドリック様はなにも言わなかった。誰かといても言葉を交わす事が少なかった人生だったから、沈黙が気まずいと思ったのは初めてかもしれない。


 だから、思い切って尋ねてみることにした。


「あの、()()に聞かせていただきたいのですが」


 セドリック様がはっと顔を上げる。紫水晶のような瞳が、少し揺れているようにも見える。


「私は、何のためにあなたに買われたのでしょうか。魔道具とおっしゃられましたが、生贄にでもされるのでしょうか」


「俺は別に君を傷つけるつもりはない……いや、違うな。おそらく『儀式』によって心を傷つけはするが、それによって生命が脅かされることはい……いや、苦痛を強いるのだから、脅かすとも言えるか。だが、血が流れるようなことはしない……なんというか」


 内容は要領を得ないし、最後の方はモゴモゴと、ほとんどはっきりしない話し方だった。もはや噂を聞いた時に想像した高慢な印象や、初めて相対した時の威圧感はひとつもない。


 いったい、どうしたのだろうか。


「申し訳ありません。おっしゃったことの意味がわからなくて」


 戸惑った私をまっすぐ見たセドリック様は、背筋を伸ばし、意を決したように言った。


「すまない。確かにそうだな。邸に戻って落ち着いてからと思っていたが……今全て話してしまおう。実は……」


 不意に言葉が途切れる。馬車の中に黒い小鳥が入り込んできたのだ。これは伝達魔法が形を成したもの。騎士団や魔術師はよく使うらしいけれど、本物を見たのは初めてだった。


 鳥はセドリック様の肩にちょんと止まり、なにやら話し出した。私の耳にも声は入ってくるけれど暗号化されていて、内容は全くわからない。


 しかし鳥の話を黙って聞いていたセドリック様の顔が次第に険しくなっていく。何か不吉なことが起こっているのだろうか。


 セドリック様はすぐに動いた。馬車の窓を開け、外の様子を伺っている。遠くを見ているのか目を糸のように細め、やがて、「あれか」と呟いた。


 私もセドリック様の目線を追う。


「えっ!?」


 目を疑う光景が飛び込んでくる。


 山向こうの空を、真っ赤な飛竜が飛んでいた。ここからでも形がはっきりわかるほどに大きい。大災害を引き起こす特級の魔獣だ。あんなものが王都の近くに直接現れるなんて。


 あまりのことに言葉を失う。飛竜は火を吐きながら、王城の方に向かって飛んでいる。


 ときおり竜の周りで赤や白、紫の光がちかちかと瞬く。おそらく騎士団か魔術師団により、絶えず攻撃が加えられているようだけどおそらく効いていない。このままだと王都が火の海になってしまう。


「ルシア」突然名前を呼ばれ、固まる。いつのまにかセドリック様が私の隣に座っていた。ひとりがけの座席にふたり並んでいるせいで、高い体温が伝わり、香水の香りが強く届く。綺麗な瞳に私が映っている。鼓動が速くなってくる。男の人って、こんなにあたたかいの?


「すまない。見ての通り緊急事態が起こっている。事態は一刻を争うから、詳しい説明は後にさせてほしい」


「はい?」


「つまり、君の力を貰いたい」


 ……力をもらう?


 言葉の意味を理解するまもなく次の瞬間、まるで雲が落ちてきたみたいに視界がどんと暗くなる。急に声が出せなくなった。


 魔道具として、という言葉が頭をよぎる。無能の私をわざわざ求めた理由なんて、てっきり生贄か慰み者にするためだと思っていたけれど、おそらくそのどちらでもない。


 まるで噛み付くような口付けをされているというのに気が付いたのは、一瞬後のことだった。


 口を塞がれ、呼吸ができない。閉じたまぶたの裏で光が爆ぜ、経験のない感覚が、胸から頭のほうへと突き抜けてていく。まるで種が目覚め芽を伸ばすように、葉を広げていくように。身体を乗っ取られてしまったかのような感覚。熱くて苦しいのに、どうしてか嫌ではない。離れられない。


 物知らずの私にもさすがにわかる。口付けは本来、愛するもの同士が愛情を確かめ合うための行為だ。けど私たちの間に愛などないはず、ならば、一体どうして。この人はなんの迷いもなく、よりによって灰髪の私になんか。


 頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。

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