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銀鱗の竜は、人の道を往く  作者: 空飛ぶペンギン
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第8話【森の牙、迫るもの】

数日が経ち、学園生活にも少しずつ慣れてきたティリオ。

相変わらずズレた言動は多いものの、クレインやフィリアともそれなりに打ち解け、何より授業への真面目さが教官たちの評価を上げ始めていた。


そして迎えたのは――初の実地訓練である。


───


 風が湿っていた。森が近いせいだろう。

 騎士学園の演習場、そのさらに奥にある森の前に、緊張と興奮を背負った生徒たちが集合していた。


「今日から三日間、森での実地訓練を行う。内容は……“魔獣討伐”だ」


 教官の号令に、数名の生徒がごくりと喉を鳴らした。


「魔獣って……いきなり実践かよ……」

 クレインがティリオの隣でつぶやく。ティリオはと言えば、まるで遠足のように目を輝かせていた。


「“実地”……つまり、実戦。命のやりとりがあるということだな?」


「いや、訓練だからな? ちゃんと教官が見てるからそうそう危ない目には……」


「ならば本物の命のやりとりではないのか。ふむ、惜しいな」


「いや惜しいとかじゃねえよ!」


 


 訓練は数人で行うもよし、1人でも可能ならば問題ないという。ティリオの傍には自然とクレイン、フィリアが来ていた。周りを見渡すとすでにいくつかのグループが出来ている。


「森の訓練区画には結界が張られている。教官達によって魔獣の強さを一定化しているからお前達が対処できないレベルの魔獣はまず出てこないだろう。たが、気を抜かないことだ」


教官からの注意を聞き、各々テントなどが入ったリュックを持ち上げ森へ入る準備を行う。


「俺、野営経験ないぞ……」


クレインがポツリとこぼす。

この訓練、魔獣討伐とあるがその本質は野営訓練にこそある。魔獣が出る森の中で3日間過ごすことに意味があるのだろう。


 各グループがそれぞれバラバラに森へ入っていく中、剣術訓練で因縁を残したユリウス・ラヴァリエがティリオ達の近くへ来ていた。

 彼は通りすがりに、こちらに目線を向け──にやりと口の端を上げた。


「お前ら、次の訓練区画で“事故”起きないように気をつけろよ」


「……あれ絶対、またなんかやるつもりだな」


 クレインがぼそりと呟く。ティリオはまったく気にする様子もない。


「事故とは自然の産物ではないのか? 自ら起こすのなら、それは事故ではなく……故意だな」


「うん、そーいうとこだぞ、お前……」


結界の内側――だが、森の中は昼でもどこか薄暗く、常に微かな湿り気と獣の匂いが漂っている。騎士見習いたちが三日を過ごすには十分な広さと、適度な危険があった。


「ここがよさそうだな」

 ティリオは一本の巨木の根本に手を当て、周囲をぐるりと見回した。


「……よくわかるな、そんなの」

 クレインがやや呆れ気味に言うと、フィリアが木陰に腰を下ろしながら髪を結い直す。


「……なんか森にすごく慣れてるわね。野生児って感じ」


 ティリオは地面に落ちていた乾いた木の枝を何本か拾い、手際よく組み合わせて小さな焚き火台を作った。


「火の通りを考えると、この風向きがいいな」


「いや、どこで学んだんだよ……田舎育ちだとサバイバルもよくするのか?」


 テントの張り方から焚き火の起こし方、食べられる木の実の見分け方まで。

 ティリオの動きは、まるで森に生まれ育った者のようだとクレインとフィリアの目に映った。


 初日から、その手際の良さは群を抜いていた。


 


 ──二日目。


 倒した魔獣の肉を焚き火で焼き、ティリオが1人で半分以上平らげた。


「まてまて、魔獣1匹何人前あるとおもってるんだ……?」


 1匹をほぼ1人で食べたティリオをクレインがじっとりした目で見ている。


「普通だろ……?」


 空になった皿を見つめるティリオの目は真剣だった。本人には悪気がないのがまた腹立たしい。


「肉だけをよくそんなに食べられるわね」

 フィリアが呆れつつ小さく笑うと、隠しておいたパンをかじった。


 


 ──三日目の朝。


「今日は討伐がメインってところかな」

 クレインが剣を鞘から半分だけ抜き、陽光に刃を反射させた。


 ティリオ、フィリア、クレインの三人は息も合っており、次々に現れる中型魔獣を連携して討伐していく。


 木陰に横たわった魔獣の死骸の前で息を整えていると、背後から聞き覚えのある声がした。


「ずいぶん楽しそうにやってるじゃないか」


 ユリウス・ラヴァリエ。剣術の授業でティリオと対峙した男だ。


「……何しに来た、ユリウス」

 クレインが険しい目で睨むと、彼は余裕たっぷりの笑みを返した。


「協力してやろうと思ってな。お前ら、どうせ最終評価でいい点もらえるように足掻いてんだろ?」


「結構よ」

 フィリアがぴしゃりと言い放った。


「貴様、貴族のくせに平民とつるむとは、恥ずかしくないのか?…ふん、まあいいさ」

 ユリウスは肩をすくめると、背後の取り巻き二人に目配せをする。


 取り巻きの一人が投げた乾いた草の束。もう一人がその上に火のついた松明を投げる。

 ぼっ、と燃え広がる草。その煙が独特の香りを放った。


「……これは……」

 ティリオの目が鋭く細まる。


「おい、それ……何を燃やして……」

 クレインが問いかけるより早く、ティリオが答えた。


「“誘引香草”。この匂いに、魔獣は惹かれて集まる」


「は……?」

 フィリアの顔色がさっと変わった。


森のあちこちから地響きや鳴き声が聞こえる。

魔獣の気配がここに向かって押し寄せようとしているのを感じる。


「まさか、スタンピード…?」


フィリアが青ざめた表情のまま呟いた。


 ふと振り返ると、ユリウスとその取り巻きの姿はなかった。

 いつの間にか、森の出口の方向へと走り去っていたのだ。 


「……やったな、あの馬鹿共……!」


 クレインが顔をしかめる。

 フィリアは剣を抜きながら、ティリオを見た。


「ティリオ。あなた、あれ……戦える?」


「……やってみよう。だが、少々、数が多そうだ」


 ティリオの目が、獣のように細く光った。

1人ならまだしも今はクレインとフィリアがいる。力の加減をしながらはたしてどの程度戦えるのか。


――その瞬間。


 ふいに空気が変わった。


そしてもう一つ、巨大な気配が結界外から漂ってくる。


地の底から響くような、重低音の唸りが森にこだまする。


「……この気配、まさか……」


「……ドレイクだ」


 本来であれば学生が戦うはずのない、強大な存在。

 確かに今、それが森の奥で目を覚まし、こちらへ向かってくるのをティリオは感じていた。


「本能で分かる。あれは、“格”が違う」


 



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