第7話【牙を隠す者、剣に問う】
翌日、第一実技場。
生徒達にとって待ちに待ったと言うべき授業、実技訓練が始まった。
整えられた訓練場に、生徒たちの熱気が渦巻いていた。円形の広場に張られた結界と、並んだ武器棚。教官の笛の音とともに、生徒たちは各々模擬剣を手に取り、訓練に入った。
「剣とは、騎士にとって魂そのもの。己の技量は、剣にこそ現れる。忘れるな」
中央でそう語ったのは、鍛え上げられた肉体を持つ初老の教官・ダルメン。
その言葉を受け、クレインはため息をつきながら模擬剣を構える。
「……魂とか言うけどさ、結局は筋力勝負じゃねぇ?」
「そうかもしれん」
隣でティリオがぽつりと呟き、棚から模擬剣を一本取った。
ずしりと重みのある鉄の剣。歯潰しはされているが、骨の一本や二本は折れる威力を持つ。
ティリオは無造作に右手で剣を握り、試しにひと振りした──
ガキンッ!
という異様な音とともに、模擬剣は根元からへし折れた。
「……」
「……あ?」
クレインが目を見開き、周囲がざわめいた。もちろん、ただの力任せではない。だが、鋼を折る“感覚”に、教官もたまらず歩み寄る。
「おい、今のは……どうした?」
「折れた」
「……いや、そうじゃなくてな」
ティリオは、首を傾げてみせた。
「この程度で折れるとは、剣とは脆いものだな」
その一言に、近くで剣を構えていたひとりの男子がぴくりと反応した。
「……ふん、剣もろくに扱えないのか」
出てきたのは、マナーの授業でも因縁をつけてきた男子生徒──ユリウス・ラヴァリエ。煌びやかな刺繍の入った胴衣と、腰に佩いた模擬剣。彼は教官に手を挙げた。
「教官、申し出があります。彼に剣を教えてやりたい。ちょうど良い機会だ」
「……お前が手加減できるのなら、だ」
ダルメン教官は鋭い目で睨むが、ユリウスは自信満々に頷く。
「もちろん。“模範試合”としてお見せしましょう」
一方のティリオは、新たな剣を受け取りつつ、ただ頷いた。
「わかった。……剣術というもの、体で学ぼう」
試合前、二人が剣を構える。ユリウスは流れるように右斜め下から構えた。騎士の基本姿勢に忠実な、美しいフォーム。
対してティリオは──直立のまま、剣を右手に下げていた。
「構えも知らないとはな……やれやれ、始めようか」
レオンが呆れたように吐き捨て、合図と同時に前に出る。
鋭い踏み込みと共に、振り下ろされる剣。だが、ティリオはほんの少し、手首を傾けただけで受け流した。
──カンッ!
音が鳴る。激しい衝突ではない。まるで“軽くあしらった”ような一撃。
「……なっ?」
ユリウスの表情が歪む。もう一度、今度は右へ回り込んでの水平斬り。しかし──
「……違う、もう少し、こうか」
ティリオはつぶやきながら、わずかに剣の角度を調整して受けた。刃は触れた瞬間に逸れ、力が抜ける。
(今、手加減してる……?)
見ていたフィリアが目を細めた。握り方は乱雑、足運びも荒い。けれど、剣筋の受け方に“無駄がない”。
(さっきまでは本当に知らなかった……だけど、もう学んでる。……それも、実戦の中で)
ユリウスが焦りの色を見せた。五合目、六合目──勝負の流れはすでに明らかだった。
そして──
「……なるほど、こうして力を抑えれば……折れないのだな」
ティリオの剣が、柔らかな弧を描きながら、ユリウスの模擬剣を根元から跳ね上げた。
──カシャッ!
音とともに、ユリウスの剣が空を舞い、訓練場の隅に突き刺さる。
静寂。
「……っ、まだ終わって……!」
「ユリウス・ラヴァリエ。剣を失った時点で、敗北だ」
ダルメン教官の声が響く。ユリウスはしばらく歯を食いしばっていたが、周囲の視線と教官の眼差しに押され、渋々と頷いた。
「……っ、認める。次は負けない」
彼は吐き捨てるようにそう言い、肩を揺らして立ち去った。
「……すげぇな、お前……」
ぽつりとクレインが呟いた。
「……今の、ほとんど練習みたいなもんだったろ?」
ティリオは模擬剣を静かに置きながら、真顔で答えた。
「少しは“剣の魂”とやらに触れた気がする」
クレインはますます頭を抱えた。
その隣で、フィリアが腕を組みながら言った。
「ふん……今度は、私とやりなさいよ。実戦で強くなるっていうのなら、ちょうど良い相手よ」
その目は、本気で勝負を望む者の光を宿していた。
ティリオは一瞬だけ、彼女を見つめ──無言で頷いた。
こうして、初の実技訓練は静かに幕を閉じた。
◇◇◇
閑話──<寮の夜、常識の限界>
夕食を終えた後の寮室。
一日の授業を終えて、クレインはようやく布団に沈み込み、重いため息をひとつ。
「はぁ……疲れた。座学もマナーも実技も、密度濃すぎるだろ……」
「そうか?」
「そうだろ!なんでお前はそんなピンピンしてんだよ。体力おばけか?」
ティリオはベッドの脇で腕立て伏せをしていた。すでに百回を超えているらしい。
「……人間は眠るのが早すぎる。夜こそ鍛錬に適した時間帯だ」
「体力バカめ…!!」
そう返しながら、クレインはふと気づいた。
「……っていうかなんでまた裸!?」
「寝る準備だ」
「せめて下着履け!頼むから!」
ティリオは首を傾げた。
「どうしてだ? 服が擦れて寝苦しいだろう。体温もこもるし……第一、裸の方が自然ではないか?」
「文明に逆らうな!」
クレインは枕を頭に被りながら叫んだ。
「……てかさ、昨日も起きたら裸だったろ? まさかお前、寝てる間に自分で脱いでるの?」
「無意識とはそういうものだ」
「悟ったみたいに言うな!」
思わず起き上がって叫んだクレインに、ティリオがまじめな顔で聞き返す。
「ではお前は、寝ながら服を着ているのか?」
「その逆だよ逆!!」
はぁ、とクレインは大きく息をついて布団に潜った。
その隣で、ティリオがごそごそと寝床を準備し始める。
……床の上に。
「……ベッド、使えって言ってるだろ……」
「いや、柔らかすぎる。地面のほうが馴染む」
「お前、今の現代騎士学園って単語の意味全部忘れたか?」
「……騎士は鍛錬を積む者。過保護な寝具は精神を鈍らせる」
「このままじゃ一周回って尊敬しちまいそうになるからやめろ」
ふたりの静かな戦い(?)を乗せて、夜は更けていく。
──しかし数分後。
「……なあティリオ」
「ん?」
「……歯磨きって知ってる?」
「何だそれは。新しい剣術か?」
「違ぇよ!!」
クレインのツッコミが、夜の寮に元気よく響いた。