表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀鱗の竜は、人の道を往く  作者: 空飛ぶペンギン
8/14

第7話【牙を隠す者、剣に問う】

翌日、第一実技場。

生徒達にとって待ちに待ったと言うべき授業、実技訓練が始まった。


整えられた訓練場に、生徒たちの熱気が渦巻いていた。円形の広場に張られた結界と、並んだ武器棚。教官の笛の音とともに、生徒たちは各々模擬剣を手に取り、訓練に入った。


「剣とは、騎士にとって魂そのもの。己の技量は、剣にこそ現れる。忘れるな」


中央でそう語ったのは、鍛え上げられた肉体を持つ初老の教官・ダルメン。


その言葉を受け、クレインはため息をつきながら模擬剣を構える。


「……魂とか言うけどさ、結局は筋力勝負じゃねぇ?」


「そうかもしれん」


隣でティリオがぽつりと呟き、棚から模擬剣を一本取った。


ずしりと重みのある鉄の剣。歯潰しはされているが、骨の一本や二本は折れる威力を持つ。


ティリオは無造作に右手で剣を握り、試しにひと振りした──


ガキンッ!


という異様な音とともに、模擬剣は根元からへし折れた。


「……」


「……あ?」


クレインが目を見開き、周囲がざわめいた。もちろん、ただの力任せではない。だが、鋼を折る“感覚”に、教官もたまらず歩み寄る。


「おい、今のは……どうした?」


「折れた」


「……いや、そうじゃなくてな」


ティリオは、首を傾げてみせた。


「この程度で折れるとは、剣とは脆いものだな」


その一言に、近くで剣を構えていたひとりの男子がぴくりと反応した。


「……ふん、剣もろくに扱えないのか」


出てきたのは、マナーの授業でも因縁をつけてきた男子生徒──ユリウス・ラヴァリエ。煌びやかな刺繍の入った胴衣と、腰に佩いた模擬剣。彼は教官に手を挙げた。


「教官、申し出があります。彼に剣を教えてやりたい。ちょうど良い機会だ」


「……お前が手加減できるのなら、だ」


ダルメン教官は鋭い目で睨むが、ユリウスは自信満々に頷く。


「もちろん。“模範試合”としてお見せしましょう」


一方のティリオは、新たな剣を受け取りつつ、ただ頷いた。


「わかった。……剣術というもの、体で学ぼう」


試合前、二人が剣を構える。ユリウスは流れるように右斜め下から構えた。騎士の基本姿勢に忠実な、美しいフォーム。


対してティリオは──直立のまま、剣を右手に下げていた。


「構えも知らないとはな……やれやれ、始めようか」


レオンが呆れたように吐き捨て、合図と同時に前に出る。


鋭い踏み込みと共に、振り下ろされる剣。だが、ティリオはほんの少し、手首を傾けただけで受け流した。


──カンッ!


音が鳴る。激しい衝突ではない。まるで“軽くあしらった”ような一撃。


「……なっ?」


ユリウスの表情が歪む。もう一度、今度は右へ回り込んでの水平斬り。しかし──


「……違う、もう少し、こうか」


ティリオはつぶやきながら、わずかに剣の角度を調整して受けた。刃は触れた瞬間に逸れ、力が抜ける。


(今、手加減してる……?)


見ていたフィリアが目を細めた。握り方は乱雑、足運びも荒い。けれど、剣筋の受け方に“無駄がない”。


(さっきまでは本当に知らなかった……だけど、もう学んでる。……それも、実戦の中で)


ユリウスが焦りの色を見せた。五合目、六合目──勝負の流れはすでに明らかだった。


そして──


「……なるほど、こうして力を抑えれば……折れないのだな」


ティリオの剣が、柔らかな弧を描きながら、ユリウスの模擬剣を根元から跳ね上げた。


──カシャッ!


音とともに、ユリウスの剣が空を舞い、訓練場の隅に突き刺さる。


静寂。


「……っ、まだ終わって……!」


「ユリウス・ラヴァリエ。剣を失った時点で、敗北だ」


ダルメン教官の声が響く。ユリウスはしばらく歯を食いしばっていたが、周囲の視線と教官の眼差しに押され、渋々と頷いた。


「……っ、認める。次は負けない」


彼は吐き捨てるようにそう言い、肩を揺らして立ち去った。


「……すげぇな、お前……」


ぽつりとクレインが呟いた。


「……今の、ほとんど練習みたいなもんだったろ?」


ティリオは模擬剣を静かに置きながら、真顔で答えた。


「少しは“剣の魂”とやらに触れた気がする」


クレインはますます頭を抱えた。


その隣で、フィリアが腕を組みながら言った。


「ふん……今度は、私とやりなさいよ。実戦で強くなるっていうのなら、ちょうど良い相手よ」


その目は、本気で勝負を望む者の光を宿していた。


ティリオは一瞬だけ、彼女を見つめ──無言で頷いた。


こうして、初の実技訓練は静かに幕を閉じた。



◇◇◇

閑話──<寮の夜、常識の限界>


夕食を終えた後の寮室。

一日の授業を終えて、クレインはようやく布団に沈み込み、重いため息をひとつ。


「はぁ……疲れた。座学もマナーも実技も、密度濃すぎるだろ……」


「そうか?」


「そうだろ!なんでお前はそんなピンピンしてんだよ。体力おばけか?」


ティリオはベッドの脇で腕立て伏せをしていた。すでに百回を超えているらしい。


「……人間は眠るのが早すぎる。夜こそ鍛錬に適した時間帯だ」


「体力バカめ…!!」


そう返しながら、クレインはふと気づいた。


「……っていうかなんでまた裸!?」


「寝る準備だ」


「せめて下着履け!頼むから!」


ティリオは首を傾げた。


「どうしてだ? 服が擦れて寝苦しいだろう。体温もこもるし……第一、裸の方が自然ではないか?」


「文明に逆らうな!」


クレインは枕を頭に被りながら叫んだ。


「……てかさ、昨日も起きたら裸だったろ? まさかお前、寝てる間に自分で脱いでるの?」


「無意識とはそういうものだ」


「悟ったみたいに言うな!」


思わず起き上がって叫んだクレインに、ティリオがまじめな顔で聞き返す。


「ではお前は、寝ながら服を着ているのか?」


「その逆だよ逆!!」


はぁ、とクレインは大きく息をついて布団に潜った。


その隣で、ティリオがごそごそと寝床を準備し始める。


……床の上に。


「……ベッド、使えって言ってるだろ……」


「いや、柔らかすぎる。地面のほうが馴染む」


「お前、今の現代騎士学園って単語の意味全部忘れたか?」


「……騎士は鍛錬を積む者。過保護な寝具は精神を鈍らせる」


「このままじゃ一周回って尊敬しちまいそうになるからやめろ」


ふたりの静かな戦い(?)を乗せて、夜は更けていく。


──しかし数分後。


「……なあティリオ」


「ん?」


「……歯磨きって知ってる?」


「何だそれは。新しい剣術か?」


「違ぇよ!!」


クレインのツッコミが、夜の寮に元気よく響いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ