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銀鱗の竜は、人の道を往く  作者: 空飛ぶペンギン
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第3話【試験を終えて】

筆記試験が終わると、試験官は淡々と事務的な口調で言った。


「合否の発表は、明日の朝、受付前の掲示板に張り出されます。番号で確認してください。……繰り返しますが、明日です。今日は各自帰宅してください」


帰宅――という言葉に、ティリオは少しだけ首を傾げた。

そういえば、泊まる場所のことを考えていなかった。


だが、特に焦りはなかった。


(……寝床など、空の下で十分だ)


そもそも、竜の身体は人間ほど繊細ではない。

ティリオにとって、1日や2日、寝ずに過ごすことなど息をするようなものだ。


陽が傾き始めたころ、ティリオはゆっくりと街の門を出た。


「……おい、君。今から街の外に出るのか?」


門番の一人が、訝しげに声をかけてくる。

ティリオは振り返り、素直にうなずいた。


「うむ。今日は森で過ごす」


門番は目を丸くし、少し語気を強める。


「森だと? あそこは獣や魔物が出る。宿に泊まった方が――」


「問題ない。森の方が静かで、落ち着く」


あまりにきっぱりとした返答に、門番はそれ以上止められなかった。


「……まあ、怪我だけはするなよ」


ティリオは礼を言うと、街道を外れ、すぐ脇に広がる鬱蒼とした森へと足を踏み入れた。



森の中は、空気が澄んでいた。

木々は高く、地面は柔らかく、風の音が枝葉を揺らす。


ティリオは久しぶりに自然の中に身を置けることに、微かに安堵のようなものを覚えた。

(……やはり、人の街より、こういう場所のほうがしっくりくる)


しばらく進むと、森の奥から何かの気配を感じた。

低く唸るような音、踏み鳴らされる地面――魔物だ。


姿を現したのは、牙の長い四脚獣と、尾に毒針を持つ蛇型の魔物。

獰猛なそれらは、ティリオの気配を感じて襲いかかってきた。


(……戦う理由はないが、殺される理由もない)


ティリオは素早く身をひねり、四脚獣の牙をかわすと、拳を振るった。


骨が砕ける音。

続けざまに蛇魔をつかみ、首をひねるようにして地面に叩きつける。


二匹の魔物は、音もなく沈んだ。


(やはり、ここの魔物は弱い)


そう思いながらも、倒した魔物を調理し、肉をあぶる。

竜の火種を指先に宿し、小さく焚き火をつくるのも慣れたものだ。


「……これも、昔はできなかったのだがな」


焼けた肉を咀嚼しながら、ふとウォルガルドの教えを思い出す。


(魔物の角や牙は人間にとって薬や素材になる――文献にそうあったな)


ティリオは倒した魔物から、牙、爪、毒腺、角などを丁寧に採取した。

それらを自らの亜空間収納術式に格納する。


長年の修行と知識の蓄積が、今こうして人間社会でも活きていることに少しだけ満足した。


空が徐々に明るくなり始めた。

東の空に光が滲み、夜の終わりを告げていた。



翌朝 、学園の掲示板前には、すでに多くの受験者たちが集まっていた。

それぞれが番号を探し、自分の結果に一喜一憂している。


ティリオは、昨日渡された木札の番号を取り出す。


「142番」


掲示板の列を目で追う――

そして、その番号が“合格者”の欄にしっかりと刻まれているのを見て、無言でうなずいた。


(……受かったのか。これで、騎士になるための“入り口”に立てたのだな)


そのまま掲示板を離れ、学園の門へ向かう。

だが、ちょうど出ようとしたところで、見知った顔が立っていた。


昨日とは違い軽やかなワンピース姿の少女――リリス・エストレーリャ。


彼女はティリオを見つけると足早に駆け寄ってきた。


「お久しぶりです。試験には間に合いましたか…?」


「うむ。問題なかった。森にいた魔物も大したことはなかった」


「……森!?」


驚愕と、微妙にズレた理解に困惑した表情を浮かべながらも、リリスは胸に手を当てて息をついた。


「でも、間に合ったのですね。試験は…?」


ティリオは木札を掲げて見せる。


「合格だ」


「ふふ、やっぱり。ただ者じゃないと思っていました、あの時から」


リリスはにこりと微笑んだ。


その笑みは、騎士とはまた違う、どこか柔らかく――ティリオには少しだけ眩しかった。


「さて、ティリオ様。入学式までは何をしてお過ごしになるご予定ですか?」


リリスが丁寧に問いかけてきた。


「特に予定はない。森で過ごすつもりだ」


「……も、森、ですか?」


目を丸くしたリリスが、そっと口元に手を当てる。


「それは……体を休めるにはあまりに不便ではないでしょうか?

 森は夜露も落ちますし、体にもよくありません。いくら騎士志望でも、今はまだお身体が大切な時期です」


「そうか? 空の下で眠るのは、わるくないぞ。静かで、風も気持ちいい」


「……やはり普通の騎士志望の方とは、感覚が違いますのね……」


リリスは困ったように微笑んだが、すぐに表情を引き締め、言った。


「でしたら、宿を手配させてください。ティリオ様は私の命の恩人です。これくらいは、させていただかないと気がすみませんの」


ティリオは口を閉ざしたまま少し考え――やがて、静かにうなずいた。


「……そうか。なら、借りておく」


「はいっ。では、すぐに準備しますね」


リリスが従者に小さく手振りで指示を出す。

彼女の背後に控えていた青年がうやうやしく頭を下げて走り出していった。


その様子を見ながら、ティリオはふとリリスに言った。


「だが、お金がないとやはり不便だな」


「まあ……それは確かに。でも、何か手段はおありですか?」


「魔物を狩った」


「……え?」


「素材を持っている。売ると金になると、ウォルガルドが言っていた」


リリスはわずかに目を見開いたが、すぐに笑顔を浮かべる。


「でしたら、私の従者に案内させますわ。買取所の場所も知っておりますので。ね、アルベール?」


ティリオの隣で従者が小さく溜息をついたが、丁寧に頭を下げる。


「……承知いたしました、お嬢様。ご案内いたします」



リリスとその従者――アルベールを連れて、三人は街の中心にある素材買取所へと向かった。

豪奢ではないが、しっかりとした作りの木造の建物。表に「素材買取」と掲げられた看板がある。


「ここです。私たちは外で待っていますね」


「わかった」


ティリオは無言でうなずくと、すっと扉を押して中へ入っていった。


カラン、と鐘の音が鳴る。


中は皮や牙、魔石の匂いが混じった獣じみた空気。

カウンターの奥に座る店主が、ティリオを一目見て眉を上げた。


「よう、坊主。売るもんがあるのか?」


ティリオはうなずくと、亜空間から取り出した素材を一つずつカウンターに並べていく。


──魔物の毒針つき尾、黒鋼の爪、鋭角の牙、硬質な角。

どれも昨夜倒した魔物のもの。しかも、それがひと晩で集めたにしては異常な量と質だった。


「……お、おい、これ……。あんた、どこで、どうやって……?」


「森で狩った。昨夜」


「昨夜だけで? これ全部か……? 冗談じゃないな……!」


店主は半ば呆れ、半ば驚愕しながら査定を進めていく。


数分後――


「……とんでもないな。これ全部で、金貨七枚と銀貨二十枚だ。若ぇの、あんたどんな腕してやがるんだ……」


ティリオは財布を持っていなかったが、袋に入れてもらった金を受け取り、そのまま無言で外に出た。


リリスが心配そうに迎える。


「いかがでしたか?」


「……まぁまぁ、だ」


「ふふ、それはよかったですわ」


金額については、あえて口にしなかった。



その後、三人はそのまま宿屋へ向かうことになった。


リリスが手配してくれていた宿は、街の静かな通りにある清潔で落ち着いた小宿だった。

石畳の床に、手入れされた家具。必要最低限だが、整っていて心地よい。


「ここのお支払いは、もう済んでおりますので。どうぞ、今夜はゆっくりお休みくださいませ」


ティリオは懐から金の袋を出そうとしたが、リリスがそっと手で制した。


「お金は、結構ですわ。どうか、受け取らないでください。これは、私の感謝ですの」


「……そうか。なら、受け取らせてもらう」


しぶしぶではあるが、それでもリリスの意志を尊重し、ティリオはうなずいた。


従者のアルベールは少しだけ何か言いたげな視線を投げたが、リリスは意に介さず、微笑んだまま話を続ける。


「明日のご予定は?」


「特にない。宿にいればいいのだろう?」


「それでは――」


リリスはぱあっと表情を明るくした。


「明日、街をご案内させていただいてもよろしいでしょうか?」


「街を?」


「はい。せっかく街にいらしたのですから、何かしら楽しんでいただきたくて」


ティリオは少しだけ考え、それから言った。


「……せっかくだから、頼む」


「ふふ、ありがとうございます。では、明日また、お迎えにあがりますわね」


リリスの笑顔に見送られながら、ティリオは静かに部屋へ入っていった。


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