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銀鱗の竜は、人の道を往く  作者: 空飛ぶペンギン
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第2話【入学試験というもの】

リリスと並んで座る馬車の中。

ティリオは揺れる座席に多少の違和感を覚えながらも、真剣な表情で耳を傾けていた。


「リュミエール学園には、いくつかの課程があって、私は一般科。あなたは騎士科に進むのね。だったら――」


ふと、リリスが言葉を止める。


「……ところで、ティリオさま」


「ん?」


「入学試験の準備は、ちゃんと済ませていらっしゃるの?」


「……試験?」


「ええ。騎士科は特に厳しいって聞いてます。実技も学科もありますし……」


ティリオはしばし黙ったあと、何でもないように口を開いた。


「そんな話は聞いていない」


「えっ……?」


リリスの笑顔が引きつった。


「ご冗談を……まさか、本当に知らないの? わたくしは事前試験に受かっておりますが、事前試験も…?」


「初耳だ。学園というものに試練があるとは」


「し、試練じゃなくて試験ですわ! 合格しなければ入れませんのよ!?」


その声に、馬車の前方を操作していた従者のエドガーもぴくりと反応する。


「それに……今日がその、試験当日なんです!」


「……今日?」


ティリオは目を細め、窓の外を見た。まだ太陽は高い。街まではまだまだ距離がある。


「馬車では間に合わない。……走れば間に合うか」


彼は何のためらいもなく立ち上がり、車体の扉へ向かう。


「ちょ、ティリオ様!? な、なにをっ!」


「走る。そう言った」


リリスは慌てて手提げの中から、小さな銀のコインを取り出した。表面には複雑な紋章が刻まれており、中央に宝石のような石が埋め込まれている。


「これを――持って行ってください!」


ティリオはそれを受け取り、手の中で転がすように見つめる。


「これは?」


「私の家の紋章入りです。試験会場でそれを見せれば、受付で便宜を図ってもらえるはず。身分証の代わりにもなります」


ティリオは軽くうなずいた。


「恩に着る」


それだけ言うと、扉を開けて――


ひゅん、と風を切って馬車から飛び降りた。


「――ティリオ様ーっ!?!?」


リリスの悲鳴と、御者エドガーの「なんという跳躍力だ……!」という呻きが重なる。


ティリオは地面に片膝をついて着地し、軽く砂埃を立てただけで立ち上がった。

そのまま、前傾姿勢のまま風を切って、街の方向へ――全速力で駆け出した。


その加速は、まるで弾丸。

数秒もしないうちに、視界の端から消えてしまう。


リリスは放心したまま、そっと座席に戻った。


「……騎士って、あんなに丈夫じゃないとなれないんですのね」


呆然とした表情で少しズレた言葉を漏らしていた。


───



リュミエール学園──王国の中枢に位置する、名門中の名門。

騎士を志す者たちが集い、剣と知恵を学ぶ学園の門前には、朝早くから多くの受験生が列をなしていた。


だがその頃、試験会場とは別の郊外の一本道を――


ティリオは、爆風のような勢いで駆けていた。


空気が裂け、風景が後方へ流れていく。

木々がざわめき、鳥が逃げる。走っているというより“跳ね飛んでいる”ようだった。


(……間に合う。太陽の位置からして、試験開始までまだ少しある)


その読みどおり、街の城壁が見えてきた頃には、陽は中天を越えたばかりだった。


ティリオはリリスにもらった紋章入りのコインを手に持ち、警備兵の視線を一切無視して街へと踏み込んだ。


街の門をくぐった瞬間、ティリオは足を止めた。

人の数、音、匂い――すべてが濃密すぎて、しばし目を細める。


(……なるほど、これが“人の街”か)


背の高い建物が立ち並び、行き交う人々は慌ただしくも活気に満ちている。

だが――


(試験会場は、どこだ?)


当然ながら、ティリオはこの街を知らない。

騎士学園の所在地も、施設の構造も、門の向こうのどこかという曖昧な知識しかない。


歩く人間の流れを目で追いながら、街道沿いに出ていた果物屋の中年男に声をかけた。


「騎士になるための試験が行われる場所はどこだ?」


中年男は一瞬ぽかんとした表情を見せたが、すぐにティリオの異様な風貌に警戒した様子で応じた。


「……あんた、受験者か? そりゃリュミエール学園の試験だろ。大通りをまっすぐ西へ、噴水広場の先を右に折れて坂を登れば見えてくる」


ティリオは素早くうなずいた。


「感謝する」


そして、一歩、地を蹴る。


その瞬間、近くにいた子どもが驚いて果物を落とすほどの突風が吹き上がり、ティリオの姿はもう街路の奥へ消えていた。


「な、なんだアイツは……ッ!? 」


驚きの声が背後に響くが、ティリオの耳には届かない。


(地図などは要らぬ。指された方向を覚えた。それで十分だ)


石畳の道を蹴り、アーチを潜り、階段を跳び越え、道行く人々を驚かせながら走る。

空を切るような動きで、あっという間に街の西部、噴水広場に到着した。


広場にはすでに受験を終えたと思しき少年少女たちの姿がちらほら見える。


(ここか)


さらに案内どおり右へ折れ、坂を登ると――高台に立つ荘厳な門構えの施設が視界に入った。

石造りのアーチの上に、「リュミエール学園」と刻まれた金属の銘板が輝いている。


(あれが……)


ティリオは足を止め、しばし見上げた。

何かの気配を察したのか、門の内側から衛兵が顔を出した。


「君、受験生か!? もう試験は始まってるぞ!」


ティリオは黙って、リリスからもらった銀のコインを見せる。


衛兵は一瞬たじろいだあと、慌てて通話用の水晶に手を伸ばした。


エストレーリャ家の紋章。貴族の中でも古く名のある家の証であり、関係者に“特別な配慮”を促す意味を持つものだ。


「わ、分かりました! 実技試験、急ぎ第4枠に割り当てます!」


困惑しつつも、係員は手際よく指示を出した。



試験官に案内され、中庭の広い訓練場に立ったティリオ。

その姿は周囲の受験者や立ち合いの騎士たちの間に、ざわめきを生んだ。


「……あれ、名前聞かれてなかったよな?」


「どこの領地の推薦だ? あんなやつ、見たことないぞ……」


ティリオは、試験官の指示にも黙ってうなずき、黙ってその場に立った。

何の武器も持たず、装備もしていない。

動きやすい粗末な布地の上下――それは、ここが“騎士を目指す場”だと知らなければ、ただの旅人にしか見えない。


やがて、模擬戦の相手として名を呼ばれたのは、訓練校から推薦されてきた若き剣士――レオ・アルグレインだった。


金髪を刈り上げた少年は、背に鋼鉄の長剣を携え、堂々とした足取りで訓練場へと降り立つ。


「……試験官。俺の相手がこの者で間違いないのですか?」


「そうだ。相手に不足はないと判断した」


「……武器も、防具も、ない。舐めているのか?」


レオの口調には、あからさまな不満が滲んでいた。

試験とはいえ、これは将来の“騎士”としての実力を証明する場。

その場に、素手のままで立つ相手――それが、真剣に志す者にとって、どれだけ侮辱的かは容易に想像できた。


だがティリオは一歩も引かず、ただレオの目をまっすぐに見据えて言った。


「……必要ない」


「何がだ?」


「剣。鎧。戦うために、俺にそれは必要ない」


静かな声だった。

けれど、その言葉には、雷鳴のような威圧感があった。


レオは一瞬、息を飲んだ。

だがすぐに顔をしかめて剣を抜く。


「……なるほど。いいさ、そこまで言うなら“騎士志望”としての礼儀は尽くそう。全力でいくぞ!」


試験官が手を挙げた。


「模擬戦、始め!」


――瞬間。


レオは剣を振り抜いた。俊敏、かつ正確な踏み込み。

剣の切っ先が、ティリオの胴を狙う。


が。


それは“そこ”には届かなかった。


ティリオの姿が、一瞬にして“消えた”。


レオの視界から完全に消えたのだ。

次の瞬間、背後から風が吹いたかと思うと――


「ぐっ……!!?」


レオの体が地を滑った。

何かに強かに打たれたのか、背中から仰向けに倒れ込み、砂埃が舞う。


その場にいた全員が、声を失った。


「な……今の、見えたか?」


「いや……あいつがどう動いたのか、まったく……」


「姿どころか、気配すら消えてたぞ……!」


レオは膝をついたまま、震える手で剣を支えた。


「な……何だ、あれは……っ。あんな動き、人間の身体じゃ……!」


ティリオは彼の前に静かに立っていた。

その表情に、敵意も誇りもなく、ただ淡々とした沈黙だけがあった。


試験官のひとりが声を上げた。


「……戦闘不能と判断。模擬戦、終了!」


ティリオは砂を払うと、何事もなかったかのように立ち上がった。


(……これが、“試験”か)


その姿に、騎士たちは異様な静けさを感じていた。

あれは“鍛えた人間”の強さではない。

“本能と練磨が融合した、別の生物”のそれ――


ティリオは剣を持たず、ただ己の肉体と意志だけで、すべてを打ち砕く。


だが、彼自身は何も誇らず、ただ当たり前のようにその力を使った。


それこそが、逆に彼の“異質さ”を際立たせていた。


「……あんな受験者、前代未聞だな」


「だが否応なく……実技は合格だ」



実技試験の後、会場を移し筆記試験が行われた。

ティリオは指定された席に座り、渡された用紙にじっと目を落とす。


(……これは、ウォルガルドが言っていた“人の知識”を記す場だな)


筆記試験は、魔法理論、王国史、戦術論、倫理・騎士道について出題されていた。

ティリオは紙と筆にやや不慣れな手つきながら、迷うことなく記述を進める。


回答の中には、現代では失われているはずの竜族視点の歴史や、かつての魔導技術、古代戦術などが混ざっていた。


採点をしていた学園の教師たちは、その用紙を見て、互いに顔を見合わせた。


「……これ、本当に15歳程度の人間が書いたのか?」


「この魔法陣理論、第二期封魔戦争以前の記録だぞ……?」


「この古代語、今は文献の一部にしか残っていない……誰が教えた?」


騎士科の教官がうなった。


「恐ろしい……実技は規格外、筆記も規格外。正体が知れぬのが逆に怖いな」



教官達はみな一様に頷いていた。

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