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銀鱗の竜は、人の道を往く  作者: 空飛ぶペンギン
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第12話【交錯する血と誇り】

ミアの一件から、数日が過ぎた。


 


静かに、しかし確実に、学園内の空気が変わり始めていた。


獣人への偏見が、急になくなるはずもない。


けれど――彼女と関わることで、「それまで見えていなかったもの」が生徒たちの中に生まれていた。


 


「なあ、ミアって、けっこう弓の腕あるよな?」


「今日の演習、あいつの指示で助かったんだよ」


「まあ……その、耳とかは慣れれば普通だしな」


 


そんな小さな言葉の積み重ねが、少しずつ、壁を削っていく。


貴族派の一部は依然として冷ややかだったが、口には出せなかった。


なぜなら、今の彼女は――


実力派のフィリア、リリスと共に訓練を受け、

中立のクレインとよく笑い、

そして何より、異質な存在であるティリオの“隣”にいたからだ。


 


ミアは、ティリオと一緒にいるとき、ほんの少しだけ耳を出していることがあった。


それを見てリリスは、眉を少しだけ上げた。


「……いいわね。あなた」


「にゃ?」


「いいえ、なんでもないわ」


 


そんなやりとりを、フィリアがくすくす笑いながら聞いていた。


中庭のベンチには、ミア、フィリア、クレイン、リリス――そしてティリオ。


以前なら考えられなかった組み合わせだった。


「しかしミアちゃん、けっこう毒舌だよね。見た目とのギャップがすごい」


「私は毒は吐かない。小さな爪で引っかくだけ」


「うわ、逆にこわい!」


クレインのそんな反応に、ミアは小さく笑い、フィリアは肩をすくめ、リリスは口元を手で覆って笑った。


誰もがその場の空気を心地よく感じていた。


ティリオも、窓辺に腰をかけながら目を細めていた。


仲間――というにはまだ早いかもしれない。


けれど、確かにそこには、安らぎがあった。




だが、それとは裏腹に、学園の外では波が立ち始めていた。


 


この〈ラストリア王国〉は、騎士国家であると同時に、貴族社会の伝統を重んじる国だ。


騎士とは「家の威光を守る者」として定義され、栄誉とは血に宿るものだとされてきた。


だからこそ、平民出の騎士や、異種族が持つ力を、上層部は常に“危険因子”と見なしていた。


 


この国以外にも、世界には多くの国がある。


例えば西方の〈イルシア連合王国〉では、獣人と人間が同じ兵団に所属している。


北の〈グラウフェン自由都市群〉では、種族よりも金と契約が力を持つ。


東の砂漠国家〈サラディア〉では、そもそも人と獣人の混血が王族として君臨しているという話さえある。


 


だが、ここラストリアではまだ「血筋と家柄」が正義なのだ。


その体制を守るため、学園という教育の場でさえ、選別と抑圧は暗黙のうちに行われている。


 


ティリオは、時折空を見上げていた。


この国の“匂い”は、どこか息苦しかった。


だが、それが悪いとも言い切れなかった。


「そういう時代に生まれただけ」


そう思うことが多かった。


ただ――この国の在り方が、これから大きく変わるような予感がしていた。


───


リュミエール学園に、ひとりの転校生が現れた。

名はアレク。


平民出身を名乗る彼は、初日からその立ち居振る舞いで目を引いた。

誰にでも柔らかい笑顔を見せ、貴族であろうと平民であろうと分け隔てなく声をかける。

困っている生徒を見ればさりげなく手を差し伸べ、無用な争いを前にすれば穏やかに間に入る。


その姿は、あまりに自然で、誰もが好感を抱かずにはいられなかった。

だが――ティリオだけは違った。


(……あの男、あの気配。間違いない……森で剣を並べた“あの時の”)


表向きは笑顔を絶やさない青年。

だがその奥底に、戦場を渡り歩いた者だけが持つ冷徹な静けさが潜んでいる。

ティリオの鋭敏な感覚は、その“仮面”の下に潜む正体を嗅ぎ取っていた。


 



やがて、転校生を巡って学園内に新たな波紋が生じる。


「平民のくせに……妙に気取った態度だな」

貴族派の生徒が、アレクを値踏みするように見下ろす。


だが彼は笑顔のまま、静かに頭を下げた。

「そう見えるなら、気をつけるよ。気を悪くしたなら謝る」


その言葉に毒気を抜かれ、場はあっけなく収まった。

それを見ていたリリスやフィリアは目を細める。

「ただ者じゃない……」と。


一方で平民の生徒たちは、彼を味方と感じ始めていた。

生まれや家柄に左右されず、誰にでも同じように接する姿勢。

それは、実力派が掲げる理想を体現しているように見えたからだ。


 



だがティリオの中では別の炎がくすぶっていた。


――なぜ、正体を隠す?

――なぜ、この学園に?


森で背中を預け合ったあの瞬間を、ティリオは忘れていない。

あの時の鋭さ。

一分の隙もない剣の冴え。

優しげな笑顔を浮かべる今の彼と、どうしても結びつかない。


それでも、ティリオは問いただすことをしなかった。

理由があるのだと、直感で分かっていたから。


 

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