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銀鱗の竜は、人の道を往く  作者: 空飛ぶペンギン
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第9話【牙と爪の試練】


タイトル変更しました。

 森の緑が風に揺れ、遠くから大地を踏みしめるような重音が迫る。


いつの間にか松明の炎は若草の上で燃え尽き、焦げた草の匂いが空気を満たし始めた瞬間、ティリオはピクリと眉を動かした。


「……くさい。これは、とてもくさい。お前達はこれを嗅いで平気なのか?」


「たしかに煙臭いけど、今はそんなこと言っている場合じゃ…」



ティリオは鼻をつまみながら深刻そうに首を横に振る。


「これは非常に悪臭だ。鼻の穴に小石を詰めたい。あるいは花を植えるべきか……?」


「臭いのせいで頭までやられた!? てか臭いはいいからまずは魔獣! こっちのほうが問題!!」


クレインの視線の先、森の木々がざわりと揺れ、地鳴りのような低音が響いた。


──ドンッ。


「……近づいてきてる?」


「これは──まずいわね」フィリアがすっと表情を引き締めた。


結界の外、森の奥から姿を現したのは、3mほどの巨大な魔獣だった。


「ど、ドラゴン!?」


全身鱗に覆われ、一対の翼と鋭い牙と歯。

クレインが叫ぶように、それは確かにドラゴンに似ていたが……


「ちがう、ドレイクだ」


竜であるティリオには分かった。

ドラゴンの下位にあたる魔獣で、ティリオは問題なく倒せる相手だが、人化していると本来の力の半分も出せない今、かなり危うい状況であった。


ドレイクは全身が黒い瘴気に包まれ、眼光は殺意の色に染まっていた。


「こいつ、結界を破ろうとしてる……!」


「いや、待ってて。あれは──すでに……!」フィリアが呟いた瞬間。


バリィン!!


耳障りな音と共に、目の前の結界が大きく歪み、数秒後──粉々に砕けた。


「結界が……破れた!?」


「そんな……! あれ、魔力を中和する加護のある結界だったはずでしょ!?」フィリアの声が上ずる。


「……威圧感半端なくない…?」

クレインが冷や汗を垂らし半笑いで後ずさる。


「もう、むり……臭い、強い、うるさい。こんなところで戦うなど、戦士として精神的に不健全だ……」


「お前な!? せめてどれか一つに集中してくれ!!」


だが、冗談を言っている場合ではなかった。

ドレイクの咆哮が轟くとともに、その他の魔獣──牙猪、甲殻獣、飛行種のトゥリス鳥などが森の中から次々と押し寄せてきた。


訓練に参加していた他の生徒たちは、手分けして応戦を始めていた。


「仕方がないわね…教官がくるまでなんとか持ちこたえましょう!」


クレインとフィリアが武器を構える。

ティリオは森の先を見つめそっと言う。



「しかし……もし、あの匂いのせいで戦意が失せたら……埋葬は森の中心にある湖のほとりに頼む」


「やめろ縁起でもない!!」クレインが即座にツッコんだ。


ティリオは息を吐き、教官から受け取っていた鉄製の両手剣を片手で構えた。

本来なら、剣など不要だ。だが、今は“人間として”戦うと決めている。


剣を持った竜。異端でありながらも、美しくもあるその姿が、光を反射して眩しかった。


「俺はドレイクを抑えるとしよう」


ティリオはドレイクがいる方へと駆ける、

後ろでフィリアが制止するような声が聞こえたが、ティリオは振り返らない。


吠えるような咆哮と共に、魔獣たちの総攻撃が始まった。ドレイクの元へたどり着くまでにあった魔獣はすれ違いざまに切り捨てていった。




周囲の喧騒から距離を置いた、森の最深部に近い場所。木々は鬱蒼と生い茂り、空すらまともに見えない。


ティリオは、そこでただ一人、ドレイクと対峙していた。


「……やはり、正気を失っているな」


ドレイクの眼には光がない。ただ暴力の衝動のみを燃やす獣の眼。


本来ならばティリオが持つ“竜”としての威圧に恐れをなすはず。だが、それすら感じ取る理性がない。


咆哮とともに、ドレイクが地を蹴った。

同時にティリオもドレイクへ走り、肉薄した。


幾度か交わりドレイクの硬いうろこに僅かに傷を付ける、がしかし硬い。ティリオは人化した己の力の弱さに内心舌打ちをする。


ドカン!!


自らの後方、クレインやフィリアがいるであろう方向で爆発音がする。一瞬意識がそちらを向く──


──その瞬間、拳大ほどもある岩を砕く爪が、ティリオのすぐ目の前に迫っていた。


──ゴウッ!!


間一髪、剣で受けたが、身体がもたなかった。


「……ッ!」


ドン、と低く鈍い音がして、ティリオの体が宙を舞う。巨体の前足で弾き飛ばされた彼は、数本の木々をへし折りながら、土煙を巻き上げて数十メートル先へ叩きつけられた。


木の幹に背をぶつけ、ぐらりと視界が揺れる。


それでも、ティリオの目は静かに冷たく光っていた。


「これは……さすがに厳しいか」


ぽつりと呟いた声に感情はない。だが、内心は計算と警戒で満ちていた。


──このままでは、勝てない。


人間の姿での戦いに限界が見えつつある。筋肉も、骨格も、反応速度も──本来の“竜”には到底及ばない。


「仕方ない、か」


ゆっくりと立ち上がり、ティリオは人化の解除に意識を向ける。


──しかし。


その瞬間、ドレイクの背後から“別の気配”が近づくのを感じ取った。


ティリオの黄金の瞳がすっと細まる。


誰かが──来る。


ドレイクが一瞬、何かに気を取られたように首を巡らせた。

そして現れたのは、一人の黒衣の男だった。


長い外套に身を包み、深くフードを被ったその男は、姿を見せたにもかかわらず、一切の足音すら立てていなかった。


「……何者だ?」


問いかけるより早く、男はティリオを見ることなく、剣を抜いた。


「まだやれそうか?」


静かだが、芯のある声だった。


ティリオは一拍の沈黙ののち、短く答える。


「あぁ」


それ以上の言葉はいらなかった。


剣を手に、ティリオは男の隣に並ぶ。


合図などなかった。けれど、二人の体が同時に動いた。


地を蹴る。


森の空気が爆ぜるほどの加速。ティリオが左から、男が右から。鋭く角度をつけて、同時にドレイクへと接近した。


ドレイクが咆哮とともに爪を振り上げた瞬間──


ティリオの剣が、それを上から叩き落とす。


その隙に男が右側面へ回り込み、鋭い斬撃を連続で叩き込む。


ドレイクが後退しようとしたが、ティリオがすぐに追い縋る。

まるで、何年も共に戦ってきたかのような無駄のない動き。


「左足が甘い。踏み込みが鈍いぞ」


「なら、狙うのは──そこだな」


呼吸するように言葉が交わされ、同時に放たれた一撃が、ドレイクの後肢を深く裂いた。


巨体がよろめいた。


ティリオがすかさず剣を振り上げ、男とともに両側からクロスする斬撃を叩き込む──!


──ズバッ!!


ドレイクの身体が裂け、咆哮が空へ消え、巨体が崩れ落ちた。


静寂。


鳥すら鳴かぬ、森の深奥。


ティリオと黒衣の男は、同時に剣を下ろし、肩で息を吐いた。


「……強いな、お前」


「お前もな。……助かった」


「名前は?」


「ティリオ、お前は?」


「……そうだな、今はまだ言うまい」


男は少しだけ唇を緩めると、踵を返し、すっと森の奥へと消えていった。

その背に、竜の青年は一言だけ。


「また会おう」


そして、空気が動くように──彼は、姿を消した。



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