プロローグ【竜の誓い】
風が乾いていた。夏の終わり、王都の南端に建つ騎士学園の門前で、ひとりの少年が硬くなった表情で立ち尽くしていた。
「ふむ……これが“門”か。どうして人は自分の巣にこれほど大きな石を積むのだろう」
褐色の肌に、夜のように黒い髪。金のように鋭い瞳を持ち、整った顔立ちにはどこか野性味を帯びている。
少年の名は――ティリオ。
もちろん、誰も知らない。彼が人間のふりをしている竜だということを。
ぶつぶつと呟きながら、ティリオは門を見上げていた。
老竜ウォルガルドに教えられた“人間の知識”は、あくまで基礎中の基礎。それもだいぶ昔の話で、現代の風習や文化についてはまるで無知だった。
背後からやってきた少年がティリオの横に立つ。
「……お前、入学者?」
「入学……? ああ、“学び舎に入る”ことだな。そうだ」
「え、えっと……名前は?」
「ティリオだ。お前は?」
「クレイン。あー……なんか、ちょっと変わってるな、お前」
「そうか?」
ティリオはきょとんとした顔で答えるが、彼の立ち姿や言葉の選び方、なにより“人間らしさの足りなさ”が、周囲の視線を集め始めていた。
──
リュミエール学園。
王国における最高位の騎士養成機関であり、貴族の子息から名もなき平民、魔法適性をもつ者まで、多くの若者たちが騎士を目指し集う場所。
その厳かな入学式が行われている講堂の片隅で、ひとりの“異質な少年”が立っていた。
背筋はまっすぐで、身なりは丁寧なのに、立っているだけで周囲の空気が揺れる。
「……この“式典”とやら、なぜ全員が静かに立ち尽くしているのだ? これが騎士の初陣というのなら、戦技の披露をするべきだろう……」
ぼそりとティリオ漏らした独り言に、前の列の女生徒がぴくりと肩を震わせ、クスクスと笑いが漏れる。
ティリオは怪訝そうにその様子を見つめた。
「……何か、おかしなことを言ったか?」
隣に立っていた──先程門のところで出会った少年──クレインが、半ば呆れ顔で囁いた。
「それな……完全に浮いてるからな、お前」
「浮いている? ……床に足は着いているが」
「いや、そういう意味じゃなくてな……はぁ、まあいい。とりあえず、黙って立ってろって」
こうして始まったティリオの学園生活。
強さには自信がある。だが“人間”としての常識は、どこまでも未知だった。