第二章5
王家が支配し、白の教会の魔導師が魔法を操る世界。修行僧のイオは成人のための修行の旅に出ていた。魔物の出る森で魔物が出す雪に阻まれ、あわや遭難というところを、旅の修行の騎士、サリューに助けられ、近くの村に身を寄せた。村は魔物に襲われ、雪に閉ざされている。その退治を頼まれたイオは魔物を駆逐する。が、村人は畏怖の想いでイオを追い出す。本来、魔導士は魔法を使って魔物を追いやるが、イオは魔物を出してしまったからだ。それは魔族と同じ力だ。イオは、落ちこぼれの魔導士で、魔法がろくに使えず、魔物を出してしまうのだ。村を追われ、謝礼も受け取れず、教会でも因縁の先輩、サマールに追い出され、なんとか仲間に小銭を分けてもらい、サリューとともに、街道の宿屋で久しぶりのまともな食事にありついた。その食堂には綺麗なリュートが飾られ、それをサリューが奏でた。美しい演奏に宿の主人はお礼にということで宿に泊めてくれた。束の間の安らぎを得た2人だったが、旅はまだ続く。
翌朝、イオは起きるとすぐにリュートを丹念に調べた。変わったところはない。絢爛豪華に飾りがついているとはいえ、ただのリュートだ。胴の部分の空洞の中にも、何も仕込まれていない。それなのに昨日の闇はなんだったのか。疲れて夢を見たのか、それにしてはあまりにもはっきりとしていた。
「おはよう。そうだ朝の食事、ただにしてくれるってここの主人が言ってたよ」
明るくサリューが声をかける。
「あのさ、このリュート、弾いたとき、何か変なこと、なかった?」
「変なことって……」
聞き返されて、さてあの変な空間をどう説明すればいいだろう。
「サリューってリュートが上手いね」
「本当はあまり上手じゃないの。小さい頃から楽師に教わっていたんだけど、エドの方が上手だったな。あんなにうまく弾けたの、自分でも信じられないよ。よほどいい細工師が作ったんだね」
名器なのか、だから綺麗な音が出たのかもしれないが、イオは昨日の出来事が怖くてたまらず、サリューにかいつまんで話した。
「変な話だね。やっぱりあんた、魔物に取りつかれているんじゃないの。魔除けの石を持っていて」
サリューは無理やりイオの首に宝石の首飾りをかけた。手にとって見て、あらためてその石の見事さに圧倒される。
「あったかいね」
不思議な石だ。ぬくもりが広がる。持っているだけで穏やかな気分にすらなる。
宿屋の主人は別れ際にパンを持たせてくれた。ここから街道を通っても次の教会まで数日を要するという。途中どうやって旅費を作ればいいか、二人に算段はないが、ともあれ進むしかない。
二日目、パンがなくなった。
「稼ごうか」
サリューが言い出した。
「どうやって」
「弾き語り。リュートを持っているんだから楽師のまねごとするの」
サリューは早速街道の宿場町の辻に立ってリュートを弾き始めた。すぐに人だかりができる。
「ずいぶんたくましい道連れだな」
イオは少しばかり呆れていた。騎士だ。いくら武者修行中とはいえ、騎士の身分は貴族で、大道芸人のように道端で歌って稼ぐなど、普通はしない。それでもサリューはそんな事を気に留めず、綺麗で高く透る声で古い祈りの曲を歌っている。
ひとしきり歌い終わると、見物客の中から小銭が投げられ、それをイオは帽子で受け取る。大道芸人とそのお付きだ。イオの帽子の中には銀貨も混じる。サリューが大きく腕を振ってお辞儀をすると、一斉に拍手が起こる。
「幸先がいいな」
イオはほっとする。大道芸人に喰わせてもらう修行僧とはあまりにも情けないが、とりあえず次の教会で施しを受けるまでの間、お付きに甘んじていれば宿の心配はない。
サリューが顔をあげると表情を変えた。ばっと走りだす。
「サリュー、どこに行くの」
イオは小銭を帽子で受けながら、走り去るサリューを見送る。そのイオの前を人が走り抜けた。
「待て」
追手が叫ぶ。もちろん、サリューは止まらない。
サリューが追われている。そう思うと、イオは帽子を握りしめ、追いかけた。追手を抜きサリューに追いつくと、右手で印を結ぶ。追手の足を止めなければと、呪文を叫んだ。
出たものは魔物だった。本当は壁を出して追手を止めようと思ったが、この事態では失敗とは言えない。追手から逃げ延びることができればそれでいい。
「フン」
追手の一人がこともなげに鋼の剣で魔物を叩き切った。魔物はバサッと砂になって消える。
「魔族か、お前は」
剣の主が吠え、イオに襲いかかった。剣の主は初老の男だが、その動きは目で追うこともできないほど素早く鋭い。イオは剣の切っ先を交わすことで精いっぱいだ。次の魔法の印を結ぶ暇もない。
「止めて」
サリューの声で剣は止まった。イオの目のすぐ前で。
「あ、ああ……」
すくんで動けなかった。剣は電光のような鋭さでイオを襲い、サリューが止めなければ串刺しだ。
「バロス、止めなさい」
サリューが凛とした声で命じた。
「姫様。見つけましたよ」
老剣士の後ろから五十過ぎの女性が飛び出してきた。
「見つかっちゃった」
サリューがひきつったように笑う。
「どういうこと、サリュー」
イオはこの事態がわからない。
「法師の身分で姫様を呼び捨てなど不遜でしょう」
「姫……様……」
イオはサリューを見た。騎士の格好をし、言葉使いが悪く、辻で大道芸をし、人を殴っちゃおうなどという姫が何処にいる。
「この方はルマイヤ王国の四の姫、サリュキュリア様です」
女性は仁王立ちになって、イオに怒鳴りつけた。高貴な王名を持つやんちゃな騎士は照れ隠しに舌を出して笑っていた。
え、口の悪いガサツな旅の修行中の騎士が、王家の姫様だった?新たな登場人物、姫の御付きの者たちも加わり、旅は波乱に満ちていく。