第二章4
王家が支配し、白の魔導士が魔法で魔物を抑えている世界。白の教会の修行僧イオは修行の旅に出ていた。その間、世界に陰謀が芽を吹き出し、思惑が交差している。イオの仇敵となるサマールもその動きの中に捉えられ、駒にされようとしている。
サマールは枢機卿を迎える宴のあと、豪華なしつらえの居室で枢機卿に接待するよう言いつかった。接待といっても何をするわけでもない。枢機卿アリエステとメンター・アダマが差向いに座るテーブルの脇に立ってポットを持って突っ立っていた。
「楽しい一夜だったよ」
「恐縮至極にございます」
アダマは多くの要人と秘密裏に会っていた。宴の後や、円卓会議の後、それとなく茶の席を設けた。その際、余人は排した。席に侍るのはサマール唯一人だ。メンター・アダマはサマールしか弟子をとらなかった。
小さい頃からサマールはアダマにいつ捨てられるか、びくびくしていた。見捨てられないために何でも完璧にこなそうとした。魔法の修行も人一倍熱心だったのは、ただ捨てられないため。見た目が美しく成長すると、アダマは要人への献上品の品目にサマールを加えたが、それさえも我慢した。教会でサマールがすがる相手はただアダマだけだった。
「時にアダマ、お前に託した古文書は役に立っているかな」
「はい、アリエステ様。北海の洞窟にあったというこの古文書、すでに解読は終わっております」
「もう忘れられそうになるほどの古文字で書かれていたというのに、早いな。もはや教会内でこれをすらすらと読めるものはお前だけだ。大した博識、賢者をも唸らすだろう」
「いえ、私などただ長い間、図書の仕事をしていただけ。賢者を唸らすなど、大それたことでございます」
アダマは頭を下げ、謙遜する。サマールは知っている。アダマはつきものが降りてきたかの様に、図書の本を読み漁り、古文書を紐といた。アダマの実家は彼が成人のなる前に没落していた。後ろ盾を失ったアダマに出世の道は閉ざされ、図書という閑職しか居場所を見いだせなかった。
図書の役から賢者になる道もないではないが、賢者も結局名誉職のようなもので、権力からは無縁だ。その知識の豊かさで尊敬は得られても、教皇庁の蔵書の整理しかするべき仕事はない。
アダマは常にいらつき、不機嫌に図書に籠っていた。それがここ数年、密かに人に会い、金や物を動かしている。最初、サマールにその意味は判らなかった。しかしアダマがそんな場にいつもサマールをそばに置くことで、サマールにもアダマの目的が分かってきた。アダマは権力を欲している。
「もう随分準備は整っていると思いますが、アリエステ様はエル・ルマイヤをどうなさるおつもりですか」
「さあな、王は死んだ。あれは強欲な男で使い物になると思っていたが、やはり年には勝てなかったようだ」
エル・ルマイヤの王は二年前に死んだ。後を継ぐべき王太子は喪が明けて戴冠式を挙げればいいだけになっていたのに、予期せぬ急逝を遂げた。
「次の王子様が後を継がれると聞きましたが」
「あ奴か。心優しい者だが、それだけだ。王としての修練も積ませておらぬ。世継ぎが二人いては国が乱れるというわしらの進言を聞いて王が甘やかしたせいだ。それが功を奏して、あ奴はただのぼんくらだ。国軍ひとつ、掌握しておらぬ」
「見目麗しい王子様だとか」
「それだけでいい。民には格好の餌だ。せいぜい手を振って歓声を集めておればいい」
「その方が、ことが進みやすいと……」
含み笑いをしてアダマがアリエステに杯を勧める。
「そうだな、人は操りやすい。それよりも問題は魔族どもだ。あ奴らをどう抑え込めばいいか、人のようにはいかん」
「そうでございましょうか」
いわくありげにアダマが口の端で笑う。
「何か……」
「魔族を封じ込めることなど、存外、簡単かもしれませんよ」
「どうやって」
「魔力を封じればいいのですよ。そうすれば人と変わりません。むしろ御しやすいかと」
「それもお前が調べた召喚魔法なのか」
「まだ解読の途中で確かなことは言えませんが」
アダマは頭を垂れた。その表情はサマールさえ分からない。
「そうか、それよりアダマ、地の召喚魔法、可能なのか」
「はい、古文書に書かれていました。魔王のごとき力だと。あれは術としてはそれほど難しくないのですが、ただ……」
「なんだ」
「あれには特別な要素が必要となります」
アダマはそこで言葉を切って、サマールに目配せして部屋を出ていった。枢機卿の相手をしろと言うことだ。教会では神童と言われ、同世代の誰もが敵わなかったサマールも、ここでは酌女と同じなのだと、悟られないように嘆息した。
陰謀が渦巻く世界に、イオは巻き込まれていくのか。イオとサリューの成人のための修行の旅は続く。サマールは彼らにどんな影を落とすのか。