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第二章1

遥かなる過去か、まだ見ぬ未来か、魔法を司る教会の法師や、王領を支配する王家のある社会。教会の修行僧、イオは聖人のための修行の旅に出ていた。

その道中、初秋というのに豪雪に行手を阻まれ、遭難しかけたところを、修行中の騎士、サリューに助けられ、農家に助けを求めた。一晩休ませてもらい食事をもらったが、その村は魔物に襲われ、雪に埋もれていた。村人の頼みでその魔物を退治した。しかしその方法は法師ではあってはいけない、魔物を出して相殺させると言うもの。魔物を意味嫌い、魔物を忌避する村人は、魔物を出すイオを嫌悪し恐れ追い出した。

一文無しになってさすらうイオはどこに流れていくのか。

第二章

 イオは林を抜け、街道にたどりついた。

 街道は森を避けて通っているため、四つ葉のそれぞれの国同士に街道は繋がっていない。街道はすべてルマイヤ王国を起点にして、各国に葉の葉脈のように広がっている。国と国との間には深い森と高い山脈があり、そこは魔物の領域だからだ。魔物は低俗な魔術を使い異形の体を持つ。ときどき人里に下りてきては人を喰らい、荒していくので白の魔法使いが退治し、時には森の奥に追い払う。魔物の上には魔族がいて、その中に貴族や王族がいる。その頂点に魔王が鎮座し、支配している。多くは謎で人は魔物となるべく関わらないようにして生活している。

 教会の壁にあるレリーフには魔王の姿が描かれているが、角が生え、翼を持つこと以外、あまりはっきりとはしない。魔族の多くも同様に有翼の姿だから、取り立てて変わっているわけではない。ただ、話によると魔王は地を操り、空を御するという。どんな魔力を持っているのか定かではないが、尋常な物ではないことだけは確かだ。教会は長く魔族と戦い、一定の境界線を持つことでなんとか共存を図っている。それゆえ、教会の教義は「地に平穏を」の一言に尽きる。

 イオは教会領を出てからまずルマイヤ王国に入り、北の国エル・ルマイヤ王国を旅していた。北の国にメンター・マーリオがいるからだ。マーリオは教区の監察のため、エル・ルマイヤを巡っているという。イオはマーリオに会いたくて、北の地を修行の場に選んだ。少しでもそばにいれば、会うこともできるのではないかと、淡い期待を込めていた。監察官が一つの教会にとどまることはない。だから会えるかどうかなど、はっきりしないのだが、それでも同じ国にいられるだけで安心できた。

 イオは空き腹を抱えて街道を進んだ。村での魔物退治の謝礼は貰えなかったから、全くの一文無しだ。飢え死にしないうちに次の教会に辿り着かなければいけない。幸運にも教会は程遠くない所にあった。教会は黄金色に輝く麦畑の先、金の海に浮かぶ船のように見えた。夕焼けの空に塔が突き刺さるようにそびえ、大伽藍が細い柱の並ぶ回廊の向こうに見える。大きな教会だ。青銅のレリーフがはめ込まれた分厚い門扉を叩き、イオは大きな声を張り上げた。

「修行中の法師イオと申します。旅費の施しをお願いいたします」

 通用門を開けて教会の下働きの男が出てきた。もちろんその男が金を出してくれるわけではない、教会の僧に取り次いでもらう。教会の中も外と同じように広く豪華だった。いたるところに銀の燭台が置かれ、ろうそくが立てられている。まだ日が落ちていないので、火は灯っていないが、すべてが灯されたら、さぞ明るいことだろう。随所で僧や下働きの者が何やら忙しく働いている。僧と下働きは付けているスカーフの色でわかる。

 僧はその身分の証しの紫貝の色の線が施されている。その線の数が多いほど、線が太いほど、高貴な身分を示す。魔法学校の生徒には線はない。修行僧は細い幅の線が一本、一人前になると細い線がもう一本加えられる。最高位の教皇はスカーフがすべて紫貝で染められている。もちろん、下働きは僧ではないので、線はない。

 イオは教会の中の小部屋に通された。そのうち食事も持ってきてもらえるだろう。イオは疲れた体を木の椅子に投げ出した。村から出て二日の間、何も食べられず空腹が頂点に達していた。

 ドアが開き、若い男が入ってきた。細い線は二本、役のない下級の僧だ。男は深いため息をついてドアにもたれかかる。イオはその男を凝視した。男は部屋の中に目をやる。疲れた表情は霧散し、口の端を少し上げてイオを睨みつけた。

「お前か」

 若い僧は侮蔑をこめた声を出した。

「出来そこないが、路銀を欲しがるとはな」

 イオはその声を聞いて硬直した。体がすくむ。その声だけは聞きたくなかった。若い僧の銀色の髪はイオよりやや鈍く光る。背はやや高く、細い体つきは優雅でさえある。瞳は深い緑色で、真夏の森を思わせる。眉は細く、一直線に引かれ、強い意志を示す。唇はやや薄く、ともすれば怜悧に映るが、全体として整った造形は際立ち、人目を引く。その端正な顔立ちに鋭い視線は多くの修行僧の羨望であったが、イオはこの男の裏を知っている。

「サマール様……」

 そこにいたのはイオと同じ教会で育った先輩の法師だ。三つ年上で長身の優雅で穏やかな見かけとは裏腹に、何かにつけてイオをいじめた。イオは体がこわばり、椅子の肘かけをギュッと握った。かつて彼から受けた数限りない暴力が蘇ってくる。

「無能な奴に路銀などいるか」

「サマール様ですね。私の行く先々の教会に私のことを吹聴して回っているのは。だから旅費を貰うことが出来ない」

 なけなしの勇気を振り絞って口を開く。今はかつての力のない魔法学校の生徒ではない。修行僧として一人前の扱いを受けている。そうイオは自らを鼓舞した。

「おれがそんな卑怯な真似をするか。大かた、お前の悪行が噂になっているんだろう」

「あなたは……」

 噂を流した張本人がサマーだということをイオは知っている。何がサマールの気に触ったのか、事あるごとにサマールはイオに絡んできた。物心が付く頃から、サマールにいじめられていた。物を取り上げられたり、壊されることは日常茶飯、それはサマールだとわからないようにこっそりと巧妙に行われた。サマールが成長するに従ってそのいじめにはサマールの取り巻きたちも加わり、暴力はエスカレートした。イオはいつも怯えて過ごした。サマールが成人修行のために教会を出ていったとき、どれほど救われた気がしたことか。

「お前のような無能者、魔法使いになるなどということが大それた思いあがりだと知ってさっさと諦めればいいのさ」

「私は魔法使いになるんです」

 涙声になって精一杯の抵抗を試みた。教区の司祭がイオに武者修行の認可を出したのだ。大人になるために、マーリオに恩を返すためにも頑張って魔法使いになると、決心して教会の門を出た。

「おこがましい。お前など僧籍を離れて物乞いでもすればいい。その方が似合っているさ」

「サマール様、なぜ、私をそれほどまで、毛嫌いするんです。同じ色の髪の毛をしているというのに」

 さっとサマールの顔色が変わった。

「お前ごときと同じ色をしていることに、おれは腹が立つんだよ」

 サマールの銀髪が怒りで逆立つ。あっという間にイオは法力で弾き飛ばされ、ドアにしたたかに背を打ち、その勢いでドアが開いた。

「う……」

 イオは呻いた。サマールの法力は研ぎ澄まされた剣のように鋭い。そして目にもとまらぬ早業だ。イオは身構えることさえできず、しばらく痛みでうずくまる。

「どうなさいました。サマール様」

 下働きの男が声をかける。次に人が集まってくる。聖堂には多くの下働きやこの地の僧が何かの作業に、忙しそうに立ち働いているが、その男たちの手が止まり、視線が集まる。

「何でもない。この者、魔法を間違えたようだ」

「サマール様、私はただ、旅費の施しを願い出ただけで」

「今、この教会は枢機卿様を迎える宴の準備で忙しい。お前が宿を願っているなら、今ここに空いた部屋などない。従者をお連れになるだろうからな。そういうわけだから、旅費が欲しいならば街道を行った先の教会でもらえばいいだろう」

 サマールは端然として話す。確かに周りの僧たちは忙しそうだ。一見、サマールのセリフは正論だが、イオは昨日から何も口にしていないほど、困窮している。

「旅費を……」

「魔法を使って勝手に持っていけばいいだろう」

 見下した言い方だ。

「使っていいのですか」

 イオは右腕を突き出し、印を結んだ。浮遊の術を使えば、教会の金庫から金を出すことはできる。

「ここで魔物を出すなよ。穢れるからな」

 呪文を唱えようとしたイオは、ぐっと言葉を飲み込んだ。手が震える。ここでもし失敗して魔物を出したら、何も貰えずに叩きだされるだろう。悪くすれば各教会に伝書が回り、それこそこれから旅費の施しなど絶望となる。

「サマール。そのようなものに関わっている暇はない。枢機卿殿がおいでになるまでに宴の準備を終わらねば」

 長身の男がサマールの脇に立ち、その肩に手を置いた。途端びくっとサマールの体が硬直する。傍から見ればわからない程度に抑え込んでいるが、かすかに手が震えていた。イオはそのしぐさをいぶかった。

「申し訳ありません。メンター・アダマ様」

 まただ、サマールのメンター・アダマはなぜかイオに冷酷にあたる。アダマとマーリオは仲が悪い。マーリオが何かしたわけではないが、事あるごとにマーリオと対立する。それがサマールのいじめを増長させているような気がする。

アダマはこげ茶色の髪の毛をかきあげ、うとましそうにイオを見下ろす。背は高い。僧に似つかわしくないがっしりとした体つきに加え、その長身は目立つ。年は四十を超えているが、紫貝の線は細い四本だけだ。必ずしも出世しているとは言えない。貴族出身の彼ならば順当にいけば今頃どこかの教会に封土され、その地の責任者になっていてもおかしくない。居つきの僧として、その地で教会の仕事に従事し、一生を終える。だがアダマは司書として各地の教会の図書を見て回る役目を仰せつかっていた。どちらかといえば閑職であり、出世から程遠い。

「お願いです。旅費の施しを」

 イオが懇願するが、アダマは笑って一瞥しただけでサマールを促し、立ち去ろうとする。

「お願いです」

「忙しい。我々にはお前に関わる暇などない」

 アダマは露骨に無視した。イオは周りを見る。忙しく立ち働いている下働きの男たちや、僧侶がこちらを盗み見ているが、アダマにとりなそうとはしない。アダマがこの教会にどう立ちまわっているのかイオには見当もつかないが、力を持っているのは推測できる。かつて聞いた噂では、アマダには強力な後ろ盾ができたらしい。細い線四本以上の力を持っているのは僧たちの態度から判る。彼らがアダマの意向に反して勝手に施しをすれば、立場を悪くするだけだ。僧たちはイオに視線を合わせないようにこそこそと立ち去るか、忙しげに作業を続けていた。

「サマール、したくは済んだのか」

 アダマはイオをことさら無視してサマールに話しかける。

「いえ、まだ……」

「急げよ。枢機卿殿をお待たせするわけにはいかないからな」

「はい」

 消え入るような声で返事をするサマールに、傲慢さは微塵もない。礼儀正しくアダマに対して深々と一礼をすると、出て行く。イオはそれを眼で追って、聖堂の隅に修行僧が数人いることに気づいた。同じ教会で育った者たちだ。数か月前、修行のために教会を出て行った。その時は意気揚揚、元気がよかったが、今は力なく薄汚れている。イオが視線を向けると、彼らはさっと顔を伏せた。

「ちょっと、人の話を聞いてあげなさいよ」

 聞き覚えのある声が響いた。

「え……」

「教会って修行僧に旅費を渡すのが仕事なんでしょ。だったらちゃんと渡してあげなきゃ。何で無視するのよ」

 サリューが怒鳴っている。

「こいつは」

 アダマが振り返る。

「あんた、偉い法師かどうか知らないけどさ、さっきから見ていたら何よ。イオに恨みでもあるの」

「おい、サリュー」

 イオはハラハラして止めようと近づいた。

「あんたもあんたよ。もっとちゃんと言いなさいよ」

「あの、ここ、教会なんだよ。それにあの方は序列が上だし」

 サリューの方が正しいとは思うが、教会には身分の序列がある。厳格な縦社会だ。年齢、身分などで、厳然と区切られている。高位の者にお願いは出来ても刃向うことは難しい。教会の教義は「地に平穏を」であり、あるべき所にあるべきものを置くこと、秩序を重んじることが理念となっている。それに逆らうことなど、言語道断だ。

アダマが目配せすると、下働きの男たちが二人を外に追い出した。

ようやく辿り着いた教会で施しを得ようとしていたイオだが、そこに先輩の法師サマールがいた。魔物を出す庵を何より毛嫌いし、いじめていた法師だ。華麗で優美なサマールはこれからのイオの旅に重要な存在になるのか。苦難続きのイオの旅はどうなるのだろう。

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