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第7章3

戦争を止めるために、魔の山にあるという、火龍の剣を求めてサリューは向かう。同様にイオはメンターマーリオと共に、教皇の命で魔の山に来ていた。覇王を目論む王国もまたその山に来ていた。さらに、教会の中の藩勢力が多くの僧兵を率いて三つ巴ならぬ六つ巴の終結である。


 一同がいくらも行かないうちに僧兵が木にぶら下がっていた。

「何、あれ」

 枝が絡んで僧兵たちの動きを封じている。サリューが剣を抜き払い、枝を払うが、他の枝が伸び、サリューを襲う。

「姫、揺らめきの木です。下がってください」

 マーリオの鋭い声に、サリューは一歩引く。マーリオが印を結び、木の一部を吹き飛ばす。

「切り抜ける」

 バロスが切り開き、走り抜けるが、木々の奥に幾重にも重なった死体が見えた。

「あれは」

「僧兵です。我々の仲間ではない。あの白銀に朱の線の入った甲冑はアリエステ様の私兵です」

「それがあなたたちの言ってた教会の中の野心を持った人なの」

「そうです」

 マーリオの声は苦悶に沈んでいた。

 かなりの数の僧兵を連れてきたというのに、揺らめきの木で多くを失っていた。ドラゴンは木の餌食になっている。

「それで、もうその人はあの木に喰われてしまったのでしょうか」

 セスが僧兵を覗き込む。

「いえ、あの方の姿はありません。それに私の知っている数はもっと多い。あの木に囚われたのはほんの一部で、本隊はまだ道を登り続けているのでしょう」

 マーリオは上を仰ぎ見る。道が延々と延びている。

 なおも進むと新たな戦場に出くわした。三つ巴の戦いだった。西の騎士と僧兵が、魔族と魔物に阻まれている。錯綜する光と、それを吸いこむ黒い雲。それが一斉に新たな参入者に牙をむく。

「脇を固めろ」

 バロスが怒鳴り、サリューを中心にして、陣営を張る。東の極に白いマントをはおる長身の男が僧兵に囲まれていた。

「あれは、アリエステ様」

 マーリオが睨む。

 アリエステが法杖を持ちだしたことを教皇から教えてもらった。長き間、枢機卿の円卓を指揮し、教会の実力者として君臨していた男が、己が野望を抑えられず、教会の最も重要な教義、「地に平穏をもたらす」、そのことを見失った。

「アリエステ様、教皇堄下はこんなことを望んでおられません」

「私が望んだ」

 冷たい声で返した。

 金色に輝く法杖が降り下される。金色の棒の先には切りだされた金片が飾る。先端には螺旋の溝が切られ、その上に巨大なクリスタルが据え付けられていた。

「あ奴らを吹き飛ばすんだ」

「ハイ」

 返事をして法杖を構えたのはサマールだった。呪文を吐きながら振り下ろすと、熱と光の束が渦となって地を這い、あたりのすべてをなぎ払う。僧兵も騎士も、そして自分の兵さえも飲み込む巨大な力……。

「なんてことを」

 サリューは息をのんだ。木々はなぎ払われ、地には穿たれた深い溝が道のように出来ていた。マーリオが印を結び、なんとか力の楯になっているが、多くの僧兵が傷ついていた。

「西と北の森を貫く道はこうして作ったのね」

 ワイバーンの営巣地を吹き飛ばし、地に不安を撒き散らしたその力を、サリューは見た。

「アリエステ様、止めてください。教皇の法杖をそんなことに使っては……。闇に力を与えてしまう。光の源であるその杖を返して下さい」

「こいつはもともと私のものだ。先の教皇をようやく死に追いやったというのに、あ奴、弟子に教皇の座を譲りおった。よもやいまわの際になって、私の術を跳ね返すなど、思いもよらなかったわ」

「先の教皇は長患いの末の崩御ではなかったのか」

 マーリオは驚愕の声を漏らした。

「やつらをなぎ払え」

 サマールがもう一度杖を構える。マーリオが印を組み、僧兵も習う。イオも印を結ぶ。発する力を受け止めたが、力の前にじりじりと後退する。

 法杖の力が晴れると、溶けた木や岩があたりを覆っていた。アリエステの私兵の多くが反射の熱で溶けていた。

「もう一度だ。あ奴らを……」

 そう言いながら、アリエステはずぶずぶと黒い煙を上げる。

「アリエステ……様……」

 アリエステの白いマントは黒ずみ、ぼっと燃え上がる。アリエステだったものは醜悪な黒い塊になっていった。まるで死人喰らいのように。

「フン、ここまでか。使い物にならぬやつ」

 隠れていた男が溶けた岩の陰からゆっくりと姿を現した。スカーフに染められた紫貝の線は細い四本だけ。司祭補の位しかない。

「あなたが……。あなたがこの企みを描いたのですか」

 マーリオが怒りの声をあげた。僧兵の間にざわめきが起こる。

「誰だ。あいつは」

 バロスが怪訝な顔をした。野心を持っていた枢機卿が倒れた今、教会の不穏分子は頭目を失ったはずだ。枢機卿以上の存在とは何者か、見当もつかない。

「誰なの」

 サリューが叫ぶ。

「アダマ様……。私の先輩だ」

「ようやく気がついたか。教皇直属の監察官といっても、大したことはなかったな。サマール、行くぞ。こいつらはもう足手まといだ」

 アダマは悠然とローブを翻す。

「アダマ様、いや、アダマ、あなたが絵図を描いた。もともと野心を持っていたアリエステ様を焚きつけ、枢機卿の円卓を動かし、教皇の力を削いだ。あなたがすべての元凶だったのか」

「マーリオ、このあたりにも闇が口を開けたぞ。どうする気だ」

 勝ち誇ったようにアダマはにやつき、山へと向かう。あたりにはいたるところに漆黒の穴が開いていた。そこから死人人形がはい出してくる。半ば溶けた肉の塊、形さえそろわない死体が、ぎらつく剣を構える。

「切り倒す」

 バロスがサリューの前に立ち、剣を振るう。死人人形は切られると一瞬光って砂となる。マーリオは印を結び、力を出す。当たった死人が砂となるが、あとからあとから湧いてくる。

 リアンが長槍を振るい、セスとイサも各々戦うが、数の前に劣勢を強いられる。時には彼らの足元が抉られ、闇の穴が口をあける。

「埒があかん」

 バロスが吠える。

「イオ、お前は先に行け、アダマを止めるんだ」

 が一行の前に魔物を率いた魔族が立ちはだかる。

「うっとおしいやつ」

 リアンが長槍で突き刺すと、魔族は砂となって散る。

「それは……」

 マーリオが驚愕の声を出す。普通魔族は槍で突き刺されたくらいで砂にはならない。ひょうひょうと戦うターバンの男、その姿は吟遊詩人のそれだ。背にリュートを負い、詩人の外套を着ている。それなのにその戦いぶりは歴戦の騎士も足元に及ばない。

「もう、アダマ、戻ってきなさいよ」

 サリューが怒鳴る。

 山に向かって道は伸びる。中腹に時々、禍々しい光が瞬く。そこでサマールの力が発せられているのだろう。一同は迫りくる死人や魔物を蹴散らして追いかける。

 光は弱まっていた。サマールが法杖につかまって肩で息をしていた。顔に疲れが滲む。

「アダマ、もう止めろ」

 マーリオが怒鳴る。アダマはその声に振り替えると、焦りの色を浮かべてサマールに怒鳴る。

「サマール、何をしているんだ。急げ、頂はすぐそこだ」

 アダマに言われてサマールは杖に縋っていた身を起こし、杖を持ち上げる。

「もう止めろ」

 イオが叫ぶ。

「修行僧のくせに僭越だな」

アダマが印を結ぶ。左の手には金色の飾りのついた双胴の分銅が握られていた。

「それは教皇の玉印。そんなものまで持ち出していたのか」

 マーリオが焦る。

「気がつかぬ方が悪いのさ。杖は光を司るが、これだってなかなかのものさ」

 そう言いながら、アダマは地に分銅を押し付けた。地に分銅が溶け込む。その場所から黒い波紋が広がり、巨大な蔓が延びてきた。あわてて魔物が逃げて行く。魔族も森へと姿を消す。

 蔓がサリューへと伸びる。それをイサが楯になる。

「イサ!」

 絡まれ空中高く持ち上げられた。いくらサリューと共にチャンバラごっこに明け暮れたといっても、少女だ。巨大な異形の触手の前にはひとたまりもない。

 バサッと羽音が響いた。リアンが空中高く飛び上がる。その背には一対の翼が黒光りしていた。イサを絡め取っている蔦に槍をさして切り落とす。と、イサを受け止めた。

「リアン」

 抱かれた少女は呆然としている。

「大人しく抱かれていろよ。次が来るんでね」

 地に這う蔓がサリュー達に襲いかかる。アダマはここで皆に足止めを食わせて、その間に魔の山の頂に行く算段だ。

 サリューをバロスとセスが守り、僧兵たちもそれぞれ蔓を叩き切るが、息つく暇を与えず限りなく生えてくる。

「地を操る術か」

 マーリオは苦しげに呻く。教会の古文書にそんな記述があると言われているが、それがどういったものか、知られてはいない。それをアダマは知っていた。そして使いこなしている。

「地を……なんとするんです」

「地には力があるという。あ奴は古文書を解読してそれを身につけた。双胴の分銅はそのきっかけだ」

 イオはアダマがいた場所を見た。そこから蔓は生えている。

「あの分銅を止めればいいのですね」

 そう言うと走り出した。

「馬鹿な事を……」

 マーリオは弟子を止めようとするが、それより襲い来る蔦で身動きがとれない。その様子を見ていたセスが魔女の杖を大地に突き刺した。一瞬、蔦がしびれたように動きを止めた。

「早く行って」

 セスの声にイオは走る。が、蔦はすぐに動きを取り戻す。もう一度セスは杖を振りかぶって地にさす。もう一瞬だけ動きは止まるが、長くは持たない。すぐに蔓はセスをめがけて伸びる。

 バロスがもう一本の剣を引き抜き、双剣で立ち向かう。サリューも剣を振るうが数が多い。別の蔦がイオを追う。上空のリアンがその翼で蔦を切り払うが、残りの蔦が再びイオを襲う。

「力が欲しい」

 イオは印を組み、走りながら呪文を叫ぶ。イオの周りに魔物が現れる。途端、蔦がそれを喰らう。その隙にイオは走る。

 蔓の根元まで取りつく。多くの魔物に壁を作らせ、根元に立つ。この下に双胴の分銅が埋まっている。

「力を!」

 念じて土の中に手を突っ込む。光が迸る。大地が身をよじり、イオを弾き飛ばさん限りに揺れる。

「イオ、還元の呪文だ。それしかない。私が行くまで抑えておきなさい」

 マーリオが走る。還元の呪文は禁句だ。強い力を持つ者しか扱えない上に、その反動は術者に返ってくる。マーリオがそのあおりを受ける。

「マーリオ様、そんな事をしたら……」

「押さえていろ」

 マーリオが叫ぶ。マーリオは身を投じる気だ。一瞬、イオの瞼に幼いころの思い出がよぎる。いじめられたと言っては泣きついた。そのたびに優しく抱きとめ、泣きやむまでずっと抱きしめて、背中をさすってくれた。その間中、大丈夫だよと囁いてくれたその声も思い出す。

「還元の呪文」

 一度だけ、見たことがある。図書の虫干しの時に、偶然目にした。秘伝中の秘伝、下層の僧が見てはいけないものだ。見たとき、酷く怒られた、そのくらいそれを使うことが危険な呪文だ。

 イオは土から手を抜いて右の手を握りしめ、左の手を添えた。

「止めろ!イオ!」

 イオは高々と腕を振り上げた。

「ゼルファオス!」

 雷光がイオに集まる。そのまま、イオは根元に向けて腕を振り下ろした。

 蔦が弛緩する。びりびりと表皮が破れ、葉が舞い落ちる。バタンバタンと蔦がその身を地面に投げ出し、地響きを立てた。ありとあらゆる方向に制御できない力が飛び散る。

「イオ」

 マーリオが駆け寄る。

「大丈夫か。無茶をする」

「ええ、まあ、なんとか、でもなんか熱い」

 ほのかにイオの体から光が漏れる。

「それよりマーリオ様は」

 見るとマーリオの左腕は真っ赤に染まっていた。

 西の騎士たちは腰を抜かしたように地面に座り込んでいた。多くは蔦によって傷つき、戦意を失っている。バロスは剣を折られ、肩を大きく動かして喘いで、立っていることがやっとの状態だ。セスも傷つき、杖に寄りかかっている。リアンがその脇に降り立ち、イサがセスに付き添う。

「バロス、ごめんね。あたしの楯になってくれたのね」

 サリューはうつむいた。我が身に傷がないので、却って身の置き所がない。

「私のためにみんな傷ついて。私なんか、私なんか……」

「でも、姫様は戦いを止めたいとおっしゃった」

 イサは微笑んだ。蔓に絡みつかれてダメージを受けていた。

「イサは姫様の望みを叶える為なら、この身はどうなろうとも構わないのですよ」

 サリューはアクワの声を聞いたような気がした。名も知らぬ貴族の娘はあの死の瞬間、地の平穏を望んだのだろうか。

「イオ、お前は行きなさい。私はもうこれ以上は戦えそうにない」

 マーリオは地に転がっていた分銅のかけらをイオに渡した。

「あたしも行く」

 サリューが眉間にしわを寄せて山を睨みつけた。バロスは残った自分の剣を渡した。

「こいつは技ものでね。ちょいと重いが、姫様の力になってくれますよ」

 セスが杖をイオに渡す。

「法杖ほどの力はありませんが、希代の魔女、ミティが長年使っていたものです。あなたが魔法使いなら、力になってくれるはずです」

 サリューは髪の毛を手をやった。後ろで一つに束ねてあるその髪はややほつれてきているが、太い束の根元に力が満ちている。そこにはミティの組紐がある。暖かな温もりがそこから広がっていた。それに触れ、サリューはじっと上を見上げる。

 蔦が倒れ、がれきの原になった山腹に冷たい風が吹く。サリューはふつふつと熱いものを感じた。

「行ってくるね。待ってて、すぐに戻るから」

王国の兵は魔の山に登っては来れない。枢機卿アリエステも没した。しかしこの戦いを企て、絵図を描いた張本人のメンターアダマは、弟子サマールを使い、サリュー達を攻撃する。サリューは火龍の剣を手に入れることはできるのか。

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